112 / 362
第六章 千灯夜に願いを乗せて
5 好きなものは……
しおりを挟む最上階のレストランではちょうどランチタイムの食べ放題をやっているらしく、結構な数の人々が景色を楽しみながらゆったりと食事をしていた。中には観光客らしき集団もいて、しんとしたホテルのロビーとはうって変わって賑やかだ。
格調高いレストランで畏まった食事をする羽目になったらどうしようと不安になっていた一同は、人で賑わうレストランにほっと安堵の表情を浮かべる。
イーサンが受付で話をつけてくれたお陰で、一行は窓際にある見晴らしのいいテーブル席を二つ確保できた。
「浩然、何食べたい?」
早速ビュッフェ会場に足を運んだ呉宇軒は、トレーを持った幼馴染にくっついて尋ねる。食べたいものがたくさんある時はいつも二人で分け合っていたので、彼と被らないように選ぼうと思っていた。
レストランでも中秋節のイベントをやっていて、伝統の料理や限定メニューが豊富に取り揃えられている。女子たちは早くもデザートに心を奪われてしまい、食事の量をどうするか真剣な顔で話し合っていた。
李浩然はまだ何も乗ってない幼馴染のトレーをちらりと見やり、騒がしくならないよう小声で尋ね返した。
「君はどうする?」
「俺? そうだな……伊勢海老のオーブン焼きと、ローストビーフと……」
洋食コーナーで真剣に吟味していると、李浩然が幼馴染のトレーにひき肉のパイをそっと置いた。呉宇軒が不思議に思っていると、彼のトレーには美味しそうな中華料理がどんどん乗せられていく。
「君は洋食担当」
「そういうことか! 良いよ、好きなの乗せな」
二人であれこれ料理を乗せ合って席に帰ると、みんな思い思いに好きな料理を持ってきていた。肉料理ばかりだったり肉と野菜のバランスが良かったりと、それぞれ好みが出ている。
焼きたてのステーキを持ってきていた呉宇軒は、冷めないうちに早速一口食べ、あまりの美味しさに顔を綻ばせた。柔らかくて筋が全くなく、噛むとすんなり歯が通る。甘酸っぱいオニオンソースと絡むと絶品だ。
これは絶対に食べたほうが良いと、呉宇軒は幼馴染をつんと肘で小突き、彼の口に肉を運んでやった。
「どう? この肉美味しくない?」
目をキラキラさせて尋ねると、李浩然は優しげに目を細めて子どもみたいにはしゃぐ彼に微笑んだ。
「凄く美味しい。どこにあった?」
「鉄板焼きのとこで焼いてくれたんだよ! お腹に余裕があったらまた貰ってこようかな」
たくさんあるので一皿ずつ味を見てから決めようと思っていたが、この美味しさは無視できない。すっかり上機嫌の呉宇軒に、今度は李浩然が海老蒸し餃子を差し出した。彼が探しても無いと思って諦めていたものを持ってきてくれたので、呉宇軒は嬉しくなって顔を輝かせる。
「俺の大好物! どこにあったの?」
不思議に思って尋ねると、李浩然が詳しい場所を教えてくれた。
「炒飯の影になっていた」
洋食を取っていた呉宇軒から見るとちょうど死角になっていたらしい。李浩然は幼馴染の好物を見つけ、食べたいだろうと確保してくれていたのだ。
優しい幼馴染を感激の眼差しで見つめていると、彼はふっと笑って呉宇軒の口に海老蒸し餃子を運んでくれる。その海老餃子は普通のものよりも大きくて、口の中でプリプリの海老が弾けた。
甘くて弾力のある海老を口いっぱいに頬張りながら、呉宇軒は幸せが溢れんばかりで顔を綻ばせる。今まで食べた中でも一二を争う食べ応えと美味しさだ。
高級ホテルなだけ合ってどの料理も絶品で、あっという間に食べ終わってしまった呉宇軒は、幼馴染を引き連れて二周目に入った。デザートのために自制していた女子たちも、あまりの美味しさに我慢ができず、次々に料理を持っていく。
李浩然の好物を見つけて持って行ってやろうと手に取ると、ふと隣に居た王清玲と目が合う。彼女は呉宇軒の視線に気付くなり、慌てたように言い訳した。
「あ、後でいっぱい歩くから!」
「別になんも言ってないけど? それに俺、いっぱい食べる女の子好きだよ」
ダイエットという言葉を何よりも嫌っている呉宇軒がそう言うと、彼女は顔を真っ赤にしてぎこちなく頷いた。
「そ、そう……そうよね! 過度なダイエットは体によくないものね」
「その意気だよ小玲! ほら、もっと食べな。これお勧め」
そう言ってバターをたっぷり使ったムニエルをトレーに乗せると、彼女はハイカロリーな見た目にたちまち顔を引き攣らせる。心の内がそのまま出てきたような表情に、呉宇軒はぷっと吹き出した。
「いっぱい歩くんだろ? 大丈夫、大丈夫」
笑って背中を押すと、王清玲は気を取り直して頷いた。
「そうよ! いっぱい歩くんだから」
気合十分にそう言ったものの、ムニエルを見る彼女の眼差しは大敵に挑むかのようだ。そんな彼女をニヤニヤしながら見ていると、後ろから忍び寄ってきた李浩然が肩に顎を乗せた。
「阿軒」
急に耳元で囁かれ、呉宇軒は驚いてびくっとする。
「わっ、びっくりした! なんだよ、好きなもの無くなってたのか?」
どこかいじけた顔をした幼馴染にそう言うと、彼はムッとしたまま呉宇軒のお腹に腕を回した。
「好きなものならここにある」
李浩然の言葉に怪訝な顔をしたものの、ちょうど彼の大好きな水煮魚を取ったばかりだと思い出し、呉宇軒はそういうことかと納得の表情を浮かべる。どうやら彼は、好物の到着を待ち切れなくなって催促に来たようだ。
「今持って行ってやるから、席で待ってな」
腹に回された手をポンポン叩きながらそう言うも、何が不満なのか李浩然は頑なに離れようとしない。そっちがその気ならと彼を背中にくっつけたまま、呉宇軒は美味しそうな料理を次々乗せて席へ戻った。
テーブルに戻ってきた二人を見て、呂子星が眉を顰める。
「お前ら何してんだ?」
「なんか離れねぇんだよ。ほら、席に着いたぞ」
先ほどから李浩然はずっと腰の辺りに掴まっていて、付かず離れず着いてきていた。椅子を引いて促すと、彼はようやく手を離して腰を下ろす。
一連のやり取りはまるで客と店員のようだったので、呉宇軒はウェイターのように恭しい仕草で、取ってきた水煮魚を彼の前に置いた。
「お客様、こちらが当店自慢の水煮魚でございます」
面白半分にそう言うと、李浩然がにこりと笑う。そのまま店員と客ごっこを続けようとしていると、向かいに座っている呂子星が迷惑そうに口を開いた。
「馬鹿なことやってないで座れ!」
親のように厳しい目を向ける彼に水を差され、呉宇軒は拗ねた顔をしながらも素直にやめて席に着く。
「ちぇっ……遊び心が無いやつだな」
小さな声で愚痴を溢すと、小声だったにも関わらず呂子星は彼をじろりと睨んだ。
「こんな所でやるやつがあるか!」
「はいはい、分かったって。母ちゃんよりおっかねぇな」
地獄耳にも程がある。悪びれずそう言うと、呉宇軒は突き刺さる視線を無視して、隣で水煮魚に舌鼓を打つ幼馴染に絡みにいった。
「然然、水煮魚美味しい?」
「うん、美味しい。ありがとう」
満足そうな彼の顔に笑みを返すと、呉宇軒はそっと身を寄せて彼の耳に囁いた。
「俺のとどっちが美味しい?」
彼の質問に一瞬きょとんとした李浩然は、すぐに笑みを浮かべると、期待に目を輝かせる呉宇軒に耳打ちした。
「君が作った方が美味しい」
彼はそう言って水煮魚を一口食べさせてくれた。口の中でよく噛み締めてみると、幼馴染の好みとは違うな、とすぐに気が付く。
その水煮魚は花椒が少々効きすぎていて、唐辛子の辛味を打ち消してしまっている。それに、いつも作っているよりも味も濃いめだ。この料理を作った人は、濃い味が好きな北京の人の口に合わせて味を調整したのかもしれない。
これでは物足りないだろうな、と思った呉宇軒は彼に微笑んだ。
「帰ったら、俺がもっと美味しいの食べさせてやるからな」
李浩然の方もその言葉を待っていたようで、嬉しそうに頷いた。
「楽しみにしてる」
持ってきた料理を仲良く分け合い、季節のフルーツを使ったデザートまでしっかり味わってレストランを出る。会計はイーサンが持ってくれて、気前のいい彼に仲間たちは口々に礼を言った。
待ち合わせの時間までは少し時間があったので、取ってくれた部屋で小休憩することにした。
来た時と同じエレベーターに乗ると、イーサンが七階のボタンを押す。
「ワンフロア丸々借りてるんだっけ?」
呉宇軒が尋ねると、彼は自慢げな顔で頷いた。
「ああ、好きな部屋に入るといい。ひと部屋で二人分のベッドがあるから」
それを聞いた仲間たちは、部屋割りはどうしようかと顔を見合わせる。それもそのはず、メンバーの男女比は女子が三で男子が七なのだ。このままだと男女の組み合わせが一つできることになる。
呉宇軒は幼馴染の腕に手を絡め、満面の笑みを浮かべた。
「然然は俺と一緒!」
彼の言葉を見越していた呂子星は、仲良く腕を組む幼馴染二人に呆れた視線を向けながら言った。
「お前らどうせ二人で一つのベッドを使うんだろ? 誰かもう一人泊めてやれよ」
確かに、と呉宇軒は頷いた。余った一人を空いているベッドに寝かせれば問題解決だ。
エレベーターはすぐに七階に到着して、赤い絨毯の敷かれた格調高い廊下が現れる。美しい景色の描かれた大きな絵画が壁に飾られていて、まるでヨーロッパのお城の中のようだ。
ワンフロア貸し切り状態なので騒いでも迷惑にはならないと、女子二人は感激の声を上げて目を輝かせた。
「凄い!」
「こんなの初めて!」
大はしゃぎする女の子たちの声を聞いて、イーサンは鼻高々だ。
呉宇軒は試しに正面の扉を開けて中を覗き、映画でしか見たことがないような広々とした室内に目を丸くさせた。
お酒を飲むためのカウンターや大きなソファとテレビに、大きな窓は夜になれば夜景が楽しめる。二人で使うにはあまりにも広く、持て余してしまいそうだ。
ひとまず正面の部屋に全員が入り、待ち合わせの時間まで寛ぐことにした。
20
あなたにおすすめの小説
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる