真面目ちゃんの裏の顔

てんてこ米

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第二章 波乱の軍事訓練前半戦

5 猫奴の洗礼

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 しばらく大人しくしていると幼馴染の手が離れたので、呉宇軒ウーユーシュェン猫奴マオヌーの側に寄っていって嬉しそうに話しかけた。

「そういや医学部合格したんだな。おめでとう!」 

「当然だろ! 祝いの品なら貰ってやらなくもないぞ」

 誇らしげな顔で贈り物を要求され、呉宇軒ウーユーシュェンは考えておくと笑顔で返す。
 呂子星リューズーシンが旧友のようなやり取りをする二人を見て不思議に思っていると、幼馴染を監視中で目が離せない李浩然リーハオランの代わりに謝桑陽シエサンヤンがこっそり耳打ちした。

「アンチとのオフ会をよく開いてるみたいで、いつもこんな感じなんです」

 せっかく教えてもらったのに、呂子星リューズーシンはますます意味が分からなくなった。そもそも何故ファンではなく自分を嫌っているアンチとオフ会をするのか。ネット上でのやり取りを知っている王茗ワンミン謝桑陽シエサンヤンは全く気にしておらず、呂子星リューズーシンだけが釈然としない思いで首を傾げる。
 見知った顔との再会に上機嫌になった呉宇軒ウーユーシュェンは、隣を走る猫奴マオヌーに尋ねた。

王清玲ワンチンリンって知ってる?」

 図書館で会った彼女が山積みにしていた参考書はほとんどが医学書だったので、猫奴マオヌーなら知っているかと思ったのだ。案の定彼は呉宇軒ウーユーシュェンが想定した答えを口にした。

「あの才女か? 同じ医学部だよ。高考ガオカオで満点取ったなんて凄いよな」

 どうやら王清玲ワンチンリンは早くも学生たちの間で注目の的になっているらしい。高考で満点を取った紅一点ともなれば当然だ。
 それがどうしたと不思議そうにする猫奴マオヌーに、呉宇軒ウーユーシュェンはよくぞ聞いてくれましたと得意げな顔をしてニヤリと笑った。

「彼女の連絡先ゲットした」

「はあぁ!? この野郎っ……これだからイケメンは!」

 猫奴マオヌーは自慢する呉宇軒ウーユーシュェンを睨みつけて文句を言おうとしたが、あまりにも腹立たしくて言葉が出ない。代わりに拳を振り上げるも、少し考えてどうせ当たらないと思い直し、苦々しげに手を下ろした。そして、この話題に触れても自慢されるだけだと無理矢理話を変える。

「お前、今年のオフ会はどうするんだ? こっちでやるなら行きたいって言ってる奴いるけど」

 呉宇軒ウーユーシュェンが主催する不定期のアンチオフ会はほとんどが彼の地元で行われてきたので、遠くに住んでいる人は参加できないでいた。新しい人と会ういい機会だと、呉宇軒ウーユーシュェンは乗り気で返す。

「良いね! 大学の中に借りれる場所あるかな? 無ければ近くで貸切りできる場所探す?」

 大学の中にある一部の施設や教室は、申請をすれば貸し出してくれる。大抵はサークル活動での使用申請ばかりだが、個人利用が可能なら使わない手はない。
 隣で話を聞いていた呂子星リューズーシンは、聞くなら今しかないと二人の会話に口を挟んだ。

「ちょっと聞いて良いか? アンチオフ会って何なんだ?」

 尋ねると、呉宇軒ウーユーシュェン猫奴マオヌーが同時に答えた。

「俺がアンチの奴らと交流する会だよ」

「アンチをファンに変える地獄のオフ会だぞ。何人の同志がコイツに口説き落とされたか……」

 二人の言っていることはバラバラで、特に穏やかではない猫奴マオヌーの言葉に呂子星リューズーシンいぶかしげな顔をする。

「コイツ、わざとアンチ増やして定期的にオフ会開くんだよ。そんで、来た奴らを滅茶苦茶もてなしてファンに変えちまうんだ」

「もてなしたくらいでファンになるのか?」

 たったそれだけで嫌いが好きに変わることがありえるのだろうかと、呂子星リューズーシンは不思議に思った。ただ嫌いというだけでアンチ活動をするやつなどそうそう居ない。
 疑いの眼差しを向けられ、猫奴マオヌーは熱弁を振るった。

「考えてもみろ! イケメンのアンチなんて、女にモテないどころか人から避けられてるような奴ばかりだろ? それをコイツはいつも嫌な顔一つせずもてなすんだ。相手がどんな奴でも嬉しそうに、来てくれてありがとうって抱き締めるんだぞ?」

 猫奴マオヌーの言う呉宇軒ウーユーシュェンのもてなし力は相当なものだった。たとえ相手が偏屈な性格をしていようが薄汚いおじさんであろうがお構いなしで、何を言われようとも笑顔を絶やさずフレンドリーに迎え入れる。周りから遠巻きにされたり嫌がられて生きてきた者たちには、馴れ馴れしさが限界突破している呉宇軒ウーユーシュェンの対応は刺激が強すぎるらしい。

「俺は来てくれたお礼を言って、相手をたくさん褒めただけだよ。アンチは俺のことファン並みに追っかけてくれてるから、日頃のお礼みたいなもんだって」

 なんて事はないとさらりと言ってのける呉宇軒ウーユーシュェンに、猫奴マオヌーはそういうところだぞ!とカンカンになって怒った。よほど仲間を懐柔かいじゅうされたのが悔しいらしい。

「お前意味わかんねぇことしてんだな」

猫奴マオヌーももうちょっとで落ちると思うんだけどな。未だに本名も教えてくれねぇんだよ」

 残念そうにそう言った呉宇軒ウーユーシュェンは、明らかにアンチの懐柔を楽しんでいる様子だ。呑気な呉宇軒ウーユーシュェンの隣で李浩然リーハオランは複雑な表情を浮かべている。問題が起きないよう監視している幼馴染の苦労は計り知れない。

「なんで猫奴マオヌーなんて名乗ってるんだ?」

 猫奴マオヌーとは、飼い猫を溺愛する飼い主が自分は猫の奴隷だと名乗る時のネットスラングだ。
 なんとなく疑問に思って尋ねただけだったが、呂子星リューズーシンの言葉に先ほどまで笑っていた呉宇軒ウーユーシュェンの顔からふっと笑顔が消える。なにか不味いことでも言ったかと聞こうとすると、猫奴マオヌー呂子星リューズーシンの肩にぽんと手を置き、不気味な笑顔で急接近してきた。

「聞きたいか? 俺の美娘メイニャンの話を……」

 妙な圧を感じて戸惑っていると、呉宇軒ウーユーシュェンはそっと二人から距離を取りながら口を開いた。

「あーあ、ご愁傷様」

「ちょっと待て、何がご愁傷様なんだ!? おい! 先行くな!」

 呉宇軒ウーユーシュェンは幼馴染を連れて逃げるように先へ行ってしまった。後に残され呆気に取られていた呂子星リューズーシンの目の前にずいと携帯画面が突き付けられる。

「まあ、まずはこれを見ろ。うちの可愛いお姫様だ」

 画面に映っていたのは長毛の白猫だった。目の色は青と黄色のオッドアイで、お洒落な猫用ソファに優雅に座っている。気品溢れるその姿は、確かにお姫様と言っても過言ではない。

「可愛いな。オッドアイなんて珍しいんじゃないか?」

「そうだろう? 世界一可愛いんだ。何せうちの美娘メイニャンは……」

 さっきまでの疲れはどこへやら、猫奴マオヌーは生き生きとした表情で美辞麗句を並べたて、ありとあらゆる言葉で愛猫を褒め称えた。息切れ一つせず喋る彼の勢いはランニング中とは思えないほどで、話に終わりが見えない。これはもはや猫奴マオヌーと言うより猫狂いだ。
 怒涛どとうの勢いに気圧されている呂子星リューズーシンの横を、恐らくこの後どうなるか知っている謝桑陽シエサンヤン王茗ワンミンがそそくさと抜けて行く。
 猫奴マオヌーの愛猫語りは結局、宿舎に着くまで延々と続いた。
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