王太子殿下は小説みたいな恋がしたい

紅花うさぎ

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 おおーっと!!
 まさか、そういう返しがくるとは!!

 てっきり誤魔化したり、はぐらかされたりするかと思ってたのに。こんなにダイレクトに返されたら困っちゃうじゃない。

 しかも見慣れてきたとはいえ、相手は見つめられるだけで魂を吸い取られちゃいそうなほどの美形だ。好きだと言われて、狼狽ないなんてムリムリ!!

「あ、あの……その……」

 まともに返事すらできない私は、もはやラウルに勝てそうもない。ラウルが慌てている私を見ている姿は余裕そのものだ。

「本当にあなたは可愛らしい人ですね」

 ラウルがキラッキラの微笑みを浮かべ私を見た。途端に頭の中が急激に冷えていく。

 違う……私の知っている「可愛い」という言葉はこんなに冷たい響きじゃない。この人は、私の事を好きだとも、可愛らしいとも思っていない。

「ラウル様の『可愛い』には、愛がありません」

「愛?」

「はい。私が今までにもらった『可愛い』という言葉はとても温かい言葉でした。でもラウル様の言葉は……」

「私の言葉は冷たいということですか?」
 ラウルの言葉に力強く頷いた。

 この世界に来て、何度「可愛い」という言葉をもらっただろう。私を愛おしそうに見つめながら「可愛い」と言ってくれるウィルの言葉には、私を幸せにしてくれる力があった。

 ラウルがフッと軽く笑った。
 気のせいだろうか? 私を見つめる目に、微かだが蔑むような色が滲んでいる。

「あなたに可愛いと言った方は、余程あなたの事が好きだったのでしょうね」

「……はい。とても大切にされていたと思います」

 その事になんで私は気づかなかったんだろう。ウィルはあんなにも私を想っていてくれたのに。
 ウィルみたいな素敵な人が私の事なんて……とか、どうせそのうち心変わりされちゃうだろうとか考えて、ウィルがくれる愛情を大切にしていなかった。

 こんな事、今更考えても仕方ないわね……

 ウィルの愛情は離れて、私達もこうしてバラバラな場所にいる。

 今私のすべき事は、エドワード達が全ての問題を解決するまで、目立たず生き残ることだ。

「フッ……フフフフ……」
 突然ラウルが笑い出した。
「とても大切に……ですか……」
 ラウルの声はとても冷たい。

「それはエドワードの事でしょうか? それとも他の誰かなのでしょうか?」
 ラウルの瞳に捉えられ、体に震えが走る。

 このラウルの瞳は何なのだろう?
 睨むとも蔑むとも全く違う……憎悪とでもいうべきだろうか? ラウルのぎらついた目に恐怖を感じる。

 ラウルは誰を憎んでるの? 私? それとも……?

「ラウル様は……ウィルバート様の事を嫌いなんですか?」

「……さぁ……どうでしょうか?」
 そう言うとラウルは立ち上がった。

「夜も遅いですし、私はこれで失礼いたします」
 別れの挨拶をしたラウルは、今度は挑むような視線を投げかけて部屋を出て行った。

 あの輝く程の清らかさと、眩いまでの美しさで私を魅了していた人はどこに行ったのだろう? 同一人物だとは思えないほどの変わりっぷりに、体の力が抜けていく。

「なにあれ、食えない男ね」

「本当に……」
 って、誰?

 思わず同意しちゃったけど……誰の声だったのだろう? マリベルはラウルを送って行ったから、今この部屋には私しかいないはずだ。

 誰もいないのに声が聞こえる。こんなホラーチックな時には決まってノックがいるんだけど。ノックにしては声が高かったような気が……

「どこ見てんのよ!! ここよ、ここ」

 声を手がかりに姿を探すと……いた!!
 ヒラヒラと蝶のように舞う優雅な姿を見て、やっぱりノックだったのかと思った瞬間、目を疑った。

「ノ、ノック!? その格好、一体どうしちゃったんですか?」

 全身のサイズや羽の光具合はいつも通りなのに、その姿はどう見てもノックではなかった。

 どこからどう見ても少年だったノックが、美少女になってしまったなんて!!

「そんなに驚くような事じゃないでしょ。ちょっと考えたら分かるじゃない」
 どうやら偉そうな態度は変わってないらしい。

 考えたらって言われても……あっ!!

「分かった。脱皮!! 脱皮したんで……いたっ!!」

 言い終わらないうちに額に強烈な蹴りをくらってしまった。額を押さえてうずくまる私に、ノックが罵声を浴びせてくる。

「あんたさぁ、馬鹿なの? 私が脱皮なんかするわけないでしょ。それとも何? あんたは私の事、虫か何かだと思ってるわけ?」

「いや、虫だと思ってるわけじゃ……」

「じゃあ何で脱皮とかいう考えが浮かんでくんのよ!! ノックから頼まれたから仕方なく来てあげたのに、馬鹿にするのもいい加減にしてよね」

 体の小ささからは考えられないほどの勢いに押されてしまう。でもやっと分かった。

「ノックじゃないんですね」

「当たり前でしょ? どこをどう見たら私がノックに見えるって言うのよ!!」

 サイズ感が同じだからてっきりノックかと思ったけど、どうやら別人だったようだ。確かによく見るとノックと羽の数が違っている。確かノックの羽は3枚だったはずだが、目の前の少女の背中には4枚の羽が輝いている。

「あ、あの……あなたもノックと同じ本の神様なんですか?」
 私の質問に少女はフンっと鼻をならした。

「そうよ。私はタルーナ。ノックに頼まれて、仕方なくあなたに会いにきてあげたの」

 タルーナは肩にかかる長い髪をふわっとかきあげながら、再びフンっと鼻をならした。

「それなのにノックなんかと間違えられるなんて、やんなっちゃうわ」

「ご、ごめんなさい」

 なんだろう。本の神様って皆こんな感じで態度がデカいのかしら。横柄さからしたら、ノックもタルーナも大差ないように思える。

「今日は、どうしてノックじゃないんですか?」

 ノックが自分で来ずに、わざわざタルーナを私の所に来させたのには意味があるのだろうか?

 そう言えば長い事ノックに会ってない気がするけど、元気かしら? 最近色々ありすぎて、ノックの事なんてすっかり頭から抜け落ちちゃってたんだけど。

「あー、ノックは羽が欠けてるから、担当地域から出られないのよね」

 っとその時、ラウルを送っていたマリベルが部屋に帰って来た。

「アリー様、今どなたかとお話されてませんでしたか?」

「う、ううん。ちょっとした独り言よ」

 これはまずい状況だ。マリベルにタルーナの存在を気づかれるわけにはいかない。慌ててお休みを言い寝室にこもる。

 ふぅっ。何とかバレずにすんだとほっとしたのも束の間、「ちょっと!!」っとタルーナの大きな声が寝室に響く。

 だめー。そんなに大きな声じゃマリベルに気づかれちゃう。お願いだから静かにしてー!!

 慌てて人差し指を口に当て、小さな声で「シー!」っと合図をする。

「あんたって、気が小さいのね。少しくらいバレてもいいかってくらいの度胸がなきゃ、いい女とは言えないわよ」

「だって……バレたら存在が消えちゃうんですよ。そんなの怖すぎるじゃないですか」

 私の言葉にタルーナが首を傾げた。どうやら私の言っている事がピンとこないらしい。

『ノックのような本の神様の存在や、私がこの世界に来た理由である本の結末が他の人に知られるような事になったら、私の存在はこの世界からも元いた世界からも消されてしまう』

 これはこの世界に来た最初の頃に、ノックから言われた事だ。存在消されちゃうのに、少しくらいバレてもいっかなんて考えられない。

「ふーん……ノックってば、そういう設定にしてるんだ……」
 私の話を黙って聞いていたタルーナが、小さな声でボソッと呟いた。

「えっ!? 設定って?」

「別に。こっちの事よ。それより、あんた今日誕生日なんでしょ?」

 タルーナがポケットから小さな何かを取り出し私に投げた。小さなタルーナのポケットに入るほど小さかったそれは、私の手の中に収まると同時にポンっと小さなケースへと形を変えた。

「これは……?」

「ノックから頼まれたの。自分はあんたに会いに来れないから、代わりに渡してほしいって」
 ケースの中には青い大きな宝石がついた、金色の指輪が入っていた。

「王子からのプレゼントらしいわよ。部屋にあったのをこっそりとって来たんだって」

 えっ……それって大丈夫なの?

 王子ってウィルの事だろうけど、これが私へのプレゼントだとは限らない。というよりむしろ、グレースへのプレゼントの可能性の方が高い気がする。

 受け取り拒否をした私にタルーナが、
「何言ってんの!! もらえるものは、もらわなきゃ損よ」
 っと捲し立てる。

 タルーナは態度も横柄だけど、発言の内容まで神様らしくない。本当にこれで神様業やっていけてるのかしらと、関係ないながらも心配になってしまう。

「でも今日中に渡せて良かったわ」

 そう言うとタルーナは時計を見た。時計は後2、3分で0時になろうとしている所だった。

 私の誕生日が終わる直前、タルーナがとても柔らかな笑顔を見せた。
「アリス、18歳の誕生日おめでとう」

 どうして神様っていうのは、いつも自分の都合で話すだけ話して消えちゃうのかしら?

 私にお礼すら言う間も与えず消えてしまったタルーナに、心の中で「ありがとう」と呟いた。
さっきまであんなに寂しいと思っていたのが嘘のように、心の中は温かかった。
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