【第2部開始】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~

ちくわぱん

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6章 悔しいのでレベル上げたいです

5.

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 目覚めて半年。必死に頑張ってなんとか体は動けるようになった。そしてこれからのことを一生懸命考えてる。
 どうやったら魔王にならないで済むか。
 どうやったら二人を守れるか。
 僕のたいして賢くもない頭を使ってあがいている毎日。

 だけど、読者や作者にとってそんなの、無いものだ。

 現実を突きつけられたショックに、さらにざわわわわわと【つる】がうごめいた。

 いつか零にこの胸を貫かれる。
 さっきのフォレストベアみたいに。
 僕は主人公二人の引き立て役で、殺されるだけの人間だから。

 コンコン、とノックがされて「失礼いたします」とカシルがドアを開けた。
「ハルトライア様、昼食のご用意っ」
 お昼だと言いかけたが驚きの声に変わった。そしてかけてくる足音。ドアから背を向けてデスクのイスに座っている僕を、カシルがイスの背もたれごと後ろから抱きしめた。
 この黒い【つる】は見えはするものの触れないんだ。本当に瘴気と同じ。カシルの体を簡単に突き抜けて、ざわざわゆれる。

「ハルトライア様……」
 カシルの袖に、僕の頬から涙が落ちた。
「ちょっと、悲しかっただけだから」
 ずず、と鼻をすすればカシルのシワのあるざらついた大きな手に涙をぬぐわれる。

「ベアの親子は、今頃女神さまのもとで楽しく過ごしておりますよ」
 とねぎらってくれた。
 そうだねと返せばよかったのだろうけれど、あのとき目の前でカシルの剣に貫かれたフォレストベアが、やっぱり自分の未来の姿に思えて。

 たくさんの瘴気を吸って、魔王になって、そうして皆に疎まれ、嫌われ、憎まれて、胸を貫かれて死んでいくだけの僕。

 僕の必死の泥臭いあがきは、誰も見向きもしない。気づかない。

 だけどせめて
「ねぇカシル、僕が死んだら、せめて花をたむけてくれる?」
 すがる気持ちで聞いた。

「……っ、私の方が、たむけられる側にございます」


 断られたことに涙腺が崩壊した。

「う、うっううっ、うわ、っあああっ」

 
 お前は生きないといけない。
 僕はそのために頑張ってるのに。

 うぞぞぞぞと激しく動いて【つる】がさらに広がった。もう僕の部屋からはみ出そう。

「ハルトライア様っ、申し訳っ、ございませんっ、申し訳ございませんっ」

 何度も謝られる。
 そんなことされたいわけじゃない。
 ただ言ってほしいだけ。

 僕が死んでも、僕を思い出してくれるって
 お前だけは思い出してくれるって


「ひ、うっ、っく」

 止まらない嗚咽で喉が苦しい。

 カシルが僕の体から手を離した。
 ああ、もう去っていくんだ。

「あ、っ、うっ、、ぅああっ、っひうっ、くっ」

 余計涙が出た。だけど今度はぐっとイスから体が浮いた。カシルに抱き上げられたんだ。

「ハルトライア様、聞いてくださいませ」

 ベッドに腰をかけたカシルが、ぼくを太ももに乗せて向き合う。
 また大きな手で涙を拭いてくれた。
 カシルの黒縁メガネが僕の顔に当たりそうなくらい近くにある。緑がうるんでとってもきれいだ。
 ああ、カシルの緑に僕の泣き顔が映ってる。かわいげのない三白眼の僕を見つめて慰めてくれるなんてカシル優しすぎる。

「う、うう、、っ、」
 喉から音は止まらない。手で顔をグイグイ拭った。カシルは僕の頭をやさしく何度も撫でてくれた。

「あなたは、死にません。私が死なせません。だから、花をたむけるのではなく、花を贈りますよ」

 花を、贈る?

「ハルトライア様は、私の贈った花をご自身の手で毎日花瓶に生けてくださいね。ユアに頼んではダメですからね、あなたの手がいいんです」

 カシルは僕の涙だらけの手をうやうやしく握って口づけ落とした。
 ちゅ、と音を立てて唇が離れる。
 まるで、愛しい相手に愛を乞うかのような、そんなキスだった。

 そうしてもう一度顔を上げたカシルの奇麗な緑の目には、やはり僕が映ってた。
 こんな幼い僕にまで誠意をもって、僕の苦しみを消そうとしてくれる。
 恋人なんかじゃない。それでも、ドキドキした。うれしかった。
 お前は本当に僕を甘やかしすぎだ。
 僕は弱いのに。すぐお前を頼ってしまいたくなる。

 なのにお前は言った。

「あなたを悲しませたり苦しませたりするものは、私が全力で取り除きます。それがあなたの心の中にあったとしても」

「ふっ、っうううっうああっ」

 涙でぐしょぐしょのまま僕はカシルにしがみついた。
 かしるは僕をしっかりと抱きしめて、頭や背中を大きな手で何度もさすってくれる。
 そうして、僕の苦しみを全部払おうとしてくれる。

 いつだって、僕のことを考えてくれる。僕はお前のこと、何にも知らないのに。
 僕は腕の魔法陣だって今日初めて知った。カシルはいつも燕尾服をきっちり着込んで肌を見せたことがない。騎士時代に受けた傷が体中にあるだろうに、それも何ひとつ知らないんだ。

「う、っ、ひっっ、く」 

 自分の無知と無力さが悔しくて、涙が止まらない。
 なのにお前は、そんなの気にもせず、僕を抱きしめるんだ。

「何度でも言います。あなたは死にません。魔王にもなりません。こんなに泣く魔王なんていませんよ。でも天使ならいくらでも泣くでしょう? だからあなたは天使なんです」

 恋人にささやくような言葉をふりまいて、血のにじむような鍛錬で鍛え上げられた体で、僕を抱きしめる。
 この体にはそんな言葉と重ねた思い出がたくさん刻まれている。
 それは愛する誰かを守った傷であったり、愛する誰かと交わした魔法陣であったりするんだ。

 僕が知らない愛の詰まった体。呪いまみれの僕とは全然違う体が、ここにある。

 愛しいカシル。お前は優しい、そして残酷だ。
 僕を甘やかして現実を突きつける。
 悔しいよ。僕は何もかもが足りないんだ。

 年齢、身長、体力、筋力、魔法の知識、それから恋の経験だって。
 こんな僕のままじゃ、お前を守れない。
 でもそれは、絶対嫌なんだ。

「カ、シル、……っ」
「はい、ハルトライア様」

 強くなりたい。殿下や零に負けないくらいに。
 二人に殺されても、お前とユアを守れるように。

 そうして僕を、思い出してもらえるように。

「僕、……っ頑張る、からっ」


 頑張るからと何度もつぶやく僕を、カシルは「はい、私もお手伝いいたします」と泣き止むまでずっと抱きしめてくれていた。
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