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第三章 夢いっぱいの入学式
5 デザートの時間
しおりを挟む氷粉の店の窓に貼ってあるポスターが新しいものに変わっていた。葡萄や梨など、秋の果物が彩るポスターを見て、呉宇軒は期待に目を輝かせる。
「新しい味出てるのかも!」
「ちょうど季節の変わり目ですからね。今月から秋メニューが増えてるはずですよ」
実家の近所にチェーン店があったので、謝桑陽はこの店にかなり詳しいようだ。率先して初めて来る人たちにおすすめのメニューを教えている。
店に入ると、カウンターの中にいた女性店員が呉宇軒の顔を見るなり嬉しそうに手を振った。彼女は以前この店に訪れた時に注文を取ってくれた人だ。
「いらっしゃい! 今日は一段と賑やかね」
「お姉さん久しぶり! 今日は浩然も連れて来たよ!」
呉宇軒が顔馴染みになった店員に幼馴染を紹介して新商品について聞いていると、王清玲が興奮気味に声を上げた。
「ちょっと見て! ラッシー味がある!!」
彼女が指差した先には期間限定と書かれた別のメニュー表があり、ノーマル、マンゴー、苺の三種類のラッシーが載っている。トッピングのフルーツも美味しそうだ。
ちょうどカレーを食べたばかりの彼女はラッシーにする!と意気込んだが、三種類のどれにするかで迷いに迷って、見兼ねた友人の鮑翠が選ばなかった方を頼むと申し出ていた。
呉宇軒は初めてこの店に来た時に散々悩んだことを思い出し、彼女たちの決断の速さに驚いた。
「高進は何にするんだ? お前は氷粉食べたことある?」
呉宇軒はメニューを見ていた高進の腰に手を回してちょっかいをかける。ところが、彼が答える前にすかさず李浩然がやって来て、呉宇軒の首根っこを掴んで引き剥がした。
「仲良くしていいって言ったじゃん」
「それはそれ、これはこれ」
不満げに幼馴染を見るも一歩も譲らず、呉宇軒は仕方なく彼に寄りかかるとメニューに視線を戻した。
「浩然はもう決めた?」
「うん。黒蜜きなこにバニラアイスをトッピングする」
李浩然の言葉に一同はその手があったか!としんと静まり返った。みんなメニューにあるおすすめの組み合わせにばかり目が行っていて、カスタマイズできることをすっかり忘れていたのだ。
「やばい……俺もトッピングしようかな……」
「僕も何か乗せようかな……」
高進と謝桑陽が途端に悩み出し、真っ先に決めた女子たちまでもがトッピングを熱心に見始める。
たちまち時間の掛かりそうな空気が流れ始め、呉宇軒は焦って言った。
「お前ら、別にトッピングは強制じゃねぇぞ」
「せっかくできるんだし……それに今だけ半額って書いてあるのよ」
王清玲の言葉にメニューを見ると、確かに手書きのポップで今だけ半額とおすすめされている。女子は『今だけ』や『半額』の言葉に弱い。
割引の魔力には勝てず、結局初めて来た時以上に時間をかけてやっと注文を終わらせた。
前回は持ち帰りだったが、イートインは綺麗なガラスの器に盛られ、二人分ずつトレーに乗せられてきた。奇跡的に全員注文が被らなかったので、誰がどれを頼んだか一目で見分けが付く。
店内の席は半分ほど埋まっていたものの、広いスペースのテーブル席はまだいくつか残っていた。幼馴染二人が隣り合うと、呉宇軒の横にそれまで静かだった猫奴が腰掛ける。彼の氷粉は苺やブルーベリー、ラズベリーなどがたっぷり乗ってパフェのように豪華だった。
「お前、静かだと思ったら凄いもの頼んでるじゃん。ベースは何?」
呉宇軒が尋ねると、彼は得意げな顔をして口を開いた。
「苺ミルクだよ。トッピングでバニラアイスとベリーミックス」
店員のお姉さんが気合いを入れたようで、綺麗に盛り付けられている。可愛らしい見た目に女子たちが食いついた。
「可愛い! ちょっと写真撮ってもいい?」
「おう。溶けるから手早く済ませろよ」
彼女たちは可愛い可愛いと喜びながら何枚も写真を撮っている。
和気藹々と写真を撮る女子たちを微笑ましく眺めていた呉宇軒は、ふといいことを思いつき、猫奴にこっそり耳打ちした。そしてそろりと彼女たちの対角線上に移動すると、いい感じで写真に写り込むように二人で変顔をした。
「ちょっとやだ、キモい!」
「ぷっ……何その顔!」
女子二人がくすくすと笑いながらシャッターを切る。馬鹿なことをやって遊んでいると、店に入って来た男子生徒の集団がそれを見てうわっと声を上げた。その中の一人をよく見ると、友人と出掛けていた呂子星だ。
「ヤバい奴がいると思ったらお前かよ!」
変顔をしていたのが呉宇軒だと気付くなりそう言うと、彼の横に居た友人がショックを受けたような表情を浮かべた。
「どうしよ……俺イケメンの変顔見ちゃった」
「あいつはいつもああなんだよ。気にするな」
「いつもじゃねぇよ! それより子星、お前今日は大丈夫なのか?」
前に来た時は散々嫌がっていたが、今日は友人が一緒だからか平然としている。呂子星は僅かに顔を顰めたものの、携帯の画面を見せながら答えた。
「さすがにこれだけ男が居たらな。お前、ネットに死ぬほど目撃情報出回ってるぞ」
元々呉宇軒たちのせいで男女比が男に偏っていたところに呂子星たちが来たことで、ポップで可愛らしい店の中は男子生徒で溢れていた。
彼に言われてネットを検索してみると、確かに目撃情報の書き込みがたくさん出て来る。しかも写真付きだ。
「夕飯こいつらも一緒でいいか?」
「小玲に聞いて」
呉宇軒は一体いつからネット上に目撃報告が上がっているのか調べながら、片手で王清玲に話を振った。彼女はマンゴーがたっぷり乗ったラッシー味の氷粉を幸せそうな顔で堪能していたが、話を振られると口をもぐもぐさせながら親指を立てて了承した。
ネットの投稿を遡っていた呉宇軒は、やっと目当ての最初の書き込みを見つける。それはちょうど先輩モデルのLunaに捕まった辺りから始まっていた。
「Luna姉に会ってからだ……結構注目浴びてたもんな」
一人が報告すると真似をしてどんどん書き込みが増えていくのは、ネットではよくあることだ。追っかけの子たちが店に集まってくるのも時間の問題だな、と悩んでいると、ふと隣から視線を感じた。
顔を上げて見ると、李浩然がじっと呉宇軒を見つめていた。何か言いたげな眼差しに呉宇軒はすぐに気がつき、ふっと微笑んで自分の氷粉をひと掬いして彼の口に入れてやる。
「美味いか?」
呉宇軒が頼んだのは季節限定、二種類の梨が乗った烏龍茶氷粉だ。ざく切りの梨のシャリシャリとした食感が楽しめるあっさりとした味わいは、前に一口貰って食べた白桃ライチのものに負けないくらい美味しい。
李浩然はプルプルとした氷粉とシャリシャリの梨という二つの食感を楽しみながら頷き、お返しをするように自分のスプーンを差し出した。
幼馴染の好意に甘えてぱくりと口に入れると、黒蜜とバニラアイスが混ざり合い、濃厚な甘さが口いっぱいに広がる。甘い物好きには堪らない逸品だ。
「この店、デートにも良いと思わないか?」
可愛らしい見た目のこの店は種類も豊富で、何より美味しい。呉宇軒がそう耳打ちすると、彼は氷粉を飲み込んで口を開いた。
「前から気になっていたんだが、いきなりデートの練習から始めていいのか?」
「いいに決まってるだろ! お前は顔がいいから、至近距離で目を見つめれば誰だって簡単に落とせるよ」
呉宇軒が豪語すると、彼は僅かに首を傾げ、鼻先が触れてしまいそうなほどぐっと顔を近付けてきた。
長いまつ毛に縁取られた瞳が真っ直ぐに呉宇軒を射抜く。その力強い眼差しはまるで心の奥底までもを見透かすようで、どきりと心臓が跳ねる。
「お、おお、お前っ……俺で実験すんのはやめろよな!」
落ち着かない気持ちになりながら、呉宇軒は慌てて腕を伸ばして幼馴染を遠ざけた。すると彼は残念そうな表情を浮かべてやんわりと手を払い、耳元で囁くように言った。
「今のはよくなかった?」
囁く声は低く耳に心地よい響きをしていたが、どうしてだか背筋がゾクゾクする。呉宇軒は慌てて耳を塞いで身を離すと、悪戯に目を輝かせる幼馴染を睨んだ。
「俺を落としてどうすんだよっ!」
動揺を隠せないでいる幼馴染を見て、李浩然はふっと微笑んだ。完全に遊ばれている。
恥ずかしさを誤魔化すように頬を両手で覆うと、そこは熱を持っていた。きっと真っ赤になっているに違いない。
「口説くのは練習しなくていいから。俺の心臓が持たないよ……」
弱音を吐く呉宇軒の向かいでは、謝桑陽と高進が気まずそうな顔をしながら明後日の方向を向き、氷粉の感想を話し合っていた。
辱めを受けて居た堪れなくなっている幼馴染をよそに、李浩然は何事もなかったように食事を再開している。呉宇軒は小さな声で恥知らずめ、と悪態を吐いたが、彼は楽しそうに目を細めて幼馴染を見返した。
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