真面目ちゃんの裏の顔

てんてこ米

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第十章 不穏

5 サプライズ計画

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 実行委員からの簡単な挨拶の後、プリント用紙を見ながらコンテストの大まかな流れを確認すると、衣装合わせのために男子生徒だけが別室へ移動になった。女子はその場で待機して、ドレスの試着をするらしい。
 集まった生徒たちはほとんどが初対面なので、廊下を歩きながら少々ぎこちなく言葉を交わす。ただ、呉宇軒ウーユーシュェンにだけは朝のチラシの件もあって、みんな興味津々に声をかけてきていた。その中でも、サラサラの髪に眼鏡をかけた男前な青年は、他の生徒よりも食いつきが良くてグイグイと寄ってくる。

「よう呉宇軒ウーユーシュェン! 俺は建築学部の仁雷レンレイレイ兄ちゃんでいいぜ! 朝の事件で先生に呼び出されたんだろ? 大丈夫だったのか?」

 前に同じ学部の男子たちが、コンテストに出るかもしれないと話していた建築学部のイケメン君だ。呉宇軒ウーユーシュェンは精悍な彼の顔をまじまじと見つめ、ふっと笑みを漏らす。

「じゃあ、俺のことは可愛い軒軒シュェンシュェンって呼んでくれよな! 俺には揺るぎないアリバイと証人が居たから大丈夫だったよ」

 彼が茶目っ気たっぷりにそう返すと、仁雷レンレイはぷっと吹き出した。

「なんだよ、その可愛い軒軒シュェンシュェンって。誰が言い出したんだ?」

 呉宇軒ウーユーシュェンの隣で静かに話を聞いていたイーサンは、彼のくだらない冗談に呆れた顔をしつつも、すかさず口を挟んだ。

「呼んだら李浩然リーハオランに怒られるぞ」

 最近の幼馴染二人のやり取りを見て、彼はそう確信していた。しかし、事情を知らない仁雷レンレイはなんでだ?と不思議そうに首を傾げる。
 彼は説明しようかどうしようか迷い、呉宇軒ウーユーシュェンをチラリと見た。すると、当の本人はまるで気にした様子はなく、ニヤリと笑って口を開く。

「なんでって、あいつはやきもち焼きだからな。俺が誰かと仲良くしてるとすぐ拗ねるんだよ」

 その口調はまるで可愛い彼女のことを語るようにデレデレしていて、イーサンは耐えきれず彼の尻を軽く蹴飛ばした。

「こんな場所で惚気話はやめろ!」

 いつでもどこでも幼馴染に夢中で、彼は隙あらば惚気ようとしてくる。これでは呂子星リューズーシンが怒るはずだ。

「いてっ! 何すんだよお前!」

 急な攻撃に、呉宇軒ウーユーシュェンは痛む尻をさすって文句を言った。そして仕返ししてやろうとイーサンに手を伸ばす。
 だが、彼はすでにその動きを予想していた。捕まる前にサッと身をかわし、呉宇軒ウーユーシュェンの手が届かないよう仁雷レンレイを盾にする。
 その一連の行動は、呉宇軒ウーユーシュェンの闘争心に火をつけた。彼は逃げられるとつい追い回したくなるのだ。
 二人は仁雷レンレイを間に挟んで、不幸にも巻き込まれた彼の周りをぐるぐると追いかけっこし始めた。間に挟まれた仁雷レンレイは堪ったものではなく、逃げられずに真ん中で棒立ちになり、途方に暮れた声を出す。

「ちょっとちょっと、勘弁してくれよ……ここから出してくれ!」

 救いを求める声に気付き、周りの生徒たちが視線を向ける。しかし、彼らは好奇の目を向けて見守るだけで、誰一人として彼を助けようとはしなかった。
 呉宇軒ウーユーシュェンが暴走すると、いつもは李浩然リーハオランが止めてくれる。だが、残念ながら保護者兼飼い主の彼は今ここに居ない。仕方なく仁雷レンレイは自らの体を犠牲にして、体当たりで猟犬と化した我らが人気モデル様を止めに入った。

「ハウス!」

 暴走する呉宇軒ウーユーシュェンが実家の犬に似ていたので、彼はついそう口にしてしまった。
 思わぬ言葉に、アンチから犬扱いされる度に応えていた呉宇軒ウーユーシュェンもつい反射的に返す。

「ワンっ……って、ハウスどこだよ!」

 廊下のど真ん中でそう突っ込むと、騒がしい彼らを面白がって野次馬していた生徒たちがずっこける。

「そっち!?」

「もっと言うことあるだろ!」

 口々に突っ込みが入り、気付けば周りの生徒たちの緊張も解れて、その顔にはリラックスした笑みが浮かんでいた。それですっかり打ち解けた彼らは、年頃の男子らしくはしゃぎながら自己紹介を始める。
 話を聞いていくと、彼らのほとんどが立候補ではなく、誰かからの推薦だったことが分かった。その中にはモデル経験者もいたが、さすがに呉宇軒ウーユーシュェンやイーサンのように自ら参加しようと名乗り出る生徒は稀だったらしい。

「二人で投票対決するんだって? 俺は軒軒シュェンシュェンが一位に五十元賭けるぜ!」

 そう言ったのは、演劇サークルの花形男子だ。先ほど係の人との話を聞いていたらしい。彼は演劇サークルの役者らしく、舞台映えする目鼻立ちのはっきりした顔をしている。

「ケチくせぇな、俺はイーサン・チャンに百!」

 みんなこういったお祭り騒ぎが大好きで、急に賭け事が始まった。どんどん値段が釣り上がっていくせいで、呉宇軒ウーユーシュェンはまるでオークションに出された奴隷のような気分だ。
 賭けが白熱する中、係の生徒が割って入ってくる。

「はいはい、そこまで! 続きは解散してからゆっくりやってね」

 どうやら目的地の教室に着いたようで、彼は鍵を開けて生徒たちを中に誘導する。女子たちの居る部屋からかなり離れてしまったが、呉宇軒ウーユーシュェンは中に入ってすぐに、その意味を知ることになった。



 美男美女コンテストの衣装は公平を期すため、全員着る服が決まっている。女子はドレスに漢服、男子はタキシードと女装用の漢服だ。ところが、教室にはもう一種類、おかしな衣装が存在していた。
 いかがわしいお店に入ってしまったかのような、多種多様な際どい衣装の数々。それは教室の隅にありながらも異彩を放っていた。
 係の生徒は全員が部屋に入ると後ろ手で鍵を閉め、ごほんと咳払いしてから口を開いた。

「ええと……君たちに提案があります」

 彼らの計画はこうだった。際どい衣装の上から女性用の漢服を着て、サプライズで上の服を脱ぎ捨てる。
 普通の女装では面白味に欠けるが、これなら大盛り上がり間違いなしだと熱弁され、参加者たちは困惑して顔を見合わせた。──ただ一人を除いては。

「衣装って自分で選んでいいの?」

 呉宇軒ウーユーシュェンはノリノリで際どい衣装の元へ行き、どれにしようかじっくり吟味する。ミニスカートの可愛いメイド服も良いが、セクシーなバニーガールも捨てがたい。特注なのかそういった専門店があるのか、どの服も男性が余裕で着られるサイズだ。
 真っ先に参加の意思を見せた呉宇軒ウーユーシュェンに続き、負けず嫌いのイーサンも駆け寄った。

「こっちの水着は僕がもらう!」

 イーサンは彼のためにあつらえたようなアメリカ国旗柄のビキニとパレオのセットを手に取る。二人ともモデルをしているので、露出度の高い服を着て人前に出ることに何ら抵抗がないのだ。
 呆気に取られていた生徒の中から、演劇サークルの男子が飛び出した。

「ちょっと待った! そのメイド服は俺がもらう!」

 すっかり参加の空気が流れ始め、呆然と見ていた彼らはハッと気付いた。衣装が早い者勝ちなら、モタモタしていないで早く行ったほうがいいに決まっている!

「俺右のやつ!」

「あっ、俺こっちが良い!」

「そのミニスカドレスは俺のものだ!」

 あんなに躊躇っていたのに、もはやバーゲンセールのような盛り上がりようだ。
 彼らはあっという間に賭け事の時の熱気を取り戻し、衣装の取り合いが始まった。衣装を拒否するという選択肢は、今やすっかり頭から抜け落ちている。
 参加者たちが意欲的に服を選ぶので、係の二人はほっと胸を撫で下ろし、こっそりとガッツポーズをして喜びを分かち合った。
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