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田中の戦い

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 決意した翌日、僕はヘイザップの門(?)をたたき、その場で契約した。
 入会前に、受付してくれたお姉さんに一通り話を聞いたけど、ヘイザップは噂通りに凄かった。
 まず体組成計で筋肉量、脂肪量、筋肉の左右バランスなどをくまなくチェックされて、どんな身体を目指すのか、どのくらい痩せたいのか、きめ細やかなカウンセリングを受ける。
 その上で、入会後はトレーナーと一対一の運命共同体となり――つまり、常に監視されてる逃げられない環境で継続的に筋肉トレーニングをしつつ、毎日の食事を報告しなければならない義務を課せられ、厳しい食事制限をすることになったのだ。
 パンをおかずにご飯を食べる勢いの炭水化物大好きマンの僕なのに、一日に摂取できる糖質がたったの50グラム……!
 ご飯茶碗中盛り一杯分で既に50グラムになる。
 ちなみに糖質は根菜とか、一見炭水化物じゃなさそうなものにも結構含まれており……。
 つまり、白米なんてもう食べられないのだ。
 うどん、パン、パスタ、肉まんなど、もってのほか!
 お菓子なんて食べたら、気分はもう裏切り者の犯罪者。
 町を歩きながら、漂ってくる美味しそうなベーカリーの匂いに本気で涙したことも一度や二度じゃないくらいに徹底的に追い込まれた。
 二十四時間、お腹が空いて辛いのに、体力のない身での有酸素運動の辛さったらない。
 でも、何もかも、アスワドのため……!
 出るはずだった「トリ娘これくしょん」のオンリーイベント※も欠席することにして、僕はダイエット修行に全集中した。
 どんなに辛くても、白米を思って涙を流しても、前世を思えば、自分を鼓舞することができる。
 そのおかげか、少しずつ成果が出てきたその頃――。
 意外な事件が起きた。
 僕のSNSに初めて、「マシュマロらぶ」さんから直にダイレクトメールが届いたのだ。

「突然のDM、本当に申し訳ありません。築山さん、最近滅多にタイムラインに浮上されなくなってしまった上に、トリ娘のオンリーも欠席されると伺って、居ても立っても居られなくなり、ついにDMしてしまいました。読み専※が突然の無礼、お許しください。
こんなプライベートなことを伺ってしまうのは本当に申し訳ないのですが、この前も緊急事態と仰っていましたが、もしかして、ご病気をされていたりするのでしょうか。心配で心配で、夜も眠れません。私は、築山さんのお人柄の表れた、優しくて愛に溢れたエッチな漫画が本当に大好きです。新刊はいつまででも待てます。築山さんが健やかに幸せに過ごされていることを、心から願います」

 ちょっと行き過ぎな愛と、優しい心遣いに溢れたメッセージに、涙が溢れそうになった。
 顔も知らないのに、田舎にいる僕の両親や姉なんかよりもずっと僕の性癖を知り尽くし、そして誰よりも心配をしてくれる……この世のどこかにいる、男か、女かもわからない誰か。
 どうしてこの人はそんなにも、僕の作品どころか、僕のことまでも、そんなに気にしてくれるんだろう。
 僕なんて、同人誌出さなかったら、誰の役にも立てない、何の取り柄もない人間なのにな。
 スマホを操り、言葉を選びながら、僕はこれまた初めて、「マシュマロらぶ」さんにダイレクトメールをした。

『マシュマロさん、あたたかいメッセージを本当に有難うございます。マシュマロさんが優しすぎて泣きそうです。
ご心配をお掛けして、申し訳ありません。僕が最近、タイムラインに浮上していないのは、病気だからでも、何か事件があったからでもないんです。
そして……次の夏コミも、申し込みはしたけれど、新刊は出せるかどうか、自信がないです。
実は、私生活で、同人活動以外にやりたいことができてしまって。
その……エロ漫画描いてるくせにこんなこと言ったら引かれるかもしれないけど、マシュマロさんだけに打ち明けると……恋愛関係です。
そんな訳で、僕自身は健康に過ごしているので、あんまりZに浮上できなくても、どうか心配しないでくださいね!
どうかマシュマロさんも、お元気で』

 送信ボタンを押して、Zの画面を閉じる。
 ちょっとぶっちゃけ過ぎちゃったかもしれないけど、なんでか、心の友のマシュマロさんには知ってて貰いたいような気持ちになってしまった。
 知りたくもない僕の素顔を知って、もしかしたら失望されるかもしれないけど……。
 他にも、心配させるといけないと思って、いつも売り子をお願いしてるコスプレイヤーの二人、ミキちゃんマキちゃんにもlimeして、事情を打ち明けた。
 ダイエットするために、生活のリズムを整えるので、しばらく漫画は描けないって。
 そしたら、彼女達は即返信をくれて、協力するって言ってもらえた。
 コスプレイヤーさん達は、ダイエットと美容とヘアメイク、顔面作りのストイックなプロだ。
 僕が痩せた上で、彼女達の協力があれば、mappyのセレクション、もしかしてもしかして、受かるんじゃないのかな……!?


◇ ◇ ◇


 当初は涙が止まらなかった熾烈な食生活にも慣れ、寒さが緩んでくる頃――。
 僕のダイエットはかなり成功に近づいていた。
 筋肉量が増え、体脂肪率が人並みのレベルに近づいてくると、今まで着ていた服が全部、ブカブカになってくる。
 特にズボンはみんな買い直しだ。
 そして、ダイエットに取り組み始めて三ヶ月目の三月末――服を選んでもらうため、ミキちゃんとマキちゃんに久しぶりにリアルで会ったら、メチャクチャに驚かれた。
「やだ、もっちー! 今まで全然分かんなかったけど……実は色素薄い系の、高身長イケメンだったんだ……!?」
「もっちーお肉が消えて顔立ちがスッキリしてきてるじゃん! ミキちゃん、これメイクして髪染めたら絶対、王子様みたいな見た目にならん!?」
「なるなるー!! 『呪力開戦』の四条先生のコスプレとか、似合いそう!! でも、髪型がなぁ……」
「じゃ、そーいうことで、もっちー、行くよ!」
 僕本人を置いてけぼりにして盛り上がる二人に、美容院に強制連行された。
 髪の毛なんて、いつも地元のきゅうベェカット1000円しか行ったことない。
 コミュ障なので、そこにすらなるべく行かずに済むように、髪型も常に限界までスポーツ刈りして、伸び放題になったら仕方なくまたきゅうベェに行くの繰り返しだった。
 今回は伸び放題で入店して、三時間も時間かけて、カット、カラーリング、トリートメント、更にはスタイリングされ、なんと僕の髪型が、テレビで見たことあるサラサラの韓流アイドル風に。
 髪型の再現方法は、美容師さんが事細かに教えてくれたものをメモして、動画もミキちゃんが撮ってくれた。
 二人に言わせると、いいカットでかっこいい髪型にしても、スタイリングしなければ宝の持ち腐れらしい……今までネグセと共に生きる人生だったから、全然知らなかった。
 服も、二人にデパートに連れて行かれ、いつもの買ってるウニクロの十倍ぐらいするコーディネートでガッチリ武装。
 ちょっとはずかしいけど、まるで雑誌のモデルさんみたいな外見になって、鏡を見ても一瞬、自分とは気付かないレベルだ。
 正直、こんなに急に色々変わるの、かなり照れ臭い。
 街を歩きながら恥ずかしさのあまり無言になってたら、二人に両隣を囲まれた。
「もっちー、体幹鍛えた? 前は猫背だったけど、背筋、断然良くなってるよ!」
「ファッションと髪型が良くなっても、最後はやっぱ、背筋だもんね! レイヤーも体幹が命!」
「うん、絵、描いててもそんなに疲れなくなった気がするんだよね……ありがと……」
「もっちー、そのオドオドした喋り方も可愛いけど、変えちゃいなよ!」
 バーンと両側から背中を叩かれて、タジタジとなる。
「いや、喋り方までは流石にどうにも……」
 明るいお姉さん二人の押しの強さは、出会った頃と全然変わらない。
 この二人はもともと、僕が描いてる美少女ゲームのコスプレをしており、Zで僕のことをフォローしてくれていて、売り子募集に手を上げてくれたのが出会いのきっかけだ。
 今じゃすっかり遠慮ない感じだけど、大事な戦友。
 ヘイザップと、そんな二人のおかげで、僕の見た目は、ちょっとだけ前世に近くなった……気がする。
 髪の色は銀にする勇気とかとてもないから、素の茶色っぽい黒髪のまんまだけど。
 これなら、もしかしたら世羅も、前世のことを思い出してくれるかもしれない……。
 ――それからも、二人の協力を時々もらいながら、僕はダイエットを続けた。
 ……そしてついに、運命の日がやってきたのだ。
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