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第十四章 トラブルは付きもの
11 お願い
しおりを挟む話し合いの結果、昼食はイーサンのリクエストでハンバーガーになった。
一足先に食べ終わった呉宇軒は、綺麗に掃除されたベッドで王茗にマッサージをしてあげることにする。洗濯物やゴミでごちゃついていた彼のベッドは呂子星の厳しい監視の下で片付けたので、昼食前よりもかなりすっきりしていた。
余程疲れが溜まっていたのだろう。王茗はマッサージの途中でいびきをかいて寝始めてしまった。
熟睡する彼をそっと休ませ、呉宇軒はベッドの梯子をそろりと降りてみんなの元へ戻る。
テーブルでは、友人たちが残りのポテトをつまんでダラダラしていた。携帯をぼんやり見たり談笑したりと思い思いに過ごす中、満腹で眠たくなっているのか、謝桑陽が大きなあくびをしている。
そんな中、朝からずっとぼんやりしている李浩然だけが、まだ半分も残っているハンバーガーをちまちまと食べていた。
「然然、口のとこにソースついてるぞ」
一仕事終えて彼の隣に戻ってきた呉宇軒は、幼馴染の口の端についたいかにも辛そうな赤いソースをぺろりとひと舐めする。いつも凛とした彼らしくない姿だ。
しかし、そのちょっとした悪戯に目が覚めたらしい。李浩然は意識がはっきりした眼差しで呉宇軒を見つめ、追いかけるようにキスしてきた。
さっきまでのぼんやりした姿は何だったのだろうか。唇の隙間から辛いソース味の舌が入り込んでくる。
まるでスリープモードから立ち上がったかのようだ。
呉宇軒は彼の様子を面白がって、しばらくしたいようにさせていた。すると、向かいの席から気まずそうな咳払いが聞こえてくる。
見ると、顰めっ面をした呂子星が、不愉快だと言わんばかりの鋭い目でこちらを睨んできていた。青筋を立て、かなりご立腹だ。
「まだ飯の途中なのにダメだろ? 終わったら続きしてやるから、早く食べちゃえよ」
呉宇軒は慌てて李浩然から離れると、急に真面目ぶって彼を叱りつけた。しかし、その唇には堪えきれず笑みが浮かぶ。そしてすっかり悪い子になった優等生の頬をツンと突き、からかって遊んでいると、静かにお茶を飲んでいたイーサンが不意に話しかけてきた。
「それで、李浩然とはどこまで行ったんだ?」
呉宇軒が質問に答えようと口を開いたその時、呂子星が待ったをかけてきた。
「ちょっと待て! 耳を塞ぐ」
先ほどの二の舞はごめんだと、急いでポケットからイヤホンを取り出す。曲を流して会話が耳に入らないようにしたいらしい。
呉宇軒は彼がイヤホンを耳につけるのを待ってから口を開いた。
「それが慣らさないとダメだって言うから、まだ最後までヤッてねぇんだよ」
李浩然は慎重派なので仕方がないが、念入りに下準備をされていると焦らされているようでうずうずする。それに、呉宇軒はずっとやられっぱなしだ。知識も乏しいため、仕返しする機会に恵まれていない。
不満げにため息を吐く彼を見て、イーサンは呆れ顔だ。
「当然だろ。慣らさず挿れたら危ないぞ」
アメリカ育ちの彼は、そういったことにも精通しているらしい。呉宇軒は感心して言った。
「さすがアナル大明神」
「そのあだ名は止めろ!」
不名誉な称号に、プライドの高い彼は身を乗り出して怒る。だが、せっかくの貴重な情報源だ。呉宇軒はお構い無しに話を続けた。
「なあ、どれくらい広がれば大丈夫なんだ? 指三本くらい?」
恥じらいの欠片もない発言に、うっかり聞いてしまった謝桑陽の顔が真っ赤になる。そこまで具体的な話はしたくないイーサンは、興味津々な彼にうんざりした顔を向けて呆れたように吐き捨てた。
「いいから李浩然に任せておけ!」
「なんだよぉ……浩然のやつ、俺には全然教えてくれないんだぞ?」
梯子を外されてしまい、呉宇軒はいじけて唇を尖らせる。口から零れ出るのは当然、事前勉強をさせてくれない幼馴染への不満だ。未だに携帯はチャイルドロックが掛かっていて、厳しいアダルト禁止令は続いている。
ところが当の李浩然は急に耳が遠くなったらしい。涼しい顔をして、呉宇軒の抗議の声を聞き流していた。
今日からは学園祭の準備で遅れていた分を取り戻すため、午後からも講義がある。その頃には李浩然も落ち着きを取り戻したが、彼の唇は相変わらず緩やかに弧を描いて柔和な笑みを形作っていた。
長い講義は滞りなく終わり、勉強から解放された生徒たちが我先にと講義室を出て行く。呉宇軒は広げたノートをカバンにしまうと、両手を上げてぐっと伸びをしてから立ち上がった。
午後からのバイトの前に、ルームメイトたちのために食事の作り置きをしようと思っていたのだ。すると、先に教室を出ると伝える前に、李浩然が急に腕を掴んできた。
「阿軒、今日からしばらくはうちに泊まってくれる?」
「なんで? 俺、そろそろ寮に帰りたいんだけど?」
何かと理由をつけて彼を手元に置きたがる李浩然は、その答えを聞くなりたちまち悲しそうな顔をした。いつもの泣き落としと分かっていても、呉宇軒はうっと言葉に詰まる。
「そ、そんな顔するなよ……お前、若汐の勉強見てやるんだろ? 俺も店に出ないとだし」
学園祭の打ち合わせがあったので、呉宇軒はここ最近バイトを休みがちだった。寮から店までは近いが、閑静な住宅街の更に奥にある李家からだとタクシーが必要だ。
しかし、今日の李浩然は妙に頑なだった。眉を下げてしゅんとした顔のまま、呉宇軒の手を両手でぎゅっと握りしめ、うるんだ瞳を向けてくる。
「誕生日まででいいから。どうしても駄目?」
何かやりたいことでもあるのだろうか。いつもは泣き落としでごり押しする李浩然が、珍しく妥協案を出してきた。
「いや、そういうわけじゃないけど……」
目を合わせれば押し負けてしまいそうで、呉宇軒は必死で視線を逸らしながら頭を悩ませる。だが、生まれた時から一緒にいる李浩然相手に、その程度の抵抗で逃げ切れるわけがなかった。
自分に向けられた熱視線と離れない手に、呉宇軒の断ろうという決意はグラグラと揺れる。そして気付けば、考えてみれば断るほどの理由でもないな……と気持ちが傾き始めていた。
「君と離れたくない」
ダメ押しで、李浩然はそう呟いた。
寂しそうな声にとどめを刺され、呉宇軒は彼の手を握り返す。やはり幼馴染パワーは絶大だ。
「分かったよ。可愛い婚約者に寂しい思いをさせるわけにはいかないからな! ただ、ちょっと夕飯用に作り置きする時間くらいはくれよ?」
料理の腕が鈍らないようにルームメイトたちに夕飯を作っているので、それがなくなるのはさすがに困る。主に面倒くさがり屋の王茗が。
まんまと望みを叶えた李浩然は、上機嫌で頷いた。
「うん。俺も手伝う」
調子のいい彼に、呉宇軒もふっと笑みを漏らす。彼の可愛い我儘は昔からではあるものの、心を通わせた今は一段と可愛く見えた。
「ありがとな。お前が手伝ってくれるなら早く終わるよ」
「俺にとっても修業になるから」
李浩然のその言葉は気遣いだけではない。呉宇軒は彼がまだ自分と一緒に働くために色々と考えてくれていると分かり、たちまち嬉しくなった。
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