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第九章 ひみつのこころ
13 輪投げ
しおりを挟む屋台飯で腹を満たした一行は、再び夜市巡りへ繰り出した。
彼女への土産を買いたいと言う王茗のために、みんなで雑貨売り場まで足を伸ばす。彼はすぐ迷子になるので、一人で行かせるのは心配だという呂子星たっての希望だ。
食べ物の屋台街を抜けて赤いランタンに照らされた道を進んで行くと、人々の足取りはゆっくりとしたものに変わる。雑貨売り場に到着したのだ。
ひしめくように並んだ出店には、アクセサリーやちょっとした小物の他に、服や鞄までありとあらゆる物が並ぶ。多種多様な売り物を見たイーサンは目を輝かせた。
「中国の夜市はなんでも売ってるんだな!」
「文字通りなんでもな! 粗悪品も多いから気を付けろよ」
夜市初体験の彼に、呉宇軒は注意を促す。これだけ物が集まると、当然良いものだけでなく悪いものも混ざってくる。そんな玉石混淆の中から粗悪品を掴まされるのも祭りの醍醐味だ。
王茗が目当てのアクセサリー売り場を見つけ、保護者の呂子星を連れて行ってしまったので、ここでしばらく別行動をすることになった。
呉宇軒は珍しいものが無いか流し見をしながら進んでいたが、ふと李浩然が側にぴったりと寄り添って人にぶつからないように気を配ってくれていることに気付く。こんな時まで完璧なエスコートをする幼馴染に、彼は含み笑いを浮かべて声をかけた。
「然然、お前は見たいものないのか?」
せっかく夜市に来たのだから、彼にも楽しんでもらいたい。そう思って尋ねると、李浩然は柔らかに微笑んで口を開いた。
「向こうに輪投げがあった」
彼の言葉に、呉宇軒はいいことを聞いたとキラリと目を光らせる。
「おっ、いいね! 久々にやりに行く?」
輪投げといえば祭りの定番だ。二人は地元の祭りで屋台泣かせの腕前を見せ、高い景品ばかりを根こそぎ掻っ攫っていったため出禁にされてしまっていた。呉宇軒は久しぶりに幼馴染の勇姿を見られると喜んで飛びつき、謎の壁掛け時計の店を食い入るように見ていたイーサンに声をかけた。
「俺たち輪投げしに行くけど、お前も来るか?」
「輪投げ? そんなことして楽しいのか?」
子どもの遊びだろうと首を傾げる彼に、呉宇軒はニヤリと笑って意味深に返した。
「見れば分かるよ」
彼はまだこちらの輪投げ文化を知らないので、景品を見たらさぞかし驚くことだろう。まだアクセサリーを選んでいる王茗たちに声をかけると、彼らは輪投げの店が並ぶ方へと向かった。
人混みを掻き分けて進んで行くと、輪投げの店が並んでいる広場に辿り着く。ゲームの性質上、広い面積を使わなければならないので、この辺りは人通りがまばらで見晴らしがいい。入ってすぐの場所には子ども用のお菓子や飲み物が景品になっている店が多く、家族連れで賑わっている。そこを通り過ぎて奥へ進むと、ますます店の面積が広がり、大人向けのいい景品が置いてある一帯へ到着した。
「おい、なんで生きた兎や豚が置いてあるんだ? 飼うのか?」
イーサンの指差した輪投げの店には、手前に鳥の雛や飲み物などの無難な景品が置かれていて、輪投げが届きにくい奥の方にはカゴに入った動物たちが並べられている。兎や豚の他にアヒルや雉など、主に食用の動物だ。
「食うに決まってるだろ? 浩然、兎を獲って明日の夕飯にしよう。お前の好きな麻辣兎頭作ってやるぞ」
麻辣兎頭とは、四川で食べられている兎の頭の唐辛子煮のことだ。四川の屋台などでよく売られている激辛料理で、唐辛子をたっぷり使って作る。辛党の李浩然のお気に入りだった。
まるまる太った兎は食べごろに見える。三羽は欲しいなと二人で話し合っていると、血相を変えたイーサンが慌てて止めに入ってきた。
「お前ら正気か!? あんなに可愛い兎を食べるだって?」
彼はまるで悪魔の所業とでも言うように恐れ慄き、非難の眼差しを向けてくる。大袈裟な態度で止めに入られて、幼馴染二人は不思議そうに顔を見合わせるとイーサンに向き直った。
「そうだが?」
当然だろうと平然と返す李浩然に、呉宇軒もうんうんと頷く。
「お前、ジビエ料理知らないのかよ」
なにも兎を食べるのは中国だけではない。だが、少し前まで保護猫のチャリティーイベントをやっていたイーサンは動物愛護の精神に目覚めてしまったらしく、受付に行こうとする二人の前に立ち塞がった。彼は大敵に挑むかのように大きく両手を広げ、梃子でも動かないぞと二人を睨む。
「駄目だ駄目だ! そもそも、あれ獲ってどうやって持って帰る気だ? この後飯食いに行くんだぞ?」
情に訴えても無駄だとすぐに悟った彼は、考え直せと合理的な説得に変えた。
彼の言い分はもっともで、さすがに兎を持ったまま飲食店に入るのは難しい。呉宇軒はしばらく考え込んでいたが、三羽の兎は持て余すなと考え直し、渋々諦めた。
「しょうがねぇな、兎はやめとこう」
彼が思い留まったのでイーサンはほっと胸を撫で下ろしたが、好物が食べられなくなった李浩然は不満そうにムッとした表情を浮かべる。すっかりご機嫌斜めになって拗ねる幼馴染の頬を優しく摘み、呉宇軒は笑って言った。
「然然、そんな顔すんなって! 可愛い顔が台無しだぞ? 兎の頭はスーパーにも売ってたし、明日はちゃんと作ってやるよ」
絶対作ると約束して幼馴染の機嫌を直すと、呉宇軒は次なる獲物を求めて辺りを見渡した。
イーサンが怒るので生き物が景品の店は避け、面白そうな物がないかさっと目を通す。すると、立ち並ぶ店の中でも一際賑わっている一角があることに気付く。そこには景品の中に電動自転車が並んでいて、大の大人たちが本気で投げ輪を全力投球している姿があった。
「浩然、お前あれ獲れるか?」
景品の自転車はずらりと並ぶ景品のさらに奥にあり、呉宇軒が見る限り、まだ誰もそこまで届いていない。屋台荒らしの異名を持つ幼馴染なら相手にとって不足なしだ。
「さすがにあれは無理だろ……」
景品に届かず手前で落ちた投げ輪の山を見て、イーサンはやれやれと呆れ顔をする。だが、李浩然の方は俄然やる気が出たようで、呉宇軒に視線だけを向け、挑発的に言った。
「獲ったら何をしてくれる?」
「お前の好きなこと全部」
呉宇軒も内心では、さすがにあれは無理だろうと思っていたので、彼の言葉にいつものように返す。李浩然は普段と変わらない様子で淡々と受付を済ませると、大きな輪を持って最前列に立った。
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野次馬たちが固唾を呑んで見守る中、彼が投げた輪はシュッと風を切って真っ直ぐに自転車へ飛んでいく。勢いのついたその輪はしかし、自転車のハンドルに当たって弾かれてしまった。
惜しい!と人々が落胆の声を出す中、くるくると回りながら落ちてきた輪は、驚いたことに自転車のサドル部分に見事に引っ掛かった。
一体何が起こったのかと、誰もが目を疑う。水を打ったように静まり返った広場は、次の瞬間、割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
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