47 / 362
第三章 夢いっぱいの入学式
4 心配だから
しおりを挟むLunaが去っていくと同時に、停滞していた人々の流れが戻ってくる。部外者として見守っていた猫奴は、感極まった顔で立ち尽くしていた謝桑陽の背中を強めに叩くと、尊敬の眼差しを向けた。
「お前、あの女王様から一目置かれるなんて凄いじゃねぇか!」
「そ、そんな……僕は何も……」
見物人たちからも注目を浴び、謝桑陽はオドオドして言った。謙遜する彼に、呉宇軒も目をキラキラと輝かせて声をかける。
「そんなことねぇよ! 俺、Luna姉があんな風になってるの初めて見た」
先輩後輩の仲なので、呉宇軒は彼女がありとあらゆる勝ち組男性からお誘いを受けている現場をよく目撃していた。中には富豪や絶世の美男子も居たが、Lunaは今まで誰一人として相手にせず、時には鼻で笑ってあしらう程だった。そんな勝ち気な女王様がまるで初々しい乙女のようになってしまったのだ。凄いとしか言いようがない。
「それで、この後どうする?お前らは見たいサークル無いのか?」
すっかり目的を果たした呉宇軒が尋ねると、猫奴と謝桑陽は揃って首を横に振った。二人ともすでに入るサークルを決めてしまっているらしい。
「俺はアニマル写真サークルから、講師として直々に招待されてんだわ」
実は猫奴は愛猫美娘の写真をSNSで公開して長く、大量のフォロワーを抱えていた。愛猫をいかに美しく見せるかにこだわり抜いた結果、プロ顔負けの写真はポスターやカレンダーにまでなっている。その腕を見込まれて連絡が来たのだと鼻高々だ。
「講師だなんて凄いですね! 僕は高進に誘われて衣装作りのサークルに入ったんです。ドール愛好サークルと掛け持ちですけど」
「高進? あいつ、もしかして服飾科か?」
衣装作りと聞いてピンと来た呉宇軒が尋ねると、謝桑陽はそうなんですよ!と嬉しそうに頷いた。どうやって仲良くなったのか不思議に思っていたが、共通点があったお陰で親しくなれたようだ。
「じゃあ高進も呼ぼうぜ。そろそろあいつと腹を割って話し合いたいと思ってた所だし」
初対面で冷たく袖にされてから、もう六日も口を聞いていない。いい加減連絡先の一つも聞きたい頃合いだった。
彼に避けられている呉宇軒は断られるのを覚悟でそう言ったのだが、意外なことに高進の方も話をしたがっていたようで、謝桑陽は快く承諾して連絡を入れてくれた。
「高進もやり過ぎだったって気にしてて、仲直りしたいって言ってましたよ。それと、然兄にも許してほしいそうです」
「浩然? お前また威嚇してたのか」
謝桑陽の言葉に、やっと避けられていた謎が解ける。生真面目な李浩然は理不尽な暴力を許さない。特にそれが幼馴染に向けられたものだと容赦がなかった。
大方、近くで睨みを効かせて寄りつかないようにしていたのだろう。背が高いので、厳しい顔をしていると威圧感が凄く、大抵の人は彼に睨まれると怖くて近付けない。
呉宇軒は咎めるように幼馴染を睨んだが、彼はばつが悪い顔をしてサッと目を逸らした。
「然然! いつも言ってるだろ? 俺が許してるんだから怒るなって」
呉宇軒は幼馴染の両頬を摘んで子どもにするように叱ったが、彼はまだ諦めていなかった。納得がいかないといった風にムッとして口を開く。
「彼と仲良くなる必要はないと思う」
「こら! 俺はみんなと仲良くしたいの!」
聞き分けのない幼馴染にどうしたものかと頭を悩ませた呉宇軒は、しばらく考えても名案が浮かばず、仕方なく奥の手を使うことにした。
「分かった。俺の言うこと聞いてくれたら、俺も一個だけお前の言うことを聞いてやる」
今までもこの言葉は効果覿面だった。案の定、頑なだった幼馴染の牙城は呉宇軒の提案でグラグラと揺れ出す。彼は思慮深く考え込むような素振りを見せたが、険しさの和らいだ顔を見ると答えはもう分かったようなものだった。
「……なんでもか?」
「そうだよ! お前の好きにしやがれっ!」
やけっぱちになってそう言うと、李浩然はやっと納得してくれた。まるで重要な会議の決断を下したとでも言うように重々しく頷き、もう何も言わないと約束する。
彼は一度約束したことはきちんと守るので、これで安心して高進と話ができる。手の掛かる幼馴染に、呉宇軒はやれやれとため息を吐いた。
高進の到着を待っている間に、王茗の彼女の鮑翠がやって来てルームメイトの王清玲と合流した。夕飯を一緒に食べる約束をしているので、呉宇軒は彼女たちも一緒に行動しようと誘った。バラバラに動くより、ある程度まとまっていた方が詳細を決めやすいからだ。
李浩然は待ち時間を有効に使って叔父に連絡を取り、しっかりと会食場所を確保してくれた。西館のすぐ隣にある会議室の使用許可が降りたので、ついでに前から李浩然と約束していた氷粉の店へみんなを連れて行くことに決める。女子たちは甘いデザートが食べられると大喜びだ。
「あっ、来ました! おーい!」
謝桑陽が手を振る方を見ると、不安そうな顔をした高進が歩いてくるのが見える。彼は李浩然を見るなり一瞬怯んだものの、小走りに駆け寄って来た。
「へぇ、お前が高進か。先生を怒らせるなんて、一体何をやらかしたんだ?」
呉宇軒のアンチ活動に勤しむ猫奴が新入りをジロジロ眺めながら尋ねる。高進は彼の言う『先生』がなんの事か分からなかったらしく、怪訝そうに眉を顰めた。
「俺のアンチは浩然のことを『先生』って呼んでるんだよ」
呉宇軒がそっと助け舟を出し、詳しくは桑陽に聞いて、と丸投げする。そして新たなアンチ仲間かと興味津々の猫奴を高進から引き離して、彼の勘違いを訂正した。
「喜んでるとこ悪いけど、高進は俺のアンチじゃねぇぞ」
「はぁっ!? どういうことだ? 先生の恨みを買ったのにか?」
「浩然、お前も初めから分かってたんだろ?」
呉宇軒が尋ねると、彼はきまり悪く顔を逸らした。反省中の子どものように大人しくしている幼馴染にふっと笑みを漏らすと、呉宇軒は高進に向き直った。
「お前、アンチ掲示板で相談してたろ?」
ズバリそう言うと、彼は不安げに目を泳がせながら辿々しく口を開いた。
「あ、ああ……その件は本当、申し訳なかったって言うか、その……怪我とかなかったか?」
「全然。もっと強めでも大丈夫だよ」
打たれ慣れてるし、と言うと、高進は引き攣った微妙な笑顔を浮かべた。冗談を言って和ませようと思ったが、彼はそれどころではないらしい。
話を聞いて何やら考え込んでいた猫奴があっと声を上げた。
「お前もしかして『服兄』か?」
軍事訓練初日のアンチ掲示板に、『軒軒と同室になったけど、どうしたらいいか分からない』という書き込みがあったのだ。質の悪いことに、彼らは悩める相談者に一発かましてやれと嗾けた。彼が呉宇軒からしつこく追い回される様を肴にでもしようとしたのだろう。
「それ俺っす……有名人と一緒の部屋になって、どうしていいか分かんなくて……」
あがり症だという高進は、軽く押すつもりが力加減を誤ってしまったのだと改めて謝罪する。
「別にいいって。それに、俺と仲良くなりたいなら間違ってはないな」
「お前ドMだもんな」
すかさず猫奴がニヤリと笑って言い、呉宇軒は顔を顰めて彼を蹴り飛ばした。
「とにかくもう大丈夫だから、これからは普通に接してくれよ? 浩然にもきつく言っておいたから心配すんな。だろ?」
李浩然はまだ不満そうではあったが、呉宇軒は二人の手を取り、無理矢理仲直りの握手をさせた。
「あ、話終わった? デザート食べに行くわよ!」
男たちのいざこざには全く興味がなかった女子たちが、早く早くと急き立てる。来たばかりで事情が飲み込めていない高進の肩をポンと叩き、呉宇軒は笑顔で言った。
「とりあえずさ、みんなで氷粉食べに行こうよ」
16
あなたにおすすめの小説
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―
無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」
卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。
一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。
選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。
本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。
愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。
※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。
※本作は織理受けのハーレム形式です。
※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる