真面目ちゃんの裏の顔

てんてこ米

文字の大きさ
111 / 362
第六章 千灯夜に願いを乗せて

4 高級ホテル

しおりを挟む

 荷物を持った一団はイーサンの先導で園博園駅からほど近いホテルへやって来た。まるでリゾートホテルのようなヨーロッパ風の美しい建物に、緑溢れる庭が広がる。庭には色とりどりのダリアが咲き誇っていて、来訪者を手招くように揺れていた。
 イーサンに続いて中へ入ると、広々としたホールは床がピカピカに磨かれて鏡のようになっており、吹き抜けになった天井には巨大なシャンデリアが吊るされていた。まさしく豪華絢爛だ。

「すっげぇ……」

 滝のように下へ伸びるシャンデリアを見上げた呉宇軒ウーユーシュェンは、荘厳な景色に感嘆の息を漏らす。地元が観光地なので大小様々なホテルが建ち並んでいたが、彼の目から見てもこのホテルが一級品なことは明らかだった。
 学生が泊まるには少々敷居が高いホテルに、仲間たちは揃って息を呑む。気後れして入り口の隅の方に固まっていると、イーサンはまるで自分の家のように堂々とフロントへ挨拶をしに行ってしまった。

「な、なんか凄いですね……」

 恐る恐る囁いた謝桑陽シエサンヤンに、みんなはうんうんと激しく同意する。連れてこられたのが思っていた以上にお高いホテルだったため、さっきまでワイワイ騒がしくしていたのが嘘のように静まり返っていた。

「もっとお洒落してくるんだったわ」

 イベントに行くからと動きやすい格好をしてきていた鮑翠バオツェイが、場違いな自分の格好に恥ずかしそうな顔をする。

「別に大丈夫だよ、可愛いって」

 フォローするようにそう言うと、呉宇軒ウーユーシュェンはちらりと幼馴染を窺い見た。彼は上品で洗練された景色に臆することもなく、いつもと変わらず平然としている。さすが御曹司!と慣れた様子の彼に心の中で感心すると、呉宇軒ウーユーシュェンはイーサンに続いてフロントへ向かった。
 慌ててみんなも動き出し、荷物を抱えたまま音を立てないように静かに移動する。そろりそろりと足を忍ばせる姿は、まるで少しでも音を立てたら追い出されると言わんばかりで、イーサンはおかしなものを見るような目をして待っていた。
 シワ一つない制服を着たホテルマンが、近付いてきた学生の一団に笑顔で挨拶をする。黒地に金のラインが入った制服を着こなし、その立ち振る舞いすらも洗練されていて、さすがは一流のホテルだ。

「お前たち、荷物はここに預けていいぞ。大学に送ってくれるから」

 なんとこのホテルは宅配サービスまで完備されているらしい。差し出された紙に大学の受け取り場所の住所と連絡先を書くと、荷物をまとめて預かってくれた。普通のホテルにはそうそう無い至れり尽くせりのサービスに、呉宇軒ウーユーシュェンは感動する。
 身軽になった一行は、エレベーターに乗り込んで最上階のレストランを目指した。



 広いエレベーターの中に入るとやっと肩の力が抜けて、あちこちから安堵のため息が漏れる。十階建てのホテルのエレベーターは、八人で乗ってもまだ余裕があるほど広々していた。

「緊張しすぎて心臓が止まるかと思った……」

 慣れない場所に高進ガオジンは早くもぐったりした様子で、ロココ調の壁紙が美しい壁に力無く寄りかかる。そんな様子を見て、イーサンは呆れた顔をした。

「大袈裟だな。別に大したことないだろ?」

 彼はそう言って周りに同意を求めたものの、残念ながら誰も返事をしなかった。
 庶民とはかけ離れた発言にエレベーターの中がしんと静まり返り、彼はようやく自分の感覚が人とはずれていることに思い当たって表情を曇らせる。

「お前さ、限度ってもんがあるだろ。まあ、いい経験になったけど」

 一般常識から大きく外れた彼に注意をしつつ、呉宇軒ウーユーシュェンは慰めるように言った。彼が部屋を取ってくれなければ、恐らくこんなに立派なホテルに泊まる機会はなかっただろう。

「そうそう、一生もののいい経験になったわよ。みんなに自慢できるわね」

 元気を取り戻した鮑翠バオツェイも頷いて、少しずつ和やかな空気が戻ってくる。そのお陰でイーサンも明るさを取り戻し、不思議がって李浩然リーハオランを見た。

「他の連中はともかく、李浩然リーハオランもこういう所には泊まらないのか?」

 先ほどから全く動じた気配のない彼は、イーサンの問いかけに頷いた。

阿軒アーシュェンが忙しかったから、泊まりでどこかへ行ったことはなかった」

 彼の返事に、イーサンはん?と首を傾げる。どうしてそこで呉宇軒ウーユーシュェンが出てくるんだと言いたげな顔をしながらも、李浩然リーハオランがさも当然と言わんばかりの態度でいたため、深く突っ込めないでいた。
 説明不足な幼馴染に吹き出すと、呉宇軒ウーユーシュェンは二人の会話に割って入った。

「昔から、浩然ハオランは俺と一緒じゃなきゃ絶対外泊しないんだよ。俺、実家の店とモデルの仕事で休みなんて無かったから旅行できなくて」

 どこへ行くにもいつも一緒だったので、李浩然リーハオランは旅行も一緒でなければ行きたくないと頑なに言い張っていた。そんな事が幼少の頃からずっと続いているため、大きくなってからは忙しくて旅行にすら行けていない。
 そう考えると今回の宿泊は本当にいい経験で、呉宇軒ウーユーシュェンは感謝の眼差しでイーサンを見た。

「天下の慧星けいせいグループの御曹司が、高級ホテルの一つにも泊まった事がないなんて格好がつかないからな。お前のお陰でいい思い出ができたよ」

 お礼を言うと、イーサンは呆れ半分感心半分の顔で呉宇軒ウーユーシュェンを見返した。

「前から思っていたけど、本当にいつも一緒なんだな」

 彼はライバルを知るために呉宇軒ウーユーシュェンのアカウントを隅々までチェックしていて、幼馴染二人の親密さをある程度理解していた。それでも見えない所ではそれぞれ自由にやっているのだと思っていたのか、予想以上に二人が一緒に過ごしていると分かってかなり驚いたようだ。

「そりゃそうだろ! 生まれた頃からずっと一緒に育てられてきたからな。俺なんて、物心がついてからもしばらく、浩然ハオランのこと弟だと思ってたんだぜ?」

 もっと言うと、ずっと両家を行き来していたので両親が二人ずつ居るとさえ思っていた。家族同然に暮らしてきたので、朝から晩まで一緒に居るのが普通の状態なのだ。両親の離婚で一時期疎遠になっていた時期も、毎食顔を合わせていたのであまり疎遠になったという感じもしなかった。

「お前らって変な育てられ方してるよな」

 呂子星リューズーシンの言葉に、呉宇軒ウーユーシュェンは苦笑混じりに頷いた。
 一般家庭からするとそう見えるのは当然だ。家の事情があるとはいえ、かなり特殊な育ち方をしたと彼自身も思っている。とはいえそれが普通のこととして育てられてきたので、今更何か変えようとまでは思わなかった。



 他愛のない雑談をしているうちにエレベーターが最上階に辿り着き、扉が開くとそこには一面ガラス張りの見晴らしのいい景色が広がっていた。ちょうどイベント会場のある公園が見える位置に出たようで、大きなランタンのオブジェが木々の間から顔を出している。まだ昼なので明かりが入っておらず、遠目からだと白い塊にしか見えない。

「わぁ、あんな所まで続いているんですね」

 会場を上から見下ろした謝桑陽シエサンヤンが、その範囲の広さに息を呑む。それもそのはずで、広い公園の中にたくさんの巨大なオブジェが並んでいて、まるで大きなテーマパークのように見える。夜になればそれが煌々と光り、圧巻の光景になるのだ。

「今から見ても楽しくないだろ? さっさと行くぞ」

 イーサンは窓に張り付いて景色を堪能している仲間たちにそう言うと、ガラス扉を押して中へ入って行く。危うく置いていかれそうになった呉宇軒ウーユーシュェンたちは、大慌てで彼の後を追った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」 卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。 一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。 選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。 本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。 愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。 ※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。 ※本作は織理受けのハーレム形式です。 ※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

先輩、可愛がってください

ゆもたに
BL
棒アイスを頬張ってる先輩を見て、「あー……ち◯ぽぶち込みてぇ」とつい言ってしまった天然な後輩の話

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

処理中です...