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33.拘束させていただきます
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うぅっ。なんでこんな事に……
馬車に揺られながら向かいの席に座る人物の様子をこっそり伺う。口をキッと真横に結び、不愉快そうな表情を隠すことなく窓の外を眺めているのは、ウィルバートの母親のメイシー様だ。
私はどこに連れて行かれるんだろう……
馬車はゆっくりとしたスピードで王宮から遠ざかっていく。狭い馬車の中、明らかに怒っいる様子のメイシー様と二人きりというのはかなり気まずい。
まさかウィルを見送ったすぐ後で、こんな大事件が起こるなんて思ってもみなかった。ウィルは視察がどうとかで、朝早く王宮を出発して国境付近の村へ向かったばかりだ。
ウィルを乗せた馬車が見えなくなるまで手を振って、「さぁ部屋に戻ってもう一度寝直そう」なぁんてのんきな事を考えていた時だった。
突然3人組の男に名前を呼ばれた。服装からして王宮騎士団の5つの小隊のどれかに所属する人達だろう。小隊は色でどの隊かが見分けられるようになっている。この色は第何小隊だったっけ?
私が思い出すのを待つことなく、突然男二人が私の左右に立った。
「王妃様の命により、身柄を拘束させていただきます」
そうそう。王妃であるメイシー様の護衛の人達の色だったわっと思い出した瞬間、男達が私の両脇を抱えるようにして歩きだした。
「アリス様!!」
隣にいたアナベルの驚きを伴った叫び声が聞こえるが、大きな男達に視界を塞がれてアナベルの姿は確認できなかった。
「ど、ど、どういうことですか?」
私を抱えたままだというのに、二人の男の歩くスピードはとても早い。なんとか男達から逃れたかったが、がっちりと掴まれていて全く動くことができない。かろうじて足は動かせたが、地面から浮いている状態ではジタバタしてもさほど意味はないように思えた。
この人達、一体なんなの?
突然の出来事に、恐怖よりも驚きの方が大きかった。抱えられたまま運ばれる私の前には、3人組の1人、さっき私に話かけてきた男が先導するかのように歩いている。
「王妃様の命により、身柄を拘束させていただきます」
この男は間違いなくそう言った。メイシー様が私を拘束なんて……私ってば、気付かないうちに何かやらかしちゃったのかしら?
私がメイシー様にお会いしたのは一度だけだ。ウィルと庭園を散歩デートしている途中に出会い、一緒に夕食をとった。でもそれは秋のことなので、今頃身柄を拘束される理由にはならないだろう。
頭の中で様々な考えをめぐらせるうちに、男達は私を投げ込むようにして馬車へと押し込んだ。なんて乱暴な。抗議する間もなく、バタンと馬車のドアがしまる音が虚しく響いた。
「よし、出発だ」
外で誰かが叫んだ声を合図に、馬車がゆっくりと走り出した。
「ちょっ」
慌ててドアに手をかけようとするが、馬車がガタンと大きく揺れよろめいてしまった。
「アリスちゃん、大丈夫?」
なんとかこけずに持ちこたえた私の耳に可愛らしい声が聞こえた。
「メイシー様!?」
「そんなところに座ってないで、そちらの椅子にお座りなさい」
ここで逆らっても意味がない。大人しくメイシー様の向かいの席に腰掛けた。
本当は私をここに連れて来た理由、そしてこれからどこに行くのかなどメイシー様に聞きたいことがたくさんある。でもこれだけ不機嫌そうなメイシー様の顔を見ていたら言葉をかけることすら躊躇ってしまう。
でもまぁ、メイシー様が同じ馬車に乗ってるってことは、変な場所に連れて行かれたりはしないでしょう。連れて来られるまでの扱いがまるで罪人のようだったから、牢屋にでもいれられるのではと少し不安だったのだ。
馬車はしばらく走り続け、やがてゆっくりと停止した。外からドアが開けられると、メイシー様が待ってましたとばかりに外に出ていく。その後ろ姿を見送って、はぁっと大きく息を吐いた。
結局一言も喋れなかったわ。
不機嫌なメイシー様に怯んで、全く声が出なかったのだ。弱気な自分が情けない。
ここがどこで、なぜ私が連れて来られたのか相変わらずさっぱり分からないけれど、やっとこの気まずい空間から抜け出せるのはありがたかった。
馬車を降りると、そこは立派なお屋敷の前だった。メイシー様と彼女に付き従う数人の騎士達から遅れないようついて行く。
「メイシー様。お久しぶりでございます」
屋敷の住人だろう。綺麗な身なりをした婦人が笑顔で迎えてくれる。
「突然来てごめんなさいね」
「いえ、メイシー様ならいつでも大歓迎ですわ」
二人は仲がいいのだろう。婦人と話すうちにメイシー様の顔に笑顔が戻っていく。
「そうそう、あなたに紹介したいと思っていたの。……アリスちゃん、ちょっとこちらへいらっしゃい」
メイシー様に手招きされ、婦人の前に進み出る。
「サブリナ、この子が噂のアリスちゃんよ」
噂のという言葉が気になるところだが、失礼にならぬよう婦人へ挨拶をする。こういう紹介をされた時の挨拶の仕方はルーカスに習ったばかりだ。夜会で必ず必要になるからとかなり厳しく躾けられたので、間違いはないはずだが、実践は初めてなので緊張する。
「アリスちゃん、こちらはわたくしのお友達のサブリナよ」
「メイシー様からお話をお聞きして、お会いしたいと思ってましたの」
年齢はメイシー様と同じくらいだろうか。サブリナ様は見るからに上品な貴婦人という感じの女性だった。サブリナ様の優しげな微笑みに緊張がとけていく。
「さぁ、こんな所に立っていたら冷えてしまいます。奥に行きましょう。お茶の支度をさせていますの。メイシー様の突然の訪問の理由をお聞きしたいわ」
通された部屋にはきらびやかなシャンデリアが輝き、豪華な装飾品が飾られていた。座るよう勧められた椅子の細工も見事だ。広い座面のクッションはすごく弾力があり、座り心地がたまらなく良かった。
さすが王妃様とそのお友達だけあって、二人ともこのきらびやかな空間に見事なまでに溶け込んでいる。それに比べて私の貧相さといったら……二人と同席するのがなんだか申し訳ない。
こんな私でも、普段はそれなりに綺麗な格好をするよう努力しているつもりだ。まぁ身だしなみに気をつけなきゃアナベルやルーカスが煩いからなんだけど。
なのに今日に限って、私は見た目より暖かさを重視したひどくラフな格好をしている。朝早くウィルバートの見送りをした時に、コートさえ着てれば中は見えないんだし何でもいいかっという感じでいたためだ。前もって連行するって言っといてくれたら、ちゃんとお洒落してたのに。
この屋敷で働く者達も、私の事は噂で聞いているのだろう。皆の、「あれが、あの!?」的な視線をビシバシと感じる。それだけでも辛いのに、私を見た時の期待外れというような皆のガッカリした顔。あの顔を見るたびに胸が痛んだ。
「本当、申し訳ありません……」
「なぁに、突然?」
メイシー様とサブリナ様がきょとんとした顔で私を見ている。そりゃまぁそうよね。席についていきなり謝ったんじゃ意味が分からなくて当然だ。それでもこの私のいたたまれなさは、こうやって謝りでもしない限り消えてはくれない。
顔を見合わせていたメイシー様とサブリナ様が同時にクスクスと笑い始めた。
「アリスちゃん、そんな暗い顔しないで。見てごらんなさい。とっても美味しそう」
私が鬱々としている間に、テーブルの上はお菓子やパンでいっぱいになっていた。私の前に置かれた可愛らしい花柄のティーカップからは暖かそうな湯気が立ち昇っている。
「どれでもお好きなものをお取りくださいね」
「は、はい。ありがとうございます」
よかった。私より先にお腹の方がくぅっと小さく返事をした事には気づかれてないみたいだ。
朝食をとっていない私のお腹はぺこぺこだった。次はきっと大音量で音を立てるだろう。そうなっては恥ずかしい。食い意地がはってると思われるかもしれないが、ここは遠慮なく食べさせてもらおう。
うーん。どれから食べようか……
どれも美味しそうで、見ているだけでテンションがあがっていく。お菓子も食べたいけれど、まずはやっぱりお腹にたまるパンだ。数あるパンの中から、小さな白パンを手にとった。
「んー」
あまりの柔らかさに声がもれる。何これ、ふわっふわなんだけど。ただの白パンだと思って侮っていたけれど、これはすごい。あまりの美味しさに再びパンに手が伸びる。
クスクスという笑い声で、メイシー様とサブリナ様の視線が私に集まっていることに気づいた。
「アリスちゃんは本当においしそうに食べるわね」
「本当に。とっても可愛らしいですね」
可愛いと言われるのは嫌いじゃないけれど、なんだか幼い子供扱いされているようでちょっぴり複雑だ。私を見守るようなメイシー様とサブリナ様の瞳は優しくて何だか照れ臭い。
メイシー様のお茶のお代わりが運ばれて来るのを待って、サブリナ様がゆっくりと語りかけた。
「メイシー様、そろそろ今回の逃走劇の原因についてお話くださいますか?」
馬車に揺られながら向かいの席に座る人物の様子をこっそり伺う。口をキッと真横に結び、不愉快そうな表情を隠すことなく窓の外を眺めているのは、ウィルバートの母親のメイシー様だ。
私はどこに連れて行かれるんだろう……
馬車はゆっくりとしたスピードで王宮から遠ざかっていく。狭い馬車の中、明らかに怒っいる様子のメイシー様と二人きりというのはかなり気まずい。
まさかウィルを見送ったすぐ後で、こんな大事件が起こるなんて思ってもみなかった。ウィルは視察がどうとかで、朝早く王宮を出発して国境付近の村へ向かったばかりだ。
ウィルを乗せた馬車が見えなくなるまで手を振って、「さぁ部屋に戻ってもう一度寝直そう」なぁんてのんきな事を考えていた時だった。
突然3人組の男に名前を呼ばれた。服装からして王宮騎士団の5つの小隊のどれかに所属する人達だろう。小隊は色でどの隊かが見分けられるようになっている。この色は第何小隊だったっけ?
私が思い出すのを待つことなく、突然男二人が私の左右に立った。
「王妃様の命により、身柄を拘束させていただきます」
そうそう。王妃であるメイシー様の護衛の人達の色だったわっと思い出した瞬間、男達が私の両脇を抱えるようにして歩きだした。
「アリス様!!」
隣にいたアナベルの驚きを伴った叫び声が聞こえるが、大きな男達に視界を塞がれてアナベルの姿は確認できなかった。
「ど、ど、どういうことですか?」
私を抱えたままだというのに、二人の男の歩くスピードはとても早い。なんとか男達から逃れたかったが、がっちりと掴まれていて全く動くことができない。かろうじて足は動かせたが、地面から浮いている状態ではジタバタしてもさほど意味はないように思えた。
この人達、一体なんなの?
突然の出来事に、恐怖よりも驚きの方が大きかった。抱えられたまま運ばれる私の前には、3人組の1人、さっき私に話かけてきた男が先導するかのように歩いている。
「王妃様の命により、身柄を拘束させていただきます」
この男は間違いなくそう言った。メイシー様が私を拘束なんて……私ってば、気付かないうちに何かやらかしちゃったのかしら?
私がメイシー様にお会いしたのは一度だけだ。ウィルと庭園を散歩デートしている途中に出会い、一緒に夕食をとった。でもそれは秋のことなので、今頃身柄を拘束される理由にはならないだろう。
頭の中で様々な考えをめぐらせるうちに、男達は私を投げ込むようにして馬車へと押し込んだ。なんて乱暴な。抗議する間もなく、バタンと馬車のドアがしまる音が虚しく響いた。
「よし、出発だ」
外で誰かが叫んだ声を合図に、馬車がゆっくりと走り出した。
「ちょっ」
慌ててドアに手をかけようとするが、馬車がガタンと大きく揺れよろめいてしまった。
「アリスちゃん、大丈夫?」
なんとかこけずに持ちこたえた私の耳に可愛らしい声が聞こえた。
「メイシー様!?」
「そんなところに座ってないで、そちらの椅子にお座りなさい」
ここで逆らっても意味がない。大人しくメイシー様の向かいの席に腰掛けた。
本当は私をここに連れて来た理由、そしてこれからどこに行くのかなどメイシー様に聞きたいことがたくさんある。でもこれだけ不機嫌そうなメイシー様の顔を見ていたら言葉をかけることすら躊躇ってしまう。
でもまぁ、メイシー様が同じ馬車に乗ってるってことは、変な場所に連れて行かれたりはしないでしょう。連れて来られるまでの扱いがまるで罪人のようだったから、牢屋にでもいれられるのではと少し不安だったのだ。
馬車はしばらく走り続け、やがてゆっくりと停止した。外からドアが開けられると、メイシー様が待ってましたとばかりに外に出ていく。その後ろ姿を見送って、はぁっと大きく息を吐いた。
結局一言も喋れなかったわ。
不機嫌なメイシー様に怯んで、全く声が出なかったのだ。弱気な自分が情けない。
ここがどこで、なぜ私が連れて来られたのか相変わらずさっぱり分からないけれど、やっとこの気まずい空間から抜け出せるのはありがたかった。
馬車を降りると、そこは立派なお屋敷の前だった。メイシー様と彼女に付き従う数人の騎士達から遅れないようついて行く。
「メイシー様。お久しぶりでございます」
屋敷の住人だろう。綺麗な身なりをした婦人が笑顔で迎えてくれる。
「突然来てごめんなさいね」
「いえ、メイシー様ならいつでも大歓迎ですわ」
二人は仲がいいのだろう。婦人と話すうちにメイシー様の顔に笑顔が戻っていく。
「そうそう、あなたに紹介したいと思っていたの。……アリスちゃん、ちょっとこちらへいらっしゃい」
メイシー様に手招きされ、婦人の前に進み出る。
「サブリナ、この子が噂のアリスちゃんよ」
噂のという言葉が気になるところだが、失礼にならぬよう婦人へ挨拶をする。こういう紹介をされた時の挨拶の仕方はルーカスに習ったばかりだ。夜会で必ず必要になるからとかなり厳しく躾けられたので、間違いはないはずだが、実践は初めてなので緊張する。
「アリスちゃん、こちらはわたくしのお友達のサブリナよ」
「メイシー様からお話をお聞きして、お会いしたいと思ってましたの」
年齢はメイシー様と同じくらいだろうか。サブリナ様は見るからに上品な貴婦人という感じの女性だった。サブリナ様の優しげな微笑みに緊張がとけていく。
「さぁ、こんな所に立っていたら冷えてしまいます。奥に行きましょう。お茶の支度をさせていますの。メイシー様の突然の訪問の理由をお聞きしたいわ」
通された部屋にはきらびやかなシャンデリアが輝き、豪華な装飾品が飾られていた。座るよう勧められた椅子の細工も見事だ。広い座面のクッションはすごく弾力があり、座り心地がたまらなく良かった。
さすが王妃様とそのお友達だけあって、二人ともこのきらびやかな空間に見事なまでに溶け込んでいる。それに比べて私の貧相さといったら……二人と同席するのがなんだか申し訳ない。
こんな私でも、普段はそれなりに綺麗な格好をするよう努力しているつもりだ。まぁ身だしなみに気をつけなきゃアナベルやルーカスが煩いからなんだけど。
なのに今日に限って、私は見た目より暖かさを重視したひどくラフな格好をしている。朝早くウィルバートの見送りをした時に、コートさえ着てれば中は見えないんだし何でもいいかっという感じでいたためだ。前もって連行するって言っといてくれたら、ちゃんとお洒落してたのに。
この屋敷で働く者達も、私の事は噂で聞いているのだろう。皆の、「あれが、あの!?」的な視線をビシバシと感じる。それだけでも辛いのに、私を見た時の期待外れというような皆のガッカリした顔。あの顔を見るたびに胸が痛んだ。
「本当、申し訳ありません……」
「なぁに、突然?」
メイシー様とサブリナ様がきょとんとした顔で私を見ている。そりゃまぁそうよね。席についていきなり謝ったんじゃ意味が分からなくて当然だ。それでもこの私のいたたまれなさは、こうやって謝りでもしない限り消えてはくれない。
顔を見合わせていたメイシー様とサブリナ様が同時にクスクスと笑い始めた。
「アリスちゃん、そんな暗い顔しないで。見てごらんなさい。とっても美味しそう」
私が鬱々としている間に、テーブルの上はお菓子やパンでいっぱいになっていた。私の前に置かれた可愛らしい花柄のティーカップからは暖かそうな湯気が立ち昇っている。
「どれでもお好きなものをお取りくださいね」
「は、はい。ありがとうございます」
よかった。私より先にお腹の方がくぅっと小さく返事をした事には気づかれてないみたいだ。
朝食をとっていない私のお腹はぺこぺこだった。次はきっと大音量で音を立てるだろう。そうなっては恥ずかしい。食い意地がはってると思われるかもしれないが、ここは遠慮なく食べさせてもらおう。
うーん。どれから食べようか……
どれも美味しそうで、見ているだけでテンションがあがっていく。お菓子も食べたいけれど、まずはやっぱりお腹にたまるパンだ。数あるパンの中から、小さな白パンを手にとった。
「んー」
あまりの柔らかさに声がもれる。何これ、ふわっふわなんだけど。ただの白パンだと思って侮っていたけれど、これはすごい。あまりの美味しさに再びパンに手が伸びる。
クスクスという笑い声で、メイシー様とサブリナ様の視線が私に集まっていることに気づいた。
「アリスちゃんは本当においしそうに食べるわね」
「本当に。とっても可愛らしいですね」
可愛いと言われるのは嫌いじゃないけれど、なんだか幼い子供扱いされているようでちょっぴり複雑だ。私を見守るようなメイシー様とサブリナ様の瞳は優しくて何だか照れ臭い。
メイシー様のお茶のお代わりが運ばれて来るのを待って、サブリナ様がゆっくりと語りかけた。
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