陽炎と裂果

かすがみずほ@理想の結婚二巻発売中

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呪いの終わり

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 銃を突き付けられ、俺たちは農園の門の前まで長い道を連行された。
 既に日が高くなり始めていて、白い朝日が眩しく田畑を照らしている。
 昨日の祭に来ていた客は全員敷地内に閉じ込められ、野外で一人一人並ばされ、黄土色の制服を着た兵達に尋問を受けていた。
 農園の柵の外側にある荒れた道には、犯罪者の護送用の馬車が止まっている。
 雨ざらしの荷台に粗末なベンチを付けただけの酷い作りのものだ。
 既に先客数人がその上に乗せられており、中には先程の会合で顔を合わせたシャールクの同胞も居た。
「……シャールクも逮捕したのか?」
 隣の検査官に問いかけると、彼は忌々しげに冷たい顔を歪めた。
「この農園の主人は反帝国分子だが、高貴な身分の上に有名人ですからね。下手に逮捕すればミシディア人共に大規模な暴動が起こる可能性がある。ただし、スパイを匿った容疑で、監視付きでこの農園に軟禁し、尋問は行う予定ですよ」
 密かに安堵した。
 帝国側も、シャールクがミシディアとの交渉の要である事をよく分かっている。
 シリウスの助力もある。
 恐らく、彼は無事だろう。
 だが、目の前で家畜のように追い立てられ、荷台に乗せられようとしているらオルファンの状況は最悪だった。
 二人でタイミングを合わせて逃げるとか、どうにか逃げる方法を考えなければ。
 せめてオルファンとアイコンタクトが取れないかと、後ろ姿を凝視する。
 その姿は驚くほど落ち着いていた。
 ――今迄の彼なら、ヴァランカに変貌していてもおかしくない状況なのにも関わらずだ。
「オルファン……!」
 彼が荷台に乗り込む瞬間、我慢できずに俺は叫んだ。
 一度だけ、長い黒髪を垂らした背中が振り返る。
「――少佐殿。お元気で」
 整った顔立ちに涼しい笑顔を浮かべ、彼はそれだけを言った。
 次の瞬間、帝国兵の御者が栗毛の馬に鞭をふるい、馬車が動き出す。
 その光景が、少年時代の別れの日の記憶を蘇らせた。
 一夜にしてあるじを失っていた彼の部屋。
 まるで彼など最初から存在しなかったかのように振る舞う、屋敷の使用人達。
 来る日も来る日も、屋敷中を、庭を、森を、寝る間も惜しんで探し続けた。
 母と兄が、俺のことを見かねて、真実を告げた。
 後先を考えなかった俺の行動のせいで彼に何かが酷いことが起こっているとは感じていた。
 それが確信に変わり、いっそ死んでしまいたいと思った。
 会いたくて堪らないのと同時に、取り返しのつかない罪を犯した自分に、もはや、彼に会う資格がないということを知って。
 ――あの時と同じことはもう、二度と繰り返したくない。
 たとえ俺の命を失ったとしてもだ。
 その一心が、マグマのように胸の奥底を突き上げ、俺の身体を動かした。
 皆の視線が護送車に集まったその瞬間――。
 後ろ手に縛られたまま、勢いをつけ、俺は思い切り検査官の男に体当たりを喰らわせた。
「がっ!」
 不意を突かれた男の脇を走って抜け、シャールクに借りた白い衣装に後ろ手に縛られた姿のまま、全速力で走り出す。
「早く捕らえろ!」
「絶対に撃つな、追いかけろ!」
 銃で撃てば下手をすれば死ぬと思ったのだろう。父親の威光を盾にするのは不本意だが、今は利用するしかない。
 二十メートルほど帝国警察を引き離し、オルファンの連れて行かれた馬車の後ろ姿を追いかける。
 だが、相手は腐っても馬車で、町外れの見通しのいい道とはいえ、どんどんその後ろ姿は小さくなっていた。
「クソ……!」
 悪態をつき、身悶えるように走り続ける俺の耳に、聞き覚えのある不思議な低い音が遠くから聞こえ始めた。
 馬車の立てる音でも無ければ、馬や、人間の足音でもない。
 それはどんどん近づいて来て、とうとう、オルファンの乗る馬車とすれ違うように道の向こうに姿を表した。
 真っ赤に塗装され、二つの丸いヘッドライトと、長くつきでたボンネットの先の金のエンブレムが金の装飾が太陽光を反射して輝くボディ。
 芸術作品のようなフェンダーと、オープンにされて太陽光を受けてキラキラと光を放つフロントのフレーム。
 シリウスのゴーストだ!
 あんな目立つ車、一度見たら忘れられるわけが無い。
「おーい! イアン!」
 宝石のような車は滑るような動きで真っ直ぐにこちらに走って来て、俺のすぐ横で停車した。
「いやはや、祭に参加するのに遅れてしまったよ。さっきの馬車に乗ってたの、君の秘書じゃあないか? ……おや、素晴らしい花婿の衣装を着ているな。泥だらけだが、とても素敵だ」
 運転席に乗っていたシリウスが、相変わらず朗らかな調子で話しかけてくる。
 後ろと横に自分の用心棒を乗せ、自らハンドルを握っているらしい。
 千載一遇のチャンスに、俺は血相を変えてまくしたてた。
「シリウスっ、親友のお前に一生のお願いだ! この縄を解いて、その車に俺を乗せてくれっ!」
「えっ?」
 シリウスの戸惑う声に被せて、帝国警察の兵士達の銃声が上がった。
「待てーっ!」
「そこの派手な自動車、止まらんと撃つぞ!」
 目の前のシリウスの端正な顔立ちが、ギョッとした風になり、俺と兵士達を二度見した。
「早く、早くしろ!」
「わわわ、分かったよ。お前達、後で迎えにくるから降りてくれないか。で、イアンの縄を解いてやってくれ。あと、僕のゴーストを撃つとか言っている不届き者の相手も頼む」
「はい、ボス」
 シリウスの我儘に慣れているのか、いかつい男達は次々に車を飛び降りて、腕力だけで俺の縄を引きちぎった挙句、武器を手に道を立ち塞いでくれた。
 瞬時にシリウスの隣の座席に飛び乗り、自由になった手で彼の肩を掴んで叫ぶ。
「シリウス! Uターンして、さっきの馬車を追いかけてくれ。出来るか!?」
「出来るか、だと。僕のゴーストはレース用の50馬力だぞ。世界で叶う相手などいない!」
 肩の上で切ったプラチナブロンドを揺らし、シリウスが見栄とハンドルを切った。
 特徴的な軽やかなエンジン音と共に、素早いレバーとハンドルの操作で車が華麗に旋回する。
「ヒューッ。まるでレーサーの手捌きだ」
 褒めると、シリウスは嬉しそうに鼻を高くした。
「何だ、やっと僕の運転の腕がプロ級だって事に気付いたのか!?」
「ああ、敬服した。シリウス、そのまま馬車を追いかけてくれ!」
「事情はよく分からないが、分かったよ。しっかり掴まっていろ、イアン!」
 シリウスがアクセルを踏み込み、車は荒れた道を物ともせず、ぐんぐん走り出した。
 いても立ってもいられず、金の縁取りをされたフロントガラスを掴んで座席を立ち上がる。
 前方に、豆粒程の護送車の後ろ姿が見えて来た。
「見えて来た! そのまま真っ直ぐだ!」
「おいイアン、掴まってろといったじゃないか! 今、時速50マイルは出ているんだぞ。君、そんな無茶をする性格だったかな!?」
「お前と会った頃は大人しかったかも知れないが、俺は元々こういう性格だ。よし、近づいて来たぞ!」
 護送車はどんどん大きくなり、すぐに目の前に迫ってきた。
 荷台に乗せられた囚人達が、目を丸くしてこちらに注目する。
 オルファンも驚愕と呆れの入り混じった顔で、首を左右に振っていた。
 だが、こればかりは遠慮できない。
「ここから、あちらの荷台に飛び移る。シリウス、前の馬車にぴったり付けてくれ! 間違ってもぶつけないように」
 横を向くと、銀髪を靡かせた友人は真っ青になって文句を言い出した。
「無茶を言ってくれるなあ! 衝突してエンジンが潰れたら、全員あの世行きだよ!? 何より、この奇跡のような素敵な車をオシャカにする気かい!?」
 気持ちは十分理解できるが、チャンスは今しかない。
「頼む。つべこべ言わずにやってくれ!」
「ひい……何て我儘で無茶苦茶な男と友達になってしまったんだ、僕は!」
 嘆きながらも、細かいギアチェンジで精緻に車を操り、シリウスが車をしっかりと護送車の後ろに付けてくれた。
 ゴーストと呼ばれるほどエンジン音が静かな車とはいえ、御者席に乗っている警備の兵が流石に異変に気付き、後ろを振り返る。
「な、何だあの車は!?」
 こんな場所で見るはずのない、流行最先端のド派手な高級車が突然現れたのを見て、相手はポカンと口を開いていた。
「今だ、行くぞ!」
 俺はフロントガラスの上枠を掴み、それを乗り越えて長いボンネットの上に飛び移った。
 四つん這いになりながら徐々に移動し、先端の、今にも羽ばたこうとする翼のある女神のエンブレムマークを手がかりに掴む。
 ちょうどその女神と同じ体勢になりボンネットを蹴った瞬間、まるで双子のように同時に、シリウスとオルファンが同じことを叫んだ。
「おい、やめろイアン!」
 だがもう、時すでに遅しだ。
 俺は向かい合わせになった囚人用ベンチの間にひらりと降り立ち、間髪入れずにそこを大股で走り抜けた。
 最後に跳躍し、こちらを向いている助手席の警備兵の顔に飛び蹴りを喰らわせる。
「ギャッ!」
 銃を背負ったまま、兵士が馬車の脇から地面に落ち、勢いよくゴロンゴロンと後方に転がった。
「ぎゃっ! イアンっ、僕の車を人殺しにさせる気か!?」
 後ろでシリウスが悲鳴を上げながら、兵士の身体を間一髪のハンドル捌きで避けた。
 お前の運転の腕ならば大丈夫だと思ったのだと、後で言い訳をするしかない。
 俺はそのまま、御者の隣にどっかりと座った。
「やあ、今朝はいい天気だな。気分はどうだ?」
 敢えて帝国紳士らしい話題を振ると、御者は真っ青になり、震えながら俺に手綱を渡して来た。
「宜しい。申し訳ないが、貴殿も降りてくれると非常に助かる」
 かっちりとした帝国語で頼んだのが効いたのか――御者の彼は、即座に馬車を飛び降りてくれた。
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