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第三章 夢いっぱいの入学式
3 女王降臨
しおりを挟むまるで多くの兵を従える女王のように堂々とした態度で立つ彼女は、相変わらず群を抜いて美しい。顔だけでなく凛とした立ち姿まで完璧だ。その美貌は周りを囲む女子たちが思わずうっとりとため息を吐くほどで、まさしくトップモデルの名を欲しいままにしている。
「宇軒、なんて間抜け面なの? あたしの言ったこと忘れてるんじゃないでしょうね」
「Lunaお姉様……ご機嫌麗しゅう」
新人モデル時代の厳しい指導を思い出した呉宇軒が引き攣った笑みを浮かべると、彼女はヒールを鳴らしながら目の前までやって来て、すらりとした長い指で額を弾いた。
「笑顔!」
「はいっ!」
ズキズキと額が痛んだが教えの通り笑顔は崩さず、鬼教官のような彼女の言葉にびしっと姿勢を正す。もはや条件反射だ。
二人が並ぶと人垣のあちこちからシャッター音が響いた。Lunaと呉宇軒は師弟のような関係で、おまけに二人とも人気モデルなので必然的にファン層が被っているのだ。
カメラと人の目があるとはいえ油断はできず、呉宇軒は女王様に気付かれないよう、助けを求めて隣に居る李浩然の袖をそっと掴んだ。僅かに触れているだけでも、彼に守られているような気がして勇気が湧いてくる。
「それでLuna姉、一体なんでこんな場所に?」
「あんたを探してたに決まってるでしょ? 大事な話があったのに携帯圏外になってるじゃない」
そう言った彼女は呉宇軒の後ろに居る人たちに見えないよう位置を調整すると、威圧感たっぷりの眼差しで睨んだ。
「あんた、まさか携帯に細工してないでしょうね」
女の勘なのか、Lunaはいつも鋭い。図星を突かれた呉宇軒は心臓が止まりそうになった。せっかくいい偽造アプリを手に入れたと思ったのに、すぐに気付かれてしまうとは。
冷や汗をかきつつもどうにか普段通りの笑顔を作り、ヘラヘラと笑って誤魔化す。
「そんなわけないじゃないですかぁ」
「夜までに設定戻しておかないとへし折るわよ?」
耳元でそっと囁いた彼女の目は全く笑っていなかった。
今の恐ろしい脅しの言葉は周囲の人たちには全く聞こえていないので、人気モデルの共演を興味津々に見ている。呉宇軒は呑気な彼らが羨ましくて堪らなかった。
「Luna先輩」
真横に居たので脅し文句が聞こえた李浩然は、守るように幼馴染を自分の元に引っ張って壁になった。
天の救いが来たと、呉宇軒は喜んで彼の後ろに逃げ込んだ。いつもピンチを救ってくれる優しい幼馴染には感謝しかない。
彼は相手が威圧感たっぷりのトップモデルであっても全く怯まず、平然とした態度で口を開いた。
「用件があるなら手短にお願いします」
Lunaは臆する様子もなく堂々とした李浩然を値踏みするように眺め、仕事用の営業スマイルを浮かべた。どうやら彼女のお眼鏡に適ったらしい。
「良いわ。あなたも一緒なら好都合よ」
その発言に幼馴染まで標的になったと肝を潰した呉宇軒は、大慌てで間に割り込んだ。Lunaは恐ろしい先輩だが、幼馴染の身の安全を守るためならば犠牲も厭わない。
「ちょっと! 俺の大事な然然に変なことしないでくれよ!」
「するわけないでしょ! そうじゃなくて、その……」
Lunaは僅かにムッとした顔をすると、妙な勘違いをした呉宇軒を睨んだ。そして彼女にしては珍しく煮え切らない態度で、ごにょごにょと何かを呟いた。
いつも腹から声を出せと叱ってくる彼女とは思えない不自然な態度に、呉宇軒はおや?と首を傾げる。しばらく待っているとLunaは決意の表情で口を開いたが、その声はいつになく小さかった。
「あのね……綿花先生について聞きたいのよ……」
「綿花先生って誰?」
聞き覚えのない名前に尋ね返すと、彼女は慌てふためき、唇に人差し指を当てて静かにするように言った。
「声が大きいわ! あなた達あたしの人形と写真撮って載せてたでしょ? あ……あの人形を作ったのが綿花先生なのよ」
ルームメイトたちと初めて会った日、確かに精巧なLuna人形と写真を撮ってSNSに上げていた。普段から知り合いのSNSを欠かさずチェックしている彼女は、それを見てすぐに作者が誰か気付いたようだ。呉宇軒は幼馴染と顔を見合わせ、二人同時に後ろを向いた。
視線の先には、猫奴と一緒になって見物していた謝桑陽がいる。急に注目の的になった彼は、何が起きたのかと目を白黒させた。
「えっ? えっ? な、なんですか? 二人して急に……」
「桑陽、Luna姉がお前に話があるって」
呉宇軒が手招きして彼を呼ぶと、今度はLunaがパニックを起こした。普段からキリリとして威圧的な彼女が、今は珍しく取り乱している。恥ずかしそうに顔を真っ赤にすると、呉宇軒の影に隠れるように身を屈めた。こんな女王様は初めて見る。
「えっ!? あの方がそうなの? ちょっと待って、心の準備が……」
「準備とか良いからさっさと話しちゃってよ」
そして俺を解放してくれ、とは怒られるので言わないでおいた。
謝桑陽はドギマギしながらやってくると、緊張でガチガチになりながらも男らしく気概を見せてLunaに話しかけた。
「あのっ、Luna先輩……初めまして! 謝桑陽と申します」
「あっ……任月です。その……Lunaという名前でモデルをしています」
彼女は本名を名乗ったが、あまりにもモデルとして有名になりすぎて、友人はおろか先生すらLunaと呼んでいる。本名の読み方を変えただけなので、あまり支障はないらしい。
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「頭でも打ったのかよ」
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「わあぁっ……ありがとうございます! 僕もLuna先輩の大ファンなんです! あの人形も、先輩が素晴らしくて思わず作ってしまって……」
二人はドギマギしながらお互いを褒め称え合い、震える手で握手を交わした。あまりにも緊張しすぎて、二人とも相手の手が震えていることには全く気付いていない。
「あの女王様が乙女になっちゃったよ……桑陽凄ぇな」
格好良く女子の憧れだった彼女の豹変ぶりに驚き、呉宇軒は幼馴染にこっそり耳打ちした。気弱な謝桑陽が女王様を乙女に変えてしまうとは、人生何が起こるか分からない。
周囲の人たちも彼女の様子がいつもと違うことに気付いていて、普段の凛々しい姿も良いけどこれはこれで可愛いと好評なようだ。
Lunaは謝桑陽の素晴らしい作品について熱い感想を述べていたが、この後に別の用事が入っているらしく名残惜しそうに別れの言葉を口にした。
「連絡先交換すれば?」
すっかり蚊帳の外に置かれていた呉宇軒がそう言うと、二人は同時に口を開いた。
「「そんな、恐れ多い!」」
声が重なり、二人は顔を見合わせて恥ずかしそうにはにかんだ。お互い相手のファンという奇妙な関係ではあるが、仲良くなれそうな気配がする。女王様から解放されたい呉宇軒は、これはチャンスだと畳み掛けた。
「俺を間に挟まれても迷惑だし交換してよ。あっ、まだ話し足りないなら夕飯一緒に食べる?」
小玲と呼びかけると、なんと王清玲はこの騒ぎの中カレーに夢中だった。彼女は呼びかけに顔を向けると、慌てて口の中のものを飲み込んで何?と返す。
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「ちょっと、さすがに迷惑でしょ?」
後輩たちの中に一人で混ざるのは天下のLuna様でも気まずいらしい。オロオロしながら止めに入ったが、王清玲はにこやかに言った。
「別に良いですよ! 多分まだ人増えると思うので。先輩が一緒だとみんな喜びますよ」
王清玲のルームメイトたちにもLunaのファンは多いようだ。さすがは女子たちの憧れの的。恐らくミーハーな王茗も喜ぶだろう。
それでも渋る彼女に謝桑陽もすかさず言った。
「僕も先輩とご一緒できたら嬉しいです!」
敬愛する綿花先生のお願いでは断れないのか、Lunaは嬉しさを堪えるような顔で頬を赤く染めて頷いた。
会場が決まったら連絡して、と言い残して女王様が去っていく。その足取りは心なしか浮かれているようで、スキップでもしそうなくらい軽やかだった。
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