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第五章 準備は万端?
10 デートのお手本
しおりを挟む通常の授業が始まって一週間も経つと、学生たちの生活リズムもすっかり整ってくるが、一緒に太極拳サークルの集まりに参加していた王茗は眠気と朝の寒さにやられて早々に脱落していた。
学園祭の準備がいよいよ本格化したので、午後は各自サークルやイベントの集まりに参加して、夕飯時に合流するような生活が続いている。美男美女コンテストに出場予定の呉宇軒は、今日は特に予定がなく、せっかくだからと同じく暇な幼馴染を誘って遊びに行くことにした。
「ちょうどいいから、前に言ってた学生街のカフェに行こうぜ」
それは軍事訓練が始まる前に李浩然が一緒に行きたいと言っていた場所だ。呉宇軒がきちんと約束を忘れずにいたので、彼は意外そうに驚いた。
「覚えていたのか」
「当たり前だろ? お前との大事な約束を忘れるかよ。それより、今日は俺がデートのお手本を見せてやるからな!」
テーマは付き合った彼女との初めてのデートだ。呉宇軒が自信満々に言うと、彼は微笑んで頷いた。
学生街までの地図はしっかり頭に入れてきてあるので、幼馴染をレンタル自転車の後ろに乗せて早速目的地へ出発する。
午後になったばかりの空にはまだ太陽が居座っていて、強い日差しが燦々と降り注ぐ。李浩然ご所望の絶品パフェを食べるにはぴったりの気温だ。
体格のいい男子の二人乗りは想定外なのか、自転車がキイキイと怪しい音をさせているが、呉宇軒はお構いなしに勢いよく漕いでいく。通りを歩く女子たちの声援を浴びながら学生寮のある道を東へ向かってしばらく進んで行くと、周りにどんどん店が増えていき、やがて噂の学生街へ辿り着いた。
文房具屋や画材屋、学生向けの洋服屋など多種多様な店がある。学生街と言うだけあって、大学生たちがそこかしこを歩いていた。中には学園祭の買い出しに出て来ている人たちも居て、両手いっぱいに荷物を抱えたまま悠々と通り過ぎていく。
「浩然、先にどこか見ていくか? 買い物あるなら付き合うぞ。これが女の子とのデートだったら、雑貨屋とかで小物買ってあげるんだけどな」
今は残念ながら男二人なので雑貨屋には用が無い。そして滅多に物をねだらない李浩然が欲しがる物と言えば、幼馴染とお揃いの物くらいだ。彼は小さな頃から呉宇軒の真似をしていて、一度要らないと拒否した物でも、幼馴染が持っていると真似をしたがる徹底っぷりだった。
「デートの記念にお揃いの物でも買いに行くか?」
考え込んでいる李浩然にそう言って周りを見渡してみると、ちょうどおあつらえ向きな土産屋を見つける。大学の敷地は一般人も入れるので、記念品や土産物があるのだ。ちょうど文字を入れられる記念メダルの機械を見つけた呉宇軒は、彼の手を引いて駆け寄った。
「これストラップにもできるって! 俺たち二人の名前入りで作ってもらおうよ」
古銭の形をしたメダルに刻印を入れてストラップにしてくれるらしい。表には清香大学と刻まれていて大学土産として人気らしく、すでに客が並んでいる。
機械を見た李浩然が乗り気な顔で頷いたので、二人は早速列の後ろに並んだ。
「紐の色は何にする?」
待っている間にストラップの紐のサンプルを見つけた李浩然が、看板を指差して尋ねてくる。色とりどりのサンプルを見た呉宇軒は、どれにしようか考え込んだ。
紐の色と一緒に伝統の飾り結びも選べるらしい。人気色はみんな大好き赤色だ。
「定番の赤かな? でもピンクも迷うなぁ……お前はどうする?」
「俺は水色にする」
「じゃあ俺ピンク!」
こういう時、李浩然はいつも迷わない。彼が選んだのが涼やかな薄い水色だったので、それに合わせて薄い桃色に決める。そうこうしているうちに前の人たちが終わり、順番が回ってきた。
「文字数制限あるって。今日の日付と……名前は軒軒然然?」
「縮めて然軒はどうだ?」
「良いね! じゃあ名前の間にハート入れちゃおっと」
ふといたずら心が湧き上がった呉宇軒は、止められる間もなくササっとタッチパネルを操作すると、二人の名前の間にハートマークを入れて決定した。すぐに機械が動き出し、待っていると二人分の古銭が出てくる。
手のひらにそれを乗せて出来栄えを見ると、サンプル画面と変わらず綺麗に文字が入っていた。観光地にあるこの手の怪しい機械にしては良い仕事をしている。
「携帯に付けようかな」
吉祥結びの飾りがついたストラップにしてもらい、早速取り付けてみる。すると、邪魔にならない程よい大きさと長さで良い感じだ。李浩然も真似をして携帯につけたので、完璧にお揃いになる。
「帰ったら若汐に見せびらかす」
お揃いに満足した幼馴染がキリリとした顔でそんなことを言ったので、呉宇軒は堪らず吹き出した。見せびらかされる方は堪ったものではないだろう。だから何?と困惑する彼女の顔が目に浮かぶ。
思いつきではあったものの、幼馴染がそこまで気に入ってくれたのが嬉しくて、呉宇軒は二人の名前が刻まれたストラップを見ながら頬を緩ませた。
デートらしく手を繋ぎながら学生街にある店を眺めて進んで行くと、当初の目的地であるカフェが見えてきた。その店は遠目からでも分かるほどファンシーな外観をしていて、まるでそこだけおとぎの国のようだ。
あまりにもメルヘンでファンシーな外観を見て、呉宇軒は普段平気で一人飯する李浩然が一緒に行ってほしいと頼んだ意味がようやく分かった。男子禁制と言わんばかりの愛らしい外観に、さすがの彼も怯んでしまったに違いない。
とは言え呉宇軒はこの手の店に入ることに全く抵抗がない。むしろ乙女の花園を荒らし回る気満々でいるので、可愛らしく飾り付けられた扉を遠慮なく開けた。
カランカラン、とドアベルが鳴り、妙に聞き覚えのある男の声でいらっしゃいませと挨拶をされる。そして出迎えた店員は呉宇軒の顔を見るなり「げぇっ」と店員らしからぬ声を上げた。
髪をきっちりと撫で付け、執事風の制服を着たその男店員の顔に見覚えがあり、呉宇軒は彼の顔をじぃっと見つめる。すると、隣で李浩然が口を開いた。
「呂子星?」
彼の言葉に、呉宇軒もやっと気付いた。
「お前、こんな所で何してんだ!?」
普段と服も髪型も違ったので気づくのが遅れてしまった。ビタミンカラー弾けるカラフルな氷粉の店さえ入るのを嫌がっていたのに、こんなにファンシーな店で何をやっているのか。どう考えても、リボンやレースでふんだんに飾り付けられたこの店は呂子星が最も嫌がるタイプの店だ。
「こっちのセリフだ! お前よくこの店に入れたな」
「呂子星! お客様に向かってその態度はなんだ!」
顔を引き攣らせた呂子星がそう言うと、カウンターの奥からクマみたいな恰幅の男性が現れた。太い眉毛にタレ目が穏やかで良い人そうに見える。
二人の様子に店の雇い主と店員以上の空気を察した呉宇軒は、すかさず一歩前に出て挨拶した。
「俺、子星のルームメイトの呉宇軒です。こっちは俺の幼馴染の李浩然」
「おお、子星のお友達だったか。いらっしゃい」
ニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべた彼のネームプレートには呂権と書いてある。身内の可能性大だ。その証拠に、呂子星は渋い顔をしながら彼に向かって『叔父さん』と言った。
「浩然のリクエストで絶品パフェ食べに来たんだよ。案内してくれる?」
嫌そうにしていた呂子星は、叔父に睨まれて渋々二人を席に案内した。
奥行きのある店内には女性客しか居らず、何人かのグループで座っている。彼女たちは可愛さに全振りした店に入ってきた男性客に不審な目を向けたが、それが呉宇軒と李浩然だと分かるとたちまち色めき立ち、ヒソヒソ話し始めた。
女の子たちの横を通り過ぎながら、呉宇軒は目が合う子全員に小さく手を振って挨拶する。そんなことを繰り返していると、呂子星に背中を押されて席へ連行された。
ファンシーな店内の中では比較的装飾が少ない二人掛けの席に案内されて座ると、呂子星が声を潜めて話しかけてくる。どうやら叔父には聞かせたくないらしい。
「お前ら、俺がここで働いてる事は絶っっ対に言うなよ! 特に王茗には!」
呂子星はそう言って二人に念を押した。王茗に知られると自動的に彼の彼女からルームメイトたちに広がるので、嫌がるのも無理はない。
この店は親戚がやっているカフェで、人手が足りないからと近くに住んでいる呂子星が駆り出されたのだという。バイト代を弾むからと頼み込まれ、どうせ知り合いは来ないだろうと油断していたところに呉宇軒たちが来てしまったのだ。
「で、浩然が食べたいパフェってどれだ?」
メニュー表には多種多様なパフェの写真が載っていて、どれも美味しそうなので彼の言っているものが分からない。しかも素晴らしいことに、ケーキやフードメニューもあり、デザートとのセットもある。
李浩然は一つだけ別のメニュー表に載っている桃がたっぷり乗った美味しそうなパフェを指差した。
「これを頼みたい」
メニューを見た呂子星は、何故か困惑した様子で伝票に書き込もうとしていた手を止める。呉宇軒が不思議に思って見ると、彼は困ったように呟いた。
「それカップル専用なんだが……」
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