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第十二章 学園祭の始まり
7 Luna先輩のありがたい忠告
しおりを挟む「どうして君も一緒に入ってきたんだ?」
中にあったカゴに持ってきた服を入れていた李浩然は、幼馴染が一緒に入ってきたことに気付いて不思議そうに首を傾げる。そんな彼に、呉宇軒はぐっと自分の体を押し付け、妖しげな笑みを浮かべながら耳元で囁いた。
「決まってるだろ? お前の着替えを手伝ってやるんだよ」
そう言いながら、するりと李浩然の体に手を這わせ、丁寧に上着を脱がせていく。カーテンの向こうから聞こえてくるざわめきはどこか遠く、二人きりの状況に心が逸る。
ただの手伝いにしてはいかがわしい手つきに、李浩然は身を固くさせた。彼は不安に揺れる瞳で呉宇軒を見つめるも、抵抗するべきか迷っているようだ。小さく息を呑み、ため息と共に言葉を吐き出した。
「一人で大丈……」
言いかけた言葉がふと途切れる。呉宇軒が彼の唇にそっと人差し指を当て、その口を封じたからだ。
戸惑いの眼差しに、呉宇軒の目と唇が緩い弧を描く。彼は李浩然の口を塞いでいた手をゆっくりと下げ、キスでもするかのように顔を寄せると、甘やかに囁いた。
「ダメだろ? せっかく婚約者が手伝うって言ってるのに」
言葉とは裏腹に、彼の掌は引き締まった腹筋をゆっくりと撫で回し、さらに服の奥深くへと入り込んでいく。ドキドキと激しく高鳴る胸の上までやってくると、呉宇軒は急に我慢ができなくなってしまった。そのまま熱くなった体を押し付けると、勢いのまま李浩然の唇を奪い、その隙間から舌を捩じ込んだ。
不意打ちの口づけに驚いた彼は思わずぎゅっと拳を握りしめたものの、それは一瞬だった。応えるように呉宇軒の腰に手を回し、片時も離したくないとばかりにその体を強く抱きしめる。
小さな密室の中は、いつしか二人の体から溢れ出た熱に満たされていた。ところが、着替えをすることもすっかり忘れて唇を貪り合っていると、突然シャッという音と共に光が入ってくる。
「ちょっと!!」
怒りに満ちた女性の声が響き、二人は反射的に身を離した。
一体誰が告げ口したのだろうか。開いたカーテンの方を見ると、世にも恐ろしい怒り心頭の顔をしたLunaが仁王立ちしている姿が目に入った。
「なんだよ、すけべ」
邪魔が入っても上がり切った熱は冷めず、呉宇軒はすかさず李浩然に抱きつき、ムッと唇を尖らせて安全圏の腕の中から文句を言う。するとLunaはさらに目を吊り上げ、カンカンになって生意気な後輩を叱り飛ばした。
「こっちのセリフなんだけど!? こんな場所でイチャつかないでよね! ほら、アンタは出る!」
お前が主犯だろうと決めつけて、彼女は呉宇軒の首根っこを掴んで試着室から無理矢理引きずり出した。事実ではあるが、一切の迷いもなく決めつけられては文句の一つも言いたくなる。
「俺も試着したいんだけど!」
「別の場所を使いなさい!」
有無を言わせずきっぱりと拒否されて、呉宇軒は渋々幼馴染から自分の服を受け取った。彼女に叱られていると、故郷の母の怒った顔を思い出す。
Lunaは腰に手を当てて仁王立ちしたまま、呆れた顔でため息を吐く。
「本当に油断も隙もないんだから……アンタ、気を付けなさいよ。まだ例の事件の黒幕見つかってないんでしょ? 刺されても知らないからね」
例の事件とは、呉宇軒に嫌がらせをするチラシがばら撒かれた件のことだ。実行犯は見つかったものの黒幕は行方知れずのままで、それっきりSNSでも目撃情報がない。
先輩からの脅しの言葉に、呉宇軒は顔を顰めた。
「嫌なこと言うなよ」
「事実じゃない。学園祭なんて、誰が来てるか分かんないんだから」
確かに彼女の言う通りで、近所の住民たちや学園祭の取材に来たメディアの人、ユージンのように遊びに来た人までありとあらゆる人がいる。そんな中に例の事件の黒幕が紛れ込んでいても、恐らく見つけるのは難しいだろう。
「肝に銘じておきますぅー」
彼は唇を尖らせ、不貞腐れながらもそう返す。するとLunaは「よろしい!」と言って隣の試着室へ入るように呉宇軒の背中を力一杯押しやった。
彼女は悪戯っ子の後輩が大人しく別の試着室に入るのを見届け、「見張ってるわよ!」とジェスチャーしてから売り場に戻っていった。
甘い空気に水を差された呉宇軒は、いじけながらも持ってきた服をパパッと試着し終え、すぐに試着室を飛び出した。そして隣の李浩然の方へ声をかけると、彼はちょうどお揃いにする予定だったニットのパーカーを試着しているところだった。
カーテンから顔を出した李浩然は、自分の体を見下ろして不安そうな顔をする。
「これ、似合うと思うか?」
柄自体は彼があまり着ないタイプのものだが、青系統で纏められたシックな色合いはよく似合っていた。少し可愛らしいデザインなので大人びた雰囲気はないが、いつもと違った服も新鮮でいい。
呉宇軒は上着の前を閉じたり開けたりしてじっくりと眺めた後、満面の笑みを向けて親指を立てた。
「最高! 色が地味だから、並んでもお揃いって分かんないかもな」
呉宇軒の持っている派手な蛍光色とは真逆なのもあるが、ここまで違って見えるのは彼の落ち着いた雰囲気の影響もあるだろう。
タートルネックとジャケットの方はさすがに着替えるのが手間なので、上着だけ着てもらった。細身のジャケットは、李浩然が着るとシルエットがシュッとしてこの上なく上品に見える。
「こっちもアリだな。買っちゃおうか」
警戒するLunaの鋭い視線を背中にひしひしと感じながら、呉宇軒はあっさり決断した。これで幼馴染のお洒落な服のレパートリーが増えるのだから万々歳だ。それからもう一度ジャケットを羽織った李浩然の姿をじっくり眺めた彼は、意味ありげにニヤリと笑うと、彼女が止めに入ってくる前に素早く唇を奪った。
「これ着て、今度デートしようぜ」
そう言うと、李浩然も嬉しそうな笑みを浮かべる。
「うん。着替えるから少し待っていて」
懲りずに一緒に入ろうとする呉宇軒の胸をやんわり押し返し、李浩然はカーテンの向こうに消えていった。するとLunaが音もなく近付いてきて、呉宇軒の手から服をサッと引き抜いてしまう。
「お買い上げありがとうございまーす」
「まだ買うって言ってねぇんだけど?」
「あら、迷惑料払わせるわよ?」
手のひらを差し出した彼女は、金を寄越せと言うように手をパクパクさせる。彼は眉を顰めて「押し売りかよ!」と文句を言ったが、Lunaは問答無用で会計に移った。
すぐに出てきた李浩然が、押し売りに遭っている呉宇軒の分もまとめて支払いを済ませてくれる。大満足の中で買い物を終えた二人は、友人たちの元へ戻ることにした。
来た時よりも人の増えたバザー会場を進んでいると、不意に李浩然が口を開いた。
「先ほど、Luna先輩と何を話していたんだ? 事件がどうとか言っていたが」
彼はすぐ近くにいたが、試着室の中に入っていたため、外の賑やかさも相まって断片的にしか聞き取れなかったようだ。
「ああ、例の事件の犯人に気を付けろって。すっかり忘れてたよ」
学園祭の準備や家族の出来事で頭がいっぱいだったので、いつの間にか呉宇軒の頭から事件の記憶が消えてしまっていた。自分を批判してくる攻撃的な人物は大勢いるので、どうしても忘れてしまいがちなのだ。
しかし、Lunaの心配はもっともだった。これからは祖父の目の届く場所だけでなく、学園祭の間はずっと幼馴染とのイチャイチャを慎まなければならないだろう。
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