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第四章 波乱の軍事訓練後半戦
14 不機嫌の理由
しおりを挟む午後の訓練を終えると、朝に宣言していた通りイーサンがやって来る。彼は何故か猫奴を引き連れていて、呉宇軒は大喜びで二人の肩を抱いた。
「猫奴を連れてくるなんて、やるじゃねぇか!」
呉宇軒のアンチを自負する猫奴は、外食に誘ってもほとんど来てくれないのだ。急に褒められたイーサンは、肩を抱かれて鬱陶しそうにしながらも、照れ臭さを誤魔化すようにふんと鼻を鳴らした。
「たまたまそういう話になっただけだ」
「可愛い弟分がお前に虐められるかもしれないから、ちゃんと見張ってないとな!」
嫌な顔をして腕から抜けた猫奴が失礼なことを言う。呉宇軒はもう一度彼を捕まえようと手を伸ばしたが、素早く身をかわして逃げてしまった。相変わらずつれない態度だ。
猫奴の心無い言葉に呉宇軒は心外だと大袈裟に嘆き、いつも味方になってくれる李浩然に同意を求める視線を向けた。
「こんなに心優しい俺が虐めなんてするわけないよな?」
話を振られた彼はイーサンの肩を抱く腕を冷ややかな目でじっと見つめていたが、少し間を置いて呉宇軒の腕を引っ張ると、力尽くで二人を引き剥がして間に割って入ってきた。人一人分押し出されたイーサンは、苦手な李浩然が隣に来たことで途端に緊張したらしく、顔を引き攣らせる。
「同意しかねる」
「浩然! お前は俺の味方だって信じてたのに!」
幼馴染にばっさりと切り捨てられて非難めいた声を上げるも、彼は憮然とした態度で呉宇軒の襟首を掴んでどこにも行けないようにしてしまった。その様子を見た猫奴が、まるで犬の散歩だな、と笑う。
「悪さをしないように俺が見張っておく」
「そう言って、俺と一緒に居たいだけのくせにぃ」
ニヤニヤしながら指摘すると、図星を突かれた李浩然は黙ったまま目も合わせようとしない。可愛い幼馴染に免じて、呉宇軒はよそへちょっかいをかけるのを止めて大人しくする。
「何でもいいけど、早く行かないと店混むよ?」
話が終わるのを待っていた王茗の呼びかけで、呉宇軒たちはぞろぞろと並んで歩き出した。
事前に店を調べてくれていた呂子星を先頭に後をついて行く。まだ来て間もないイーサンは道に自信がないらしく、少し遅れて後をついてきていた。
宿舎近くの大きな街の中を道なりに行くと、ちょっとした路地のような場所に辿り着く。一見何の変哲もない路地裏のようだが、迷いなく進んで行く呂子星の後を追うと、小さな看板が出ているのが目に入った。フォークとナイフが書かれたシンプルな看板で、薄暗闇の中でぼんやりと白い光を放っている。
隠れ家のような店の外観に、呉宇軒は何があるのかワクワクした。
「お前、この店どうやって見つけたんだ?」
この店は入り組んだ場所にあり、簡単には見つけられそうもない。興味津々に尋ねると、呂子星は先輩から聞いたと教えてくれる。何でも、知る人ぞ知る美味しい洋食屋らしい。
扉を潜って中へ入ると、洋風の内装に小洒落た家具の数々が並んでいる。女子が好きそうな雰囲気の店なのに、中に居る客は驚いたことに全員男ばかりだ。中には呉宇軒たちと同じ迷彩服を着た学生グループも居て、すでに注文を済ませて料理の到着を待っている。
案内されたテーブル席に座って女っ気がない店内をしげしげ眺めていると、呂子星が小さな声で注意を促した。
「ここの料理、普通盛りが大盛りサイズだから注文する時は気を付けろよ」
どうりで女子が来ないわけだと、彼の言葉を聞いた呉宇軒は納得の表情を浮かべる。食べ盛りの男子にとっては天国だ。
大盛りを注文しようとしていたらしい王茗が、驚いてメニュー表から顔を上げた。
「大盛りサイズってどれくらい? 俺食べ切れるかなぁ……」
量が分からず不安そうにする王茗に、隣のテーブルから謝桑陽が優しく声をかける。
「シェアできそうなものがあったらみんなで分けましょうか?」
「やったぁ! ありがとう!」
ほのぼのとしたやり取りをする二人の斜め向かいでは、呉宇軒と李浩然が二人で一つのメニューを見ながらどれにしようか悩んでいた。
「俺肉食べたい。あっ、お前の好きそうなデザートあるじゃん! この店デザートも大盛りなのかな?」
「試しに一つ頼んでみるか? 多かったら二人で分けよう」
「お前ら、もうデザートの話してんのかよ」
食べる前から食後の話を始める気の早い二人に、呂子星は呆れ顔だ。
この店はドリンクも大きなジョッキで出てくるらしく、メニューに載っている写真はどれも山盛りで見ているだけで感覚が狂ってくる。初めて来る店で量が分からないので、大盛りを注文する猛者は仲間たちの中には居ないようだ。
それぞれが注文を済ませて料理を待っていると、手持ち無沙汰になったイーサンが隣のテーブルに座る呉宇軒に声をかけてきた。
「お前、そろそろ彼女できたのか?」
「何でもうできてると思うんだ? まだ授業すら始まってないのに」
驚いて返すと、彼はきょとんとして言った。
「だってお前、昔は別れてすぐ次の女に手出してたんだろ?」
どうやら呉宇軒のSNSかファンが作った恋愛遍歴の記事でも読んだらしい。外聞がよろしくなさすぎる彼の言葉に、呉宇軒は眉を顰めた。
「人聞きの悪いこと言うなよな! 確かにこの中だと俺が一番彼女できるの早いだろうけど」
「自慢すんじゃねぇぞクソ犬!」
イーサンの向こうから猫奴が野次を飛ばしてくる。
「だって本当のことだろ? ここには美男子が三人居るけど、一人は無愛想でもう一人は偉そうで、どっちも女子からしたら話しかけ辛いじゃん? 俺みたいに人当たりのいいやつが一番モテんだよ」
どこか冷めた雰囲気の李浩然は声のかけ難い相手筆頭だとして、イーサンの高慢ちきな態度もなかなかのものだ。本人に自覚があるか微妙なところだが、余程自分に自信のある子以外はおいそれと近寄れない空気を出している。
呉宇軒の説明を聞いた王茗はなるほど、と感心して頷いた。
「じゃあ、やっぱり軒軒が一番のモテ男だな!」
「ちょっと待て! 俺だって女子から群がられたぞ?」
「それ学部の歓迎会の時だろ? 普段はどうなんだよ」
対抗意識を燃やして待ったをかけてきたイーサンにそう言うと、彼は悔しそうにムッとして押し黙った。やはり普段は女子から避けられているらしい。
二人のやり取りを横目で見ていた李浩然が、ふと静かに口を開いた。
「いくら言い寄られても、好きな人に相手にされなければ意味がない」
ぐさりと胸を刺す言葉に、今度は呉宇軒が押し黙る。彼の言うことは確かに的を得ていた。
好きな人から好かれなければ、いくらモテようとも意味がない。報われない相手に片想いをしていたという李浩然が言うと、その言葉は一層重く感じられる。
「と、とにかく、話し易い雰囲気は大事なんだよ。お前らだって好きな子から避けられたくないだろ? ちょっとは隙のある雰囲気出さないと……」
「君は誰に対しても隙がありすぎる」
気を取り直してモテ男講座を続けようとしたが、またしても李浩然に水を差されてしまった。
「浩然!? な、なんか怒ってる? 今日めっちゃ刺してくるじゃん」
幼馴染の鋭い指摘がグサグサと刺さり、呉宇軒はもはやぐうの音も出ない。さっきまで仲良くメニューを見ていたはずなのに、いつの間にか彼の地雷を踏んでしまったのだろうか。
ピリついた空気に、向かいに座っている謝桑陽と高進が揃ってオロオロする。一人だけ呑気な猫奴が、修羅場か?とワクワクした顔をしてこっちを見ていたが、不機嫌な幼馴染の様子が気になりすぎて、呉宇軒は彼に構う余裕すらなかった。
文字通り誰に対しても分け隔てなく愛想を振り撒く呉宇軒は、昔から変な人にも好かれやすい。そんな彼が妙なことに巻き込まれないように、いつも周りに圧を掛けてくれていたのが李浩然だ。もしかすると、いい加減幼馴染の御守にうんざりしているのかもしれない。
「然然、怒らないで……俺、お前に嫌われたら生きていけないよ」
しゅんとしてそう言うと、不機嫌な顔で幼馴染を見ていた李浩然はたちまち慌てだした。
「阿軒、俺はそこまで怒ってない」
「本当? 俺のこと嫌いになってない?」
「なってない!」
「おいお前ら、飯前に揉めてんじゃねぇよ」
どうせ仲直りするんだから、と呂子星が呆れた顔をする。それを聞いた王茗が後なら良いのか?と呑気に言い、彼から頭を叩かれていた。
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