鸞翔鬼伝 〜らんしょうきでん〜

紗々置 遼嘉

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七章 帰参

十二.妬み

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 城ではまだ翔隆に対するいじめが続いていた。
今日も仕事終わりに五人に取り囲まれていた。
「急に現れて殿の寵を奪いおって」
「許せんな」
そう言い、一人が背後から両腕を押さえようとして回り込むと、翔隆は咄嗟に避ける。
「生意気な…!」
そう言って殴ろうとしてきたので、翔隆は思わずその手を掴む。
「ぬ…!」
「同輩を殴ろうとするのは感心せんぞ」
翔隆が眉をしかめて言うと、一斉に飛び掛かろうとしてきたので、全て躱す。
すると五人は互いにもつれ合って倒れる。
「…最近の若いモンはすぐに手を出してくるのか…とは違って自制が利かないのか…?」
翔隆が呆れながら言うと、森傅兵衛ふのひょうえ可隆よしたかが突進してきた。
「なっ…!」
驚いて踏ん張って止めると、残りの四人も抑え込みに来た。
「やめ…」
思わず振り払おうとして止まった所を押し倒された。
「この新参者がっ!」
「やれやれ!」
そう言い両手を押さえて顔を殴ろうとしたので、振り払って避けて転がり、翔隆はすぐに立ち上がる。
「殴るのはやめろ!」
思わず言う。
「色小姓がっ!」
「殿の寵が受けられんからな!」
「違う、お前達の身が危ういからだ!」
さっき仰向けになった時に塀の上から覗く睦月の姿があったからだ。
手裏剣で狙いを定めていたので殺す気なのが分かった。
「訳の分からん事を!」
まだ殴り掛かってくるのを躱して、睦月がどこにいるかを探す。
〈何処かに隠れた…困ったな〉
どうすればいいか惑っている所に、森傅兵衛可隆の父、森可成が通り掛かる。
「何をしている!!」
「まずい!」
小姓達は散り散りに逃げて行くが、森傅兵衛可隆が父に捕まった。
「お前は何をしている! 同じ仲間をなぶるなどと言語道断だ!」
そう言い、可隆の頭にげんこつを食らわせた。
「早くお屋形さまのお側に戻れ!」
森可成はドンと息子の背を押して走らせた。
そして、翔隆の側に寄る。
「大事ないか?」
「大丈夫です、躱してますから」
翔隆は苦笑して森可成に言う。
「まだ絡むようなら、叩きのめしてやってくれ。あ奴は近頃、天狗になっていかん」
「…そんな年頃なのでしょう」
「ん…済まんな」
「いえ、可成殿が謝る事ではありませんよ。行きましょう」
翔隆は申し訳なさそうに眉をひそめる可成を促して歩いた。


〈どうしたものか…〉
翔隆は考えながら歩く。
いじめもそうだが、何より銭が足りない。
家臣も子も増えた…どうにかして養っていきたい。
そう考えて、信長の言葉を思い出した。

「今まであった事、総て話せ。何も隠さずに、これからもずっと嘘偽り無く。わしも、お主に何でも全て話す」

再仕官した時に、そう言われていた事をすっかり忘れていた。
信長は言葉通りに何でも話してくれているのに、自分はついクセで虐めの事を黙っていたのだ。
主君は何でも話しているのに、家臣の自分が話さないのは不忠だろう。
それに信長の事だ…既に知っていて黙っているに違いない。
これ以上黙っていたら怒り出すだろう。
〈…お話ししよう〉
そう考えて城に行くと、天主に呼ばれた。
そこの四階からは、町の様子がよく分かる。
信長は欄干から外を眺めていた。
翔隆は上がってすぐに跪く。
「お呼びでしょうか」
「…ん。先刻さっきな…咳込んで手裏剣コレを落とした軒猿のきざるが居てな…返してやるといい」
「これは…!」
受け取って、確認して驚く。
手裏剣に小さく星が3つ彫ってあったので間違い無く睦月の物であった。
「申し訳ございません!」
「いや、良い…あ奴とは初めて会った時から敵対しておる。それより、小姓を狙っていたが…何か知らないか?」
信長はニヤリとして聞いた。
翔隆は手裏剣を手拭いに厳重に包んで懐に入れてから、気まずそうに俯きながら言う。
「その……申し上げる事が二つございまして…」
「なんだ」
「…一つは、小姓仲間から妬まれて困っている事です」
「どのように?」
「その…寝床が無かったり……追いやられたり…殴ろうとしてきまして…どう対処したらいいか分からなくて…」
しどろもどろに言うと、信長は笑う。
「クッ…それで?」
「その、勝三郎や内蔵助の時と違って、どう接しても何処かへ行ってしまうので話も出来ずに…力で捻じ伏せるのは簡単ですが、それでは何の解決にもならない気がしまして…。かと言って彼らからすれば、私は突然現れて寵を奪ったように思えるので…やはり腹が立つでしょうし、罰して欲しい訳でも無いのです」
「ふむ…やっと話したな」
「何分忘れっぽく…申し訳ございません」
「ふ…簡単な事よ。小姓・近習を集めてお主の強さを見せればいい事。一族でも呼んで戦えば良い」
「それは出来ませぬ」
翔隆が真顔で言うので信長は苦笑する。
「戯れよ………他は?」
「もう一つは、俸禄です。…子供達や家臣が増えまして…食は何とかなるとしても、着る物は買わねばならず…何かを売っても足らずに……」
「武田や上杉もケチじゃのう。千貫程寄越せば良いものを」
「…私自身が出仕しておらぬ状況ですので…」
「戯れよ。銭か…」
そう呟き、信長は翔隆を欄干に招く。
側に立って見ると、西に傾いた陽が町を照らしていて壮観だ。
「美しいですね」
「ん…」
笑いながら信長は何かを考えているようなので、翔隆は静かに待った。
二人きりで居ると、何やら女子おなごの気持ちが理解出来るように思える。
ただ寄り添っていたり、相手に身を委ねる気持ちだ。
そんな事を思っていると、信長がポンと欄干を叩くのでハッとする。
「良し、外交をする時の取次とりつぎを任せよう。取次奉行として働け。一人が嫌なら誰かに付けてやる」
「はっ!」
翔隆は微笑して答えた。


 翔隆は暮れなずむ中で屋敷に帰った。
「今戻った」
「お帰りなさいませ! 夕餉の支度を整えますね」
葵が言い、女衆が皆で働く。
広間では待ちくたびれた子供達が眠っていた。
それらを後に、翔隆は睦月の部屋に声を掛ける。
「睦月、大丈夫か?」
「コホ……平気だ」
「入るぞ」
そう言い襖を開けると、睦月は横になっていた。奥では文机に向かう拓須が居る。
翔隆は睦月の横に座って、懐から手拭いに包んだ手裏剣を取り出して置く。
「睦月…これを、信長様が返しておけって……小姓の命なんて狙わないでくれよ」
「いつまでも虐められて遊んでいるからだ」
「いや、その内何とかするから…食べられる?」
「…ん」
「雑炊を持ってくるよ。拓須は…」
拓須に聞くと、一瞥されて終わる。
「狭霧に行って来ていたから食べたのだろう」
代わりに睦月が答えた。
翔隆は苦笑して長持ちから掻巻を取り出す。
「冷えてきたから掛けて」
そう言い睦月に掻巻を掛けて襖を開けたまま下がる。
そして、膳に雑炊と茶を乗せて運ぶ。
「食べていてくれ。…ここは閉める?」
「いや…お前が見えないから開けてていい」
「…分かった」
答えて翔隆は広間に行って座る。
「飯だぞ起きろ」
忠長が子供達を起こして座らせ、弓香と春と冬青そよごが膳と鍋を運んだ。
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