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第七章 家族の在り方
18 今頃気付いた?
しおりを挟む北京空港行きの飛行機に乗り込んだ呉宇軒は、幼馴染が何食わぬ顔で隣の席に座ったので、驚きのあまり二度見してしまった。
「お前……」
なんで隣に?と聞こうと思ったが、思い返してみると飛行機の予約を取ってくれたのは李浩然だ。きっとその時に隣の席を確保していたのだろう。
何から何まで用意周到な幼馴染に、呉宇軒は呆れるやら感心するやらで言葉が出ない。そんな彼を横目で見ると、李浩然は素知らぬ顔で尋ねた。
「どうした?」
「いや……お前、俺のこと好きすぎじゃない?」
せっかくなのでからかってやろうと冗談めかして言うも、李浩然は全く気にする素振りもない。それどころか、彼は恥ずかしげもなく不敵な笑みを浮かべて呉宇軒をじっと見つめた。
「今頃気付いたのか?」
楽しげな声に、彼をからかっていたはずの呉宇軒の方が恥ずかしくなってくる。冗談とも本気とも取れる幼馴染の言葉にむず痒い気持ちになり、彼はわざとらしくごほんと咳払いをすると、誤魔化すように話題を変えた。
「あ、もう離陸するって。シートベルトちゃんとしたか?」
「した」
話を逸らしたつもりが、返事をした後も何故か彼は目を逸らさず、幼馴染をじっと見つめ続けている。それどころか、離陸してシートベルトが外せるようになるや否や、ぐっと体を寄せてきた。逃げ腰になった呉宇軒はどんどん奥に追い詰められて、完全に袋の鼠状態だ。
熱っぽい眼差しを送る幼馴染に、呉宇軒は戸惑いながら口を開いた。
「……な、なんでまだ俺のこと見てるの?」
楽しげに細められた目に、唇は綺麗な弧を描く。端正な顔立ちをした彼の笑みはどこか蠱惑的で、はっきり言って目に毒だ。
ドキドキと高鳴る胸に気付いていないふりをしながら、呉宇軒は隣をちらりと見る。すると、李浩然は彼の質問には答えずに、動揺しているのを面白がって見ているではないか。そして質の悪い悪戯っ子になってしまった幼馴染は、何を思ったか呉宇軒の手をそっと握った。
「阿軒」
耳に届いた優しい囁きに、呉宇軒はたちまち緊張の面持ちになる。
飛行機の中では逃げ場がなく、彼の悪戯がエスカレートしたらなす術もない。にっちもさっちもいかなくなった呉宇軒は、祈るような気持ちで口を開いた。
「頼むから、ここで俺を口説かないでくれよ?」
心底弱り果てた彼を見て、李浩然は小さく吹き出した。そして困っている幼馴染を安心させるように穏やかな表情を浮かべると、彼の指に自分の指をそっと絡めた。
「まだしない。それより……おじさんの話、聞かなくていいのか?」
父の話が出た途端、呉宇軒はそれまでの浮ついた気持ちが小さく萎んでいくのを感じる。決して気にならなかった訳ではないが、無意識に話題に出すのを避けようとしてしまっていた。
しばらく押し黙った後、彼はぎこちなく笑みを浮かべて口を開いた。
「あー……二人が話してるとこ、見てたよ」
李浩然が心配で、祖父母と共に遠目からこっそり様子を窺っていたのだ。ただ、距離が離れすぎていたので何を話していたのかは聞こえず、二人の雰囲気から察するに留まっていた。
「あいつ、先生に叱られたクソガキみたいになってたな!」
背筋をピンと伸ばした李浩然と背中を丸めておどおどと縮こまる父を見ていると、どちらが大人か分からない。呉宇軒は動揺する気持ちを誤魔化すように、わざと明るく笑ってみせた。しかし、無理に出したその声はどこか不自然に聞こえ、自分でも白々しく感じられた。
二人の間に気まずい沈黙が降り、重苦しい空気に耐えかねた呉宇軒は幼馴染からサッと目を逸らす。すると、李浩然は躊躇うように何か言いかけては口を閉ざし、一呼吸置いた後、静かに口を開いた。
「……阿軒、俺が勝手なことをして怒ってる?」
申し訳なさそうな彼の声に、呉宇軒は驚いて幼馴染を見る。
「なんで!? 俺のことは気にしないで、お前のしたいようにしていいよ?」
小さな頃の李浩然は、出張で家を空けることが多かった実の父よりも、いつも面倒を見てくれていた『儀仁おじさん』によく懐いていたのだ。営業職だった呉宇軒の父は優秀で子どもの気持ちを汲むのも上手く、用心深く人見知りの李浩然にも程よい距離感で接していたため、あっという間に二人は実の親子のように仲良くなった。
当時、父はよく息子が二人に増えたと周りに言っていて、李浩然は面には出さずとも密かにそのことを喜んでいた。その気持ちを知っているからこそ、呉宇軒は父の心無い言葉を彼にだけは教えたくなくて黙っていたのだ。
「浩然、俺があいつを嫌ってるからって、お前までそうしなくていいよ。連絡したかったらすればいいし、俺に遠慮しないで」
たとえ自分がどれだけ父を嫌っていようと、李浩然までそれに倣う必要はない。彼の気持ちは尊重するべきだ。
呉宇軒の言葉に彼はたちまち表情を曇らせ、そうではない、と言った。
「俺は……君が儀仁おじさんと話ができるようにと思って……もちろん、君の気持ちを何よりも尊重する」
彼は慎重に言葉を選んでいて、なるべく幼馴染を傷つけないように細心の注意を払ってくれていることが痛いほど伝わってくる。そんな心優しい彼の言葉を、呉宇軒は心の中でゆっくりと反芻した。まだ頭の中は混乱していて、簡単な言葉の羅列さえも上手く飲み込めない。
「つまり……俺とあのクソ親父の仲を取り持ちたいってこと?」
困惑しながら尋ねると、李浩然は真剣な顔で頷き、握る手に力を込めた。
「二度と話をしたくないならそれでも構わない。ただ、君はまだ父と話をしたいと思っているのでは?」
果たしてそうなのだろうか。呉宇軒は自分のことなのに、すぐに答えることができなかった。
彼にそう言われると、確かに心の中で何かを期待していたような気もする。ただ、その正体が何なのか、考えても全く見えてこないのだ。
「俺……俺、分かんないよ……」
途方に暮れた顔で、呉宇軒はそう呟く。
昨日はたった数分父と顔を合わせただけで頭にカッと血が上り、何も考えられなくなってしまった。それに、空港に父が来た時も苛立ちや不安ばかりが募り、もう自分でもどうしたいのか分からない。
「お前が言うならそうなのかな? 俺、どうしても冷静になれなくて……」
二人で話し合いなどしようものなら、呉宇軒は恐らく我慢できずに父を殴り飛ばしてしまっていただろう。李浩然が間に入ってくれたお陰でどれほど助かったことか。
考えがまとまらず思い悩んでいると、李浩然はそんな彼に心配そうな眼差しを向け、急ぐ必要はないと励ました。
「阿軒、俺が側にいる。君がどうしたいか、これからゆっくり考えていこう」
答えを急がなくてもいいと言ってくれた幼馴染に、少しだけ心が軽くなる。呉宇軒は大きく息を吐くと、自分の気持ちを尊重してくれる彼に感謝の眼差しを向けた。
「……うん、何から何までごめん」
「謝らなくていい。俺は自分がそうしたくてしているだけだから」
しゅんとする幼馴染に、李浩然はなんてことはないと言うように笑った。
彼の穏やかな声はいつでも心を落ち着かせてくれる。呉宇軒は笑って頷き、甘えるように幼馴染の肩にそっと頭を乗せた。たったそれだけで、ささくれ立った心は平穏を取り戻し、不思議と勇気が湧いてくる。
彼が一緒なら父と向き合うこともできるかもしれない。そう考えていると、ふと、李浩然が思い出したように口を開いた。
「そうだ、向こうに着いたらデートをしよう」
「デート?」
首を傾げた呉宇軒に、彼はにっこりと微笑んだ。
「君のためにとっておきの場所を探しておいた」
それがどんな場所なのか、呉宇軒にはさっぱり分からなかったが、自信満々な彼の顔を見ると期待せずにはいられなかった。まるで春の雪解けのように暖かな気分になりながら、彼は小さくなっていくハルビンの街並みに目を向けた。
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