王太子殿下は小説みたいな恋がしたい

紅花うさぎ

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14.俺の茶を飲んでいけ

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「まぁ遠慮なく座れよ」

 引きずられるようにして連れ込まれた部屋で、今度は有無を言わさず椅子に腰かけさせられた。

「美味いチャイをいれてやるから少し待ってろ」

 本当は飲み物なんていらないから早くこの部屋から退散したい。でも男を怒らせてまた剣をつきつけられたら? 仕方なく言われた通り椅子に座っておとなしく待つことにした。

 男は機嫌良さそうに鼻歌を歌いながらカップを用意している。

 この人は一体何者なんだろう? 
 さっき隊長って呼ばれてたっけ。ってことは王立騎士団のメンバーなのかしら?

 この様子だと、男が私に危害を加えるつもりはなさそうだ。そう思うと少し気分も落ちつき、部屋を見回す余裕ができた。

 部屋はさほど広くなかったが、置かれている家具は高級そうなものばかりだ。特に窓際に置かれたデスクは大きく、重厚感がある。本棚や置かれている家具は全てが同じ色合いで、部屋には統一感があった。壁にはこの国の国旗だろうか……立派な旗が掲げられている。

「ほら、できたぞ」

 テーブルの上に二人分のカップが置かれた。男が私の向かいの席に腰かけた。

 湯気が立つカップの中にはミルクティーが入っている。美味しそうだけど……この男がいれたのだと思うとなんだか気がすすまない。

「おい、飲まないのかよ」

「い、いただきます」
 怒らせてはたまらない。急いでカップに口をつけた。 

「ん、おいしい」
「だろ?」

 生姜とシナモンの香りが鼻をふんわりと刺激する。ちょうどよい甘さが緊張して干からびた体にすっと染み渡っていく。胃のあたりからじわじわと暖かくなり、体だけじゃなく心までもぽかぽかしてきたみたいだ。

 冗談でいきなり剣をつきつけてくるような乱暴者が、こんなに美味しいチャイをいれるなんて。
 男に視線を向けると、男も嬉しそうな顔をして私を見つめていた。

 わおっ。怖くて気付かなかったけど、この人すごくカッコいい。特に切れ長のつり目が妖艶で印象的だ。

「おかわりいるか?」
 空になった私のカップを見て男が立ち上がった。

「い、いえ。ご馳走様でした。私はそろそろ戻らないと……」
 逃げるように立ち上がった私に、男の鋭い視線が突き刺さる。

 うっ。帰りたいのに、帰れない。
 再びおとなしく腰をかけた私を見て、男は満足そうな顔をした。おかわりのカップが私の前に置かれる。

「で、アリス。お前、こんな所で一体何をしてたんだ?」
 男の問いかけに驚いてカップを持つ手が止まった。

「私のこと知ってるんですか?」

「当たり前だろ。異世界からの客人ってだけでもレアキャラなのに、ウィルバートの想い人となりゃ、まぁこの王宮の中でお前のこと知らない奴はいないだろうな」

 そう言えば、私ってば有名人だったのよね。って、何でそんなに見つめてるの?

 目の前の男にじっと見つめられて非常に居心地が悪い。なんせ私はイケメンに耐性がないのだから。こんな感じの悪い人でも、イケメンってだけで見つめられたら鼓動が早くなってしまう。

「ウィルバートから聞いてはいたが……本当に珍しい色の髪と目だな。おかげでお前が誰だかすぐに分かったぞ」

 男は髪と瞳の色から、私がアリスであると判断したらしい。

 そう言えば前にアナベルが言ってたっけ。私みたいな黒っぽい髪の毛や瞳の色はこの世界では珍しいって。私の顔を知らないメイド達も、髪の色で私が誰かが分かるらしい。

 そう言われてみれば、王宮内で見かける人は、金髪や銀髪、赤毛が多い気がする。目の前の男も綺麗な銀髪だ。

「それはいいとして、このビスケット食ってみろよ。チャイに浸して食べたら、すんげぇ美味いから」

 お菓子なんかいいから、早く帰らせてほしいのに……っと思いつつも、ビスケットに手を伸ばす。

「本当だ。めちゃくちゃ美味しいです」
 男の真似をして私もビスケットを浸して食べ、そのあまりの美味しさに声を出してしまった。

 シンプルなビスケットがほろほろと口の中でほどけていく。あまりの美味しさに、すぐさま次のビスケットに手を伸ばす。

「気に入ったみたいだな」 
「はい、とっても」

 なんか普通のお茶会みたいな雰囲気になってるけど、結局この男は一体何者なんだろう? 

「何見つめてんだ? まさか俺に惚れちまったとか言わないよな?」

「まさか」
 誰がこんな恐ろしい人好きになるもんですか。いくらイケメンでもお断りだ!!

「そんなに否定しなくても」

 男がおかしそうに声を出して笑った。途端にキリッとして大人っぽい顔が、一気に少年のように変わる。そのギャップに思わず胸がトキメキを感じてしまった。

 なんか可愛いんですけど……男に対して抱いていた恐怖心が徐々に薄れていく。

「あの……さっき部屋にいた方に隊長って呼ばれてましたよね?」

「あぁ、これでも第三小隊の隊長なんでな。そういやまだ名乗ってなかったな。アーノルド バトラーだ。よろしく頼む」

 アーノルド バトラー……アーノルド……どこかでこの名前を聞いたような……

「あ、アーノルドってあの?」
 思わず立ち上がった。

「何だ。俺のこと知ってんのか?」
 ストンと再び椅子に腰掛けた私を見てアーノルドがくくっと笑う。

「……侍女のアナベルから聞きました。ウィルの親友なんですよね?」
 そしてあのキャロライン バトラーのお兄さんだったはずだ。

「お前、ウィルバートのことウィルって呼んでんのか?」

「あ、はい。そう呼ぶよう言われたので……」
 アーノルドはふーんと言って顎に手を当て何かを考えている。

「よし、じゃあ俺のことはアーノルドと呼べ」

「はっ?」
 いきなりなんなの?

「敬語もやめだやめ。堅苦しいのは苦手なんだよな。アーノルド様なんて呼んだら返事しないからな。分かったか?」

「はぁ……」
 まぁ逆らうほどのこともない。じゃあ遠慮なく敬語なしでいかせてもらおう。

「じゃあ今すぐ名前を呼んでみろよ」

「えっ? 今?」
 何で呼ばなきゃいけないの? とは口に出せない。

「さっさと呼べよ」
 理由も分からず急かされるので、とりあえず「アーノルド」っと名前を呼んでみる。

「よし。親近感わいたか?」

「……」
 いや、全くもって親しみなんて感じないんだけど。感じたのは困惑だけだ。

「全く感じませんけど」

「おっかしいな。名前を呼び捨てにしたら、距離が縮まるんじゃなかったのかよ?」

 アーノルドは首を捻っている。
 なんだそれ? 誰がそんなわけのわからない事言ったのかしら?

「まぁ別にいっか。それよりさっきの話だが、なんだってこんな所に入り込んでんだ? 王宮のこっち側は騎士棟で、騎士以外の人間は基本的に出入りしないはずなんだが」

「それが……」

 考え事をしながら歩いていたら、自分の部屋への道が分からなくなっていた話をする。

「へー、鈍臭いんだな」
 馬鹿にしたような口調が腹立たしい。

「仕方ないでしょ。だいたい王宮の通路が全部似た感じなのが悪いのよ」

「それでも普通は迷わねーよ」

「迷子になったら斬り殺される可能性があると分かってたら、迷子になったりしなかったわ!!」

「冗談通じない奴だよな」
 私の言い方もどうかと思うけど、アーノルドもどうかと思う。

「あんな寿命が縮むようなこと、冗談でしたじゃすまないわよ」

「ふーん……」
 アーノルドは何かを考えているのか、こめかみに手を当て目を瞑った。

「よし。じゃあお前の寿命を延ばしてやるよ」

「はい?」
 今寿命を延ばすって、言ったよね? 寿命ってそんな簡単に延ばせるものなの?

「お前はラッキーだぜ。今日の俺様は珍しく暇だったからな」

 そう言われても、全く嬉しくない。自分のどこが幸運なのか全く分からない私をよそに、アーノルドは立ち上がり着ていたシャツのボタンに手をかけた。

「え? あの、ちょっと……」
 なんでいきなり脱ぎ始めちゃうの? いきなり始まったストリップに思わず目が奪われる。

 これがいわゆる細マッチョってやつかしら? 服を着ている時はスリムだったのに、シャツの下にこんな立派な筋肉が隠されているなんて思いもしなかった。シャツの下からあらわれたシックスパックに思わずどきりとしてしまう。見てはいけないと思いつつ、目は割れた腹筋に釘付けだ。

「ア、アーノルド! す、素敵な身体だけど、私は筋肉に詳しくないから、その……み、見せられても寿命は伸びないっていうか……」

 ガン見しといてなんだけど、男性の裸なんて刺激的すぎて寿命が伸びるどころか心臓に悪い。

「はぁ? 何意味不明なこと言ってんだ」
 そう言ってアーノルドがズボンに手をかけた。

 う、嘘でしょ? それも脱いじゃうの!?

 さすがに直視することは出来ず顔を伏せた。静かな部屋に響く、カチャカチャというベルトを外す音がやけに生々しい。

 どどどどどういうこと!?
 まさか、パンツまで脱いだ状態で見せられちゃうの?

 全裸で堂々とポーズをとるアーノルドが頭に浮かんで、つぶっていた瞼に力をいれた。何も見えないよう両手で顔を覆う。

 見たくない見たくない!! そんなの絶対見たくない。

 アーノルドがズボンを脱ぐ音だろうか? 布の擦れるような音が聞こえてくる。

 そ、そりゃ私だって興味がないわけじゃないけど……

 もしも、もしもよ、無理矢理にでも見せられちゃったら……何てコメントするのが正解なの? 「立派ですね」とかでいいのかしら?

 うわーん。言えないわよ、そんなこと。だいたい立派かどうかなんて、男の人の裸なんか見たことないんだから分かるわけないんだし。

 静かなパニック状態になっている私に、アーノルドの訝しむような大声が飛んでくる。

「おい、お前何してんだよ!!」

「ご、ごめんなさい。ごめんなさい」
 今の私には、こうやって目を瞑ったまま謝るしかできない。

「はぁ?」
 アーノルドが近づいてくる気配がする。

「だから何してんだって?」

 アーノルドの手が、顔を覆ったままの私の両手を掴んだ。

「だ、だめー!! まだ心の準備が……」
 私の叫びもむなしく、アーノルドが私の腕を強く引っ張った。
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