王太子殿下は小説みたいな恋がしたい

紅花うさぎ

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9.デートの準備

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「着てください」

「絶対に着ないからね」

 アナベルと何度も押し問答した末、なんとかスケスケドレスではなく、露出がやや抑え気味のものを着ることで決着がついた。

 それでも裾はふわりと広がって歩きにくいし、胸元のレースは無駄にヒラヒラしすぎて私的には不満が残っている。

 不満があるのはアナベルも同様のようで、「これじゃあウィルバート様を誘惑することなんてできませんよ」っと、ぶつくさ小言が止まらない。

「だから誘惑なんかしたくないんだって!!」
 私の心からの叫びは完全にスルーされ、アナベルには全く響かない。

 っていうか、生まれて初めてのデートなのよ。ベッドうんぬんの話になんかなるわけないじゃない。

 恋愛初心者の私でも、カップルにおけるスキンシップの一般的な流れは知っている。

 まずは『手を繋ぐ』でしょ。それから『抱擁』『キス』して『ベッド』へ……

 『手を繋ぐ』は、今日腕を組んで歩いたから終わったとしても、ベッドまでの道のりはまだまだよ。

「アリス様のおっしゃる、スキンシップの流れとやらについても言いたい事がありますが、今は一旦おいておきましょう。それより先程、『手を繋ぐ』は済んだとおっしゃいましたよね?」

「ええ。今日ウィルバート様と腕を組んで歩いたわよ」

「まさかと思いますが、『抱擁』も『キス』もまだってことは……ないですよね?」

「もちろん、まだに決まってるじゃない」

 アナベルが信じられないものを見るような目で私を見た。

「アリス様!? アリス様は先程までウィルバート様と二人きりでしたよね? お二人で一体何をしていたんですか?」

「何って……お茶を飲みながら庭を眺めてたのよ。紅茶もアップルパイも美味しかったわ」

「それだけですか?」
 アナベルが「信じられない」と小さな声で呟いたのを私は聞き逃さなかった。

「何のために二人っきりにしてあげたと思ってるんですか? 密着できるよう、わざわざ小さめのソファーまで用意したのに。キッスすらしてないってあり得ませんよ!!」

「あのねぇ、二人きりだからってキスすると思ってる方がおかしいのよ」

 私とウィルバートは知り合ってから、まだそんなにたってないのよ。まぁ今は一応仮の恋人ってことにはなっているけど、心も通い合ってないのにキスなんてできますか!!

 それにしても、あのソファーに私達を密着させるという意図があったとは。たしかに二人で腰かけると膝が触れあう距離ではあったけど……

 アナベルはそういうことまで考えてあのテーブルをセッティングしていたのね。恋愛マスターというのか策士というのか……恐ろしい人だ。

「アリス様、聞いてるんですか?」
 顔をあげると、アナベルの真面目な顔が目の前にあった。

「聞いてるわよ。でもね、とにかく私は誘惑なんかしないから!! ウィルバート様だってそんなの望んでないだろうし、二人で散歩しながらおしゃべりするだけで充分なの」

「散歩しながらおしゃべりって……そんなのデートって言うんですか?」
 アナベルが心から驚いているような声をあげた。

「いいですか。よく聞いてくださいね」
 真顔でそう前置きし、アナベルの恋愛講義が始まった。

「夜の庭に出たら、アリス様はまず寒そうなフリをしてください。ウィルバート様が抱きしめて温めてくださるはずです。もし万が一にも抱きしめられない場合は、アリス様からほっぺにキスしたらいいんですよ。そうすればウィルバート様の理性もふっとんで、いちゃつきまくりのスタートです」

 いや、グーじゃないでしょ、グーじゃ。親指でいいねポーズを決めるアナベルに、心の中でつっこんだ。

「だいたい、いちゃつきまくりって……」

 恋愛初心者の私と、おそらく肉食系であろうアナベルとは、どうも恋愛に対するスタンスが違いすぎるみたいだ。

「何度も言ったけど、ウィルバート様と私はそんないちゃつくような関係じゃないわよ」

「何言ってるんですか? 夜の庭園なんて、薄暗くって最高ですよ。貪りまくるにはもってこいじゃないですか」

「貪りあうって、一体何の話をしてるのよ?」

「キッスの話に決まってるじゃありませんか。ウィルバート様の唇を味わいつくして来てください」

 唇を味わいつくす?
 私がウィルバート様の唇を?

 顔がかぁっと熱くなってくる。想像しただけで頭がオーバーヒートしそうだ。

「ななななな、何言ってんのよ」
 動揺しすぎて声が震えてしまう。
「キ、キスなんてするわけないでしょ」

 アナベルがやれやれという様に首を横に振った。
「たかがキッスくらいで大袈裟すぎですよ」

 大袈裟なもんですか!! 今から人生初デートに向かおうという女子高生が、キスで動揺して何が悪い。

「とにかく私は誘惑もしないし、キスもしないから!!」

「アリス様が奥手でいらっしゃることはよーく分かりました。ここはもうウィルバート様に期待しましょう」

 期待してくれなくていいんだけど……
 アナベルのおかげで今夜のデートに対する不安がどんどん増してきた。

 私の心を散々掻き乱したアナベルはというと、「いいですねぇ、暗闇デート……」っと、見ているこちらが不安になるほどニマニマした顔で、口からグフフっという不気味な音を発している。

「ア、アナベル?」 

 心配して様子を伺う私に、
「アリス様とウィルバート様のデートのことを想像したら、つい興奮してしまって……」
 そう言うアナベルの口から再びグフっという音が漏れた。

 一体どんな想像してるのかしら? 
 気にはなるけれど、恐ろしいので尋ねるのはやめておいた。

「アリス様、お戻りになったらデートのお話詳しく教えてくださいね」
 私の髪の毛の仕上げをしながらアナベルが言った。

「アナベルが喜ぶような話は絶対にないからね」

 鏡にうつるアナベルの、期待でキラキラと輝く瞳を見て思わず苦笑してしまう。まぁアナベルの期待するような展開にはならないでしょうけどね。

「最低でもウィルバート様の唇の感触くらいは聞きたいですね。今夜の侍女会が最高に盛り上がること間違いなしです」

 アナベルがグフっと笑った瞬間にドアをノックする音が聞こえた。

 侍女会って女子会みたいなものかしら? もしかしてアナベルみないなガツガツ系がたくさんいるの?

 そんな場所で私の初デートのことがネタになるなんて……ダメ出しのオンパレードが目に見えるようだ。

 慌ててドアをあけるアナベルを見ながら、デートの感想は、絶対に絶対にぜーったいに教えてあげないわっと心に誓った。

☆ ☆ ☆

「寒くないかい?」

 隣を歩くウィルバートの微笑みに胸がトクンと大きな音を立てた。こんな風に並んで歩くのって緊張しちゃう。

「大丈夫です。しっかり着込んで来ましたから」

 きっとアナベルがいたら、私のこの返答にダメ出しするだろうな。着込んで来たなんて、色気がなさすぎることは分かっている。

 まだ秋とはいえ夜の庭園はとても寒い。アナベルは不満そうだったが、ドレスの下に保温素材で出来たロングインナー、上にはコートを着てきたのだ。白いプードルファーコートは丈が短いけれどとても可愛くて暖かい。

「そのコート、よく似合っていて可愛いよ」
 ウィルバートに褒められると、素直に嬉しい。

「お昼にテラスから見えたお庭を歩くんですか?」
 黙っていると緊張が増す気がして口を開いた。

「そうだよ。喜んでもらえるといいんだけど」
 テラスでお茶を飲みながら眺めた庭園は秋の装いでとても美しかった。

「コスモスが満開でしたね。楽しみです」

 楽しみなのは嘘ではないが、本音を言えばこんなに暗くなってからじゃなく、明るいうちに歩きたかった。日の入りはすでに早くなり、外は真っ暗だ。草花の美しさも半減してしまうに違いない。

 そう思いながら城の警備をする騎士達の前を通り抜け外へ出る。

「これって……」
 目の前に広がる景色に思わず足を止めた。

 なんて綺麗なの……
 真っ暗な庭園には数え切れないほど多くのキャンドルが置かれていた。

「行こうか」
 目の前の幻想的な風景に言葉をなくした私に向かってウィルバートが微笑んだ。

 揺らめくキャンドルの優しい光で照らされるレンガ路をウィルバートと並んで歩く。

「……本当に素敵ですね……夜の庭園がこんなに美しいなんて知りませんでした」

「喜んでもらえて嬉しいよ」

 ウィルバートが幸せそうな顔を見せる。その笑顔がなんだか可愛らしくて胸がキュンと音を立てた。

 どうしよう緊張しちゃう。
 こんな時って何を話したらいいのかしら? 
 ロマンティックな雰囲気にピッタリの話題なんて何も思いつかない。

「……なんだか緊張するね」

 照れたような、それでいて少し申し訳なさそうな顔を見せるウィルバートに、「私もです」と口早に答えた。

「私も生まれて初めてのデートなので、すごく緊張してます」

 人生初のデートっていうだけでも緊張しちゃうのに、そのデート相手が超イケメン王子なのだから緊張しまくって当然だ。

 右隣を歩くウィルバートの横顔をチラリと見上げる。その硬い表情に思わず口元が緩んだ。私相手にそんなに緊張しなくてもいいのに……

 こんなステキな人が私なんかとのデートで緊張してるなんて。なんだかとっても不思議な気分。

 そうよ!! いつまでも緊張してたらもったいないわ。こんな素敵な人とデートなんてもう一生ないかもしれないんだから楽しまなきゃ。

 ふふっと小さく笑みを浮かべる私に気づいたウィルバートが、不思議そうに、ん? っといった顔で私を見た。

「本当に綺麗ですね」

 完全に緊張がとけたわけじゃないけど、とにかく楽しむと決めたら心が少し軽くなった気がする。それと同時に足取りまでも軽くなってくる。

 目の前には沢山のキャンドルで形作られた大きなハートがいくつもありとてもロマンチックだ。

「少し座らないかい?」
 ウィルバートの視線の先には白いソファーが置かれていた。
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