鸞翔鬼伝 〜らんしょうきでん〜

紗々置 遼嘉

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七章 帰参

二十.養子

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 翔隆が尾張に戻ったのは二月の十八日だった。
戻ると島津の首飾りを丁寧にしまってから、すぐに岐阜に出仕するが、会うなり信長に頭をパンと叩かれた。
「………」
翔隆は平服したまま固まる。
すると信長は離れて座り、じっと翔隆を見たままだ。
翔隆はそのまま喋る。
「…その…遅れました…」
「ん」
なにやら不機嫌だ…何故だろうか?
そう思いながらも顔を上げると、信長はぷいっとそっぽを向く。
「…滝川様が、北伊勢を攻略されたようで…」
「ん」
この話題でも無いらしい。
「あ、島津に行っておりました」
「…して」
報告を待っていたらしい。
翔隆はホッとしながらも話す。
「ご当主の三郎左衛門尉さぶろうざえもんのじょう様にお会い致しまして、手合わせをしましたが…傷を負っていたので倒れまして介抱して頂きました」
「ふん…何かもろうたか」
そう言われてギクッとすると、信長はこちらを見て片笑む。
「…置いてきたか」
「その…切支丹の首飾りに似てたので…置いてきました」
「クッ」
信長は笑ってから扇で翔隆を手招く。
翔隆は一礼して側に寄る。
「滝川左近が桑名城を取ったので、和睦に行く。出立は明日」
「はっ…」
「お主は髪を解いて付いて来い。例の髪の逆立つ術が使えよう?」
「…はぁ…」
「…察しが悪いな。まだ傷は癒えぬか」
「あ…戦いにて霊力ちからを使い過ぎまして…来月には、治せるかと…申し訳ございません」
そう言って平服すると、控えていた森傅兵衛可隆(十七歳)が咳払いをして喋る。
神戸かんべ家には三七丸さまが、長野家には三十郎さまがご養子となられる手筈となっておる」
三七丸は今年で十一歳となる信長の次男。
一方の三十郎信包のぶかねは二十六歳の信長の弟だ。
〈養子…となると向こうはごねるな〉
そう考えてやっと何をさせたいのかピンときた。
「…では、台詞は…」
「任せる。…良いな?」
「はっ!」
一礼して下がろうとすると、肩を扇で叩かれる。
「帰る前に三七に会っておけ。稽古も付けて貰えぬと駄々をこねておった」
「…はっ」
答えて翔隆は山頂の天主へ向かった。


「翔隆!」
庭で剣の稽古をしていた三七丸が気付いてすぐに駆け寄ってきた。
座敷の方から、茶筅丸も出てきて駆けてくる。
「翔隆!」
「三七丸様、茶筅丸様、お久しゅうございます……奇妙丸様は…?」
「兄上は馬の稽古じゃ。翔隆、外は寒いから中に入ろう」
と茶筅丸。
「折角会えたのだから、稽古を付けて貰いたい!」
と三七丸。
言い合って二人は翔隆の左右の手を握りながら睨み合った。
〈おやおや…あれ程仲が宜しかったお二人が、もう互いに意見を言い合うまでに成長されたのか…〉
翔隆はしみじみと思いながら、にこりとして歩き出す。
「まずは、お方様にご挨拶をさせて下さいませ」
そう言い翔隆は三七丸の母、坂奈々の下へ行き跪く。
「お久しゅうございます、お方様」
「お久しゅう、篠蔦どの…息災で何よりです」
「…しばし、お子をお預かり致します」
そうにっこり笑って言ってから、翔隆は二人を見る。
「さて…稽古しましょうか」
「!ま、待ってくれ…用意が…」
途端に茶筅丸が座敷に入っていってしまう。
翔隆は苦笑して見送り、立ち上がって置いてある木刀を手にする。
「さ、やりましょうか」
「お願い致す!」
三七丸は笑顔で言い、刀を構えた。


昼過ぎまで稽古を付けて、饅頭を貰って三七丸と共に座敷で食べた。
「…お覚悟は、宜しいか?」
翔隆は養子に行くという事を知っているのを聞いてから、尋ねる。
すると、三七丸はコクリと頷いた。
「…神戸かんべでは、大事に扱われると聞いておる。…誰かが何かを言ってきたら、切り捨てよと父上から教わった」
「…そうですね………養子となった後で、ごちゃごちゃと抜かしてくるような輩は切り捨てて構いません。ただ、己の目と耳で真実を見るようにして下さい。…何者にも惑わされたりしてはなりませぬ」
「ん!分かった!」
三七丸は笑顔で答える。
すると奥の座敷で昼寝をしている茶筅丸が
「分かった…」
と同じく返事をしたので、翔隆と三七丸は二人でクスクスと笑う。


  翌日。
三七丸やその母などの輿と共に、出発した。
一日掛けて伊勢に入ってから、更に翌日に神戸城に入る。
既に降伏した神戸かんべ友盛と、長野城の長野藤定が本丸で信長一行を出迎えた。
信長に続くは弟の織田三十郎信包、織田三七丸、その後に滝川左近尉一益(四十四歳)、柴田権六勝家と続いてその後に異形な者を見てギョッとした。
白い髪の藍染の直垂を着た翔隆が、髪をなびかせながら歩いてきたのだ。
出迎えの者達はざわめきながらも動揺を隠していた。

席に着くと、滝川一益が片笑んで言う。
「さて…ここでだが、どうかの。神戸どのはこの三七丸さまを、長野どのはこの三十郎さまを、それぞれにとされてはいかがかのぉ?」
「なっ…!?」
「悪い話では、無いと思うのだがなぁ…?」
滝川一益はニヤリとして言う。
再三の激しい攻撃に軍門に下ったとはいえ、これは余りな仕打ち…!
両名はギリッと歯噛みして押し黙った。
対して三七丸と三十郎信包は互いのとなる者を、真顔で見据えていた。
二人がいつまでも承諾しないのを見て、信長が顎をしゃくる。
すると翔隆が頷いてスーッと両名の前に来て顔を覗き込みながら言う。
「お受けなさるが、得策かと…存じまするがなぁ…?」
ニヤリと片笑んで言う翔隆の藍色の目が光り、白銀の髪がユラリと立ち昇って見えて、神戸と長野は「ひいっ!」と短い悲鳴を上げながらも後ろに飛び退いた。
織田側は一切、何にも動じていないのが更に恐怖を煽った。
「あ、ありがたく、お受け致しまするっ!」
初めに平伏したのは神戸友盛。続いて長野藤定も蒼白して平伏する。
「我が方も有り難く!!」
「そうか、これはめでたいの、アッハッハッハッハ!」
信長は心底可笑しくて笑いながら言った。
その二人の怯えきった姿が可笑しくて、笑いが抑えきれなかったのだ。
あらかじめ知らされていた皆は、見ないようにして心中でハラハラしていた。

 それから守りを固めて、二日後には岐阜に帰った。
帰るなり信長は玄関で笑い出す。
「はっはっはっはっ!臆病者めらが!見たかあの顔!」
「はっ、真に」
真剣に柴田勝家が答える。
出迎えた森可成は苦笑しながらも信長に続いた。
信長は歩きながら後ろの翔隆を見て言う。
「お主が物の怪か何かに見えたであろうな!」
「…鬼ですがね…ええ……」
翔隆は何だか複雑な心境で答える。
「ふふ、そう拗ねるな!その姿だからこそ良いのだ!さあ今日は思い切り飲んでゆくがいい!お濃、お濃!」
信長はご機嫌な様子でバンバンと勝家や可成の背を叩きながら入っていく。
すると奥から帰蝶が侍女達とやってくる。
「はいはい、用意は整うてございまする。さ、皆様奥へ」
「はっ」
侍女にしても美しく風格のある帰蝶は勝家達の頭をも下げさせてしまう。
ぞろぞろと皆が入った最後に、翔隆は一礼して入って皆の草履を揃えた。
そんな翔隆に優しく微笑みながら、帰蝶も草履を整える。
「傷はどうですか?」
「あ…一応、塞ぎまして…もう平気です。ご心配をお掛けしました」
「…後で奇妙丸どのの下へ行って下さらぬか?中々会えぬ故、会いに来て欲しいと言伝をされたのじゃ」
「はい」
翔隆は笑顔で答えて、奥に行った。

 その日は子の刻まで酒宴となり、皆は酔い潰れて館に泊まった。
あちらこちらからいびきの合唱が聞こえてくる。
「ふー…すっかり酔ったな…」
翔隆も相当飲んだので、頭を冷やしに散策に出た。
夜の闇の中に白い雪が舞っている光景は、とても美しい。
その闇の中にキラリと光る物がちらついた。
〈なんだろうか…〉
翔隆は興味本位で近付いてみる。
するとそこには、雪の中で懸命に刀を振る少年の姿があったのだ。
見ていると、雪を切ろうとしているようだった。
〈幼いのに感心だな…〉
などと思い歩くと、パキッと小枝を踏んづけてしまう。
「!誰だ!」
「いや、済まない…邪魔をする気は…」
そう言い苦笑いをすると、少年が驚愕して駆け寄ってくる。
「翔隆!ああ、やっと会えたな!」
「えっと…」
「分からぬか?!私だ、奇妙丸だ!」
笑って言い、奇妙丸は刀をしまう。
すると翔隆は目を丸くしながらも奇妙丸を見つめて驚く。
「え?!ーーーーあ…ああ!」
五年も経つからか、全く分からなかったのだ。
あんなに丸くて愛らしかった目がキリッとして、大人っぽくなっている…。
「奇妙丸様…ご成長遊ばされて…」
「ふふ…翔隆は相変わらずじゃな」
「こんな夜中に剣術ですか?」
「ん。父上……上総介の子として恥じぬよう、せぬように、なりたいからの…」
微笑して言うその姿に、翔隆は昔見た吉法師の姿を重ね見た。
じんと胸が熱くなり、翔隆は呟きながらも奇妙丸を抱き締めた。
「ご立派に、なられましたな…」
「…翔隆……」
こんな風に我が子のように接する家臣など、一人だけだ。
奇妙丸は苦笑してポンポンと翔隆の背を叩く。
「ほれ、冷えるぞ」
「あっ…」
翔隆が手を離して謝る前に、奇妙丸は首を振って館に歩いていく。
「三七は神戸へ行ったそうだな」
中に入って聞くと、翔隆も一礼して上がる。
「はい。息災を願われておられました」
「ん…私も息災を願う。茶筅もいずれは養子に出されるのであろうな」
そう言い、奇妙丸は刀を掛けて道服を脱いで置く。
翔隆はそれをたたみながら頷いた。
この乱世で後継ぎは一人でなければならない。
子が居ればそれだけ不和の種が生まれてしまう…それを防ぐには、他の子供は全て〝養子〟に出さなくてはならないのだ。
奇妙丸は、もう己のみが嫡子であるとその身に背負って生きているのだろう。
「…元服したら、また会えましょう」
「そうだな…」
それに頷いて、翔隆は奇妙丸が眠りに付くまで側で話し相手をしていた。
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