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田中の挑戦

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 暗い考えに取り憑かれた僕は、つい、食堂から玉置さんにlimeしてしまった。
『師匠、ダメです。殴られはしなかったけど、そもそも彼、僕の存在自体を忘れてたみたいです』
 limeがすぐに既読になり、素早く返信がくる。
『接点のない人間は、たとえ同じ組織に属していても他人のようなもンですからなぁ。いきなり声をかけるンじゃなく、もう少し自然な方法で接点を持ってはどうなンです? 例えば、同じ授業を取ってさりげなく近くに座るとか――』
 なるほど、その手があったか……!
 玉置さん……!
 なんて頼りになるいい人だ。
 そうだ、僕のこの体型は、もともと人に覚えられやすいはず。
 会話せずとも、常に世羅の視界に入るようにすれば、嫌でも世羅の意識の中に僕という人間が印象づくはず……そうなれば、もしかしたら思い出してくれるかも……!?
「ありがとうございます。僕、もうちょっと頑張ります」
 お礼の返信をすると、玉置さんの推し作品、赤ちゃんを背負った「子連れ忍者」のお辞儀スタンプが送られてきた。
 ああ、僕は一人じゃない。
 今の僕には応援してくれる同人仲間がいる……!! 諦めないぞ……!!
 改めて心に誓いながら、僕はうどんの器を持ち上げ、中身をざーっと胃の中に流し込んだ。


 僕は世羅をストーカーして、彼がどんな授業にでているのかを調査した。
 法学部の彼とできるだけ同じ授業に潜り込みまくる、という作戦だ。
 ところが、世羅は大教室で行われるようなオープンな授業の科目はほとんど1、2年時に単位を取り尽くしているらしく、3年生の今は、文学部・史学地理学科の僕の潜り込めそうな授業はほとんど履修していないことが分かっただけだった……。
 他にどうにかして、合法的に彼の視界に入る手段は無いのか!?
 考えあぐねた末、苦肉の策として、教室棟の向かい側にある、入学してからこのかた一度も足を踏み入れたことのない、僕の大学の「サークル棟」を訪ねた――。
 食堂のある「フェアタワー」の裏手、有名アニメの「呪力開戦」に出てきそうな廃墟……かと思いきや、全くの現役の建物、それがこの大学のサークル・部室棟だ。
 なぜか大学案内にはこの棟のことは載ってない。
 大昔は学生運動が激しかったらしいから、そのせいかもしれない……。
 僕も一応、一年の頃から「ボードゲーム・漫画研究会」っていうサークルに属してはいたんだけど、二年になったあたりで僕以外のメンバーがみんなフェードアウトして、有名無実になってしまったんだよな。
 もちろん、サークル室なんていう立派なものは最初からなかった。
 すれ違う大学生がみんな陽キャっぽく見えてビクビクしながら、崩れそうにボロい階段を登っていく。
「えーと、423号室……423号室……」
 噂に聞いた、世羅の所属するサークルのサークル室番号を口に唱えながら廊下を進むと、派手な装飾で飾られた古めかしい扉に行き当たった。
 扉には、破れかけの新歓チラシのようなものが貼ってある。
 どれどれ……読んでみるか。
『ハッピーな明正大学のみんな~! 完璧な大学生活を送ってみたいと思いませんか? テニスサークル『mappy』は、アオハルしたいそんなあなたの味方です! 練習はいつでも参加自由だから、ちょっと体を動かしたい、まったり運動を楽しみたい人も、ガチでテニスをやりたい人もOK⭐︎ 飲み会に夏キャンプ、合宿にクリスマス会、イベント盛りだくさん! 新入メンバー、いつでも募集中! 詳しくは下記の連絡先まで――』
 チャラ度マックスの新歓チラシ文面に容赦なく攻撃され、ドアを叩く前から僕のHPが1になった。
 う、おおおおお……こ、こんな所で怯んじゃダメだ!
 今日は、この、世羅と同じサークルに入るために、ここに来たのだから……!
 両拳を握りしめてアニメキャラよろしく覇気を高め、渾身の力で扉をノックする。
 ……シーン。
 は、反応がない?
 不安になりながら佇んでいると、中から扉が開き、『代々木坂48』でセンターになっててもおかしくないような綺麗な顔立ちの、ミニスカートの女子大学生が出てきた。
「はーい、どうしましたー?」
 爽やかな感じで出てきたのに、僕の姿を見た途端に顔色が一変する。
 何も言わずに目の前で扉をバタンッと閉められて、僕は必死で叫んだ。
「あっ、あのっ! サークルに入りたくて来たんですけどっ!」
 ドンドンドン、ともう一度激しくドアを叩く。
 すると、しぶしぶ、という感じでさっきの女子が、10センチくらいドアを開け、隙間から汚物を見るような視線を投げかけて来た。
「今は募集してないです。新歓期間だけです」
「で、でもっ、このドアのチラシにはいつでも募集中って書いてありますけどっ」
「それ、数年前に作った古いやつだし、和泉キャンパスの新入生向けに作ったフライヤーなんで。とにかく、四月にならないと募集してないです」
「じゃあ、四月になったら入れてくれますか!?」
「……。ウチはセレクションあるんで、必ず入れる保証はないと思います。テニスもある程度できなきゃいけないし、動ける人じゃないとね」
 つっけんどんな言葉と冷笑を含んだ視線がプイとそらされて、バタンと鼻先で扉が閉じられた。
 セレクション……容姿と運動能力、性格の陽キャさをサークル所属員が診断して、入会希望の新入りを、入れるか入れないかジャッジすると言う、大学花形サークルの差別的な悪習だ。
 世羅のやつは当然、受かったんだろうな……。
 普段は女子を盾にして壁を作り、更に陽キャテニスサークルというイケメン領域展開で僕を殺しにかかってくるなんて……!
 陰キャのカーストど底辺モブは、世羅ゾーンに入ったが最後、「ひでぶ!」と叫んで死んでいくしかないってことなのか――!?
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