魔術師は黒猫がお好き-転生使い魔の異世界日記-

東 万里央(あずま まりお)

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プロローグ「青空とお日様」

002.転生先はケット・シー(2)

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 ……ここはどこ? 暗くて、狭くて、怖い。お母さんはどこへ行ってしまったの? 

 怯える私の耳にみゃあという鳴き声が届く。そして温かいものが横から押し付けられた。

 みゃあ? みゃあって猫の声だよね? クロゼットに猫が入り込んだのかな? この柔らかいかたまりは猫なのかな? 

 だったらどこかにすき間があるのだろうか。私もこの何も見えないところから、こっそり抜け出せるかもしれない。

 私はやっとの思いで身体を起こした。とたんに違和感を覚えて首を傾げる。

 私の身体って四つ足だったっけ? ううん、それより私の身体って……どんな身体だったっけ? 

 私はようやく何も覚えていないことに気が付いた。

 名前は? 何歳? 住所は?

 分からない。自分のことなのに、何も分からない。

 真っ暗闇の中で私は途方に暮れ立ち尽した。恐怖が悲鳴となってお腹の奥から漏れ出る。

「みゃぁ」

 私は泣いた。のどが枯れるほど泣いた。

 誰か、助けて。

「みゃぁああああ……!!」

 お母さん、お母さん……!!

「みゃぁぁぁ。みゃぁぁぁ!!」

 私を、一人にしないで……!!

 願いを聞き届けてくれたのは、はたして神様だったのだろうか。

「――ずいぶん元気なやつが一匹いるな。ああ、こいつだけ真っ黒だ」

 私は前触れもなくすっと脇に手を差し込まれると、ふわりと持ち上げられ宙に掲げられた。足が床から離れぶらぶらと揺れている。

「やっぱり真っ黒だ。夜の使いみたいだな」

「みゃ、みゃあっ!?」

 私は男の人の低く心地のいい声と、大きな手に驚き思わず暴れた。

「っと、人間が怖いのか?」

 続いて「フッヒッヒッヒ」とお婆さんが笑うのが聞こえる。

「お若いの、メスの子猫の扱いには気を付けなきゃならないよ。何、人間の女と同じさ。その子が気に入ったのかい?」

 お婆さんは「けどねぇ」と溜め息を吐き男の人に告げる。

「その子はあんたの欲しがる使い魔にはなれないよ。それどころかケット・シーとも言えるかどうか。身体も小さけりゃ魔力も他の子と比べてひどく弱いからね。下手をすればただの四つ足の猫のままだろう」

 男の人が「それはなぜだ?」と声をひそめて尋ねた。お婆さんは「ひどい話だよ」と呟く。

「その子達の母猫は馬鹿な冒険者が狩っちまってね。そいつは双竜の期間はケット・シーの繁殖期、禁漁期だってのが頭から抜けていたのさ。おかげで黒い子だけ初乳を飲み損ねてしまった。哺乳の魔物の成長とステータスは初乳が起爆剤になるからね」

 辺りが一気に静かになってしまう。

「……その馬鹿はどうなった」

 男の人の声には静かな怒りが混じっていた。お婆さんは「フッヒッヒッヒ」とまた笑う。

「罰金一〇〇ゴールドとギルドカードの没収さ。どうやって食ってくんだって喚いていたが、密漁は罰則が重いから仕方がないね。せいぜい細々皿洗いでもやっているだろうて」

 お婆さんは話を終えると、「ところで」と男の人に尋ねた。

「使い魔にするならこのミケのメスなんてどうだい。半年もすれば立って歩き人化の術を身につけるだろう。きっと美人になるだろうから夜の共にもいい。このトラのオスは攻撃魔法の素養があるようだ。クエストやダンジョンで役に立つよ」

「……」

 男の人は答えない。私を抱き上げたままだ。

「そんなに黒い子がいいのかい? その子はどの魔術師にも引き取られないだろうから、毛皮用に道具屋に持って行こうと思っていたんだけどねぇ。フッヒッヒッヒ」

 私はお婆さんの笑い声を聞きながら、早く下ろしてくれないかなぁだなんて考えていた。ずっと宙ぶらりんはちょっと苦しいし、なんだか目がむずむずとして擦りたいの。あれ? 真っ暗闇に光が差し込んできた。

「ああ――」

 男の人が声を上げた。

「どうしたんだい?」

「今目が開くようだ」

 私はゆっくり、ゆっくりとまぶたを開けた。そして思わず息を呑む。

 私が生まれて初めて見たものは、澄み渡った晴れた空の青だった。なんて美しいものがあるのだろうと目を瞬かせる。それが私を抱く手の主の瞳の色だと知り、私は男の人から目を逸らすことができなくなった。

 男の人がきれいな唇を持ち上げ笑う。

「ははっ、まん丸の目で俺を見ている。俺の髪と同じ瞳の色だ」

 お日様のように眩しく輝く長い金の髪――私が泣くほど望んだ光がそこにはあった。

 男の人が「決めた」と私を抱き締める。優しく、温かく、広い胸だった。

「俺はやっぱりこいつにする」

「だが、その子はただの黒猫にしかなれない可能性が強いがいいのかい。食い扶持が増えるだけになるが」

「それくらいの甲斐性はあるさ」

 お婆さんは「やれやれ」と肩をすくめた。

「魔物使いや魔物の保護をやっていると、時々こういう縁に会うから不思議だよ」

 外見でも、能力でも、種族でもなく、理屈抜きで惹かれ合う魔術師と使い魔がいるのだそうだ。お婆さんは「恋のようだよ」と笑った。

「そうなのか。だったら俺は幸運だったな。名前は何がいいだろうな」

 男の人は私を顔のそばにまで近づけ、こつんとその額を私の額に当てた。

「俺は魔術師のクルトだ。真っ黒なおチビさん、これからよろしくな」

 これが一人と一匹の出会い。私とクルトとの長い旅の始まりだった。
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