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龍の章
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しおりを挟む鎖のせいで奥まで行けない蒼淵の代わりに、林慎宇は屈み込んで扉を潜り、積み重なった箱の一番上に手を伸ばす。彼が取ろうとした箱は見た目の割にずしりと重くて、祠へ戻る時に危うく落としそうになった。すると蒼淵が素早く手を伸ばし、傾いた箱を支えてくれる。
「危ねぇ危ねぇ、助かったよ。こんなに重いなんて、一体何が入ってるんだ?」
箱を持って明かりの差す祠の入り口側へ行くと、林慎宇は壊れないようにそっと床に下ろした。なにぶん、あの場所にしまわれてから時間が経ち過ぎている。うっかり落として中身をぶち撒けたら、中の物を壊してしまうかもしれない。
今度の箱には、蓋の表面に壮大な山々と、力強く飛び立つ鷹の細工が施されていた。やはりこれも、蒼淵に捧げられた供物のようだ。
蓋を開けた林慎宇は、現れた物を見てわっと驚きの声を上げた。
その箱には、金や銀で作られた美しい装飾品が溢れんばかりに入っていた。翡翠や瑪瑙の嵌まった腕輪や帯飾り、それに髪を留めるための冠まである。長らく密室にしまわれていたせいか、どれも劣化した様子はなく、光を受けてキラキラと輝く。
蒼淵は銀細工の冠を手に取ると、林慎宇を手招いた。
「来い。貴様の髪をまとめてやる」
腰を落ち着ける場所を見つけたお陰で、ボサボサだった林慎宇の髪は初めて会った時よりは幾分かましにはなっていた。しかし、今彼が着ている立派な服には不釣り合いだ。
「お前がやってくれんの?」
願ってもない申し出に、林慎宇は目を煌めかせて嬉しそうな笑みを浮かべる。彼は無邪気な子犬のようにはしゃぎながら、蒼淵に背を向けた。
無防備な後ろ姿を見下ろし、蒼淵は彼の髪にそろりと手を伸ばした。ところが、その指先は髪に触れる前にぴたりと止まり、それ以上動けなくなる。
自分から言い出したにも関わらず、どうしたことか、彼の中には躊躇いが生まれていた。
「ん? どうかしたのか?」
彼がなかなか動かないので、林慎宇は不思議そうに振り返った。蒼淵は「なんでもない」と短く答え、彼が前を向いたのを確認すると、荒れた長い髪にゆっくりと指を通し始めた。
彼が通力を込めて何度か髪を解かしていくと、荒れ放題だった林慎宇の髪は次第に黒々とした艶を取り戻していく。蒼淵は滑らかな手触りになるまでそうして力を送ってやり、髪を高い位置でまとめ上げると、冠に通して美しく整えてやった。
「終わったぞ」
「ありがとな! ここに鏡があれば、仕上がりが見られるんだけどなぁ……」
林慎宇は残念そうにしながら、宝飾品が入った箱の中を漁り始めた。しばらくそうして漁っていたが、やがて彼は表面が鏡のようになった髪飾りを掘り当て、自分の顔を写して満足そうに笑みを浮かべた。
凛としていながらも、口元に称えた笑みがどこか人好きのする雰囲気を醸し出す。頭のてっぺんからつま先まで身なりを整えた林慎宇は、どこへ出しても恥ずかしくない立派な公子になっていた。
「見違えたな」
珍しく蒼淵が素直に褒めると、林慎宇は驚きに目を見開き、たちまち嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。そして蒼淵にすり寄ると、ニコニコした顔のまま口を開いた。
「どう? 惚れ直した?」
「馬鹿馬鹿しい」
期待の眼差しを向けられた蒼淵は、眉を顰めて吐き捨てる。すると林慎宇はいつものように大笑いして、彼の横にすとんと腰を下ろした。
「この宝飾品、換金したらすごい額になりそうだな」
山のような宝飾品を見つめ、林慎宇はため息を吐く。彼の家は両親が早くに亡くなったため非常に貧しく、このように手の込んだ美しい宝飾品を見たことがなかった。そんな彼の横に静かに座ると、蒼淵はさり気ない口調で言った。
「当面の生活費にはなるだろう」
林慎宇は彼の発言に驚き、思わず姿勢を正す。そして微笑ましげな眼差しで蒼淵を見た。
「当面どころか、一生遊んで暮らせるよ! お前って、神様のくせに世間知らずなんだな」
長い間、山奥の祠に閉じ込められているからというだけでなく、蒼淵には興味がないものばかりだった。食事も睡眠も必要としていないのだから、当然金など必要ない。
「だったら、この金で家でも買ったらどうだ? ここで暮らすより、遥かにまともな暮らしができるだろう?」
一生遊んで暮らせるという彼の言葉に、蒼淵は素っ気なく提案したが、内心ではどうしようもなく不安に駆られていた。林慎宇がもし「お、それもそうだな!」などと明るく言ったら、自分はどんな顔をして彼を見ればいい。
彼の心の内を知ってか知らずか、林慎宇はハハッと笑い声を上げた。
「そんなことしたら、お前がひとりぼっちになっちゃうだろ? それに、もし俺がここを出るなら、その時はお前と一緒だよ」
「無駄だと言っただろう。一生ここに住むつもりか?」
「それもいいな! でも、俺はまだ諦めてないから。幸い、俺は自由に出歩けるし、街へ行って手がかりを探ってみるよ」
いつになく真剣な眼差しを向け、林慎宇はそう言った。諦めの悪い彼に、蒼淵はフンと鼻を鳴らして顔を背ける。
「勝手にしろ」
一度は終わった話を蒸し返され、蒼淵は冷たく返す。そして呆れて言葉も出ないと言うように口を閉ざしたが、心の中では春の訪れのような暖かな気持ちが芽生えていた。しかし、林慎宇はそんな彼の様子には気付かず、足を崩してのんびりと寛ぎながら口を開く。
「俺、ここの暮らしも結構気に入ってるんだ。山の中だから食べ物は豊富だし、泉の水はすごく綺麗だし。それに、この祠の中だと食べ物が全然腐らないんだぜ?」
それから彼は箱の中身をじっくりと吟味していたが、不意に「そうだ!」と叫んで立ち上がり、隠し扉の方へ駆けて行った。
一体何を思いついたのか、蒼淵は不思議に思いながらも追いかけることはせず、その場に腰を下ろしたまま彼が帰ってくるのを待った。すると、しばらくして林慎宇は大きな甕を重たそうに持ちながらこちらへ歩いてきた。彼が一歩進むたび、その甕の中からちゃぷん、と水音が響く。
「さっき見た時から気になってたんだ。これ、絶対酒だよな?」
その大きな甕は赤い油紙で封をされていて、確かに酒のようだ。蒼淵は意地汚い彼に眉を顰め、忠告した。
「やめておけ、腹を下しても知らんぞ」
「大丈夫だって! さっきも言っただろ? この祠の中って食べ物が腐らないんだよ。きっと、お前の加護が効いてるんだな」
そう言うと、彼は静止の声も聞かず、鼻歌混じりに油紙を剥がし始める。蒼淵は呆れながらも止める事はせず、冷ややかな視線だけを送る。
封が外れた途端、たちまち芳醇な酒の香りが溢れ出た。林慎宇は嬉しそうに笑いながら、「ほら、やっぱり酒だった!」と喜んで甕の中に杯を突っ込む。そしてとろりとした琥珀色の液体を並々と掬い取ると、口を付けて一息で飲み干した。
蒼淵が固唾を飲んで見守っていると、彼は大きく目を見開き、太陽のように顔を輝かせて笑った。
「美味い! 最高の酒だよ! ほら、お前も飲んでみろって!」
蒼淵がいつものように「いらん」とぶっきらぼうに断ると、林慎宇は残念そうにため息を吐いた。
「お前って、いつもそうやって断るよな。ちょっとくらい楽しめばいいのに……」
いつもの朗らかな笑みではなく、悲しげな表情で見つめられ、蒼淵は仄かに罪悪感を感じて躊躇うも、渋い顔をして振り切るように顔を逸らす。その様子を見守っていた林慎宇は、「惜しい!」と悔しそうに言って笑った。
どうやら、ただの泣き落としだったらしい。蒼淵はそっぽを向いたまま、一人で酒盛りをする彼の声を聞いていた。
林慎宇は甕の酒をひとしきり飲んでべろんべろんに酔っ払い、しばらく蒼淵に抱きついたり話しかけたりと執拗に絡んでいたが、やがて彼の長い尻尾を抱きしめたまま眠りについた。
寝言で「でかいレンギョが獲れたぞ!」と言いながら喜ぶ彼を見下ろし、蒼淵はやれやれと息を吐く。ようやく静かになったと思ったのに、これでは身動きが取れない。彼は少し考えた後、羽織を脱いで林慎宇の体にそっと掛けてやった。
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