デルモニア紀行

富浦伝十郎

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帝都デリドール

黄昏のゴブリン

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 ゲルブ平原に還って来た。 サイレンを聞いたあの場所だ。

 陽は既に沈んでいるがバーミリオンの残照が荒野を照らしている。
全てがあの時のままだ。 サーバー内時間は本当に停止していたのだろう。
俺の体もゴブリンに戻っている。
「・・・・・」
様々な思いが脳裏を巡る。 その一切を封印した。
「安全確認・・・ヨシ!」
改めて周囲の状況を確認する。 ( 回想に耽るのは寝床を見付けてからだ!)



 危険な兆候は無かった。 
皇女 マルグリッドの乗っていた馬だけが残っている。
非常に良い馬だ。 全ての要素が最高レベルだと分かる。 …アシにしたい。
( しかしもう俺の最大速度はリニア並みだからな )

「お前は城に帰れ」

 第一こいつに乗ってたら俺が皇女の下手人だと分かってしまう。
あの二人はKCだから復活して来るだろうが 誰にやられたかは知らない筈だ。
さっきので”落とし前”は付けられたから 次に顔を合わせた時は仲良くやりたい。
特に個人的な恨み等はないしな。

 FQでは馬はかなり優遇されている。
単独でも人が騎乗していてもモンスターに襲われる事が殆どないのだ。
移動手段として”安全”であることが”速度”と同等以上に選択理由になっている。
こいつ独りでも帰れるだろう。 

 馬は俺の顔をひと舐めするとデリドールの方へ向かって駆けて行った。
( どうやら嫌われずに済んだようだ )


 馬がかなり離れてから俺は馬を追って駆けだした。
見失わない程度の距離を保って付いていく。
ここまで俺は真西に向かって移動して来た訳だが馬は北西の方向に向かっている。
俺は広大なゲルブ平原を東西に横切る街道よりもかなり南側にいたようだ。
シュトロハイムも言ってたがこの辺りは ”狼の領域” だったのだろう。
人に会わなかった訳だ。 
( ワープを多用するようになると細かい地理には疎くなって来るな )

 馬の速さでならいくらでも走れた。 休憩が要らない。(  こりゃ便利だ! )
持続時間が限定されるのは最大速度での移動に限られるようだ。




 岩地を出てなだらかな丘陵地帯を越えるとデリドールの城壁が見えた。
消えかかる残照に浮かぶ帝都のシルエットは荘厳な威容を感じさせる。
屹立する帝城の天守には既に灯が燈っていた。

 皇女の馬が東の大門に辿り着いた。
そのまま帝城に続く大通りを奔って行く。
番兵達がその姿をぽかんと眺めている内に俺は疾風の速さで大門を駆け抜けた。
( 俺のダッシュは既に ”瞬間移動” と言って過言でないレベルに達している )
大門の出入りは自由だが流石にゴブリンを御咎めなしで入れてくれる訳が無い。
番兵を狙撃で倒して・・・みたいな荒事は避けたかった。
だから馬を先に帰した訳だが。
”昔の忍者漫画” みたいに馬の腹に抱き着いて、てのも試してみたかった。
( 見付かった時に恰好がつかないからやめたけど )



門番A 「おい、ちょっと・・」
門番B 「何だ?」
門番A 「今、何か通って行かなかったか?」
門番B 「だから姫様の馬だろ。『そのまま通せ』て城から通知が来てたじゃん」
門番A 「?あぁ、そうだ・・ったよな?」




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