67 / 362
第四章 波乱の軍事訓練後半戦
6 よその国の恋愛事情
しおりを挟む朝の訓練が終わる頃には、大勢の生徒が力尽きていた。今日から本格的に軍事訓練を始めた後半組だけでなく、時間ギリギリに集まってきた生徒たちまでもがその場に崩れ落ち、一歩も動けないでいる。入学式を挟んだことですっかり気が抜けて遅刻してきた生徒に至っては、昼休憩に入ったというのに見せしめランニングをさせられていた。
元気が有り余っている呉宇軒は、生まれたての子鹿のように脚を震わせているイーサンを見て腹が捩れるほど笑っていたが、ふと死屍累々の中に高進の姿が居ないことに気が付いた。
「高進はどうした?」
キョロキョロ見渡してみても、力尽きた生徒たちの中には見当たらない。すると、地面に大の字で寝ていた呂子星が顔を上げた。
「あいつ、お前が出かけてる間に先輩に呼ばれて居なくなってたぞ」
なんか顔色悪かったけど、と付け加える。呼び出された高進は運良くお仕置きを免れたらしい。
「ふーん、じゃあそのうち戻ってくるか。昼飯どうする?」
能天気に尋ねると、呂子星は勘弁してくれと言わんばかりにうんざりした顔をする。
「どう見ても行ける状態じゃないだろ……」
動き回るだけの余裕があるのは、呉宇軒以外には幼馴染の李浩然だけだった。彼はまるで疲れを感じさせない涼しい顔をして、地面に倒れ込む同級生たちをしげしげと眺めている。
「上海料理専門店、行きたかったな」
いっそのこと彼らを置いて幼馴染と二人で行ってしまおうか。
そわそわする呉宇軒に、呂子星は地面に再び倒れ込んで言った。
「夜まで待て。今は休みたい……」
果たして夜までに回復するのか怪しいものがあったが、その言葉に呉宇軒は置いて行くのを止め、李浩然に寄り掛かった。
「然然、お前昼は何食べたい?」
「君の行きたい店に出前は無いのか?」
「無いね。何がいいかな? おい、お前ら食欲はあるんだろ?」
尋ねると、彼らは生返事をしながら片手を上げ、ひらひらさせて応える。さすがに一週間の軍事訓練で鍛えただけあって、ルームメイトたちは食欲までは失っていない。後半組のイーサンも食欲はあるらしく、動けはしないが何か食べる気満々だった。
何がいいか悩んでいると、遠くから猫猫先輩と高進が駆けてきた。
「みんな、私のせいでごめんね! お昼はご馳走するから好きなの言って」
ご馳走と聞いて、ぐったりしていたルームメイトたちは寝そべったまま歓声を上げる。彼女の好意に甘え、昼は宿舎で摂ることにした。
遅刻者がランニングの罰を受けたため、午後の訓練の開始時間はいつもより遅めになった。
少しだけゆっくりする時間ができた呉宇軒たちは、宿舎の部屋で好きなことをしながら思い思いに寛ぐ。猫猫先輩は用事があるからと出て行ってしまい、部屋には男子しか居ない。
「そういやイーサンってアメリカ育ちなんだろ? 向こうの料理って美味いの?」
暇を持て余した王茗が尋ね、一同の視線は帰国子女のイーサンに集まった。みんな異国の話に興味があるようだ。
注目を浴びたイーサンは嬉しそうにふふんと鼻で笑うと、得意げに口を開いた。
「ジャンクフードはこっちより美味いが、全体的に大味だな。中華はいまいちだった」
大味というのがいかにもアメリカらしい。幼馴染の膝枕でゴロゴロしていた呉宇軒は、身を起こすと彼に笑顔を向けた。
「そのうち俺が美味い中華を食わせてやるよ」
「本当に美味いのか?」
「美食家の浩然のお墨付きだぞ? 当然だろ!」
疑いの眼差しを向けてくるイーサンに胸を張って返すと、彼は半信半疑といった表情を浮かべる。アメリカ育ちの彼の舌を唸らせられるか、プロの腕の見せ所だ。
「ところでお前、向こうでは彼女居たのか?」
「あっ、それ俺も気になる!」
呉宇軒が興味本位で尋ねると、気になる話題に王茗も身を乗り出した。
大学に上がるまで恋愛が厳しく禁じられているこの国と違って、アメリカはその辺り自由だ。向こうの恋愛事情について気にならないわけがない。
「そりゃあ、彼女の一人や二人くらい普通に作るだろ。お前たちは違うのか?」
何を当たり前のことを聞くのかと、イーサンが不思議そうな顔をする。周りが驚きの表情を浮かべていることに戸惑って、何が何だか分からない様子だ。
事情を知らない彼に、みんなでこの国の恋愛がいかに厳しく制限されているかを教えてやった。一通り話を聞いた彼は、あまりの過酷さに渋い顔をする。
「あり得ない……それでどうやって結婚するんだ? 大学で彼女が見つからなかった奴はどうなる?」
「社会に出てから?」
王茗が首を傾げながら言うと、呂子星もうんうんと頷いた。
「ただ、恋愛できない奴らが社会問題になるくらいには深刻だな」
恋愛慣れしていない人を狙った詐欺行為や犯罪行為も横行しているので質が悪い。そんな彼らのために恋愛研究サークルや、大学によっては恋愛の講義をしている所もあるが結果は芳しくなかった。
話をしながら、呉宇軒はちらりと隣の幼馴染を窺い見る。顔が良いのでそうは見えないが、彼もそんな恋愛初心者の一人だ。
「それより俺、気になることがあって」
「なんだ?」
「向こうの人ってヤる時尻に挿れたがるって本当?」
呉宇軒の思わぬ質問に、場の空気が一瞬で静まり返る。僅かな間の後、呂子星は嫌悪感を露わに吐き捨てた。
「おい、誰かこの下品なヤツを摘み出せ!」
「だってぇ、気になるじゃん?」
可愛こぶってそう言うと、呂子星はますます嫌そうな顔をした。
アメリカに留学していたモデル仲間から聞いて以来、ずっと気になっていたのだ。イーサンは顔を引き攣らせると、答えにくそうに口を開いた。
「全員とはいかないけど、それなりに……だな」
貞操を守るキリスト教の国だからと付け加え、恥ずかしそうな顔をする。大人しく聞き役に徹していた謝桑陽や高進に至っては、話を聞いただけで顔が真っ赤になっていた。
周りが呆然とするのも構わず、呉宇軒は追加の質問をした。
「お前尻に挿れたことある? どんな感じ?」
「それってどっちの意味だ!?」
あまりにも明け透けな言葉に、イーサンは声が裏返ってタジタジになる。プライドが高く高慢な態度を取る彼も下ネタは苦手らしい。
「どっちの意味って何がだよ」
怪訝な顔をする呉宇軒に彼はますます狼狽え、ゴニョゴニョと言った。
「いや、僕が挿れたのか挿れられたのかって……」
「えっ? お前挿れられたことあんの!?」
「ない! 絶対ない!! へ、変なこと言うな!」
あらぬ誤解に彼が大慌てで否定したその時、ついに我慢できなくなった呂子星が立ち上がった。
「止めろ止めろ! この話は終わりだ!」
呉宇軒は不満顔でえぇーっと声を上げたが、呂子星の剣幕に渋々口を閉ざす。そして話題を打ち切られてほっとしているイーサンの代わりに、隣の李浩然に絡みに行った。
「浩然、浩然、お前はどう思う? 尻に挿れるのって気持ち良いのかな?」
よりによって李浩然に聞くなよ!と周りがハラハラして見守っていると、彼は無表情で呉宇軒を見つめ、静かに言った。
「試してみるか?」
「……えっ? だ、誰と?」
彼は尋ねる声に沈黙を返し、真っ直ぐに呉宇軒を見据える。痛いほどの沈黙に、場の空気は静まり返るを通り越して凍りついた。
ようやく不味いことを聞いたと気付いた呉宇軒は、射抜くようなその眼差しに小さく息を呑む。どうにも下ネタ嫌いの彼の地雷を踏んでしまったらしい。
せっかく止めたのに状況はより悪化して、呂子星は怒りのあまり今にも倒れそうだった。彼は元凶の呉宇軒をぶちのめしたい気持ちでいっぱいだったが、やらかした本人は幼馴染に見つめられて蛇に見込まれた蛙のようになっている。
誰もが天の助けを求めたその時、突然部屋の扉が開いてつんざくようなホイッスルの音が響いた。一体何事かと入り口を見ると、笛を咥えたLunaが立っている。堂々としたその立ち姿はまさしく天の助けで、呉宇軒はこの時ばかりは彼女に感謝した。
「宇軒、あんたさっき遅刻しかけてたでしょ。さっさと集合!」
「な、なんでLuna姉が俺の部屋知ってるんだ?」
「あら? 高進から聞いてなかったの?」
なんと、先ほど高進を呼び出した『先輩』はLunaだった。どうりで顔色が悪かったと言われるわけだ。彼女に追い立てられるようにして、一同は少し早めに部屋を出た。
11
あなたにおすすめの小説
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
黒に染まった華を摘む
馬場 蓮実
青春
夏の終わり、転校してきたのは、初恋の相手だった——。
鬱々とした気分で二学期の初日を迎えた高須明希は、忘れかけていた記憶と向き合うことになる。
名前を変えて戻ってきたかつての幼馴染、立石麻美。そして、昔から気になっていたクラスメイト、河西栞。
親友の田中浩大が麻美に一目惚れしたことで、この再会が静かに波紋を広げていく。
性と欲の狭間で、歪み出す日常。
無邪気な笑顔の裏に隠された想いと、揺れ動く心。
そのすべてに触れたとき、明希は何を守り、何を選ぶのか。
青春の光と影を描く、"遅れてきた"ひと夏の物語。
前編 「恋愛譚」 : 序章〜第5章
後編 「青春譚」 : 第6章〜
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる