真面目ちゃんの裏の顔

てんてこ米

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第九章 ひみつのこころ

12 おかしな二人

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 昼休憩を終えてからはあっという間だった。イベント初日は大盛況のうちに幕を閉じ、スタッフたちは夕焼けを背に慌ただしく後片付けを始める。
 空になったクッキー置き場を片付けながら、イーサンはしみじみと感嘆の息を漏らした。

「まさか本当に売り切れるとはな」

 テーブルクロスを回収しに来た呉宇軒ウーユーシュェンは、彼の背中に軽く一撃をお見舞いすると、得意げな顔をして声をかけた。

「言っただろ? 俺が作ったものは飛ぶように売れるって。もう少し作ってもよかったかもな」

 彼の読み通り、作ったクッキーは午後に入ってすぐに押し寄せてきた大勢の人々が買い求め、一瞬で消えてしまった。その中には呉宇軒ウーユーシュェンたちを目当てにやって来たファンたちもいて、記念撮影に引っ張りだこだったのだ。
 二人が今日のイベントの話をしながら片付けを進めていると、片付けに勤しむスタッフたちの間を縫って猫奴マオヌーがやって来る。彼は呉宇軒ウーユーシュェンが畳んだテーブルクロスを回収すると、「売り子スタッフは解散」と言った。

「片付けしなくていいのか?」

 イーサンが尋ねると、猫奴マオヌーはニヤリと笑って頷いた。

「今年は片付け専用スタッフが居るから大丈夫だ。明日も頼むぞ」

 美男子三人のお陰で来場者が多かったので、チャリティー募金がかなりの額になったらしく、彼はいつになくご機嫌だ。
 そういうことならと、二人は作業の手を止めて帰り支度を始める。ルームメイトたちはもう夜市の方に向かっていると連絡があったので、着替えを済ませて合流しなければ。
 スタッフ用テントで普段着に着替え終わる頃には夕日もほとんど見えなくなり、空の向こうから少しずつ夜が近付いて来ていた。



 イベント主催者の猫奴マオヌーを待ち、日が暮れる頃に四人でタクシーへ乗り込む。流れていく景色を眺めながら、アメリカ育ちのイーサンは興味深げにあれは何だ?と隣に座る呉宇軒ウーユーシュェンを質問攻めにした。国慶節のこの時期は、街でのイベントが盛んであちこちで色々な催しがあり、出店もたくさん出ている。ほとんどは食べ物の屋台だが、雑貨を売る店やちょっとしたゲームができる店もあり、見ているだけでも楽しい。
 しばらくすると、タクシーは夜市の入り口の少し手前でゆっくりと停止した。イベント会場の辺りは人通りも車通りも多いので、手前で降りた方がスムーズに会場まで行けるのだ。

「さて、夜市を楽しむとしようか」

「夕飯の時間は忘れるなよ! 予約してあるからな」

 気合い充分の呉宇軒ウーユーシュェンに、イーサンがすかさず口を挟む。今日は彼の母親の友人が営んでいるというバーガーショップで、本場のハンバーガーを食べさせてくれるという。

「分かってるって。お前のおすすめの店も、ちゃんと楽しみにしてるから」

 仲間たちはしっかり者が多いし、時間にうるさい呂子星リューズーシン辺りが逐一確認してくれるだろう。能天気にそう考えながら、呉宇軒ウーユーシュェンは幼馴染の手を引くと人の流れに乗ってのんびりと歩き出した。
 程なくして会場の入り口に辿り着き、大きな龍の顔出し看板の側でルームメイトたちが手を振っているのが見える。彼らはすでに出店で食べ物を買ったらしく、串焼きの肉を手にご機嫌だ。

「おーい、こっちこっち!」

 王茗ワンミンが両手をぶんぶんと振ってアピールしている横で、呂子星リューズーシン謝桑陽シエサンヤンが串焼きを交換している。あちこちから賑やかな音楽と美味しそうな匂いが漂ってきていて、まさしくお祭り騒ぎだ。

「お前たち、もう食べてるのか!」

 炭火焼きの香りを漂わせる彼らに、イーサンは呆れ顔をする。すると、肉を頬張っていた呂子星リューズーシンが当然だろうと言い返した。

「この後ハンバーガー食べるんだろ? 早めに食べて動いておけば、飯の時間にはいい感じに腹が空くはずだ」

 それもそうか、とイーサンは納得の顔をする。彼の興味はすぐに美味しそうな屋台飯に移り、これは何だ?と先行組を質問攻めにし始めた。
 呉宇軒ウーユーシュェンは祭り会場を眺めていたが、彼らが漂わせる美味しそうな匂いに我慢できなくなって呂子星リューズーシンに尋ねた。

「その美味そうな肉どこの?」

 昼はあまり時間が無くて、軽くしか食べられなかったのだ。食べ盛りの男子大学生の胃袋は、もうすでにすっからかんになっている。
 呂子星リューズーシンは後ろの方へ視線を向け、人混みの中を指差しながら答えた。

「これは入り口近くにある出店のやつだ。あの青いのぼりが立ってるとこな。奥にも色々あるみたいだぞ」

浩然ハオラン、行こう! お前の好きな辛いのもあるかも!」

 当たり前のように李浩然リーハオランの手を握り、呉宇軒ウーユーシュェンはご機嫌で駆け出した。目指すは奥の出店コーナーだ。
 少し遅れて仲間たちも動き出し、行き交う人の間を蛇のようにぞろぞろと連なって進み始めた。



 夜市の中心で一度解散し、各々好きな食べ物を買って帰ってくる。先行組は主に飲み物を買ってきてくれて、広いテーブルに集まって早速夜の宴会が始まった。
 梨入りの炭酸ジュースを飲みながら、呉宇軒ウーユーシュェンは赤いソースの絡んだ手羽先に手を伸ばす。すると、隣に座った李浩然リーハオランが何か言いたそうにそっと顔を寄せてきた。

「なんだよ、食べさせてほしいのか?」

 笑って彼の口元へ持っていくと、李浩然リーハオランは小さな一口で手羽先を齧り、「美味しい」と微笑んだ。その表情だけで、彼がその味を気に入ったことが分かる。

「良かった。これ、お前のために買ったんだ」

 出店周りをしている時に、辛党の彼にぴったりだと思って買ったものだった。喜んでもらえたなら買った甲斐もあるというもので、呉宇軒ウーユーシュェンは嬉しくてニコニコしながら彼を見る。

「ありがとう。こっちも食べてみる?」

 李浩然リーハオランが差し出したのは衣のついたマッシュポテトの串で、食べると中にチーズが入っていた。ケチャップがついたその串は炭酸とよく合う。

「これいいね! すごく美味しい。お前は見る目があるな!」

 仲睦まじく戦利品を食べさせ合う二人は、ぴったりと身を寄せ合って今にも相手を膝に乗せてしまいそうな勢いだ。仲間たちはもう慣れたもので、二人からそっと視線を外してそれぞれ好きなように料理へ手を伸ばす。ただ、朝から二人の間に漂うただならぬ空気を感じていたイーサンだけは、怪しむように目を細めて二人をじっと見つめ、隣の猫奴マオヌーに耳打ちした。

「おい、あいつらなんか変じゃないか?」

 話を振られた猫奴マオヌーはぎょっとして食べる手を止めると、イーサンの脇腹を肘で突き、小声で忠告する。

「しっ! 見るな聞くな関わるな、だ。巻き込まれるぞ」

 二人の声は呉宇軒ウーユーシュェンの耳にしっかりと届いていた。彼は眉をひそめてムッとした顔をすると、失礼な彼らに文句を言った。

「お前ら、聞こえてるからな! いつもと変わんねぇだろ?」

 その言葉に、呉宇軒ウーユーシュェン李浩然リーハオラン以外の全員が「どこがだよ!」と心の中で突っ込んだ。口には出さずとも、彼らの様子がおかしいことはみんな薄々気付いていた。ただ、口に出すと面倒なことになりそうなので黙っていただけなのだ。
 仲間たちの心中には気付かず、呉宇軒ウーユーシュェンはやれやれと肩を竦めて再び幼馴染に手羽先を食べさせてやる。側から見ると、まるで付き合いたてのカップルみたいになっていることには全く気付いていない。
 イーサンがその件に触れてしまったせいで無視することもできなくなり、仲間たちは目配せをして「あいつら一体どうしたんだ?」と視線だけで会話していた。
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