102 / 362
第五章 準備は万端?
11 カップル専用
しおりを挟む呂子星はメニューの下の方に書いてある文章を指しながら、二人に説明した。
「ほらここ、ご注文はカップルのみって書いてあるだろ?」
ところがそれを聞いても呉宇軒は一歩も引き下がる気はなく、テーブルに肩肘をつくと自信満々に言った。
「俺たちカップルなんですけど?」
どこがだよ!と突っ込もうとした呂子星は、普段の彼らが度々甘い雰囲気でやり取りしていたのを思い出し、嫌な顔をして出かかった言葉を飲み込んだ。
彼が言い淀んだ隙に、呉宇軒は一気に畳み掛ける。
「俺の可愛い然然が食べたいって言ってんだけど? 俺と『カップル』の定義について討論するか?」
二週間ちょっとの間に彼の厄介さを嫌と言うほど理解させられた呂子星は、面倒なことになる前に早々に諦め、分かったと頷いた。君子危うきに近寄らず、だ。
「桃パフェ一つな。飲み物は?」
張り合いなく折れた彼に、言い合いをする気満々だった呉宇軒は不満げな顔をしたものの、ドリンクメニューにサッと目を通して温かいお茶を指差す。
「これ二つ」
白桃烏龍茶だ。パフェにも桃がたっぷり使われているので桃づくしになる。
彼が何の相談も無しに決めたのを見て、呂子星は黙ったままの李浩然に確認の視線を向けた。ところが彼は場を仕切る幼馴染に夢中でちっとも気付きやしない。
これは駄目だと気持ちを切り替え、異論がないなら良いのだろうと注文を書く。そして彼らがいつものように二人の世界に入る前にカウンターの奥に退散した。
「まさかカップル専用とはな。お前知ってた?」
すっかり自分の扱いを覚えた呂子星の背中を見送り、呉宇軒は向かいの幼馴染に声を潜めて話しかける。すると李浩然は桃パフェのメニューをチラリと見て言った。
「見落としていた」
そうは言いつつも彼の表情は僅かに緊張して見え、呉宇軒はおや?と思う。いつも完璧で用意周到な彼がこんなミスをするとは珍しい。もし本当に見落としていたらの話だが。
「ふうん……まあ良いけど」
含み笑いを浮かべて見ると、李浩然は気まずそうにスッと視線を逸らす。そろそろ誤魔化すのも限界そうで、呉宇軒は彼の足をつま先でツンと突いた。
「然然、どこ見てんだ?」
からかいながら彼の視線の先を辿ると、壁に何枚も写真が飾られていることに気付く。遠いのでよく見えないが、その写真はカップルらしき二人が桃パフェと一緒に記念撮影したもののようだ。どの写真も一様に仲の良さそうな男女がパフェとツーショットを撮っている。
不思議に思った呉宇軒は、パフェとお茶を持ってきた呂子星に壁の写真を指差して尋ねた。
「子星、あの写真何?」
写真?と怪訝な顔をして指の指し示す方を見た彼は、カップルの記念写真を見るなりたちまち顔を顰める。
「あれは……何でもない」
どう見ても何でもなくない。必死に何かを隠そうとする彼を、呉宇軒は怪しむようにジト目で見つめた。圧に耐えかねて彼が逃げようとしたので、服の袖をしっかり掴んで引き止める。
「子星? そんなんでこの俺が納得するとでも思ったのか?」
この脅しはかなり効いたようだ。呂子星は面倒くさそうな顔を隠しもせず、深いため息を吐く。
呉宇軒がごねるので、さっきから周りの女性客がクスクスしながら様子を窺っているのだ。女子からの視線が気になる年頃の呂子星には堪ったものではない。
「あーもう……パフェ頼んだカップルに記念撮影サービスしてんだよ。お前よく気付いたな」
「気付いたのは浩然だけどな」
観念した彼にニヤリと笑ってそう言うと、意外だったのか呂子星は驚いた顔で李浩然に目を向ける。
突き刺さる視線に居た堪れなくなっている幼馴染に笑いを堪えつつ、呉宇軒は助け舟を出すつもりで催促した。
「ほら、とっとと撮影サービスやってくれよ。こっちは客だぞ?」
「マジかよ……」
うんざりした顔をしたものの客というのは間違いないので、呂子星は嫌々奥に引っ込んでカメラを持って戻ってくる。その場で写真が出てくるインスタントカメラだ。
二人はパフェとツーショットが撮れるように椅子を並べると、顔をくっつけんばかりに身を寄せた。どこからどう見てもラブラブカップルだ。
「一、二、三、茄子」
呂子星のやる気のない声を合図に、呉宇軒はシャッターが切られる寸前に幼馴染の頬へちゅっとキスをした。
「ちょっ……お前な!」
なんて写真を撮らせるんだとお怒りの呂子星を他所に、呉宇軒は悪戯が成功したかワクワクしながら写真をパタパタさせる。しばらくすると、僅かに目を見開いてびっくりした顔の李浩然と、彼の頬にキスをしている自分の姿が現れた。タイミングも位置もバッチリだったようだ。
「ちゃんと壁に飾ってくれよな」
写真を返しながら念を押すと、呂子星は呆れた顔をした。
「お前よくそんな写真晒そうと思うな」
そう言った後、呂子星はふと気付く。軍事訓練の時にも彼らは似たような写真をネットに上げていた。あの時は確か、李浩然の側からしていたはずだ。
嫌な事実に気付いてしまった呂子星は、写真を手に顰めっ面のままカウンターの中に戻っていった。
「さてと、お邪魔虫も消えたことだし、俺たちはパフェを楽しもうか」
桃が乗っているので、カトラリーの中にはスプーンとフォークが両方ある。
薄いくし切りにされた桃は瑞々しく、甘い香りを放っていた。呉宇軒はその一つをフォークで突き刺すと、ソフトクリームを絡めて李浩然の口に持っていってやった。
「ほら、彼氏の俺が食べさせてやるよ」
デート中のカップルらしくそう言うと、李浩然は大きな一口で桃を食べ、たちまち幸せそうな顔になる。そんな顔を見ては居ても立っても居られず、呉宇軒も早速一口食べてみた。すると濃厚なソフトクリームと瑞々しい桃の優しい甘さが溶け合い、口いっぱいに幸せが溢れる。噂の通り絶品パフェだ。
下の段には甘酸っぱい桃のジェラートにミルクと桃のクラッシュゼリーも入っている。味も食感もさまざまで、これ一つで桃を味わい尽くせるようになっていた。
白桃烏龍茶で冷たくなりすぎた口を温めながら食べ進めていくと、あっという間にパフェがなくなってしまう。カップル用なので、男二人だと少し物足りない。
「もう無くなっちゃった。お前が言ってた通り、この店のパフェは美味しいな。また一緒に来ようか」
「うん。次は別のパフェも頼んでみよう」
二人が店に入ってからも客足は一切途絶えることがなく、料理も美味しいのかフードメニューを頼んでいる女性客もちらほら居る。次はデザートとのセットでも良いな、と話し合いながら会計を済ませると、呉宇軒はガラスケースに並ぶ美味しそうなケーキに目を止めた。
「子星、このケーキ持ち帰りやってんの?」
「やってるけど、どうした? 持って帰るのか?」
やっと厄介者が帰ると安心していた呂子星は、追加注文の気配を感じて準備を始める。ケーキ用のトングとトレーがさっと出てくる辺り、すっかり店に馴染んでいるようだ。
「浩然の叔父さんたちのとこにお土産。若汐ずっとケーキ食べたいって言ってたし」
李浩然の従姉妹が、前に食べた巨大ケーキの動画を見せてからというもの食べたい食べたいと訴えていたのだ。あの店のケーキではないが、美味しいパフェを出す店ならケーキも美味しいだろう。
「浩然の分も選んで良いよ。俺からのお土産って言っておいて」
「ありがとう。君も一緒に食べる?」
幼馴染の期待の眼差しに、呉宇軒は笑って返した。
「良いけど、泊まりは無しだぞ?」
軍事訓練が終わって寮生活に戻ってからというもの、彼はことある毎に呉宇軒を部屋に泊まらせようとしてくる。一緒に寝ていたのが癖になってしまったらしい。
断られて残念そうにしながらも、最近聞き分けが良くなってきた李浩然は渋々引き下がり、ケーキ選びに専念した。
ガラスのショーケースには宝石のようにキラキラとしたゼリーが乗ったタルトや、ベリーソースがたっぷりかかった美味しそうなケーキが並び、自分用をどれにしようか迷ってしまう。李浩然の叔父たちの好みについては把握しているので、呉宇軒は先に彼らのものを注文することにした。
「若汐はこのチョコとチェリーのやつだな。李先生はチーズケーキで、安おばさんは……オレンジタルトとか好きだったよな?」
指を差しながら李浩然に確認すると、彼は微笑んで頷いた。
「うん。この間もオレンジピール入りのマドレーヌを作っていた」
「そうだったな。お裾分け美味しかったってみんな喜んでたよ。じゃあ叔父さんたちのケーキはそれで! 俺たちはどうする?」
「君が決めて」
そう言って李浩然は幼馴染に期待の眼差しを向けた。たまに二人でやっている今の気分当てクイズだ。呉宇軒は早速彼をじっと見つめながら推理を始めた。
「うーん……さっき桃パフェ食べて口が甘くなってるからなぁ。甘酸っぱいソースのビターチョコ系か……もっと酸っぱい方がいい? 分かった! レモンピールのレアチーズ!」
僅かな表情の変化を見逃さず、呉宇軒は一番反応が良かったレアチーズに決めた。黄色いレモンソースとスライスレモンが乗った可愛らしい見た目のケーキだ。
李浩然がにっこりと微笑んで正解と言ったので、見事言い当てた呉宇軒はガッツポーズをした。
「何でもいいけどお前の分はどうするんだ?」
箱に入れるケーキをトレーに寄せた呂子星が、急かすようにトングをカチカチ鳴らしてくる。何度もそうしてやかましく急き立ててくるので、呉宇軒は考えがまとまらず、幼馴染に助けを求める視線を送った。すると有難いことに、彼はすぐに呉宇軒の今の気持ちにぴったりなものを勧めてくれた。
「フルーツたっぷりロールケーキは?」
「良いね! さっすが然然、俺のこと分かってるな!」
ぎゅっとお礼のハグをして感謝の気持ちを伝えると、李浩然は微笑んで呉宇軒の頬を優しく摘んだ。
呂子星が手慣れた様子でケーキを箱に詰めているのを二人で見学していると、彼は視線が気になるのか非常にやり辛そうな顔をしていた。可愛らしい手提げ袋に入れてくれたので、別れを告げて店を出る。去り際に呂子星が何度もここで働いていることを黙っているように念を押していたので、二人は顔を見合わせて忍び笑った。
18
あなたにおすすめの小説
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
【花言葉】
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので芸風(?)が違うのですが、楽しんでいただければ嬉しいです!
【異世界短編】単発ネタ殴り書き随時掲載。
◻︎お付きくんは反社ボスから逃げ出したい!:お馬鹿主人公くんと傲慢ボス
「溺愛ビギナー」◆幼馴染みで相方。ずっと片想いしてたのに――まさかの溺愛宣言!◆
星井 悠里
BL
幼稚園からの幼馴染みで、今は二人組アーティストとして活躍する蒼紫と涼。
女の子にモテまくる完璧イケメン・蒼紫。
涼の秘密は――蒼紫が初恋で、今もずっと好きだということ。
仕事は順調。友情も壊したくない。
だから涼はこの気持ちを胸にしまい込んで、「いつか忘れる」って思っていた。
でも、本番前の楽屋で二人きり。あることをきっかけに急接近。
蒼紫の真顔、低い声、近づいてくる気配。
「涼、オレ……」
蒼紫から飛び出したのは、涼が夢にも思わなかった、びっくり大告白♥だった✨
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる