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10.デート
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はて? 何でこんな所にソファーが?
普通こういう所にはベンチじゃないのかしら? それとも王族みたいなお金持ちは、庭にも皮張りのソファーを置くものなの?
ソファーはコスモスがよく見える位置に置かれていた。多少疑問はあるけれど、こんな美しいコスモス畑を堪能できるのならば、座らないという選択肢はない。
ウィルバートと二人、並んで腰掛けてみて気がついた。このお尻と背中が包まれるような素敵な座り心地、これはまちがいなく昼にお茶を飲んだソファーだ。隣に座ったウィルバートとかすかに膝がふれた。
これってもしかして……
「このソファーはアナベルが用意したんですか?」
「アナベル?」
私の勢いにウィルバートが驚いたような顔をする。
「このソファーを用意したのはわたしだよ。アリスがお昼にコスモスがとてもきれいだと言っていたから、ゆっくり見たいと思ってね」
「そ、そうなんですか……」
まさかこのソファーがウィルバートによって置かれたものだったとは。
アナベル、疑ってごめんね……
てっきり私とウィルバート様をキスさせたいアナベルの策略かと思っちゃったわ。
残念ながら電気と違い、キャンドルの炎だけでは遠くまで続くコスモス畑の美しさ全てを照らし出すのは無理のようだ。それでもキャンドルの美しい光を見つめていると、時間を忘れてしまいそうになる。ただこうしてぼんやりと眺めているだけで幸せな気持ちだ。
「本当に素敵ですね。私、ずっとこんなキャンドルナイトに憧れていたので、とっても嬉しいです」
目の前に広がるロマンティックな光景は、毎年クリスマスや年末になると雑誌で紹介されるキャンドルイベントの写真のようだ。いや写真で見るより数千倍、数万倍美しい。
いつか彼氏ができたら行ってみたいとずっと思っていたのよね。
彼氏どころか友達もいなかった私には、そういったデートスポットは近寄ることすら躊躇われる無縁の場所だったけれど……
まさか憧れていたキャンドルナイトをこんな風に体験できるなんて。本当に信じられない。
「わたしもね、憧れていたんだよ」
「ウィルもですか?」
ウィルが静かに頷いた。
「わたしの好きな本にたくさんのキャンドルを灯した庭園が出てくるんだ」
ウィルバートの視線がキャンドルに照らし出されたコスモス畑から、私の方へと動いた。
「アリスと出会った時にわたしが読んでいた本を覚えてるかい?」
「えーっと……」
あの時のウィルバートはたしか『あの日の約束』を読んでいたはずだ。
「あの本はね、まだ子供だった頃わたしが初めて読んだ恋愛小説なんだ。叔母がわたしにくれたものなんだけど……アリスも知っている通り、王太子であるわたしが恋愛小説を読むなんて人に見られては大変だからね。いつも隠れてこそこそ読んでいたんだよ」
その頃を懐かしんでいるのか、ウィルが少しだけ目を細めた。
「そんな感じだったから、小さい頃は新しい恋愛小説を手に入れることが難しくてね……あの本はもう数十回、もしかしたら百回以上読んだかもしれないよ」
「そんなにですか。すごいですね」
たしかにあの本は面白い。本好きの私がそう思うのだから間違いはない。
違う世界で生きてきた私とウィルバートが、同じ本を愛読しているなんてすごいことだ。そのおかげでウィルバートをより身近に感じることができる。
「アリスも話の内容は覚えているんだよね?」
「はい、もちろんです。私も好きなお話なので、何回か読みましたから」
ウィルバートの百回には及ばないが、私も4、5回は読んでいるのでおおまかなストーリーは頭の中に入っている。
キャンドルのシーンはたしか……メインの登場人物の初めてのデートの場面だった気がする。庭園のベンチに二人並んで、キャンドルの灯りを眺めながらの初めてのキス……
うっ。
ただ本の内容を思い出しただけなのに、キスという言葉に動揺してしまう。こんなに過剰に反応しちゃうのは、アナベルがキッス、キッス言っていたからに違いない。
隣に座るウィルにチラッと視線を向けた。キャンドルでライトアップされたコスモス畑を見つめるその瞳は、とても優しく穏やかだ。
本当に綺麗な横顔だわ。
整った顔立ちは、まさに私のイメージする王子様そのものだ。
金色のサラサラの髪の毛に、白く透明感のある肌、色気のある唇……薄めだけれど少しだけぷっくりした下唇はつやつやではりがあって、思わず吸い寄せられてしまいそうで……
あのぷるんとした唇に触れられたら気持ちいいだろうな……
チラッと見るだけのつもりが、気づけばウィルの唇をガン見してしまっていた。
アナベルはウィルバートの唇を貪ってこいって言ってたけど、私はどちらかと言うと、貪るより貪られたいなぁ。自分からガンガン責めるより、熱く求めてもらいたいっていうか……
って、私ってば何考えてるのよ。雑念を追い出すように頭を振った。
こんな事考えてるなんて、私ってば欲求不満みたいじゃない。
「どうしたんだい?」
急に頭を振った私にウィルバートが不思議そうな顔を向ける。
ないない、絶対ない。貪られたいなんて絶対思ってないんだから。ウィルバート様とキスしたいだなんて、全く思っていませんから。
思ってないのに、顔の火照りはおさまる気配すらない。ウィルバートの眼差しに一段と体が熱くなっていく。
うわーん、アナベルのバカバカバカ!! こんなに私がキスのことばっかり考えちゃうのは絶対にアナベルのせいに決まっている。部屋に戻ったら絶対アナベルにひとこと文句を言ってやるんだから。
秋の冷たい夜風でも、私のこの熱く火照った頬は冷ましきれそうもない。
「アリス?」
名前を呼ばれ我に帰ると、ウィルバートが心配そうな表情を浮かべて私を見ていた。話の途中で固まってしまったのだから、心配されて当然だ。
「な、なんでもありません。ええっと……そうそう、キャンドルのシーンについて思い出してたんです。たしか二人が初めてデートした庭園がライトアップされてましたよね?」
頭の中がキスのことでいっぱいだなんて絶対に知られてたまるもんですか。慌てていたわりには上手にごまかせたはずだ。
「そう、その場面だよ」
ウィルバートがにっこりと微笑んだ。本当に恋愛小説が好きなのだろう。本の話をする時のウィルの瞳はいつもキラキラしていて惚れ惚れしてしまう。
「わたしは特に、ベンチに腰掛けた二人がキャンドルを眺めながら初めての口づけをかわすところが好きでね。いつか自分もやってみたいと思っていたんだよ」
……今なんとおっしゃいました?
驚いて思わずぶっと吹いてしまいそうになった。
自分もやってみたいって……それはキャンドルを灯すこと? それともキャンドルの前で口づけをすること?
頭の中からキスという言葉を追い出そうと頑張っていたのに、再びキスに頭の中を占領されてしまった。
ウィルは私とキスしたいのかしら?
そう尋ねることも出来なくて、ただ黙ったままウィルを見つめた。
ウィルバートも同じように私を見つめている。その真剣な眼差しに心臓がどくんと大きな音をたてた。
「アリス……」
囁くような優しい声が私の名を呼ぶ。
名前なんて生まれてから今まで何度も呼ばれているのに何故だろう……ウィルの甘さを含んだ低い声で呼ばれると、他の誰にも感じたことのない幸福感が込み上げてくる。
ウィルの指先がゆっくりと私の頬に触れた。まるで電流でも流れたかのようなピリピリとした刺激が体中をかけめぐる。
どうしよう……
痛いくらい胸の鼓動が激しいのに、その美しく澄んだ瞳から目が離せない。
「好きだよ」
ウィルバートの囁きに息がとまりそうだ。しんとした静寂の中で、ただ心臓だけはうるさいくらいに大きな音を立てている。
ウィルが両手で私の頬を優しく包み込んだ。ゆっくりと瞳を閉じてウィルバートの唇を受け入れる準備をする。
あぁ、私……ウィルとキスしちゃうのね。
あんなにキスなんてしないって思ってたのに、今はウィルバートにキスをされるのを期待してしまっている自分がいる。
「いけー、ウィルバート」
瞳を閉じた私の耳にウィルバートへの声援が聞こえてくる。
そうよ。ウィルバート様、プチュっといっちゃってー!!
ん? んん?
いけー、ウィルバート?
……って、どういうこと?
突然聞こえた声に、思わず脳内で同調しちゃったけど、今のって一体誰の声なの?
予想外の出来事に、頭の中がクエッションマークでいっぱいになってしまう。まさかウィルが自分で言うわけはないし、もちろん私でもない。
こんな時って目を開けていいものなのかしら?
悩みながらもおそるおそる薄目で様子を伺ってみることにした。ぼんやりとした視界に、私の頬を両手で包みこんだまま、石のように固まっているウィルバートの姿がうつる。
そのなんとも言えないような表情から、ウィルバートも私と同じくらい戸惑っていることが分かった。
普通こういう所にはベンチじゃないのかしら? それとも王族みたいなお金持ちは、庭にも皮張りのソファーを置くものなの?
ソファーはコスモスがよく見える位置に置かれていた。多少疑問はあるけれど、こんな美しいコスモス畑を堪能できるのならば、座らないという選択肢はない。
ウィルバートと二人、並んで腰掛けてみて気がついた。このお尻と背中が包まれるような素敵な座り心地、これはまちがいなく昼にお茶を飲んだソファーだ。隣に座ったウィルバートとかすかに膝がふれた。
これってもしかして……
「このソファーはアナベルが用意したんですか?」
「アナベル?」
私の勢いにウィルバートが驚いたような顔をする。
「このソファーを用意したのはわたしだよ。アリスがお昼にコスモスがとてもきれいだと言っていたから、ゆっくり見たいと思ってね」
「そ、そうなんですか……」
まさかこのソファーがウィルバートによって置かれたものだったとは。
アナベル、疑ってごめんね……
てっきり私とウィルバート様をキスさせたいアナベルの策略かと思っちゃったわ。
残念ながら電気と違い、キャンドルの炎だけでは遠くまで続くコスモス畑の美しさ全てを照らし出すのは無理のようだ。それでもキャンドルの美しい光を見つめていると、時間を忘れてしまいそうになる。ただこうしてぼんやりと眺めているだけで幸せな気持ちだ。
「本当に素敵ですね。私、ずっとこんなキャンドルナイトに憧れていたので、とっても嬉しいです」
目の前に広がるロマンティックな光景は、毎年クリスマスや年末になると雑誌で紹介されるキャンドルイベントの写真のようだ。いや写真で見るより数千倍、数万倍美しい。
いつか彼氏ができたら行ってみたいとずっと思っていたのよね。
彼氏どころか友達もいなかった私には、そういったデートスポットは近寄ることすら躊躇われる無縁の場所だったけれど……
まさか憧れていたキャンドルナイトをこんな風に体験できるなんて。本当に信じられない。
「わたしもね、憧れていたんだよ」
「ウィルもですか?」
ウィルが静かに頷いた。
「わたしの好きな本にたくさんのキャンドルを灯した庭園が出てくるんだ」
ウィルバートの視線がキャンドルに照らし出されたコスモス畑から、私の方へと動いた。
「アリスと出会った時にわたしが読んでいた本を覚えてるかい?」
「えーっと……」
あの時のウィルバートはたしか『あの日の約束』を読んでいたはずだ。
「あの本はね、まだ子供だった頃わたしが初めて読んだ恋愛小説なんだ。叔母がわたしにくれたものなんだけど……アリスも知っている通り、王太子であるわたしが恋愛小説を読むなんて人に見られては大変だからね。いつも隠れてこそこそ読んでいたんだよ」
その頃を懐かしんでいるのか、ウィルが少しだけ目を細めた。
「そんな感じだったから、小さい頃は新しい恋愛小説を手に入れることが難しくてね……あの本はもう数十回、もしかしたら百回以上読んだかもしれないよ」
「そんなにですか。すごいですね」
たしかにあの本は面白い。本好きの私がそう思うのだから間違いはない。
違う世界で生きてきた私とウィルバートが、同じ本を愛読しているなんてすごいことだ。そのおかげでウィルバートをより身近に感じることができる。
「アリスも話の内容は覚えているんだよね?」
「はい、もちろんです。私も好きなお話なので、何回か読みましたから」
ウィルバートの百回には及ばないが、私も4、5回は読んでいるのでおおまかなストーリーは頭の中に入っている。
キャンドルのシーンはたしか……メインの登場人物の初めてのデートの場面だった気がする。庭園のベンチに二人並んで、キャンドルの灯りを眺めながらの初めてのキス……
うっ。
ただ本の内容を思い出しただけなのに、キスという言葉に動揺してしまう。こんなに過剰に反応しちゃうのは、アナベルがキッス、キッス言っていたからに違いない。
隣に座るウィルにチラッと視線を向けた。キャンドルでライトアップされたコスモス畑を見つめるその瞳は、とても優しく穏やかだ。
本当に綺麗な横顔だわ。
整った顔立ちは、まさに私のイメージする王子様そのものだ。
金色のサラサラの髪の毛に、白く透明感のある肌、色気のある唇……薄めだけれど少しだけぷっくりした下唇はつやつやではりがあって、思わず吸い寄せられてしまいそうで……
あのぷるんとした唇に触れられたら気持ちいいだろうな……
チラッと見るだけのつもりが、気づけばウィルの唇をガン見してしまっていた。
アナベルはウィルバートの唇を貪ってこいって言ってたけど、私はどちらかと言うと、貪るより貪られたいなぁ。自分からガンガン責めるより、熱く求めてもらいたいっていうか……
って、私ってば何考えてるのよ。雑念を追い出すように頭を振った。
こんな事考えてるなんて、私ってば欲求不満みたいじゃない。
「どうしたんだい?」
急に頭を振った私にウィルバートが不思議そうな顔を向ける。
ないない、絶対ない。貪られたいなんて絶対思ってないんだから。ウィルバート様とキスしたいだなんて、全く思っていませんから。
思ってないのに、顔の火照りはおさまる気配すらない。ウィルバートの眼差しに一段と体が熱くなっていく。
うわーん、アナベルのバカバカバカ!! こんなに私がキスのことばっかり考えちゃうのは絶対にアナベルのせいに決まっている。部屋に戻ったら絶対アナベルにひとこと文句を言ってやるんだから。
秋の冷たい夜風でも、私のこの熱く火照った頬は冷ましきれそうもない。
「アリス?」
名前を呼ばれ我に帰ると、ウィルバートが心配そうな表情を浮かべて私を見ていた。話の途中で固まってしまったのだから、心配されて当然だ。
「な、なんでもありません。ええっと……そうそう、キャンドルのシーンについて思い出してたんです。たしか二人が初めてデートした庭園がライトアップされてましたよね?」
頭の中がキスのことでいっぱいだなんて絶対に知られてたまるもんですか。慌てていたわりには上手にごまかせたはずだ。
「そう、その場面だよ」
ウィルバートがにっこりと微笑んだ。本当に恋愛小説が好きなのだろう。本の話をする時のウィルの瞳はいつもキラキラしていて惚れ惚れしてしまう。
「わたしは特に、ベンチに腰掛けた二人がキャンドルを眺めながら初めての口づけをかわすところが好きでね。いつか自分もやってみたいと思っていたんだよ」
……今なんとおっしゃいました?
驚いて思わずぶっと吹いてしまいそうになった。
自分もやってみたいって……それはキャンドルを灯すこと? それともキャンドルの前で口づけをすること?
頭の中からキスという言葉を追い出そうと頑張っていたのに、再びキスに頭の中を占領されてしまった。
ウィルは私とキスしたいのかしら?
そう尋ねることも出来なくて、ただ黙ったままウィルを見つめた。
ウィルバートも同じように私を見つめている。その真剣な眼差しに心臓がどくんと大きな音をたてた。
「アリス……」
囁くような優しい声が私の名を呼ぶ。
名前なんて生まれてから今まで何度も呼ばれているのに何故だろう……ウィルの甘さを含んだ低い声で呼ばれると、他の誰にも感じたことのない幸福感が込み上げてくる。
ウィルの指先がゆっくりと私の頬に触れた。まるで電流でも流れたかのようなピリピリとした刺激が体中をかけめぐる。
どうしよう……
痛いくらい胸の鼓動が激しいのに、その美しく澄んだ瞳から目が離せない。
「好きだよ」
ウィルバートの囁きに息がとまりそうだ。しんとした静寂の中で、ただ心臓だけはうるさいくらいに大きな音を立てている。
ウィルが両手で私の頬を優しく包み込んだ。ゆっくりと瞳を閉じてウィルバートの唇を受け入れる準備をする。
あぁ、私……ウィルとキスしちゃうのね。
あんなにキスなんてしないって思ってたのに、今はウィルバートにキスをされるのを期待してしまっている自分がいる。
「いけー、ウィルバート」
瞳を閉じた私の耳にウィルバートへの声援が聞こえてくる。
そうよ。ウィルバート様、プチュっといっちゃってー!!
ん? んん?
いけー、ウィルバート?
……って、どういうこと?
突然聞こえた声に、思わず脳内で同調しちゃったけど、今のって一体誰の声なの?
予想外の出来事に、頭の中がクエッションマークでいっぱいになってしまう。まさかウィルが自分で言うわけはないし、もちろん私でもない。
こんな時って目を開けていいものなのかしら?
悩みながらもおそるおそる薄目で様子を伺ってみることにした。ぼんやりとした視界に、私の頬を両手で包みこんだまま、石のように固まっているウィルバートの姿がうつる。
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