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第2話
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ユージンに促され数百年前に建てられた古城を出る。
二人を見送る使用人は他には誰もいなかった。皇族は数多くの騎士に護衛され、召使いに傅かれるのが当然なのに。
ルーリーとユージンは落ち葉が散る森の中を歩いていく。その先には付近の寒村に暮らすの村人が利用する小さな教会があった。
ルーリーたちの暮らす古城と同じく忘れ去られたように閑散としている。数年前までは敬虔な老神父がいたのだが、亡くなってからなかなか新しい聖職者が派遣されない。誰もこんな寂しい土地に来たくはないのだろう。
ルーリーとユージンは裏手の墓地に回り込むと、その片隅にある墓石の前で立ち止まった。エウフェミアの名前と生没年以外は何も書かれていない簡素なものだ。白バラの花束を供えて祈りを捧げる。
ルーリーはエウフェミアが高貴な身分であることを知っていた。本来こんな寂しいところで孤独な眠りにつくはずではなかったのにと悲しくなる。皇族の先祖代々の墓所、あるいは壮麗な貴族の霊廟に埋葬されるはずだった。
ユージンの母エウフェミアは実は前皇帝の皇女だ。なのに、こんな辺境の地に追いやられたのは、すでに有力貴族の婚約者がいたのに裏切り、父親が誰とも知れぬ子を孕んだからだった。
一体誰の子なのかと問い詰められても、相手の男は秘密の恋人でもう死んだとしか言わない。その後月満ちて生まれたのがユージンだった。
皇族は金髪碧眼が多いのにユージンは紅毛銀目。正体不明の父親の血を色濃く受け継いでしまっていた。
娘にも自分にも似なかったユージンを前皇帝は孫だと認めなかった。朕には初めから皇女などいなかったのだと、エウフェミアの皇族籍を抹消し、辺境の廃墟となりかけた離宮に追放。
その後母子は前皇帝の最後の慈悲だった、死なない程度の仕送りでなんとか暮らしていた。
そして、ルーリーがそんな見捨てられた母子と出会い、侍女として仕えることになったのはまったくの偶然からだった。
ユージンによるとルーリーは今から六年前の冬の日、森で倒れて雪に埋もれていたのだという。くすんだ麦わら色の長い髪が解けて散らばり、粗末な服を身に纏ったその冷たい体は、痩せ細って今にも死にそうだったと。
エウフェミアはユージンに助けてあげてと懇願されたのもあって、ルーリーを古城に連れて戻り、意識が戻るまで看病を続けた。
ルーリーが目覚めたのは拾われてから三日後。幸い後遺症はなかったものの、自分の名前以外の記憶を失っていた。年の頃は十一、二歳頃だろうと思われたが、身元を証明するものは何も持っていない。
エウフェミアはルーリーを捨て子ではないかと考えた。この辺りの村では口減らしの習慣があり、子ども、特に女児を森に捨てることがあると聞いていたからだ。
ならば帰る家もあるまいと、エウフェミアはルーリーを城に置いてやることにした。ルーリーが負い目を感じないよう、自分たちの事情も打ち明け、捨てられた者同士助け合って生きていこうと。
ルーリーもそんなエウフェミアに恩を感じ、料理、洗濯、掃除、裁縫から庭仕事までなんでもこなした。もちろんユージンの子守りもだ。毎日のように遊び相手になってやった。
記憶を失う前は家をよく手伝っていたのか、要領よくなんでもできるので、エウフェミアは「ルーリーは優秀な侍女ね」と喜んでくれた。
それから数年も経つと、三人は皇族と召使いというよりは、家族のような感覚になっていた。ルーリーは身分違いだとは理解しながらもエウフェミアを母、ユージンを弟さながらに大切に思っていた。ユージンもそう感じてくれていると嬉しいとも。
そんな温かい関係を築けていたので、三年前エウフェミアが病に倒れ、あっという間に弱って死んでしまった時には、実の母を亡くしたように悲しかった。
エウフェミアは今際の際にルーリーの手を取りこう遺言した。
『ルーリー、ユージンをよろしくね。あの子にとってあなたはたった一人の家族だから……』
ルーリーはエウフェミアのためにもユージンが望む限りはそばにいるつもりだった。恋愛だの結婚だのの自身の幸福などよりも、エウフェミアの忘れ形見のユージンの方ずっとが大切だったのだ。
ユージンとルーリーは墓参りを終えると、再び元来た森の中の道を戻っていった。足元の落ち葉がサクサクと音を立てる。
不意にユージンが立ち止まる。背後に控えていたルーリーもそれに合わせた。
「ユージン様、どうしました?」
「六年前俺がルーリーを見つけたのはこの辺りだったんだ」
足元に細めた目を落とす。
「まあ、そうだったんですか。ありがとうございます。ユージン様がいなければ死んでいました」
結局今でもルーリーの身元はわかっていない。誕生日はユージンに発見された日に、年齢は当時十一歳だったということにしてある。
「……」
ユージンがそれきり黙り込んでしまったので、ルーリーは一体どうしたのだと首を傾げた。
やはり朝から様子がおかしい。
何があったのかと聞こうとしたところで、ユージンがいきなり振り返ったので目を瞬かせる。シルバーグレーの瞳に瞬く強い意志の光は、ルーリーがドキリとするほど真摯だった。
更に続けて言われたセリフに度肝を抜かれる。
「十二歳になったら言おうと決めていた。俺と結婚してほしいんだ」
「……今なんて?」
青天の霹靂どころではなかった。
二人を見送る使用人は他には誰もいなかった。皇族は数多くの騎士に護衛され、召使いに傅かれるのが当然なのに。
ルーリーとユージンは落ち葉が散る森の中を歩いていく。その先には付近の寒村に暮らすの村人が利用する小さな教会があった。
ルーリーたちの暮らす古城と同じく忘れ去られたように閑散としている。数年前までは敬虔な老神父がいたのだが、亡くなってからなかなか新しい聖職者が派遣されない。誰もこんな寂しい土地に来たくはないのだろう。
ルーリーとユージンは裏手の墓地に回り込むと、その片隅にある墓石の前で立ち止まった。エウフェミアの名前と生没年以外は何も書かれていない簡素なものだ。白バラの花束を供えて祈りを捧げる。
ルーリーはエウフェミアが高貴な身分であることを知っていた。本来こんな寂しいところで孤独な眠りにつくはずではなかったのにと悲しくなる。皇族の先祖代々の墓所、あるいは壮麗な貴族の霊廟に埋葬されるはずだった。
ユージンの母エウフェミアは実は前皇帝の皇女だ。なのに、こんな辺境の地に追いやられたのは、すでに有力貴族の婚約者がいたのに裏切り、父親が誰とも知れぬ子を孕んだからだった。
一体誰の子なのかと問い詰められても、相手の男は秘密の恋人でもう死んだとしか言わない。その後月満ちて生まれたのがユージンだった。
皇族は金髪碧眼が多いのにユージンは紅毛銀目。正体不明の父親の血を色濃く受け継いでしまっていた。
娘にも自分にも似なかったユージンを前皇帝は孫だと認めなかった。朕には初めから皇女などいなかったのだと、エウフェミアの皇族籍を抹消し、辺境の廃墟となりかけた離宮に追放。
その後母子は前皇帝の最後の慈悲だった、死なない程度の仕送りでなんとか暮らしていた。
そして、ルーリーがそんな見捨てられた母子と出会い、侍女として仕えることになったのはまったくの偶然からだった。
ユージンによるとルーリーは今から六年前の冬の日、森で倒れて雪に埋もれていたのだという。くすんだ麦わら色の長い髪が解けて散らばり、粗末な服を身に纏ったその冷たい体は、痩せ細って今にも死にそうだったと。
エウフェミアはユージンに助けてあげてと懇願されたのもあって、ルーリーを古城に連れて戻り、意識が戻るまで看病を続けた。
ルーリーが目覚めたのは拾われてから三日後。幸い後遺症はなかったものの、自分の名前以外の記憶を失っていた。年の頃は十一、二歳頃だろうと思われたが、身元を証明するものは何も持っていない。
エウフェミアはルーリーを捨て子ではないかと考えた。この辺りの村では口減らしの習慣があり、子ども、特に女児を森に捨てることがあると聞いていたからだ。
ならば帰る家もあるまいと、エウフェミアはルーリーを城に置いてやることにした。ルーリーが負い目を感じないよう、自分たちの事情も打ち明け、捨てられた者同士助け合って生きていこうと。
ルーリーもそんなエウフェミアに恩を感じ、料理、洗濯、掃除、裁縫から庭仕事までなんでもこなした。もちろんユージンの子守りもだ。毎日のように遊び相手になってやった。
記憶を失う前は家をよく手伝っていたのか、要領よくなんでもできるので、エウフェミアは「ルーリーは優秀な侍女ね」と喜んでくれた。
それから数年も経つと、三人は皇族と召使いというよりは、家族のような感覚になっていた。ルーリーは身分違いだとは理解しながらもエウフェミアを母、ユージンを弟さながらに大切に思っていた。ユージンもそう感じてくれていると嬉しいとも。
そんな温かい関係を築けていたので、三年前エウフェミアが病に倒れ、あっという間に弱って死んでしまった時には、実の母を亡くしたように悲しかった。
エウフェミアは今際の際にルーリーの手を取りこう遺言した。
『ルーリー、ユージンをよろしくね。あの子にとってあなたはたった一人の家族だから……』
ルーリーはエウフェミアのためにもユージンが望む限りはそばにいるつもりだった。恋愛だの結婚だのの自身の幸福などよりも、エウフェミアの忘れ形見のユージンの方ずっとが大切だったのだ。
ユージンとルーリーは墓参りを終えると、再び元来た森の中の道を戻っていった。足元の落ち葉がサクサクと音を立てる。
不意にユージンが立ち止まる。背後に控えていたルーリーもそれに合わせた。
「ユージン様、どうしました?」
「六年前俺がルーリーを見つけたのはこの辺りだったんだ」
足元に細めた目を落とす。
「まあ、そうだったんですか。ありがとうございます。ユージン様がいなければ死んでいました」
結局今でもルーリーの身元はわかっていない。誕生日はユージンに発見された日に、年齢は当時十一歳だったということにしてある。
「……」
ユージンがそれきり黙り込んでしまったので、ルーリーは一体どうしたのだと首を傾げた。
やはり朝から様子がおかしい。
何があったのかと聞こうとしたところで、ユージンがいきなり振り返ったので目を瞬かせる。シルバーグレーの瞳に瞬く強い意志の光は、ルーリーがドキリとするほど真摯だった。
更に続けて言われたセリフに度肝を抜かれる。
「十二歳になったら言おうと決めていた。俺と結婚してほしいんだ」
「……今なんて?」
青天の霹靂どころではなかった。
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