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降り積もる雪 1

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 巷では12月と言えばやっぱりクリスマス。恋人たちの至福の時間が世の中の常識みたいな感じだけど、今の俺にとっちゃ、そんなの何にも関係ないわけで。

「後10分で終わりだぞ。見直しちゃんとしろよ」

 ただ今、期末テストの真っ最中。12月の頭にこの期末、そしてその結果を元に冬休みの補習授業コース(学力別)が決まる。特進はいつでもまず1に勉強2に勉強。どこまでいっても勉強が最優先。そりゃ恋人いれば俺だって、土日の休校日にはデートとかしたいけどさ、そんな人、俺にはいない。
 だから、目下この答案をどうやって満点にするべきかと必死に見直してるわけ。そしてこれは江嶋先生の担当の数学。はっきり言って超むずい。くそ、こんな難しかったら満点とかマジとれる自信ない。答案用紙はどこもかしこも不安だらけで俺は頭を抱えた。好きな先生の教科だからがんばろうって、100点取って褒められようって思ってたのに、ほんとに頑張ってテスト勉強したのに、これじゃ叶いそうにもない。
 そして、ついに鳴ったチャイムと同時に、はぁーってため息がでた。

「よーし、みんなよく頑張った。これで期末テスト最後だから、後はゆっくり復習でもして答案返ってくるの待つんだな。今日は連絡事項もないからホームルームは無し。解散していいぞ。気をつけて帰れよ」

 俺の落胆を余所に江嶋先生はざわつく教室で列の最後尾が集めた答案用紙を受け取りながら皆にそう声をかけて、ドアから出て行った。


      *


 12月21日の冬休み開始と同時に始まった補習授業、俺は頑張った結果首席をキープして(次席の勝山と1点差)なんとか面目保った状態で受けられた。ちなみに数学は90点。やっぱり満点じゃ無かったから、先生には『まあまあだな』っていう曖昧な褒め言葉を頂いただけ。
 てか今日は25日でクリスマスなのにも関わらず、学校に来ればその気配なんてほとんど感じられない。目の前にあるのは味気ない教科書とか参考書とかで、街を彩る華やかなクリスマスイルミネーションみたいなモノがこの教室の壁にあったらいいのにな、なんてちょっと妄想をした。
 でも、目の前でまたも超むずい問題を解説している江嶋先生はどうなんだろうか? 今夜はやっぱり、彼女と一緒に過ごすのかな? しかも今日は金曜だしそのままお泊まりで、明日のクリスマス明けも彼女と街で買い物とかして、夜もやっぱり……
 ああ、そんなの、大人なんだから当たり前だよね……

 そんな事ばかり考えて上の空だったけど、今週の補習授業を何とか無事受け終えた。さあて、独り身のさみしいクリスマスはどう過ごそう? って考えたとき、後ろの世良さんからお誘いの言葉を受けたんだ。

「篠原くん、今日みんなで遊ばないかって話してたの。あなたも来ない?」
「え? 俺? いや、空いてるけど、そゆ世良さんこそ彼氏と予定あるんじゃないの? 昨日のイブも補習だったしデートできなかったでしょ?」
「彼氏ね、今週ずっと部活の強化合宿でいないのよ。だから」

 あー、なるほど。そう言えば世良さんの彼氏は男子バレー部の部長だったはず。もちろんかなりのイケメンだ。確か夏休み明けころかな? 付き合ってるって噂聞いたの。

「メンバー誰なの?」
「女子はあたしと、恵ちゃんと、美香と、のりこ、男子は池本くんと勝山くん、あと隣のクラスの竹内くんを誘うって勝山君が言ってたよ。でも男子1人足りないし、来てくれないかなぁ?」

 要するに穴埋め要員ですね、俺。

 でも誘われるだけラッキーかな、と思い直した俺は彼女にOKの返事をした。じゃ、待ってるねと笑顔で教室を出た世良さん。
 集合は駅前に午後5時、まだ3時だから、家帰って着替えた後でも超余裕で間に合うな、ってこの後の用事を考えつつ帰る用意してたら、
「篠原、悪い、すぐ終わるからちょっと手伝ってくれ」
 と声が掛かった。教壇から降りて教室から出る途中の江嶋先生だ。
「はい、分かりました」
 さっと返事して、鞄持って俺は先生の後を追った。みんなに配るプリント整理かな? と思ってたから行く先はてっきり職員室と早合点した俺だったけど、先生の向かった先は美術室だった。

「ちょっとデカいから手伝ってくれると助かる」
「……めっちゃ私用じゃないですか」
 プリント整理じゃなくて、まさかのキャンバス張りでした。
「ちょっと描きたいのが思いのほか大きくなりそうでさ。悪いな」
 とか言いつつ全然悪びれる様子もなく、あそこ持てだのもっと引っ張れだの指図しまくり。もういいですけど。
 でも、なんか嬉しいんだ。だってこれは私用。さっき教室にはクラスメイトも沢山残ってたし、俺じゃなく別の人に声をかけてもいいのに、そこをわざわざ俺選んだくれたって事だから、それって先生にとって俺が少しは特別な生徒って事だよね。
 そんで二人で四苦八苦しながら、ようやく無事に一辺が1.5メートルくらいあるキャンバスを作成し終えて、先生はご機嫌よく笑った。
「サンキュ、篠原。冬休みだし部員もいなくてさ」
 そしてお礼だと缶コーヒーを鞄の中から出してくれた。コーヒーまで用意してくれてたんだ。そんな事にもやっぱり胸は高鳴って、俺も笑顔でそれ受け取った。
「小間使いですか? 俺」と聞いたのもただうれしさを誤魔化すためだったけど、先生は否定してくれた。
「そんなことねぇよ。このキャンバス……いや、とにかくでかいだろ。すまんな。頼める奴がお前くらいしか思いつかなくて」
「俺なら笑って許してくれるとか思ったんですか」
「……まぁ、そうかもな。お前優しいからな、甘えた」
 甘えたとか、もう凄い嬉しすぎて俺どうしよう。あわてて缶を開けてごくっとコーヒーを飲んだ俺。だけど失敗してむせちゃった。
「ンッ、ゴホッ、ゲホっ」
「あはは、慌てて飲むなって」
 動揺しすぎな俺を軽く笑った先生も、プシュっとプルタブを起こしてコーヒーに口を付けた。そして、
「せっかくのクリスマスなのに、学校で補習授業なんて最悪だったな」
 と教師にあるまじきお言葉を呟く。もう、どこまでも普通の先生とはちがうんだから。
 でもその一言をきっかけに俺、補習授業中にずっと考えてた事を口に出したんだ。
「そゆ先生こそ予定ないんですか? 彼女とデートとか」
 すると先生、ああそうだったと思い出した風な顔で、「あるよ」と返事をくれた。

 ああ、分かってたけど、やっぱりいたんだ……。俺、少しと言わずかなりショックだった。せっかく一口つけたばかりのコーヒーが、もう喉を通らなくなってしまって。でも落ち込んだ顔先生に見せるわけにいかないし、無理矢理笑顔を作る。

「じゃあ、こんな所で時間かけてる場合じゃないでしょ」
「いんだよ。どうせ会うのは夜だしな」
「うわっ、大人ってイヤらしいっ」
「バーカ、そゆ発言出るのはまだお前が子供だって事だよ。てかお前だって彼女とデートあんじゃねぇの? 大丈夫か? 時間」
「出かける予定はあるけどまだ大丈夫です。てゆーか、彼女いないんで俺」
「そりゃ悪い、じゃ、今日がんばるってことか?」
 ニヤニヤ笑ってる先生見てたら、なんか凄いむなしくて辛くなった。俺の好きな人は目の前にいるってのに、俺、なにしてんだろう。先生にとって、俺はやっぱりただの生徒でしかないのに。なんで、遊びに行くのオッケーしちゃったんだろう。

「……好きな人に告白できない状況だったら、先生はどうします?」

 あまりのむなしさに、俺、彼にそんなことを聞いてしまった。告白できないのは相手があなただからなのに。

「なんだ、恋愛相談か? ……そうだな、俺ならしないな」
「そう、ですか」
 
 その返答は俺の胸をより締め付けた。『叶うこと無い恋なんて意味ない』って言われたみたいで。

「何かそれなりに理由があるんだろ?」
「……それは、言えません」

 まさか、それが先生だなんて、絶対言えない。
 あぁ、俺あなたを振り向かせるためにがんばるって決めたのに、もう心揺らいでる。苦手な数学も一生懸命勉強したし、90点取ったのクラスでも俺だけだし。あなたの目にとまって、そんで、もっと俺のこと見てほしいって、そしていつか告白出来るくらいに、俺を意識してほしいって、そんなこと願っていたのに。

 でも、先生は俺の顔見て、淡々と言ったんだ。

「別に聞かねえよ。ただな、言えないって事と言わないって事は違うんだぞ。惚れたって感情は自分本位な感情だ。なのに、それを告白出来ないって言ったら、自分本位な感情を相手のせいにしちまうことになる。伝えないまま終わらせる事もそりゃあるだろ。でも伝えない事を相手のせいにするなよ。せっかくのお前の恋が泣くぞ」

「せ、先生……」

 俺は驚いて先生の顔を見返した。彼がそんな真剣な言葉を言ってくれるなんて思ってもなかったから。そしたら彼は、笑って俺の頭をくしゃりと撫でた。

「相手に伝えるにしろ、伝えないにしろ、お前の恋はお前のモノだ。好きな自分を認めて大事にしろ」

 大事にしろだなんて、もう俺は4月からずっとずっとあなたが好きで、8ヶ月以上もこの気持ちを押し隠してきたのに。
 頑張れよって応援してるよって言うようなその手の温もりは、うれしいと言うよりも 苦しくてつらくて、俺はその場にいられなくなった。このままココにいたら、もう伝えてしまいそうで。

「もう……行きます」

 くるっと先生に背を向けて、美術室から素早く飛び出した。

 男の人に惚れてるってだけでもう、苦しいのに。彼女いるって聞いたらどうしようもないじゃん。俺だってある程度覚悟してたけど、やっぱり……胸が痛い。先生が好きなんだって分かれば分かるほどに、辛くなってく。あなたのことを知れば知るほど、やっぱり手の届かない人なんだって気付かされる。男で、彼女持ちで、先生で……それらすべてが俺を苦しめるんだ。

 とぼとぼ廊下歩いてたら、「よっ、今日はコバンが役に立ってないね。1人じゃん」と階段の上から軽々しい声がした。
「日高先生、もうやめてください」
「あれ、どしたの、超落ち込んでるじゃん。あ、もしかして、振られた?」

 すたすたと俺の方へ歩いてきた彼女は、俺にグサリ刺さる言葉を吐き横に並ぶ。

「振られてないけど振られました」
「なにそれ」
「さっきキャンバス張り手伝ってたんです。その時先生恋人いるって、今日もデートするって言ってた……」
「私は今朝そのキャンバスの木枠、車から運ぶの手伝わされたよ。そっか、可能性ゼロの太鼓判押されたわけね」
「……もう、いいです。ほっといて下さい」
 
 すると、日高先生が歩みを止めた。ああ、職員室は向こう側、校舎出口とは逆だからだ、と思ったとき。

「今のお前、カッコいいよ」

 先生は真面目な顔して言った。

「お前がその恋に真剣に向き合ってるの、凄いカッコいいと思ってる。でもな、あいつは必死になった事なんてきっとないんだよ。あいつの今付き合ってる恋人私は知ってるけど、彼は全然必死じゃない。なあ、お前なら出来んじゃないかな? あの男を必死にさせるってことをさ」

「日高、先生……?」

 そして、ふっと笑った日高先生は、あっという間に職員室に消えた。
 いったい、どういう意味なんだろう……。



 結局悶々とした気持ちは晴れることなく、それでも俺は世良さんと約束した時間に駅前に行った。来てたのは聞いてたとおりの面々。隣のクラスの竹内くんとは名前こそ知ってたけど喋ったこともなかったから、カラオケで隣の席になったついでに少し仲良くなれた。彼は黒髪、そして眼鏡の奥の切れ長の目で、医学部志望の勝山と友達だからてっきり江嶋先生みたいな理系人間なのかと思ったら、俺と一緒で文系らしい。ちょっと堅物っぽいけど、騒ぐの好きな勝山と凄く仲がいいみたいで「次は竹内の美声を聞くぞ! 選曲は俺に任せろ!」とマイク越しに叫んでいるのを彼はギロリ睨みつけたりして。

 結局俺も竹内くんも勝山の勢いに押されてカラオケ2時間で、最近のアイドルのJ-popからなぜか演歌まで幅広く歌わされた。
 そうそう、カラオケ後、腹減ったと近くのファミレスに歩いて移動してるとき、竹内くんにどうやって勝山と仲良くなったのか聞いたら、背が178センチで同じなんだって。で、入学早々の事、すれ違った時にいきなりバシっと背中叩かれて、「こんにちは、俺ら身長同じくらいだね。仲良く出来そうじゃん。よろしく」と言われたらしい。てか、いきなりあの平手打ち食らった訳よね、この人。なのに勝山と仲良くしてるって言う竹内君の心の広さに俺、ちょっと感動したんだけど。
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