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第三章 夢いっぱいの入学式
2 サークル勧誘
しおりを挟む図書館前の遊歩道をたくさんのテントが埋め尽くす。午後になってサークルの勧誘イベントが始まったのだ。ー色とりどりの看板やポスターが新入生たちを歓迎するように立ち並び、中には食べ物を売る出店まである。
呉宇軒は学部の歓迎会からの流れで李浩然と謝桑陽を連れて歓迎のゲートを潜った。すでに出版サークルに所属している王茗は早くもミーティングがあるらしく、泣く泣く見物を諦めて行ってしまった。呂子星は同じ学部の友人と見て回ると言っていたので、ルームメイトたち全員が集合とはならず三人きりだ。
「俺、調理系サークル入りたいんだけどあるかな?」
呉宇軒はサークル出展マップを見ながら隣の謝桑陽に尋ねる。寮のキッチンでは心許ないので、料理ができるサークルに入りたいと思っていたのだ。それに、幼馴染の好みの『料理が得意な女子』を探すにも打ってつけだった。
「結構色々あるみたいですよ。三の八あたりから料理系サークルの区画になるみたいです。もう少し先ですね」
似たサークルはジャンル毎に固まっているので探しやすくなっている。謝桑陽はマップの真ん中辺りを指差して教え、前を見てあっと声を上げた。呉宇軒が何かと思って視線を上げると、そこには見知った細身の青年が立っていた。
「猫奴! お前も見学か?」
「冷やかしに来てるだけだが? お前どの料理サークルに入るか決めたのかよ」
猫奴はニヤリと笑ってろくでもないことを言うと、呉宇軒に尋ねた。お目付け役の李浩然が一緒に居るからか、今日は逃げる気はないらしい。
「今探しに行くとこ!」
「調理場少ないから、やろうと思えば掛け持ちできるぞ」
調理設備の整った部屋が少ないので、一つの部屋を入れ替わりで使っているのだという。サークルの曜日があまり被らないので、掛け持ちする人も多いらしい。
「そうなのか。じゃあ俺も掛け持ちしよっかな」
「決まったら食いに行くから教えろよ」
ちゃっかりそう言うと他所へ行こうとしたので、呉宇軒は彼の腕を掴むと笑顔で引き止めた。
「せっかくだから一緒に回ろうぜ」
良いですね!と謝桑陽も同意する。素直ではない猫奴は、不満そうな顔をしながらも承諾する。一行は人の流れに乗って三の八を目指した。
料理サークルの区画が近付いてくると、様々な食べ物のいい香りが漂ってくる。甘いお菓子やカレーなどは香りが強く、呉宇軒は幼馴染のためにいくつか菓子を購入した。
「お菓子サークルも面白そうだな。浩然、お前も一緒のサークル入る?」
断られないか不安になりながら尋ねると、彼は二つ返事で頷いた。
「うん。君の料理が食べたいから一緒にする」
「食べる専門っていいのかな……」
まるで作る気がない幼馴染に考え込んでいると、猫奴が横から口を挟んだ。
「交友サークル多いから大丈夫だろ。ガチ勢はお前くらいだぞ」
サークル勧誘で配られているチラシを読むと、確かに緩い活動内容のものが多そうだった。呉宇軒は飲食系サークルのチラシを全てもらうと、帰ってから幼馴染とゆっくり吟味しようと提案した。
スパイスのいい香りに誘われて先へ行くと、インドカレーの屋台が出ているのが目に入る。その店の前で店主らしき人物と談笑していたのは、まさかの王清玲だった。
彼女は小さなカレー食べ比べセットを手に褐色の肌の青年と話し込んでいた。彼はニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべて何かを説明している。カレー屋台とマッチしたインド系の顔つきだ。
「アニス、お前こんな所で店の手伝いか?」
知り合いらしく、猫奴が進んで話しかけに行った。彼は王清玲から視線を移すなり嬉しそうな笑顔になる。
「あっ、周……」
「おい馬鹿やめろ! 名前で呼ぼうとすんじゃねぇ!」
彼は慌てて口を抑え、猫サンと言い直した。あと少しで本名が分かったのに、と未だに本名を教えてもらえていない呉宇軒は残念に思う。同じ学部の人たちにまで猫奴と呼ばせるとは徹底している。
危うい所で身バレを防いだ猫奴はやれやれとため息を吐き、きょとんとしている青年をみんなに紹介した。彼はネパールからの留学生で同じ医学部なのだという。
今は親戚の手伝いでカレー屋のバイト中だ。いい匂いに釣られて客がひっきりなしに訪れている。
「王サン朝からずっとカレー食べてるヨ」
彼が片言の中国語でそう言うと、王清玲がカレーを喉に詰まらせた。
「い、いいじゃない! 好きなんだから!!」
「すっかりカレー中毒だな。そんなに美味しいの?」
呉宇軒が厚かましくも一口ちょうだいと強請ると、彼女は眉間にシワを寄せて嫌そうにしながら、小さく千切ったナンを彼の口に放り込んだ。
それを見た謝桑陽はハッとして李浩然を盗み見たが、彼は僅かに目を細めただけで何も言わなかった。
「ありがと、美味いね」
「あなたっていつもこうして誰かに食べさせてもらってるの?」
呆れた顔をする彼女に、猫奴がすかさず言う。
「一昨日は俺が餌付け係だったぞ」
「えぇ……まあ良いわ。それよりあなた達、今日の夕飯はもう決まった? 一蓮が良かったらみんなで一緒にカレー食べない? って言ってたの」
困惑の表情を浮かべた王清玲は、気を取り直してそう言った。ルームメイト繋がりで縁ができたので、彼女の友人が親睦を深めたいと計画していたようだ。
夕飯の誘いは嬉しいが、三食カレーを食べる王清玲にさすがの呉宇軒も驚きを隠せず、思わず呆れた声が出る。
「まだカレー食べる気かよ!」
「何よ! 私は毎日カレーでも良いくらいなんだからねっ」
「ワタシでも飽きるヨ」
接客中だったアニスが遠くからそう声をかけてきた。本場の人の発言に堪えきれす吹き出すと、彼女は顔を真っ赤にして怒り、呉宇軒を蹴飛ばしてくる。
「あ、あのっ、僕たちも良いんですか!?」
執拗に追い回されているのを見て、謝桑陽が慌てて助け舟を出す。お陰で怒れる彼女の気が外れ、呉宇軒は急いで幼馴染の後ろに逃げ込んだ。李浩然は自業自得の幼馴染を冷めた目で見ていたが、泣き付かれると呆れたように小さく笑みを溢し、優しく頭を撫でた。
王清玲は甘やかされている呉宇軒を冷たい目でちらりと見た後頷いた。
「もちろんよ。猫奴も来るでしょ?」
「別に良いけど、あんまり集まると店に入りきらねぇぞ?」
すると、接客中のアニスがデリバリーあるヨー!と陽気な声を出す。なんとも商魂逞しい。店の前には宅配用メニューと書かれたチラシが置いてあった。
「どこか教室か会議室を借りればいい。叔父に聞いてみようか?」
この大学の教授を叔父にもつ李浩然の提案に、一同は喜んでお任せした。こういう時、身内が関係者だと心強い。
一件落着だと安堵したその時、突然背後から人々のざわめく声が聞こえてきた。しばらくすると急に水を打ったように静まり返り、静寂の中をカツカツと高圧的なヒールの音が響く。その音は後ろからどんどんこちらに近付いてきて、呉宇軒はたちまち全身から汗が吹き出し、心臓がきゅっとなった。
恐る恐る振り向くと、そこには人の波を真っ二つにしたトップモデルのLunaが立っていた。
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