303 / 362
第十二章 学園祭の始まり
30 祝勝会
しおりを挟む呉宇軒たちが個室へ戻ると、料理に埋め尽くされたテーブル席には李浩然の叔母と従姉妹が仲間入りしていた。教授でもある叔父は学園祭の見回りがあるため、残念ながら仲間外れだ。
「軒兄おっそい!」
入り口と向かい合った席にいた李若汐が、二人の到着にいち早く気付いて待ちくたびれたように文句を言ってくる。一体いつ来たのだろうか。彼女の声に料理を楽しんでいた祖父たちも振り返り、酒の入ったグラスを掲げて歓迎してくれた。
「今日の主役がやっと戻ってきたぞ」
バーでも飲んでいたせいか、呉宇軒の祖父は赤い顔をしてすっかりできあがっている。だが、二人が帰ってくるまで待っていてくれたのか、料理の方はほとんど手付かずだ。
隣同士で座った祖母二人は、主役の登場に顔を綻ばせた。
「阿軒、コンテスト一位おめでとう!」
「変面、素敵だったわよ」
彼女たちの称賛の声に、安おばさんも頷く。
「最後の決め技、格好良かったわね。おばさんびっくりしちゃったわ」
安おばさんは会場にはいなかったが、リアルタイム配信されていた動画を見ていたようだ。
女性陣が口々に褒め立ててくれるので、呉宇軒は厨房での疲れも吹き飛んで得意顔をする。彼はふふんと胸を張り、今日の主役らしく悠々と自分の席に着いた。
「当然だろ? みんなの度肝を抜きたくて、王おじさんたちと考えたんだ」
変面に早着替えを組み合わせるのは、稽古をつけてくれた王おじさんの考えだったが、最後の締めでバク宙しようと提案したのは呉宇軒だ。初めの頃こそ慣れない衣装を着て演技をするのは大変だったが、慣れてしまえばこっちのもので、練習中も宙返りは一度も失敗していない。
「いいなぁ……私、学校あったから見られなかったんだよね」
受験勉強真っ只中でズル休みもできなかった李若汐は、祖父母の感想を聞いて羨ましそうにしている。席に着いてさっそく料理に箸をつけた呉宇軒は、そんな彼女にいいことを教えてあげた。
「そのうち大学のサイトに動画のリンク貼られるはず。ノーカットのもあるから、後でお前の大好きなLuna様の勇姿と一緒に見たらどうだ?」
受験生に大学をアピールするため、この時期はホームページに様々なイベントの動画が上げられるのだ。広報担当の生徒や出版サークルの生徒たちは、まさに今頃、必死に動画の編集作業をしていることだろう。
「せっかくだから生で見たかったのにぃ……明日は友だち連れて見に行くからね!」
残念そうにしながらも、彼女は気を取り直してそう言った。
「おう、俺たちに投票よろしくな!」
今から気合い十分の李若汐に、呉宇軒はすかさずお願いする。女王Lunaに勝つには、小さなところからコツコツとだ。
ところが、Lunaファンの李若汐はきゅっと眉間にシワを寄せ、素っ気なく返した。
「やだ。Luna様に投票するに決まってるでしょ」
フンと鼻を鳴らす彼女に、呉宇軒は両手を合わせて拝みながら尋ねた。
「この俺がこうして頼んでるのに?」
お願い、と可愛こぶって頼み込むも、李若汐はますます不機嫌顔になる。彼女はツンとそっぽを向いて言った。
「ちょっと顔が良いからって調子に乗らないで! まあ、友だちはもしかしたら軒兄たちに入れるかもね」
やはり女子の憧れの存在は強いらしい。にべもなく断られた呉宇軒は苦笑いするしかなかった。
彼らの話が終わった頃を見計らって、ふと呉宇軒の祖父が口を開く。
「そういえば、明日はお前のお師匠さんの娘も遊びに行くと言ってたぞ」
入れ違いになってしまったが、呉宇軒たちが休憩室で戯れいている間に、ひと段落した厨房からオーナーが挨拶に来ていたという。続く言葉に、彼はぎくりとした。
「せっかくオーナーが挨拶にきてくれたのに、お前たちは何をしとったんだ?」
ずいぶん遅かったなと怪しまれ、背中に冷や汗が流れる。凍ったように動きを止めた彼の横では、驚いたことに李浩然が平然と食事を続けていた。我関せずで、助け舟を出す気配すらない。
彼と二人で何をしていたかなんて祖父に言えるわけがなく、呉宇軒は誤魔化し笑いを浮かべる。
「い、忙しかったから、ちょっと休憩してただけだよ!」
怪訝そうに眉を顰める祖父にそう返すと、面の皮が厚い幼馴染を横目でチラリと見た。李浩然ときたら、二人の会話が聞こえていないのではと思うほど全く動じていない。
幼馴染の援護射撃は望めそうにないので、呉宇軒は明日の仮装大会の話をして、上手いこと祖父の気を逸らした。
楽しい食事はあっという間に終わり、食後のお茶を堪能した一行は家に帰ろうと支度を始める。そんな中、店の様子が気になった呉宇軒はひと足先に下へ降りて行き、様子を見るために厨房を覗き込んだ。
注文は溜まっているが、李浩然が食器類を綺麗に洗って片付けたお陰でスムーズに流れている。これなら心配はなさそうだと安心した彼は、ちょうど完成した料理の配膳を頼みに来たオーナーに声をかけた。
「オーナー、俺そろそろ帰りますね」
「宇軒、今日は本当に助かったよ。李浩然もありがとう」
思わぬ言葉に、呉宇軒は驚いて振り返った。すると、さっきまで上に居たはずの李浩然がすぐ後ろに立っているではないか。
「浩然? いつの間に来たんだよ。気付かなかった」
「俺も様子が気になって……大丈夫そう?」
すっかり黒蓮楼の一員のようになっている彼に、呉宇軒はくすりと笑った。
「平気だって。もう行こう。それじゃあ、お先に失礼します」
そう呼びかけると、修羅場を超えて余裕が出てきた先輩シェフたちが笑顔で手を振ってくれる。中には呉宇軒たちが手伝っていた頃にはいなかった人もいて、学園祭の出店から何人か戻ってきたらしいことが窺えた。これならもう大丈夫だろう。
ご馳走するというオーナーの言葉に甘えてそのまま外へ出ると、タクシーはすでに準備万端で店の前に待機していた。
ホテルに泊まる呉宇軒の祖父母と父が先に乗り、別れの言葉もそこそこに出発する。後に残された彼らは、大人組と子ども組に分かれて李浩然の叔父の家へ向かった。
思わぬ事件もあって疲れが溜まっていたらしい。呉宇軒は車に揺られているうちにうつらうつらしてきて、いつしか李浩然の肩に頭を預けて寝落ちしてしまっていた。
そして、目が覚めた時には李家のソファの上で、まるで瞬間移動してきたようでびっくりする。呉宇軒はソファから飛び上がるように身を起こし、キョロキョロと辺りを見渡した。
「俺、いつタクシー降りたっけ」
すると、耳元で優しい声が響く。
「君はずっと眠っていた」
心地よい声音に隣を見ると、李浩然が穏やかな眼差しで微笑んでいた。彼がソファまで運んでくれたに違いない。
「すっかり寝ちゃってたよ、ありがとな。今何時? シャワー入んないと」
「今日はもう遅いから、明日の朝にしよう」
部屋の時計を見ると、いつの間にか十時を過ぎていた。確かに余裕のある朝に入った方が良さそうだ。
呉宇軒はあくびを噛み殺しながら寝る支度を済ませると、いつものように李浩然にちょっかいをかけることも忘れて眠りに落ちた。
12
あなたにおすすめの小説
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
マネージャー~お前を甲子園に連れて行ったら……野球部のエース♥マネージャー
夏目碧央
BL
強豪校の野球部に入った相沢瀬那は、ベンチ入りを目指し、とにかくガッツを認めてもらおうと、グランド整備やボール磨きを頑張った。しかし、その結果は「マネージャーにならないか?」という監督からの言葉。瀬那は葛藤の末、マネージャーに転身する。
一方、才能溢れるピッチャーの戸田遼悠。瀬那は遼悠の才能を羨ましく思っていたが、マネージャーとして関わる内に、遼悠が文字通り血のにじむような努力をしている事を知る。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる