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命懸けの提案
俺は呆然となりながら話を聞いていた。
「では、わたくしが王子でないことがバレたのは……」
「そういうことだ。この卑しい詐欺師め」
容赦なく罵られてガックリ肩を落とす。
なんてことだろう。
この世界には、俺の知らないことがまだまだあったのだ。
たしかに『トゥーランドット』でも、姫の殺戮はロウ・リン姫の悲劇が原因で、彼女の為の復讐なのだと語られる下りがある。
けれど、オペラの物語では、こんな複雑な背景は全く語られていなかった。
そもそも、姫は女だったし……。
姫が女装の男で、呪われててって、こんな訳あり過ぎる事態、手に負えないよ!
だけど、望みがあるとしたら……。
ごくんと唾を呑んで、俺は美しいトゥーランドット――いや、俺よりも六歳も年下の、若く麗しい十八歳の皇子インジェンに、精一杯頭を下げた。縛られてるから、無理があるけど。
「……殿下。わたくしのような卑しきものに真相を教えていただき、心の底から感謝いたします。御礼は出来ませんが、あのう、ひとつ、ご提案が……」
「もうこれ以上、貴様のようなものと利く口はない。――おい誰か! この男の首を刎ね、城から捨てよ!」
容赦のない命令が飛び、屈強な体格の宦官達がどこからともなく現れて、縛られた俺を取り囲んだ。
ヤバい、このままじゃ本当に殺される!
俺は慌てて、皇子に向かって必死に叫んだ。
「殿下! わたくしめが何故、三つの謎に答えられると確信を持っていたのかを、知りたくはございませんか!」
インジェンが何も答えずに片眉を上げ、腕を組む。
「……」
「お願いです! あなた様の謎を一つでも良いので、お聞かせください! 必ずや解いてみせます!」
俺を捕まえているおっさんが、泡を食って怒り出した。
「こやつ、何という無礼を申すのじゃ! 王子以外挑戦の許されぬ謎を……!」
口が塞がれそうになり、必死でもがく。
抵抗も虚しく宦官の肩に背負われ、連れ出されそうになった時――皇子が唇を開き、歌うように言葉を紡ぎ始めた。
「……昏《くら》き夜に飛ぶ虹の幻影……闇の中を翼を広げて高く舞い……世の誰もがそれに焦がれ、探し求める。……だがその幻影は夜明けとともに死に、かき消える……。心の奥底に毎日生まれ、毎日儚く死んでいくもの。――それは」
謎かけを聞きながら、俺は悟った。
――この謎は、皇子の心を表している。
毎朝、太陽が昇るとともに女の服を着、他国の王子を籠絡し、殺さなければならないことに絶望し、それでも、いつかは呪いが解けると僅かな望みを胸に抱こうとする、彼の。
俺は顔を上げ、はっきりと答えた。
「それは、『希望』です……! 殿下」
皇子の美しい瞳が大きく開き、一瞬煌めく。
「何故、だ……お前のような下賤のものが解ける謎ではないはず」
「わたくしは、この世界の秘密を、これから起こるはずの未来をあらかじめ知って、別の世界からやってきた人間なのです。……だから、謎が解けたのです、殿下。……わたくしめは、あなたさまが次にどんな謎を出すのかも、既に知っております。次の謎の答えは、『血』。そして、最後の謎の答えは、『トゥーランドット』……あなたさま自身です!」
「……そんな……そんなことが、あり得るのか。お前は、人の心を読む妖魔か何かか」
インジェンが動揺しながら椅子から立ち上がる。
俺は死に物狂いで食い下がった。
「違います、殿下。ただ、未来を少しだけ読める、ただの奴隷でございます。そして残念なことに、そこまで知っているわたくしですら、貴方様の呪いを解く方法が分かりません。しかし、わたくしめならば、呪いを解く方法を探すのをお手伝いすることが、きっとできます!」
これはもう、賭けでしかない。
殺されるならば、最後まで足掻いてやるという俺の覚悟だ。
そして、インジェン皇子は――。
警戒して顔をこわばらせながらも、冷たい笑みを浮かべた。
「……妖魔め……怨霊といい勝負という訳か」
長いため息が、形のいい唇から漏れる。
「その者を離してやるがいい。縄を解き、お前たちの寝所に連れてゆけ」
皇子が宦官に命令して、やっと、俺の身体は床におろされた。
ほっとし過ぎて、うっかり漏らしそうだ……。
縄を解かれながらグッタリしてる俺を睨みつけて、皇子は言った。
「……次の満月まで、お前の処刑を待ってやろう。それまでに、私にかけられた呪いの解呪方法を探すのだ。……お前の身分は、私のそば付きの宦官ということにする」
ヒッと息を呑んだ。
玉の輿どころか、玉喪失!?
「ま、まさか、わたくしは宝貝《ちんちん》を切られてしまうんですか……!?」
「貴様は阿呆か。そのようなことをすれば、次の満月までお前は寝たきりになって、謎解きどころではなかろう」
確かにな!
ひええ、良かった。チンチン切られなくて。
そもそも姫は男だから、側仕えのものがチンチンあっても心配なさそう。
「……有難うございます! 殿下を必ず、ハッピーエンドの主人公にしてみせますから!」
「はぴ……えん……?」
「いえ、こちらの話です」
命が助かった安堵で、うっかり前世の言葉を口走っちまった!
慌てて口をつぐみつつ、ふと疑問が浮かんだ。
俺がインジェン皇子の呪いを解いたとしても、「トゥーランドット」とは、全然違うハッピーエンドになりそうだけど、いいのかな?
うーん、悩んでも仕方がない。
とにかく命が長らえたんだ。
玉の輿っていう目標は無くなっちまったから、今日からこの話の副題をみんなの脳内で「生き残り戦記」に訂正してくれよな。
明日から謎解き活動を頑張ろう、俺!
「では、わたくしが王子でないことがバレたのは……」
「そういうことだ。この卑しい詐欺師め」
容赦なく罵られてガックリ肩を落とす。
なんてことだろう。
この世界には、俺の知らないことがまだまだあったのだ。
たしかに『トゥーランドット』でも、姫の殺戮はロウ・リン姫の悲劇が原因で、彼女の為の復讐なのだと語られる下りがある。
けれど、オペラの物語では、こんな複雑な背景は全く語られていなかった。
そもそも、姫は女だったし……。
姫が女装の男で、呪われててって、こんな訳あり過ぎる事態、手に負えないよ!
だけど、望みがあるとしたら……。
ごくんと唾を呑んで、俺は美しいトゥーランドット――いや、俺よりも六歳も年下の、若く麗しい十八歳の皇子インジェンに、精一杯頭を下げた。縛られてるから、無理があるけど。
「……殿下。わたくしのような卑しきものに真相を教えていただき、心の底から感謝いたします。御礼は出来ませんが、あのう、ひとつ、ご提案が……」
「もうこれ以上、貴様のようなものと利く口はない。――おい誰か! この男の首を刎ね、城から捨てよ!」
容赦のない命令が飛び、屈強な体格の宦官達がどこからともなく現れて、縛られた俺を取り囲んだ。
ヤバい、このままじゃ本当に殺される!
俺は慌てて、皇子に向かって必死に叫んだ。
「殿下! わたくしめが何故、三つの謎に答えられると確信を持っていたのかを、知りたくはございませんか!」
インジェンが何も答えずに片眉を上げ、腕を組む。
「……」
「お願いです! あなた様の謎を一つでも良いので、お聞かせください! 必ずや解いてみせます!」
俺を捕まえているおっさんが、泡を食って怒り出した。
「こやつ、何という無礼を申すのじゃ! 王子以外挑戦の許されぬ謎を……!」
口が塞がれそうになり、必死でもがく。
抵抗も虚しく宦官の肩に背負われ、連れ出されそうになった時――皇子が唇を開き、歌うように言葉を紡ぎ始めた。
「……昏《くら》き夜に飛ぶ虹の幻影……闇の中を翼を広げて高く舞い……世の誰もがそれに焦がれ、探し求める。……だがその幻影は夜明けとともに死に、かき消える……。心の奥底に毎日生まれ、毎日儚く死んでいくもの。――それは」
謎かけを聞きながら、俺は悟った。
――この謎は、皇子の心を表している。
毎朝、太陽が昇るとともに女の服を着、他国の王子を籠絡し、殺さなければならないことに絶望し、それでも、いつかは呪いが解けると僅かな望みを胸に抱こうとする、彼の。
俺は顔を上げ、はっきりと答えた。
「それは、『希望』です……! 殿下」
皇子の美しい瞳が大きく開き、一瞬煌めく。
「何故、だ……お前のような下賤のものが解ける謎ではないはず」
「わたくしは、この世界の秘密を、これから起こるはずの未来をあらかじめ知って、別の世界からやってきた人間なのです。……だから、謎が解けたのです、殿下。……わたくしめは、あなたさまが次にどんな謎を出すのかも、既に知っております。次の謎の答えは、『血』。そして、最後の謎の答えは、『トゥーランドット』……あなたさま自身です!」
「……そんな……そんなことが、あり得るのか。お前は、人の心を読む妖魔か何かか」
インジェンが動揺しながら椅子から立ち上がる。
俺は死に物狂いで食い下がった。
「違います、殿下。ただ、未来を少しだけ読める、ただの奴隷でございます。そして残念なことに、そこまで知っているわたくしですら、貴方様の呪いを解く方法が分かりません。しかし、わたくしめならば、呪いを解く方法を探すのをお手伝いすることが、きっとできます!」
これはもう、賭けでしかない。
殺されるならば、最後まで足掻いてやるという俺の覚悟だ。
そして、インジェン皇子は――。
警戒して顔をこわばらせながらも、冷たい笑みを浮かべた。
「……妖魔め……怨霊といい勝負という訳か」
長いため息が、形のいい唇から漏れる。
「その者を離してやるがいい。縄を解き、お前たちの寝所に連れてゆけ」
皇子が宦官に命令して、やっと、俺の身体は床におろされた。
ほっとし過ぎて、うっかり漏らしそうだ……。
縄を解かれながらグッタリしてる俺を睨みつけて、皇子は言った。
「……次の満月まで、お前の処刑を待ってやろう。それまでに、私にかけられた呪いの解呪方法を探すのだ。……お前の身分は、私のそば付きの宦官ということにする」
ヒッと息を呑んだ。
玉の輿どころか、玉喪失!?
「ま、まさか、わたくしは宝貝《ちんちん》を切られてしまうんですか……!?」
「貴様は阿呆か。そのようなことをすれば、次の満月までお前は寝たきりになって、謎解きどころではなかろう」
確かにな!
ひええ、良かった。チンチン切られなくて。
そもそも姫は男だから、側仕えのものがチンチンあっても心配なさそう。
「……有難うございます! 殿下を必ず、ハッピーエンドの主人公にしてみせますから!」
「はぴ……えん……?」
「いえ、こちらの話です」
命が助かった安堵で、うっかり前世の言葉を口走っちまった!
慌てて口をつぐみつつ、ふと疑問が浮かんだ。
俺がインジェン皇子の呪いを解いたとしても、「トゥーランドット」とは、全然違うハッピーエンドになりそうだけど、いいのかな?
うーん、悩んでも仕方がない。
とにかく命が長らえたんだ。
玉の輿っていう目標は無くなっちまったから、今日からこの話の副題をみんなの脳内で「生き残り戦記」に訂正してくれよな。
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