真面目ちゃんの裏の顔

てんてこ米

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第十三章 学園祭二日目

4 お店の可愛いマスコット

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 開催して早々に大盛況となった揚げドーナツの店は、二時間経っても長蛇の列が続いていたが、よく見るとその原因は留まり続けている呉宇軒ウーユーシュェンのファンたちだった。せっせと接客に精を出していた彼はようやくその事に気付き、携帯を向けてくる女子たちに向こうへ行けとジェスチャーしながら叫んだ。

「そこの帽子被った子たち、通行の邪魔になるから退いて! もう充分撮ったろ? そっちのニット着てる君もずっと居座ってるよな? ほら行った行った! 戻ってこようとしても、ちゃんと顔覚えてるからな!」

 叱られた彼女たちは落ち込むでもなく、呉宇軒ウーユーシュェンが言った「顔を覚えている」という言葉に大盛り上がりで、きゃあきゃあとはしゃいでいる。言っても聞かない女子たちに、見かねた李浩然リーハオランが奥からやって来た。

「営業妨害だ。向こうへ行きなさい」

 言葉遣いこそ当たり障りのないものだが、彼女たちの目当てが呉宇軒ウーユーシュェンということもあり、追い払う圧が凄い。呉宇軒ウーユーシュェンからは背中しか見えないが、彼の怒りがひしひしと伝わってくる。
 普段から冗談の通じなさそうなほど真面目な李浩然リーハオランの言葉は、絶大な効果を発揮した。集まってやかましく騒ぎ立てていた女の子たちは、水を打ったようにしんと静まり返り、ごめんね、と申し訳なさそうに謝ってからそそくさと立ち去っていった。

「さすがは李浩然リーハオランだな」

 詰めたドーナツを補充しに来たパンダお面の呂子星リューズーシンが、李浩然リーハオランの見事な手腕に感心した声を出す。自慢の幼馴染を褒められた呉宇軒ウーユーシュェンは鼻高々に返した。

「だろ? あいつ、怒るとすっごく怖いんだよ。昔っからそうでさ、あいつが凄むとファンもアンチも一切喋らなくなるからな」

 たとえ大盛り上がりで騒いでいても、李浩然リーハオランが来ると誰もが背筋を伸ばし、みんな急にお行儀が良くなる。その中には当然、呉宇軒ウーユーシュェンも入っていた。美人は怒ると一層怖いとはよく言ったものだ。
 呉宇軒ウーユーシュェンは一仕事終えて戻って来た李浩然リーハオランにお礼の口づけを贈ろうと顔を寄せたが、背後に見覚えのある女子を見つけてカウンターから身を乗り出した。

「そこの黄色い上着の女子! 俺の記憶力を試してるのか? ほら、さっさと行く!」

 指摘されたレモン色の上着を着た女の子は、「本当に気付かれた!」と嬉しそうに逃げていった。顔を覚えていると言ったせいで、本当にそうなのか試そうとする人がちらほら混ざり始めている。

「余計な一言言っちゃったな……」

 これはまた来るな……と肩を落として落ち込んでいると、李浩然リーハオランが慰めるように頭を撫でてくれた。

「大丈夫、俺に任せておいて」

 いつになく凛々しい顔をした彼は、その言葉を残して列の整理に向かう。呉宇軒ウーユーシュェンほどではないが、彼も記憶力は良いので一度来た客のことは覚えているのだ。
 頼もしい背中を見送った呉宇軒ウーユーシュェンは、うっとりとため息を吐いて呂子星リューズーシンに寄りかかった。

「見ろよ、俺の浩然ハオラン。マジで格好いいよな」

「鬱陶しいな。見惚れてないで仕事に戻れ!」

 幼馴染の勇姿に夢中になっている呉宇軒ウーユーシュェンの尻を蹴り飛ばすと、パンダ執事の呂子星リューズーシンはカップ詰め作業に戻っていった。



 李浩然リーハオランのお陰でドーナツ屋の列は線で引いたように真っ直ぐになり、近くで野次馬をしていた女子たちの姿もない。ドーナツの売れ行きは好調で、早くもカップに詰めた分が底を尽きそうになっている。
 もはや職人と化した呂子星リューズーシンが懸命に頑張っているのを見て、呉宇軒ウーユーシュェンは新しく来た客を誘導していた幼馴染に呼びかけた。

浩然ハオラン、一旦戻って後ろ手伝ってくれない?」

 呉宇軒ウーユーシュェンを邪な目から守るために張り切っていた李浩然リーハオランは、振り返って裏方が足りていない事に気付き、慌てて戻ってきた。

「もうこんなに売れたのか」

「うん。お前が頑張ってくれたお陰で、やり取りがスムーズになったからな」

 気付けば太陽は真上に昇り、強い日差しが降り注いでいる。売り子をするのは午前中までの約束だったが、続々と増える客と必死に手を動かしている裏方たちを見ていると放って置けず、呉宇軒ウーユーシュェンはもう昼だということは黙っておくことにした。
 後ろの作業に合わせて売るペースを落として待っていると、人の群れの中から大きなカメラを構えた人が現れる。スタッフと書かれたベストを着たカメラマンの横から、見慣れた顔がひょっこり顔を出した。

シュェン兄、ちょっと撮影していい?」

王茗ワンミン? まだ仕事してるのか。出版サークルは大変だな」

 寝癖を直す暇もなかったのか、王茗ワンミンの柔らかな癖っ毛は大爆発している。呉宇軒ウーユーシュェンが二つ返事で頷くと、彼はメモを取りながら出店の中を見渡した。

ラン兄も手伝ってるんだ。シュェン兄はなんか……不良執事みたいだねぇ」

 執事服をじっくり見た王茗ワンミンは、呉宇軒ウーユーシュェンが思ったことと全く同じことを言った。やはり執事服は似合っていないらしい。
 出版サークルの一員らしく真面目に取材メモを取っていた王茗ワンミンは、ふとある一点で視線を止める。パンダの被り物をした呂子星リューズーシンだ。
 見るからに怪しいパンダが職人顔負けの手捌きでドーナツを詰めているのを見て、王茗ワンミンは困惑した様子で呉宇軒ウーユーシュェンに尋ねた。

「ねえシュェン兄、あのパンダって何?」

 彼の視線を追った呉宇軒ウーユーシュェンは、どう答えたものかと困った顔をした。
 というのも、呂子星リューズーシンは自分が執事服を着てメルヘンチックなカフェでバイトしていることをみんなに隠しているのだ。今呉宇軒ウーユーシュェンが彼の名前を呼んでしまうと、秘密にするという約束を破ってしまう。

「あれは……パンダのシンシンだよ! この店のマスコット!」

 上手い説明が思いつかなかった呉宇軒ウーユーシュェンは、口から出まかせを言った。ドーナツ詰めの作業をしながら聞いていた李浩然リーハオランが吹き出したが、王茗ワンミンはそれには気付いていないようだ。彼はぱあっと顔を明るくさせると、大はしゃぎで呂子星リューズーシンを手招いた。

「マスコットいるの!? おーい、シンシン! ちょっとこっちに来て、カメラに撮らせてよ」

 能天気な声に、呉宇軒ウーユーシュェンは危うく吹き出すところだった。突然始まった面白い状況に、笑いを堪えるのに必死で接客ができなくなる。
 彼らの事情を知らない王茗ワンミンは、パンダの被り物と執事服という珍妙な組み合わせがホームページに載せるのにちょうど良いと思ったのだろう。呼びかけられた呂子星リューズーシンはぴたりと動きを止め、ぎくしゃくしながらカウンターまでやって来た。

「シンシン、お店の紹介をお願いしてもいい?」

 無邪気な声と期待の眼差しに、『シンシン』の貼り付けたような笑顔が一瞬翳ったような気がした。お面の顔が変わるはずはないので気のせいだとは思うが、呉宇軒ウーユーシュェンは確かに呂子星リューズーシンの怒りの気配を感じたのだ。
 子どものように目をキラキラさせた王茗ワンミンにマイクを向けられ、呂子星リューズーシンは長い沈黙の後、大きく息を吸った。

「ゼッピンノアゲドーナツ、イッパイシュルイガアルヨ!」

 恐らく、声で気付かれないようにわざと変な声を出したのだろう。カタコトの甲高い声が響き、呉宇軒ウーユーシュェンはひきつけを起こしたように地面に崩れ落ちた。
 どうにか声を上げる事態は免れたものの、笑いすぎて息ができない。彼は地べたに尻もちをついた姿勢のままカウンターをバンバン叩いて苦しんでいたが、ついに我慢の限界を超え、ダムが決壊するように笑い声を上げた。

「ハハッ……ヤバい、無理! もう……アハハハハッ」

 急にカウンターの下に消えて笑い出した呉宇軒ウーユーシュェンに、王茗ワンミンは何が何だか分からず目を白黒させる。
 爆笑する友人と呆然と立ち尽くすパンダ。カオスな状況すぎて、さすがの王茗ワンミンも言葉が出ない。
 ひとしきり笑った後、呉宇軒ウーユーシュェンはよろよろと立ち上がった。そして、湯気が出そうなほど怒りのオーラを纏ったパンダを見てニヤリと笑う。

「イッパシュルイガアルヨッ!」

 その声は呂子星リューズーシンの裏声によく似せられていた。自分で言ってて可笑しくなり、呉宇軒ウーユーシュェンは狂ったように笑い転げる。
 笑い物にされたパンダはプルプルと拳を震わせ、ドスの効いた声を出した。

「てめぇ……殺す!」

 正体が気付かれるかもしれないということもすっかり忘れ、呂子星リューズーシンは笑いが収まらない呉宇軒ウーユーシュェンに飛びかかった。カウンターの中でパンダと不良執事の取っ組み合いが勃発する。
 しかし、突如始まった乱闘に王茗ワンミンはオロオロするばかりで、パンダの正体には全く気付きそうになかった。
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