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第四章 波乱の軍事訓練後半戦
15 仲直りの合図
しおりを挟むおとぼけ王茗の発言で空気が和んだところで、大皿に乗った料理が次々やって来る。大盛りと聞いてはいたが、どれも写真よりも量が多い。目の前に置かれたガーリックピラフの皿に厚切りのステーキが三枚も乗っていて、呉宇軒は顔を引き攣らせた。写真よりも二枚多い。
「あの、俺大盛り頼みましたっけ?」
慌てて店員を引き止めて尋ねると、彼はにっこり笑って店長からのサービスです、と答えた。どうやらこの店の店長は呉宇軒のファンらしい。
「多いなら貰ってやっても良いぞ」
ステーキ大国生まれのイーサンがすかさずそう申し出ると、彼の向かいの王茗も手を上げて猛アピールする。
「俺も俺も! お肉大好き!」
二人だけでなく、他の仲間たちも口々に手伝うと言ってくれた。美味しそうなステーキを前に、食べ盛りの男子の心が一つになっている。
「お前たち……なんていい奴らなんだ!」
「ここに取り分け用の皿があるから乗せるといい」
感動する呉宇軒の横で、李浩然が手際よくみんなに皿を配っていく。シェアする前提で注文する人が多いのか、料理と一緒に持ってきてくれていたらしい。
それぞれ自分の分を小皿に取り分けて交換していくと、様々な料理が小分けでテーブルに並び、ちょっとした点心のようになった。幼馴染二人だけは、お互いの皿から勝手に取っていく暗黙の了解があるので皿が余り、隅の方にそっと置いた。
豪快な見た目とは裏腹に繊細な味付けの料理は評判通りの美味しさで、量の多さが気にならないほどスプーンが進む。呉宇軒がガーリックの効いた肉肉しいピラフを食べていると、隣から海鮮ドリアの乗ったスプーンが差し出された。とろりとしたホワイトソースとチーズが食欲をそそる。
「食べていいの?」
「うん。仲直り」
昔から揉めた後はこうして仲直りしていたことを思い出し、呉宇軒は懐かしい気持ちになった。彼はお詫びの印に幼馴染が大好きな海老を乗せてくれている。
遠慮なくパクリといくと、ぷりぷりとした大きな海老が口の中で弾けた。大盛りの量に見劣りしないよう大きな海老を使っているらしく、食べ応えも味も抜群だ。
「めっちゃ美味い! 俺のもあげる」
そう言って今度は呉宇軒が柔らかいステーキ肉の乗ったピラフをひと掬いして李浩然に差し出す。
「どう?」
一口で食べた幼馴染に尋ねると、彼は穏やかに微笑んだ。
「凄く美味しい」
「だろ? お肉柔らかくて良いよな」
美味しさを分かち合ってニコニコしていると、斜め向かいで王茗が呂子星相手に幼馴染二人の真似をしようと無謀な試みをしていた。
「子星兄、俺の日頃の感謝の気持ち受け取って!」
「もう小皿で受け取ったからよせ!」
さすがにそれは無理だろうと誰もが思っていたが、思った通りの結果になる。王茗を一蹴すると、彼の怒りの矛先は斜め向かいの呉宇軒たちに向けられた。
「お前ら、そういうのは二人だけの時にやれよ!」
「えぇーっ、俺たちの仲直りの儀式なのに」
口を尖らせて不満げに言うと、王茗が駄々を捏ねる子どものように続く。
「兄ちゃん、俺も儀式やりたい!」
「彼女とやれ! ほら見ろ、阿呆が真似するだろうが!」
親子のようなやり取りも慣れたもので、王茗は渋々引き下がった。最近は呂子星が本気で怒り出すか出さないかのギリギリを攻めている。
料理が美味しかったお陰であっという間に食べ終わり、李浩然が頼んでいたデザートがやって来る。彼はチョコレートのショートケーキを頼んでいたはずなのだが、出てきたものはショートと呼ぶにはあまりにも大きすぎた。
小さなホールケーキくらいある大きさに、呉宇軒のテンションが爆上がりする。メニューの写真では普通のサイズに見えたのに、あれは縮小して載せたものだったのだろうか。
「何これ、でっけぇ! すげぇっ! 写真撮ってネットに上げようぜ!」
向かいの謝桑陽に撮影を頼み、顔が隠れそうなほど大きなケーキと一緒に二人で記念撮影する。どう見ても一人では食べ切れないその大きさに、王茗が冷や汗混じりにほっと安堵の息を吐いた。
「あぶねー……俺頼もうか迷ってたんだよなぁ。絶対食べ切れないわ」
ケーキにも何故か取り分け用の皿が付いてきたので、食後のデザートを食べたいメンバーがそれぞれ持っていく。
ふざけた呉宇軒が幼馴染とウェディングケーキでよくやるファーストバイトの真似事をすると、王茗が結婚おめでとう!と祝福してくれた。隣の呂子星はもう突っ込む気も起きないのか、ケーキを食べさせ合う二人を見ないように明後日の方へ視線をやって黙々とフォークを口に運んでいる。
一人では手に負えない大きなケーキは結局、五人がかりで食べ切った。
お腹いっぱいになって店を出ると、空には煌々と光る満月が昇っていた。今日の月は一段と綺麗で、宿舎へ向かう並木道まで来ると星たちもよく見える。
幼馴染と仲良く手を繋いで歩いていた呉宇軒は、ふと彼に寄りかかって甘えた声を出した。
「浩然、俺のこと好きって言って?」
先ほどまでのギクシャクとした空気はまだ僅かに二人の間を漂っていて、夜の闇の中で急に不安な気持ちが膨らんできたのだ。
李浩然は一瞬驚いた表情を浮かべたものの、幼馴染の顔を見て察したらしく、不安そうな彼の耳元で阿軒、と囁いた。慈しむようなその声音は、いつだって不安な気持ちを消し去ってくれる。
呉宇軒は幼馴染がいつものように言ってくれるのを待っていたが、彼は躊躇うような間を置いた後、思いもよらない言葉を口にした。
「君を愛している」
すっかり気を許してもたれ掛かっていた呉宇軒は、弾かれたように顔を上げて幼馴染を見る。聞き間違えじゃないかと驚きの表情を浮かべる彼に、李浩然は優しく微笑んでもう一度同じ言葉を繰り返した。
「阿軒、愛してる」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って、俺が聞きたかったのはそうじゃなくて──」
想像の斜め上を行かれて慌てふためいた呉宇軒がわたわたしていると、李浩然は繋いでいた手を離して彼の腰を抱き、畳み掛けるようにまた囁いた。
「君を愛している」
熱っぽい眼差しで見つめられ、呉宇軒はあまりの恥ずかしさに顔から火が出そうだった。その言葉も仕草も、まるでプロポーズでもしているようで、いつもの李浩然らしくない。一体どうしてしまったというのか。
まるで言い足りないとでも言うように口を開いた幼馴染の口を両手で塞ぎ、呉宇軒は叫ぶように言った。
「分かった、もう分かったから!」
手で押さえた彼の唇が弧を描くのが伝わってくる。指の腹に柔らかな感触が当たり、呉宇軒はぱっと手を離した。
「おっ、俺で遊ぶのはやめろよなっ!」
変に意識してしまい、まともに目も合わせられない。あれだけのことをしておいて、李浩然は平然とした表情を浮かべている。
「阿軒、熱でもあるのか?」
白々しく尋ねられ、呉宇軒はムッとした顔でそっぽを向いた。徹底して無視してやろうと思ったが、李浩然は全く動じる様子がない。
ふと自分のものとは違う滑らかな指先が頬に触れる。ひんやりとした指が肌をなぞるように動き、呉宇軒は思わず身震いした。
「顔が熱いぞ?」
耳元にぐっと顔を寄せ、李浩然が囁く。耳が蕩けるような甘い声に、呉宇軒はついに耐え切れなくなった。
「降参! もうやめて! 許して!」
普段なら諦めの悪さとしつこさは自分に軍配が上がるのに、今日は李浩然にまんまとやり込められてしまった。甘ったるい空気を散らすように手で顔を仰いでいると、気まずそうな咳払いの後、呂子星の声が聞こえてきた。
「あー……お前ら、そういうことやる時は事前に宣言しろよな。全力で逃げるから」
さすがに気まず過ぎて怒りも湧かないらしい。
仲間たちがずっと息を潜めて空気に徹していたことに今更気付いた呉宇軒は、先ほどの比ではないくらい頬が熱くなり、思わず李浩然の背中に隠れて顔を埋めた。普段は率先して悪ふざけを楽しむ側だが、さっきのやり取りをずっと見られていたのはさすがに恥ずかしい。
「もうやだ! 俺を殺してくれっ!」
「君に死なれると困る」
こうなった元凶の李浩然がいけしゃあしゃあと言ってのける。この状況で全く態度の変わらない彼に、呉宇軒はこの時ばかりは本気で腹が立った。
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