夏物語

如月つばさ

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8月22日

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カナカナカナ・・・


「あれ?」


目を開けると、辺りは朱い夕暮れ色に染まり、ヒグラシが消え入るように物悲しげに鳴いていた。


ご神木にもたれかかるようにしていた私は、立ち上がってお尻の枯れ葉を払う。


「うへぇっ、冷たい」


濡れたシャツが体にぴったりとくっついて、鳥肌がたった。


ポケットにもパンパンの王冠と、汚れた刺繍入りのハンカチらしき布も入っている。


「さっきまでお昼だったのに・・・コロコロは?」


シンと静まり返った境内には、人の気配すら感じない。


体に掛けていた虫かごのバッタはちゃんと生きていた。


「どうなってるんだろ・・・」


頬に手を当てると、ザラッとした感触に思わず声が出る。


「傷、戻ってる」


帰らないと。


おばあちゃんやおじいちゃんも、心配しているかもしれない。


慌てすぎて途中転びそうになりながら、参道を駆け降りた私は、またも驚く事となった。



「あんた!!」


二つ目の鳥居を抜けたところで、タケちゃんが血相変えて坂道を登ってきたのだ。


腰を曲げてヨタヨタとした足で、立ちすくむ私の元へ来たタケちゃんは、物凄い剣幕で詰め寄った。


「あんたどこに行ってたんだい!」


「えっ?」


「早く家に帰ってやりなさい!皆、あんたの事探してたんだよ!私だって毎日おもてで見てたのに・・・」


「ど、どういこと」


「怪我は?!」


いつも眠そうでめんどくさそうなタケちゃんが、こんなにも目を見開いたところを見たことがない。


「服がびしょびしょじゃないか!川に落ちたのか?!」


「ち、ちがうよ。遊んでたら濡れちゃって」


そう言うと、小さな声で「まったく・・・」と呟き、「早く帰りなさい」と背中を押した。


言われるがままに、家へと急いだのだった。



タケちゃんの駄菓子屋を通りすぎ、おじいちゃんの畑の脇を走り抜ける。


公園が見えてきたと同時に、良太がこちらを指差しているのが見えた。


遊具の向こうから走ってきた友明や真理、可奈子が「亜子だ!」と声をあげる。


「3日もどこ行ってたんだよ!」


真っ先に駆け寄ってきた友明が叫んだ。


「み、みっか?」


「おまわりさんも探してくれてたんだよ」


真理がいつもより大きな声で言う。


「亜子ちゃんのおばあちゃんもおじいちゃんも、すっごく心配してるよ!夜遅くまで探してたみたいだもん」


「俺らも毎日暗くなるまで探してたんだぞ。神社も行ったし、川にもいないし・・・」


その言葉に「うそ・・・」と狐につままれた様な感覚に陥ってしまった。


3人の後ろで良太は黙ったまま私を見つめていた。


もしかしたら良太は、コロコロと一緒に居たことに勘づいているのかもしれない。


「亜子、何で服濡れてんだよ。っていうか、そのズボン何入ってるんだ?」


「あ、これは・・・」


私がポケットに手をやった時、公園の向こうに人影が見えた。


「亜子ちゃん!!!?」


「亜子だっ・・・亜子がいたよ!」


おばあちゃんとおじいちゃんが、信じられないといった様子で指差して叫んでいた。



「おばあちゃん!おじいちゃん!」


「良かった・・・良かったよぉ、もう」


「亜子、どこ行ってたんだ!みんなどれだけ心配してたか・・・島中の人達が探してくれていたんだぞ。あぁ、皆に知らせてこないといかん」


「亜子ちゃん、どうしてこんなに服が・・・あんたまさか、川にっ。大丈夫?!」


「大丈夫だよ。遊んでたら濡れちゃっただけだから」


「あぁ、なんだいもう。迷子にでもなってたの?怖かっただろう」


おばあちゃんは私を目一杯抱きしめ、「良かった」と何度も何度も涙声で言っていた。


「ばぁさん、亜子を風呂に入れて着替えさせておいてくれ。わしは皆に知らせてくる。友明君たちも、ありがとうな」


おじいちゃんが頭を下げると、友明たちは照れたように笑っている。


「亜子!明日はゆっくり休んで、明後日でいいから2時に公園来いよな!お前、この前約束破ったんだから、絶対だぞ!」


私は大きく頷き、おばあちゃんと共に公園を後にした。



「お風呂、気持ちよかっただろう?ご飯出来てるよ。急いで作ったから美味しいかわからないけどね」


おばあちゃんは笑いながら、ちゃぶ台に料理の乗った皿を並べている。


すっかり陽も落ちて、開け放った縁側では乾いた心地いい風が、優しく風鈴を鳴らす。


ちょうど先ほど島の人たちにお礼に回っていたおじいちゃんが帰ってきたらしく、安堵の表情でビールを飲んでいた。


「いただきます!・・・美味しいっ。焼きナス大好き」


醤油を垂らしただけの焼いたナスは柔らかく、噛むと中から芳ばしい汁がじゅわりと出てくる。


「そうかい、そうかい。しっかり食べるんだよ。ほら、お魚もあるから。ご飯もおかわりしていいからね」


「じぃちゃんの分も分けてやるから、腹一杯食べなさい。よくまぁ、痩せもせずに見つかったもんだ」


「本当に。明日、由里子も喜ぶよ」


おばあちゃんはそう言うと、私のご飯の上に「これもお食べ」と昆布の佃煮を乗せた。


「明日?」


「ばぁさん、言ってないのか?亜子、明日お母さんとお父さんが来るんだよ」


「え!?嘘!うっ」


食べていたご飯でむせ混み、慌ててお茶を飲んだ。



「あぁ、いけない。ごめんね、言ってなかったね」


私の背中を擦りながら、おばあちゃんが新しいお茶を注ぐ。


「今朝ね、亜子ちゃんが居なくなったって連絡したら、予定より1週間早めて明日来るって言ってたよ。見つかったことも連絡しなきゃいけないね」


おばあちゃんは慌てて立ち上がると、電話のある廊下へと出ていった。


「こっちに来る船の時間もあるから、夕方には着くんじゃ無いかな。亜子、良かったな」


嬉しさが隠しきれず思わず頬が緩む私の頭を、おじいちゃんが撫でてくれた。



「ねぇ、おばあちゃん。ちょっと良いかな?」


夕飯の後、一度部屋に戻った私はあの刺繍入りのハンカチを持って居間へと急いだ。


おばあちゃんは、天井から吊り下げてあるハエ取り紙という、飴色の粘着テープを交換している所だった。


「おや、寝られないのかい」


「ううん。これなんだけど」


名前の刺繍が見えるようにハンカチを広げて見せると、おばあちゃんは何かを思い出したように目を見開いてそれを手にした。


「これ、どうしたんだい?」


「やっぱりおばあちゃんの?」


「あぁ。昔、山でなくしてしまったんだよ。大事な物だったから悲しかった・・・拾ったのかい?」


黒ずんだハンカチをそっと撫でるように触る。


「これね、その。おばあちゃんに返してって頼まれたんだよ。えっと・・・神社の御神木の・・・神様?から。ほら、人間じゃないっていうか」


おばあちゃんは会ったことがあると言っていたが、余りにも現実味の無い話なこともあって神様と断言出来ず、変な言い方をしてしまった。


「亜子ちゃん、会ったの?・・・まさか、そのせいで帰ってこなかったのか?」


そのせいかどうかはわからないが、コロコロとひまわり畑で出会って、その後からがどうも時間の流れがおかしいので、私は静かに頷くしかなかった。


おばあちゃんは、そんな私を見て「そうかい」と呟いた。



「ばあちゃんはね、子供の頃にわさび沢の側の川で溺れたんだよ」


ちゃぶ台にハンカチを置き、その上に手を添えて、ゆっくりと話し始めた。


お風呂場からは、おじいちゃんのご機嫌な鼻唄が聞こえていた。


「というのもね、あの小さい神様と遊んでいた時だった。楽しくて走り回っていたら足を滑らせちゃって。その神様が助けてくれたんだがね、その時にこのハンカチが何処にいったのかわからなくなってしまったんだよ」


夜風がほんの少しだけ涼しく感じるのは、庭で鳴く秋の訪れを感じる虫のせいだろうか。


「このハンカチはね、病気で死んだ兄さんがくれた物なんだよ」


静かな居間に、おばあちゃんの遠い記憶を懐かしむ様に話す声が染み渡るようだった。


「ばあちゃんの事も、今回の亜子ちゃんみたいに行方不明で親が探し回っていたよ。まさに神隠しだね・・・そうか、同じだったんだねぇ」


そう言うと、楽しげに歌うおじいちゃんの声が次第に大きくなるのを聞いて、ふふっと笑った。


「亜子ちゃん、ありがとうねぇ。神社にもお礼に行かなきゃね。ほら、今日はもう寝なさいな」


「うん。先に寝るね。おやすみなさい」


「はいよ、おやすみ」


私は、大事そうにハンカチを持ったおばあちゃんに手を振ってから部屋を出たのだった。

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