鸞翔鬼伝 〜らんしょうきでん〜

紗々置 遼嘉

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三章 廻転

十一.仲間

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桃の節句で一気に春めいてきたが、まだまだ寒さの続く三月。
 沈丁花じんちょうげの香りが爽やかさを感じる。
今日は、軍法を塙直政と金森長近(三十二歳)に習っていた。
兵法書のような物を見せてもらい、二人の帳簿仕事の合間に、分からない所を聞く。
「あの…何故馬を飼わないのでしょうか?」
「何?」
いきなりの質問に、二人が振り向く。
「馬は、必要なんですよね? では、野生の馬よりも、何処か広い所で集めて飼って増やした方がいいのでは無いですか?」
「飼ってはいるが、馬を育てるのは商人のやる事だ。我々武士のやる事ではない」
そう金森長近が言う。
「なる程…」
武士、商人、民それぞれにやる事がある。
それで、世の中が回っているのだ…という義成の教えを思い出した。
 その日は信長に言われた仕事もなく、翔隆は早くに仕事が終えた。
〈…武器でも見るか〉
最近武器の手入れをしていないので、武器庫を見に行く。
すると、もう他の小姓達が掃除や手入れをしていた。
〈仕方ない…帰るか〉
まだ未の刻。
特に用事のない武士達の帰る時間だ。
 長屋に戻ろうとした時、丹羽長秀に呼び止められた。
「翔隆、やらんか?」
そう言って、長秀は酒入りの瓢箪を見せる。
「そうだな…。あ、入っても驚かないでくれよ?」
翔隆は苦笑して言い、中に招いた。

「お帰りなさいませ」
容姿端麗な侍女が手をいて言った。
案の定ギョッとしている長秀に、翔隆は中に入るよう促す。
「家臣でな。これは侍女務めをする嵩美」
長秀に紹介すると、嵩美はおじぎをした。
「丹羽五郎左衛門尉様、にござりまするな。ささ、どうぞ」
「う、うむ…」
嵩美に勧められて長秀は戸惑いがちに中に入る。
…きらびやかな衣装の数々…これは、明らかにこの侍女の物だろう。
後は書物と着替えがあり、土間には得体の知れない草や実が入った籠がある…。
「…お主…何も無いのだな…」
 嵩美の酌で酒を呑みながら、長秀はしみじみ言った。
「ん? あるではないか。替えの着物とか…」
「そうではない。良い着物を買うとか…せめて、美味い物を買うとか…」
「はは…そういう物は戦う内に破れてしまって、勿体ないだろう?」
翔隆は爽やかに言って、酒を呑む。
「しかしな………城下でも小姓の間でも噂だぞ? 翔隆は、よく民草の世話をしているが、自分はろくに食っていないのではないか、と」
「食ってるぞ? よく野菜を分けて貰ったりしているから…」
翔隆の言葉に、嵩美が口に袖を当てて笑った。
「ホホホ…。翔隆様、それは俸禄を使うておりませぬ」
「ははは…」
翔隆は笑って誤魔化した。
俸禄の半分は尾張の睦月の下に、雪乃宮の養育費として送っているし、更にその半分は百姓や足軽達に食料等を買い与えている。
だから、自分の分まで回らないのだ。
「…そんな話を、しに来た訳ではあるまい?」
話題を変えると、長秀は気付いたようにポンと手を打つ。
「そうそう。実は、道中の話を聞きたくてな。…美濃や駿河や甲斐で、何をしていたのだ?」
「……参ったな…」
長秀達とは、心底信頼し合える仲だ…話してもいいのだが…。
「……話してもいいが、くれぐれも」
「他言無用、であろう? 心得ておる!」
長秀は笑って胸元に手を当てた。そこまで言われて、嘘は言えない…。
「…じゃあ、話そう」
翔隆は、美濃に行った時からの事を話し始めた。


 ―――何もかもを話し終える頃には、空が白み始めていた。
「! こりゃいかん!」
長秀が慌てて草履を履き、翔隆も後に続いて出仕した。決して他言しないという事を、長秀はきちんと守っていた。

  信長は交替で小姓や近習を連れて行くので、その日は翔隆と犬千代が二人で馬の世話をする事となった。
翔隆が丁寧に馬の体を拭いていると、前田犬千代が掃除をしながら話し掛けた。
「なあ、翔隆」
「ん?」
「お主の牢人中の事を教えてはくれんか? 見舞いを出そうと、内蔵助や長秀らと共にあちこち探していたのだが、どこにいるか分からなくてな。まさか斎藤や武田にいるとは思いも寄らなかったぞ! 是非、話を聞きたいのだ! あっ、無論誰にも口外はせぬ!」
長秀と同じ事を言う………話すのは二度目だが、翔隆はコクリと頷いて快く話して聞かせた。


数日後、信長が小姓数名を連れて遠がけに行った。
残った翔隆と佐々内蔵助は、武器蔵に行き火縄銃の手入れをする。
丁寧に磨きながら、内蔵助が話し掛けてきた。
「なあ翔隆、お主の…」
言い掛けると、翔隆は続きを察して苦笑する。
「解任されていた間、何をしていたのか…だろう? 話すのはいいが…内密だぞ?」
「分かっておるわ! 殿にも言わん!」
これで三回目だ、と思いながらも話した。
そして昼も過ぎ、うまやに行くと今度は塙直政がやってきた。
「のう、翔隆…」
「塙様」
言葉を遮ると、翔隆は誰にも言わぬ事を約束して、また話をした。
 夕刻になると、信長らが戻ってきて食事をした。

そして、やっと出仕が終えたので帰ろうとした時、今度は池田勝三郎に呼び止められた。
「翔隆―――」
「牢人中の話をしろ、と言うのだろう?」
「おお、よく分かったな!」
「お主で五人目だ…。話してもいいが、くれぐれも」
「他言無用、だろう? 心得ておる!」
翔隆は頷いて、同じ事を話し始めた。
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