王太子殿下は小説みたいな恋がしたい

紅花うさぎ

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16.街でのひととき

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 おかみさんから紙袋を受け取ると、店の外に出て小さな噴水の縁に腰掛けた。

「アーノルドったら、あんな言い方したら誤解されちゃうじゃない」

「別に構やしないだろ。それに大事だってのは本当のことだし」

 えっ? それってどういう意味?
 心臓がドキっと大きな音をたてる。

「俺にとって一番大切なのはウィルバートだからな。ウィルバートの恋人であるお前は俺にとっても大事だってことだ」

「あ、そういう意味ね」

 いきなり大事な人なんて言うから、私の事好きなのかと勘違いしちゃいそうになったじゃない。

「どういう意味だと思ったんだ?」

「べ、べつに……それより早く食べましょうよ」

 慌てて話をそらしたけれど、私の自意識過剰な考えはお見通しのようだ。アーノルドは愉快そうに笑っている。

 ひとしきり笑った後で、アーノルドが紙袋から銀色の包みを取り出した。受け取った包みはほんのりと温かい。

 ガサガサっと音をたてながら包紙をあけると、中にはパンにソーセージとケチャップという、シンプルなホットドッグが入っていた。

「いっただきまぁす」
 パクリ。大きな口でかぶりつく。

「んんーん。このソーセージ、香ばしくってとってもおいしい」

 ソーセージは肉のうまみが残っていてとてもジューシーだ。パンも外はカリッ、中はふわふわですごく美味しい。

「本当にうまそうに食うよな」
 先に食べ終えたアーノルドが私の顔をまじまじと見ている。

「うん、本当にすごく美味しかった。ごちそうさまでした」
 会話をするのも忘れてあっというまに平らげてしまった。

 あ、まただわ。
 チラチラとこちらを見ていく人と目があった。やっぱりこれって私のこと見てるってことなのかしら?

 これだけ変装しても人から見られてるってことは、やっぱりどこかおかしいのかもしれない。

「ねぇ、アーノルド……私ってどこか変じゃない?」
 漠然とした質問にアーノルドが首を傾げる。

「なんだか街に来てからチラチラ見られてる気がするんだけど」

 話している間にも、様子を伺うようにこちらを見る人達がいる。一番気になるのは、こちらを見た後でヒソヒソと何かを話していることだ。

「そりゃ俺といるからだな。さっきと同じで、お前は俺の彼女なのか気になってるんだろう」
 アーノルドがこともなげに答えた。

「見て分かる通り、俺はかなりいい男だからな。ウィルバート専属騎士隊長として名前も知られてるし、まぁ一緒にいれば嫌でも目立つわな」

「いい男って自分で言っちゃう?」
 たしかにいい男なのは間違いないけど……ちょっと厚かましくないかしら。

「本当のことだから仕方ないだろ。まぁ見られるだけで声かけられるわけじゃねーし、気にするだけ時間の無駄だぞ」

 気にするなと言われても、注目されることに慣れてないので気になってしまう。

「お前と歩いてたら隠し子と間違えられるんじゃないかと思ってが、それは大丈夫だったみたいだな」

 私と同じように周りの様子を確認していたアーノルドが、本気なのか冗談なのか判断できない口調で言った。

 「いくら私が幼く見えたとしても、アーノルドの子供には見えないでしょ」
 私の反論なんてお構いなしに、アーノルドは「次行くぞ」と私を置いて歩き始めた。

 次にアーノルドが立ち寄ったのは、雰囲気の良いカフェだった。テラス席に置かれた小さな丸テーブルとパイプ椅子は、決して高級感があるものではないけれど、店の感じによく合っている。

 テラス席から賑やかな大通りを眺めるのはいいものだ。この冷えたレモネードも、店の人気メニューだけあってとても美味しい。

 てっきりアーノルドの行きつけの店なのかと思いきや、アーノルドも店に来たのは数回らしい。

「俺がこんな風に街に来るのはめったにないことだしな」

「えっ? そうなの?」

「誰かさんがこき使いやがるから、休みなんかほとんどねーんだよ」

 アーノルドの言う誰かさんがウィルバートであることはすぐに分かった。

 王太子の専属騎士って、もっと品行方正っていうか上品な人物がなるもんだと思ってたわ。隊長っていうくらいだから仕事はできるんだろうけど、アーノルドのこの口の悪さはいかがなもんかしら……

 なんてことをぼんやり考えていると、アーノルドにコツンと頭を小突かれた。

「いたっ。えっ、なんで?」
「今俺の悪口考えてたろ」

 ギクっ。
「そ、そんなわけないじゃない」
 と言いながらも、図星なので慌ててしまう。

 なんで分かったのかしら? まさかエスパーとか?

「んなわけないだろ」
 またしても頭の中が読まれてしまった様で、アーノルドが小バカにしたように鼻で笑った。

 じゃあなんで……ん? 何? 何の騒ぎ?

 さっきホットドックを食べた噴水の方角がやけに騒がしい。どうして私の考えがアーノルドに筒抜けなのか気になるところだが、風にのって聞こえてくる黄色い悲鳴の方がもっと気になる。

「やばいな。あいつが来たのか……」
 賑やかな声の方に目をやっていたアーノルドがチッと舌打ちをした。

「あ、あいつって誰?」
「そのうち分かるだろ。あー、面倒な事にならなきゃいいがな」

 一体どんな人がいるっていうの? 

 顔をしかめながら頭をかくアーノルドを見ると不安になってくる。

 遠くの方から聞こえていたざわめきは、段々こちらに近づいているようだ。それに合わせるかのように大通りの両端に、若い女性が列を作り始めた。

「おいでなすったぞ」
 並んだ女性達の隙間から、優雅な微笑みを浮かべて歩くウィルバートの姿が見える。

 あいつって、ウィルバートの事だったのかぁ。アーノルドが嫌そうな感じだったから、てっきり怖い人でもいるのかと思ってたわ。

 女性達はウィルバートの姿が見たくて集まっているのだろう。ウィルバートが進むごとにキャーキャーという声が響いてくる。

「ウィルはすっごく人気があるのねぇ」

 これだけ素敵なんだから、皆がウィルバートに夢中になるのも当然か。ウィルバートが女性達に向かって手を振って応えると、一段と大きな悲鳴があがる。

「本当に素敵な笑顔よね」
 皆に向けられる優しい笑顔にほれぼれしてしまう。

「素敵? あの作り笑いがか?」

「アーノルドったら失礼よ。あんな優しい微笑みが作り笑いなわけないじゃない!」

「まじかよ!?」
 一瞬驚いた様に私を見たアーノルドは、「おもしれーな……」と小さく呟き、くくっと笑った。

 本当にこの人はウィルの親友なのかしら? そう疑いたくなるくらいに、アーノルドってば感じが悪い。

 そうこうしているうちに、護衛を引き連れたウィルバートは私達の前まで来ていた。

「おい、ウィルバート」

 アーノルドの声にウィルバートも、周りの女性達もこちらを向いた。私を見たウィルバートの視線が一瞬厳しいものに変わった気がしてビクッとする。

 もしかして変装してるから、私だって分からないとか?

 そう思った次の瞬間には、ウィルバートの表情はいつもの微笑みに戻っていた。

「よかった。君達を探していたんだよ」
 優しい微笑みを浮かべ、ウィルバートが足早に私達の方へ向かってくる。

「お前何してんだ? 今日の外出予定は学園だけのはずだろ?」

 護衛の責任者であるアーノルドは、ウィルバートのスケジュールを全て把握しているらしい。

「君達がここにいるという話を偶然耳にしてね。学園の帰りに寄ってみたんだよ」

「偶然耳にしてって、お前……いや、なんでもねーよ」

 アーノルドが何かを言いかけたが、にこやかに微笑むウィルバートを見て口をつぐんだ。

「アリス、君の隣に座っても構わないかい?」
「えぇ、もちろんです」

 ウィルバートが私の隣に腰掛けたことで、女性達がざわめき始める。
 皆が私を見てひそひそと話しているのは、「あれ誰なの?」って話しているのだろう。

「変装したって聞いていたけど、本当に別人みたいだね」
 ウィルバートの手が私の髪に触れると、女性達から大きなどよめきがおきた。

 うわぁ。めちゃくちゃ見られてる。

 アーノルドといるだけでもチラチラ見られたのに、今はそれ以上だ。これじゃあ全く落ちつかない。

 ウィルバートもアーノルドも見られる事に慣れているようで、平然とした顔でカップに口をつけている。緊張感してグラスを持つ手が小刻みに震える私とは大違いだ。

「ところで……いつの間に二人は一緒に出かける仲になったんだい?」
 ウィルバートが、私とアーノルドを交互に見ながら尋ねた。

 私が「ついさっきです」と答えるのと、「んな事いちいち聞かなくても、どうせ報告受けてんだろ」っとアーノルドが呟いたのは、ほぼ同時だった。

「えっ、報告って?」

「大したことではないから、アリスは気にしなくて大丈夫だよ」
 ウィルバートはそう言うけれど、やっぱり気になってしまう。

 そう言えばさっき私がここにいることを偶然耳にしたって言ってたっけ?
 でもそれって、よく考えたらおかしくない?

 王宮内ならまだしも、ウィルバートが学園にいる時に私の事を聞く事ってあり得るの? しかもこんな風に変装してる事まで知っていたし。

「ウィルは私が変装してる事を誰から聞いたんですか?」

 一瞬アナベルかなっと思ったけれど、いくらアナベルでもわざわざ学園まで報せには行かないだろう。じゃあ一体誰が私の変装について報せたの?

「さぁ、誰だったかな? ごめんね。思い出せないや」
 ウィルバートはにっこりと笑いながらそう答えた。

 なんだろう。いつもと同じく素敵な笑顔ではあるけれど、今のウィルバートにはある種の拒絶を感じる。

 これ以上の質問は受け付けないとでもいうようなウィルバートの笑顔の横で、アーノルドが意味ありげな顔をして鼻先で笑った。
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