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第九章 ひみつのこころ
24 恋
しおりを挟むどこから話せば良いものか、仲間たちに視線で急かされながら呉宇軒はしばらく考え込んだ。李浩然の様子がおかしくなったのは、思い返すとハルビンから帰ってきた後のデートからだろう。
「多分、なんだけど……」
彼は自信なさげにそう切り出した。
「ハルビンで親父に会っちゃって、俺ちょっと落ち込んでたんだよ。それで浩然が気分転換にデートに誘ってくれて」
呉宇軒は、彼の好みを熟知した幼馴染が練ってきた完璧なデートプランに感激して、父親と再会したことなど記憶からすっかり忘れてしまった。しかし、彼のデートはあまりにも完璧すぎたのだ。
「テンション上がりすぎて、勢い余って浩然の口にキスしちまったんだ! 本当はほっぺたにするつもりだったのに……」
どうして口にしてしまったのか、呉宇軒は未だに自分でも分からないでいた。ただ、嬉しい気持ちを伝えたい一心だったことだけは覚えている。
静かに話を聞いていた仲間たちは顔を見合わせ、そんなことだろうと思ったと納得の顔で頷いた。二人の様子から見ても、それくらいは想定の範囲内だ。
「どう考えてもそれが切っ掛けだな。お前がキスなんてするから」
冷静な猫奴の言葉に呂子星も続く。
「で? 他にもまだあるんだろ? 洗いざらい吐いちまえよ」
そう促されるも、呉宇軒は話していいものか躊躇われて口を閉ざす。だが、変に黙っていると何かあったと言っているようなものだ。
先ほどキスの瞬間を目撃された時のように、どのみちいつかは気付かれてしまうだろう。そう考えると話してもいいのではと思い直し、彼は小さな声で言った。
「この前キスのやり方を教えたんだけど、あいつ……きゅ、急に舌入れてきて……」
呉宇軒は恥ずかしさのあまり両手で顔を覆い、赤くなった頬を隠した。そのため仲間たちの表情は見えなかったが、小さく息を呑む音が聞こえ、明らかにこの場の空気が変わったのを感じた。
そこまでしているとは思わず、彼らはしばし唖然として言葉もなかったが、やがて呂子星が独り言のように小さく呟いた。
「いくら練習でもおかしいだろ」
他の二人も、示し合わせたかのようにうんうんと頷く。
幼馴染コンビとそれなりに長い付き合いの猫奴は、大学に入ってからの二人の距離が以前にも増して近くなっている気がしていた。それなのに、当の呉宇軒は全く自覚がない。
「お前、幼馴染だからってなんでも許しすぎじゃねぇか?」
「普通はそこまでしないな。お前たち、なんでそこまでやっておいて付き合ってないんだ?」
猫奴とイーサンに詰められ、呉宇軒は「いや……」と歯切れ悪く口ごもる。今までそんな風に考えたことがなかったため、彼らの言葉はまさに青天の霹靂だった。
「俺たち小さい頃から一緒だし、恋愛指南を持ちかけたのは俺だし……それにほら、するふりだけじゃ練習にならないだろ?」
実際にしてみないと練習にならないと言ったのは、他ならぬ李浩然だ。三人がかりで責め立てられ、呉宇軒は元気をなくしてしゅんと萎れていたが、幼馴染の言葉を一縷の希望にしてぱっと表情を明るくさせる。
猫奴は彼の様子を見て、僅かな違和感を覚えた。彼が今、言い訳がましく口にした言葉は誰かの受け売りのようだ。それが誰かとは言うまでもない。
猫奴は他の二人に目で合図すると、呉宇軒から距離を置いて円陣を組んだ。
三人はボックス席の端で顔を突き合わせ、声を潜めて話し始めた。事態があまりにも深刻だったので、呉宇軒抜きで緊急会議だ。
『無自覚の阿呆』を肩越しに見てから、猫奴は小さな声で仲間たちに尋ねた。
「おい、あいつ幼馴染に上手いこと丸め込まれてねぇか?」
彼の言葉に、朝から違和感を感じていたイーサンも同意する。
「明らかに様子がおかしい。李浩然のやつ、見た目によらずやり手だな」
前々から二人の親密さは目に余るほどだった。自覚のない呉宇軒はともかく、李浩然の方は間違いなく分かってやっている。だが、一つ問題があった。
この話を呉宇軒に伝えてもいいのだろうか。李浩然が意図的に意識させなようにしているのだとしたら、彼の怒りを買わないように言わない方が身のためだ。
しかし、ルームメイトの呂子星だけはそうも言っていられなかった。彼は他二人と違って毎日呉宇軒と顔を合わせるため、幼馴染二人の『自覚なきイチャイチャ』に被弾する確率がかなり高い。物理的に引き剥がすのが困難なら、あえてくっつけて『イチャイチャ禁止令』を出した方が遥かにましだ。
彼は仲間の制止を無視すると、放置されて暇を持て余し、ポテトを齧りながら不貞腐れていた呉宇軒の元へ戻った。
「呉宇軒。お前、早いとこ李浩然と付き合っちまえ。どう見ても向こうはお前に気があるだろ」
彼は初め、二人は相思相愛なのだろうと思っていた。だが、いざ蓋を開けてみると、呉宇軒は誰にでもすぐに擦り寄っていく距離無し男だった。その反面、李浩然の態度はかなり分かりやすい。幼馴染とその他大勢で態度がまるで違うのだ。
いきなり妙なことを言われ、呉宇軒はポカンとしてポテトを摘む手を止める。
「いや、そんなことないだろ? あれはただの練習だし」
呂子星は、馬鹿なことを言うなとうすら笑いを浮かべる彼の頬を両手で勢いよく挟み、声を張り上げて言った。
「いい加減目を覚ましやがれ! いくら仲がいいからって限度があるだろ。普通はキスの時に舌突っ込んだりしねぇぞ!」
度を越しているのは明らかなのに、まるで気付いていない呉宇軒に怒りすら覚える。呂子星はこの馬鹿!と詰りながら、彼の頬を左右にぎゅーっと引っ張った。
猫奴とイーサンが二人がかりで呂子星を引っ張り、怒れる彼をどうどうと宥める。解放された呉宇軒は何が起きているのかいまいち事態が飲み込めず、痛む頬をさすりながらいじけたように文句を言った。
「気があるって言うより、俺をからかって遊んでるんだろ。お前ら、思春期の男子の性欲を侮ってるだろ? ちょっとでもエロに繋がることがあったら必死になるだろ?」
彼の話を聞いて、イーサンはうわぁ……と眉を顰める。そんな一部の変態と一緒にされるのはさすがに可哀想だ。
「それは李浩然に失礼だろ……」
分かりやすくアプローチしているのに、こんな調子で空回っていては、強硬手段に出たくなる気持ちもよく分かる。イーサンは心の中で不憫な李浩然に同情した。
もはや隠し通せないと悟った猫奴も、彼らに加勢する。
「お前な……気付いたらベッドの中で喘がされてる、なんて事態になっても知らねぇぞ。ちゃんと向こうの気持ちも考えてやれよ」
「考えろって言われても……」
仲間たちから口々に指摘されるうちに、呉宇軒の心に細波のようにじわじわと違和感が広がっていく。ただ、李浩然が自分のことをそういう目で見ていたと言われても、信じ切れないでいた。
二人は家族同然に育っていたので、互いを思いやる気持ちは人一倍強かった。どうしても、その気持ちが恋愛感情と結びつかなかったのだ。
とはいえ、彼らの言うことも一理ある。確かに舌を入れるのはやり過ぎだと彼も思っていた。
本当に李浩然は自分に好意を寄せているのかもしれない。そう思うと、彼が最近、恋愛ドラマのイケメンみたいな態度で呉宇軒に接していたことにも納得がいく。
うんうんと頭を悩ませる彼に、イーサンが尋ねた。
「お前の方はどうなんだ? 李浩然のことはどう思ってる?」
「あいつ最近すごく格好いいから、そりゃあ好きだけど?」
好きか嫌いかで言えば、当然大好きだ。すると、呂子星がすかさず口を挟んできた。
「最近も何も、別に変わってないぞ」
「そんなわけないだろ!? 最近の浩然は急に色っぽくなって、こう……大人の男って感じだろうが!」
髪型を変えてイメチェンをするなど、おしゃれに目覚めた幼馴染は、近頃ますます魅力的になったのだ。彼の蠱惑的な微笑みに、何度心を蕩かされたことか。そう力説する呉宇軒に、三人は意味ありげに顔を見合わせると、声を揃えて言った。
「「「恋だな!」」」
何故そうなるのか。間違いないと頷く彼らに、呉宇軒はカッと頬が熱くなる。
抗議の声を上げる前に、猫奴が野次を飛ばしてきた。
「さっさと抱かれてこいよ」
「なんで俺が抱かれる側なんだ? 普通はデカい方だろ!」
開き直った呉宇軒は、ソファにふんぞり返ってそう言った。その謎の自信に満ちた様子に、呂子星は呆れ顔をする。
「向こうがお前を上回ってる可能性もあるだろ。ってか、ヤるのはいいのかよ!」
突っ込みを入れた彼だったが、呉宇軒の後ろを見てたちまち顔を引き攣らせた。まるで夜道で幽霊と鉢合わせしてしまったかのようだ。それは彼だけでなく、猫奴とイーサンまでどこか怯えた顔をしている。
急にどうしたのかと呉宇軒が振り返ろうとしたその瞬間、頭上から聞き馴染んだ優しい声が降ってきた。
「楽しそうだな。なんの話をしているんだ?」
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