真面目ちゃんの裏の顔

てんてこ米

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第九章 ひみつのこころ

11 一日一回

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 翌日、幼馴染に弄ばれた名残りでモヤモヤしている呉宇軒ウーユーシュェンをよそに、秋晴れの空には雲ひとつなく絶好のイベント日和になった。仲間たちに先立って会場入りしていた呉宇軒ウーユーシュェン李浩然リーハオラン、イーサンの三人は、昨日と同じスタッフ用のTシャツを着た上に肉球柄のグレーのパーカーを羽織り、会場の準備を手伝っていた。
 テントの設営はすでに業者の人が済ませてくれたので、彼らが主にやることはテーブルの上にチャリティーグッズを並べたり、ポップを設置したりと地味な作業ばかりだ。
 イーサンはあくびを噛み殺しながら、自分たちが昨日作ったクッキーをブースに並べ、見栄えを確認していた。

「野郎の手作りクッキーなんて、本当に買うやつがいるのか?」

 疑いの眼差しを向けながら、イーサンがぼやく。クッキー売り場のポップには調理担当の三人がラッピングされたクッキーを手にポーズを取っている写真が使われているが、彼は男の手作りを売りにしたやり方に懐疑的だ。
 そんなイーサンの肩にポンと手を置くと、呉宇軒ウーユーシュェンは自信満々に言った。

「バカだなお前。ケーキ買う時とか、わざわざ女が作ってる店を選ぶのか? それに、この俺が作ってるんだから売れるに決まってるだろ!」

 呉宇軒ウーユーシュェンは人気モデルではあるが、本職は料理人だ。それも、アンチすらその味を認める一流の腕前を持っている。そんな彼が手作りのクッキーを振る舞えば、たちまち行列ができること間違いなしだ。
 他に人手を必要としている人はいないか辺りを見渡していた呉宇軒ウーユーシュェンは、ふとのぼりを立てている幼馴染に目を止めて小さく息を呑む。
 昨夜二人で家に帰った後、あれだけ好き放題していた李浩然リーハオランはびっくりするほど大人しくなり、まるで何も無かったかのように振る舞っていた。彼があまりにもその件に触れないので、あれは夢だったのかと思うほどだ。
 しかし、呉宇軒ウーユーシュェンの唇にはまだ昨日の口づけの感触がありありと残っていて、少し思いを馳せただけで彼の舌の感触までもが鮮やかに蘇ってしまう。李浩然リーハオランがその件に一切触れずとも、忘れられるわけがない。
 呉宇軒ウーユーシュェンがあまりにもぼんやりと幼馴染を見つめていたので、イーサンは訝しむように眉をひそめて尋ねた。

「お前たち、何かあったのか?」

「なっ、何もねぇけど!?」

 彼の言葉にハッと我に返り、李浩然リーハオランの端正な横顔から無理矢理視線を逸らす。気まずくなった呉宇軒ウーユーシュェンは、疑いの眼差しから逃れるように他のブースの準備を手伝いに行った。



 朝の十時から始まったイベントは大盛況で、広い通りに設置されたイベント用のテントにはひっきりなしに人が訪れる。呉宇軒ウーユーシュェンたちが作ったクッキーは早くも三箱目の段ボールが空になり、午後になるまでに売り切れてしまいそうな勢いだ。
 正午になると昼食に行く人が多いのか、少しだけ人の波が収まり、今のうちに交代で昼休憩を取ることになった。呉宇軒ウーユーシュェンが外部から隔離されたスタッフ用のテントへ入ると、そこには先に休憩に入っていた李浩然リーハオランの姿があり、偶然にも二人きりになる。
 李浩然リーハオランは入ってきた幼馴染に目を向けると、呑んでいる途中だったスポーツドリンクを差し出した。

「飲むか?」

「うん、ありがとう。今年もすごい人だな」

 よく冷えたペットボトルを受け取って彼の隣に腰掛けると、呉宇軒ウーユーシュェンは一息に飲み干した。今日は天気がいいので、秋も半ばに入ったというのに暑く感じる。

「あっ、ごめん。全部飲んじゃった」

 横取りした上に空にしてしまい申し訳なく思っていると、李浩然リーハオランは笑って二本目のペットボトルを取り出した。テントの中にあるクーラーボックスには、スタッフのための飲み物がたくさん冷やされている。

「まだあるから大丈夫。足りたか?」

「足りた足りた。お前はもう行くの?」

 休憩は交代なのでどのみち入れ違いにはなるが、もう少し彼と一緒に居たかった。すると李浩然リーハオランはくすりと笑みを漏らし、悪戯っぽく目を輝かせる。

「寂しい?」

軒軒シュェンシュェン寂しい! ひとりにしないでぇっ!」

 呉宇軒ウーユーシュェンがふざけてそう言うと、彼は一層笑みを深めて手を差し出し、おいでと囁いた。甘やかなその声に誘われるように身を寄せると、何を思ったか、李浩然リーハオランは彼の腰に腕を回し、唇にそっと口づけた。
 まるで昨日の夜の再現をするように、唇が触れては離れてを繰り返す。呉宇軒ウーユーシュェンはしばらく彼のしたいようにさせてやっていたが、啄むような口づけが次第に荒々しいものに変わり始めたので、慌てて幼馴染の口を手で押さえた。

「ストップ! お前、こんな誰が入ってくるか分からない場所で何する気だ?」

「君はこういうシチュエーションが好きだと思ったが?」

 確かに彼の言う通りで、呉宇軒ウーユーシュェンはハラハラするようなシチュエーションが大好物だ。だからこそ、今もつい抵抗するのを止めてされるがままになってしまった。長い付き合いなだけあって、李浩然リーハオランは幼馴染の好みをよく分かっている。
 呉宇軒ウーユーシュェンは人差し指を立てると、再びキスをしようと迫ってきた彼の唇にちょんと触れた。

「一日一回!」

 実は、昨日の晩からずっと考えていたのだ。どうせやめろと言っても李浩然リーハオランは言うことを聞かないし、いつものように泣き落としされるに決まっている。それならいっそのこと、初めから回数制限を設けようと考えていたが、彼があまりにもキスの件に触れないから言い出すタイミングを逃していたのだ。
 眉間にシワを寄せ、李浩然リーハオランは不満そうに尋ねた。

「何がだ?」

「分かってるだろ? キスだよ! これから、練習相手になってやるのは一日一回だけな。異議は認めません!」

 とぼける幼馴染にきっぱり言い切ると、二人はしばし無言で見つめ合った。膠着状態の中で抗議の視線を送っていた李浩然リーハオランは、小さなため息を一つ、諦めたように口を開いた。

「……分かった」

 呉宇軒ウーユーシュェンは彼がもっと食い下がってくるだろうと予想していたので、こうもあっさり引かれると逆に怪しく思う。何か企んでいるのだろうかと疑いの眼差しを向けていると、李浩然リーハオランは淡々と宣言した。

「俺からするのは一日一回」

「俺からって何だよ。こっちからはしないぞ?」

 謎の条件付けをしてくるとは、ますます怪しい。だが、考えてもこちらにとっては好都合なことでしかなく、呉宇軒ウーユーシュェンは頷いた。

「まあいいか。とりあえず、今日の分は終わりな」

 その言葉に、李浩然リーハオランはすぐさま聞き捨てならないと口を挟んでくる。

「異議あり」

「却下」

 さすがにそこは譲れない。そう思って鋭く返すも、李浩然リーハオランは譲る気は一歩もないというように抗議の声を上げた。

「約束したのは今だろう? さっきまでのを数に入れるのはずるいと思う」

「ずるいのはお前だろ! あー、分かった分かった。でも、今はもうダメだぞ? お腹空いたし、何か食べに行かないと」

 子どものように駄々を捏ねてくる幼馴染を見ていると言い争う気も失せ、呉宇軒ウーユーシュェンはそう言って話を打ち切った。朝から働き通しだったのでお腹はもうぺこぺこで、今すぐ何か食べたい気分だ。すると李浩然リーハオランはゆっくりと立ち上がり、彼に手を差し伸べてきた。

「何か買いに行こう」

 彼の手を取って立ち上がりながら、呉宇軒ウーユーシュェンはん?と首を傾げる。

「もしかして、俺が来るの待ってた?」

「うん。一緒の時間になるように猫奴マオヌーに頼んでおいた」

 まさか、同じ時間に休憩に入れるように根回ししていたとは。
 可愛いことを言う幼馴染に、呉宇軒ウーユーシュェンはつい口元が緩む。携帯で時間を確認すると、二人は連れ立ってテントを出た。
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