真面目ちゃんの裏の顔

てんてこ米

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第三章 夢いっぱいの入学式

9 軒軒のトラウマ

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 先輩後輩が入り乱れ和気藹々とする中、呉宇軒ウーユーシュェンの元にイーサンがやって来た。彼は謝桑陽シエサンヤンと話しているLunaルナの方をこっそり指差しながら、声を潜めて言った。

「Lunaと話してるあいつはなんなんだ? あんな彼女は初めて見る」

 その言葉に呉宇軒ウーユーシュェンが二人の方を見ると、相変わらずお互い恥ずかしそうにはにかみながら話している。その豹変ぶりは、普段の彼女を知っている人なら驚くのも無理はない。

「お前、俺のアカウント知ってるんだっけ?」

「ああ、それがどうした?」

「前にLuna人形の画像上げてただろ? あの人形の製作者。Luna姉がずっとファンだったんだって」

「あいつがそうなのか! 人は見かけによらないな。それにしても、彼女があんな顔をするなんて……」

 イーサンは仲睦まじく話す二人を見て複雑な表情を浮かべた。
 彼女が謝桑陽シエサンヤンを見る目は恋する乙女のようで、おまけにさっき会った時よりめかし込んでいる。きっと敬愛する綿花ミンファ先生との会食のために、一度帰ってお洒落をしてきたのだろう。
 どこか落ち込んだその様子に、呉宇軒ウーユーシュェンはニヤニヤと笑いながら尋ねた。

「お前、もしかして昔Luna姉に振られた?」

 彼女に振られて落ち込む男を星の数ほど見てきたからよく分かる。大体が人生で一度も振られたことがないような勝ち組なので、自尊心をひどく傷つけられてしばらく立ち直れなくなるのだ。
 イーサンはぎくりとして顔を引き攣らせ、動揺露に言い訳がましく口を開いた。

「Lunaは素晴らしい女性なんだから、誰だって彼女と付き合いたいと思うだろう? 何が悪い!」

「悪いなんて言ってねぇよ。それに誰だってってのは間違いだな。少なくとも俺は違うぞ」

 恐らくイーサンは彼女とほとんど関わったことがないのだろう。一回や二回一緒に撮影した程度では、Lunaの恐ろしさは分からない。
 彼がそんな訳があるかと疑いの眼差しを向けてきたので、呉宇軒ウーユーシュェンは向こうに聞こえないよう声を抑えて話した。

「俺実家が料理屋でさ。後継ぐために修行してるんだけど、それを知ったLuna姉がなんて言ったと思う?」

 怪訝そうに見返してきたイーサンに、呉宇軒ウーユーシュェンは鼻息荒くこう言った。

「カロリーゼロで美味しい料理を作れって。美味い飯はカロリーの塊に決まってるだろ? 全く、料理に対する冒涜だよ!」

 思い出すだけでふつふつと怒りが湧いてきて、我慢できず語気を荒らげる。油をたっぷり使ってこそ美味しい料理を作れるというのに、カロリーをゼロにするなんてありえない。
 幸いLunaの耳には謝桑陽シエサンヤンの声しか届いていないようで、呉宇軒ウーユーシュェンの愚痴は聞かれずに済んだ。もし聞かれていたら、絶対にただでは済まない。
 憤慨する呉宇軒ウーユーシュェンを見て、イーサンもさすがにそれは無いだろうと表情を曇らせる。

「それ結局どうなったんだ?」

「ゼロなんて無理だから、一日の必要摂取量と栄養についてのレポート書いて提出した。それでやっとゼロから標準まで戻して、太りにくい食材調べたり調理方法変えたりして作ったよ」

 出来上がった料理と食べたLunaは大層喜んだが、ありとあらゆる調べ物を僅か三日で終わらせて食事を作った呉宇軒ウーユーシュェンはクタクタだった。彼女の専属料理人になって、という言葉に心底震え上がったものだ。
 できればもう二度とあんな目には遭いたくない。何を作っても美味しい美味しいと食べてくれる、優しい李浩然リーハオランのありがたさがどれほど見に沁みたことか。

「とにかく、俺はカロリー気にするような女とだけは絶っっ対に付き合う気はないから。お前もやめとけよ? あんなの相手にしてらんねぇよ」

「トラウマになってるじゃないか……」

 イーサンは彼女の本性を知った後輩モデルたちと同じように怯えた顔になった。ああいう美人は結局、外から見ているだけの方が夢が壊れなくていい。

「それよりお前、せっかくだからみんなと連絡先交換してこいよ。まずは俺とな!」

 呉宇軒ウーユーシュェンがそう言うと、気位の高い彼にしては素直に携帯を出した。真新しいその携帯は傷一つなく、つい最近買ったばかりのようだ。
 待ち受けになっていた白猫を見て、呉宇軒ウーユーシュェンはおや?と手を止める。

「どうした?」

「それ、猫奴マオヌーの家の美娘メイニャンじゃね?」

 何度も見せられていたので見間違えようがない。優雅な毛並みにオッドアイの美しい姿は、間違いなく彼の猫だ。

猫奴マオヌーってあの失礼な奴か? まさかこの子の飼い主はあいつなのか!?」

 待ち受けの画像は、猫奴マオヌーが支援している保護猫団体が寄付の返礼品として配っているものだ。思わぬところに仲良くなるきっかけが転がっていた。
 呉宇軒ウーユーシュェンは早速猫奴マオヌーを呼び寄せると、イーサンの携帯の待ち受けを見せて言った。

「お前の美娘メイニャンのファンが居たぞ!」

「お前……いけすかない奴かと思ったら案外悪い奴じゃなかったんだな!」

 愛猫の魅力を伝えることに余念がない猫奴マオヌーは、あっさりと手のひらを返してイーサンを強く抱きしめる。感激のハグをされたイーサンは嫌そうに顔を強張らせたものの、余程彼の猫が好きなのか背中をトントンと軽く叩いてなだめるに留めた。

「べ、別に僕はそこまで好きじゃないけど、母さんがカレンダー買ってたから……」

「待ち受けにまでしておいて何言ってんだよ! 安心しろ、今日からお前は兄弟だ!」

 美娘メイニャンは海外人気も凄いので、帰国子女のイーサンが知っているのも頷ける。猫奴マオヌーは見る目のある彼のことがすっかり気に入ったようで、ニコニコしながら愛猫の可愛さを熱弁し、そのまま連れて行ってしまった。



 いつの間にか李浩然リーハオラン王茗ワンミンルー編集長に捕まって質問攻めに遭っている。手持ち無沙汰になった呉宇軒ウーユーシュェンは、落ち着きなく一人で座っていた高進ガオジンに狙いを定めた。
 あがり症の彼は所在なさげにソワソワしながら座っていて、仲良しの謝桑陽シエサンヤンが側に居ないから心細そうだ。そんな高進ガオジンの後ろにそっと回り込むと、呉宇軒ウーユーシュェンは隣の席にすとんと腰を下ろした。

「どう? 楽しめてる?」

 声を掛けた途端驚いたようにびくりと肩が跳ね、彼はしどろもどろになり目を泳がせる。呉宇軒ウーユーシュェンは椅子を寄せてくっつけ、顔を覗き込むようにして言った。

「なんで目合わせてくれないの? 軒軒シュェンシュェン寂しいな」

 するりと腰に手を回すと、彼はますます怯えた顔になり狼狽えていたが、はたと気付いた。

「えっ、いや……もしかして俺口説かれてる?」

 すると、いつの間にか近くに来ていた猫奴マオヌー高進ガオジンの肩をポンと叩いた。

「安心しろ青年よ、アンチはみんな通る道だ。これを乗り越えた者だけが真のアンチを名乗れるんだぜ」

「いや、俺アンチじゃねぇんだけど……」

 困惑した高進ガオジンをニコニコしながら見ていると、急に目の前に壁ができる。それはカラフルな色で文字が書いてあり、よく見るとサークル歓迎会場で配られていたチラシだと分かった。
 何が起きたか確認するより先にチラシが素早く動き、呉宇軒ウーユーシュェンの顔にペシっと当たる。

「離れなさい」

 降ってきた不機嫌な声は李浩然リーハオランのものだった。呉宇軒ウーユーシュェンが人に絡んでいるのに気付いて、いつものように駆けつけたようだ。
 顔を上げるとムッとした顔の幼馴染と目が合った。ちらりと王茗ワンミンたちの方を見ると、ポカンとした顔で固まってこちらを見ている。きっと断りもなく居なくなったに違いない。
 呉宇軒ウーユーシュェンはからかうようにニヤリと笑って彼に尋ねた。

「もう話は済んだのか?」

「うん。そこを退いて」

 真面目な顔でいけしゃあしゃあと嘘をつく。長い付き合いの呉宇軒ウーユーシュェンでなければ、彼が嘘をついているとは気付かないだろう。

「俺高進ガオジンと話したいんだけど」

 そう言うも彼は一歩も譲らず、もう一度退いてと繰り返した。
 こうなった李浩然リーハオランは頑固だ。呉宇軒ウーユーシュェンは苦笑いして渋々腰を上げると、我儘な幼馴染に席を譲ってやった。
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