太陽と月の禁断

東 万里央(あずま まりお)

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第2部

13.大地と樹木(7)

 瑠奈の手によりゆっくりと扉が開かれ、僕は彼女に続き病室へと足を踏み入れた。一瞬室内の眩しさに目を細める。壁は廊下と同じ淡いクリーム色で、サイドテーブルや棚は木造りの茶色だ。予想していたより暖かい印象がある。透ける白いカーテンの向こうからは、午後の穏やかな日の光が差し込んでいた。大地君はその光に包まれながら、小さな体をベッドに横たえていた。

 本当に小さいと息を呑んでしまう。体の大きさだけではなく肉づきも悪い。子ども特有の丸みが少なく痩せている。枕元のテディベアがひどく大きく感じた。松本さんの言った通りに髪は瑠奈と同じさらさらの栗色だ。肌は抜けるように白くきめが細かい。一方で、顔立ちは驚くほどあの男にそっくりだった。大人と子供の差を除けば生き写しと言っていい。紛れもなく双子の禁断の結果なのだと思い知らされ、僕は改めて衝撃を受けその場に立ち尽くすしかなかった。

 僕たちの足音が聞こえたのか、大地君がゆっくりと瞼を開ける。目を閉じてはいたが、眠っていたわけではないらしい。

「……おかあさん?」

 瑠奈はベッドに近付くと、大地君の額に手を置き、柔らかな微笑みを浮かべた。

「大地、おはよ。いい子にしていた?」
「おかあさんっ……」

 大地君は瑠奈の顔と声にその栗色の瞳をぱっと輝かせた。

「ぼく、いいこにしてたよ! きのうもきょうも、ごはんぜんぶたべた!」
「すごい! えらい!! 頑張ったね!!!」

 瑠奈に褒められ大地君は太陽のように笑う。昔の瑠奈そっくりの笑顔だった。思わずはっとなり目を奪われてしまう。その間に大地君は瑠奈に支えられ体を起こし、ふと背後にたたずむ僕に目を向けた。

「このおとこのひとは?」

 不思議そうに首を傾げ問いかけてくる。瑠奈は大地君の頭を撫でながら僕を見上げた。

「お母さんの昔からのお友達なの。ご挨拶してくれる?」

 大地君はニコニコしながら頷き、「こんにちは」とぺこりと僕に頭を下げた。体調もまだ万全とは言えないだろうに、大地君はとにかく明るく悲壮感は感じられない。僕も釣られて思わず笑顔になった。

「大地君、初めまして。僕は四十川一樹。おじさんでいいよ」

 瑠奈がぎょっとした顔になり僕を見上げた。

「一樹君まだおじさんって年じゃ……」
「いや、大地君からすれば立派なおじさんだろ?」

 大地君は僕と瑠奈とを代わる代わる見やっていたが、やがて「じゃあ、こうしよう?」とまたニコリと笑った。

「いつきおにいさん」

 「うん、それがいいや」と頷き、「おにいさん」と僕を見上げる。僕は「あ、ああ」と頷くしかなかった。

――まだ子どもなのに大人の会話の空気を読んだ。

 戸惑いながらも人気ロボットアニメのプラモデルを袋から出す。接着剤もカッターも必要ないタイプであり、ベッドの上でも手慰みに作れると踏んだのだ。

「大地君、これはお土産だ」

 大地君はプラモデルを受け取るなり、一気に目を輝かせた。興奮に頬が赤くなり「すごい」と呟く。

「すごい、すごい。おにいさん、ありがとう。これライオガーのだよね?」
「ああ、そうだよ」
「よかったねぇ、大地」

 今度は瑠奈がショルダーバッグの中から二冊の本を取り出した。

「これはお母さんが頼まれていたご本ね」

 絵本か漫画だろうかと瑠奈の手元に目を向け、僕はそのタイトルに仰天してしまった。トールキンの指輪物語の一冊だ。児童向けの簡略版ではない。

「大地君は漢字が読めるのか?」
「……」

 瑠奈は無言でこくりと頷いた。『大地君はちょっと普通の子と違います』――松本さんのとのやりとり今更ながらに思い出す。大地君はえっへんと誇らしげに胸を張った。

「ぼく、かんじもあるふぁべっともよめるんだ。えいごだってすうがくだって、ぜーんぶわかるんだから!まえせんせいにほめられたんだよ?」

 五歳で大人の本を読みこなし、ろくに外にも行っていないと言うのに、数学も英語も理解できるだなんて、それは既に普通の子どもとは言えない。大地君は僕の驚愕をよそに瑠奈に本を返した。照れくさそうに笑い瑠奈の胸に顔を寄せる。

「でも、ほんはおかあさんによんでもらうのがすき。おかあさん、またよんで?」
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