夏物語

如月つばさ

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傷痕

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「どうしてこれを持ってるの・・・?」


こちらの言葉は理解しているのだろうか。


コロコロはただ、私の背中に広がる夏の景色を見つめていた。


「・・・おばあちゃんに返しておくね。ありがとう」


見たところ、ハンカチだろう。


元は水色だったと思われるが、汚れている上に色落ちもして、灰色に近くなっている。


どこかで拾ったのか。


それとも、子供の頃に会ったことがあると言っていたが、その時のものだろうか。


ザッと海から吹き付けた風が、ひまわりを揺らす。


1羽のトンビが雄大な鳴き声を響かせ、颯爽と海の上を滑空していた。




コロコロはくるりと振り返ると、森の方へと入っていき、そこからこちらを見つめている。


まさか、着いてきてほしいのだろうか。


「待って!」


木々の間からこちらを見続けるコロコロへとひまわりを掻き分けて駆け出した。




「ねぇ、どこに行くの?」


ずんずんと進むコロコロに着いていくが、目的がよくわからない。


時々コロコロが立ち止まるのは、小さな花が咲いていたり、魚が泳ぐ川だったり、立派なカブトムシやクワガタのいる木もあった。


「あれ?ここ、神社だ」


参道ではない道から拝殿の裏へ出てきた。


コロコロは、地面の上にまで太い根を張る御神木の大楠へと駆けていった。


根が盛り上がった場所にしゃがみこむコロコロの足元には、沢山の王冠が集められていたのだ。


当たりの王冠も沢山混ざっている。


「うわっ。すごい!」


コロコロは驚く私を見て、王冠を鷲掴みにして差し出した。


「えっ、こんなに?」


困惑して目を丸くする私を見て喜んでいると思ったのだろうか。


どんどんそこにある王冠を私の手に乗せ始め、ズボンの両サイドとお尻にあるポケットがはち切れんばかりにパンパンになってしまった。


「もしかして今までくれた王冠も、わざわざ集めてくれた物だったのかな」


全てをポケットに詰め込んだのを見て嬉しくなったのか、コロコロがそこら中を転げ回り、森に頭の音が響き渡る。


森を一緒に歩き回ったおかげか、コロコロの姿にも、こうして転げ回る姿にも慣れてきた私は、思わず声を出して笑っていた。




次に連れてこられたのは、森の裏にあるささら川だ。


そういえばコロコロと会ってから結構長い間歩き回った気がするが、今は何時だろう。


ふと立ち止まり空を見上げたが、太陽は頭のてっぺん辺りにある。


コロコロは川辺の大きな石の上に立ち、棒切れをこちらに見せるように振っている。


「もしかして釣りがしたいの?」


持っていた棒を私に渡すと、そのまま石の上に座り川の中を覗き込んでいる。


「何かいる?」


隣にしゃがみこんだ私は思わず「えっ」と言葉を失った。


川面に反射して映った私の頬に、傷が無いのだ。


傷痕すら無い顔に言葉が出なかった。


コロコロは何事も無いかのように、川の中を指差して私を見た。


「えっ・・・いや・・・あぁっ!ザリガニ!」


友明が川には居ないと言っていたのに、そこにはニホンザリガニが自慢のハサミを見せびらかすかのように私たちを見上げているではないか。


「えっと・・・あぁ、でも糸もエサも持ってきてないや・・・」


すると、そこらで拾ったのか、1本の糸を私の手に乗せる。


仕方ないので、ただ棒に糸を吊るしただけのものを水中に垂らしてみた。



「ぅえぇぇえっ!嘘でしょっ」


いくらも経たない内に、餌もない糸でザリガニが釣れたのだ。


アメリカザリガニよりも小振りなニホンザリガニが糸に捕まる姿は、なんとも言えない愛らしさを感じる。


「すごい!すごーい!」


歓喜の声をあげる私を見て、コロコロも嬉しそうにまた転げ回った。


そうしてそんな姿に、私もお腹の底から笑ったのだった。


時間も忘れて遊んでいた。


蝉の声に包まれ、名前もわからない鳥を見上げる。


どこからか飛んできたアゲハ蝶がコロコロの頭の周りを飛び回っていた。


川の岩場には、無数の紫色のイワタバコが小さな彩りを添えている。


靴を脱いで川に入り、びっしょり濡れてしまった服も最後には脱いで遊んでいた。


私が川で魚を追いかける間も、コロコロは川の外で私を追いかけるように走ったり歩いたり、時には転がりながら楽しそうにしていた。



「あー疲れたっ!」


川から上がり、砂利の上に大の字に寝転がって空を見て我に返った。


「・・・あれ?」


散々遊んだ筈なのに、太陽の場所が変わっていないのだ。


川を覆うように生えている木々がぽっかり空いた場所から、陽射しが降り注いでいる。


「そういえば、顔の傷も・・・」


頬を触ってみるが、ざらついた場所も無い。


コロコロがそっと私の頬に手を伸ばす。


その手は温かいも冷たいも無く、手は触れている筈なのに触られている感覚が無い。


「・・・もしかしてコロコロが消したの?」


だが、あれほど私を苦しめた傷がなくなったと言うのに、何故か喜びよりも寂しさが勝っていた。



「亜子ももうすぐ2年生になるねぇ」


「うん!もうお姉さんだよっ」


1年生の終わり頃。


その日は、母と買い物に出掛けていた。


「おっと・・・。本当にこの辺りも車が増えたわね。亜子も気を付けないと駄目よ」


「うん。ちゃんと手繋いでるから大丈夫だよ」


走り去った車を見つめ、母が私と繋ぐ手にぎゅっと力を込めた。


「あ!!お父さんだ!」


大通りの向こうに父が見えた私は、興奮気味に両手を振った。


私は嬉しくて無意識だったが、母の手を離してしまっていたのだ。


こちらに気付いた父が向こうで何かを言っていたが、その時は聞こえず更に道路に近づいてしまった。


「亜子!!!」


母の悲鳴と共に体と顔に痛みと衝撃が走る。




咄嗟に私を突き飛ばした母は逃げ遅れ、その時の事故で歩けなくなってしまった。


私は突き飛ばされた勢いで顔から地面にぶつかってしまい、頬に怪我をしてしまったのだ。




顔の傷のせいで、嫌な思いを沢山してきた。


だが本当に辛かったのは、大好きな母と手を繋いで歩くことが出来なくなった事だった。


母が命懸けで守ろうとしてくれた傷痕があった場所を、コロコロが手を当てながらじっと見つめている。



「ねぇ、そろそろ帰ろうかな・・・」


コロコロがまっすぐ私の目を見た。


まるで真意を探るかのように。


「夏休みが終わる頃にね、お母さんとお父さんも来るんだよ」


虫の声や川のせせらぐ音で騒がしい森が、一瞬にして静まり返る。


「明日、友達とも約束があるんだ」



私の言葉に、コロコロが1度大きく頭を鳴らす。


コロコロの後ろにあった川の水面が光りだしたかと思うと目の前が真っ白になり、あまりの眩しさに目が開けていられなくなった。

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