【R18】竜の器【完結済】

かすがみずほ@理想の結婚二巻発売中

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番外編

ラファト皇子の着道楽1

 ラズワルツ帝国の北の要衝、ナハル。
 ナハルは険しい山岳から流れ込む豊かな川の水に支えられた都市である。
 古くから水路を通じた南北の行商人の行き来が盛んで、帝国の歴史の教科書にもよく登場する。
 街壁に設けられた石の大門に入れば、広い大通りには樫の焦茶と漆喰の白が美しい三階建ての建築物が立ち並ぶ。
 一階は全て店舗で、その前の石畳にも色とりどりの敷物が並べられ、ありとあらゆる品が売られていた。
 街の賑わいは帝都にも負けない程である。
 そんな華やかな昼間の街の人混みに、イドリスはひっそりと紛れ込んでいた。
 軍服を北方風の地味な覆い布で隠し、行商人のようなふりをして――。
 目的はドラゴンの餌の買い付けだ。
 解体された枝肉を買い、別の店で手に入れた大きな麻袋に入れて持ち帰る。
 なかなかの重労働な上、サキルは人里から離れた場所に隠してあるため、ここまでの移動にも時間を要した。
 できる限り目立たず、そして迅速に行動する必要がある。
 イドリスは自分の容姿が地味なことにかけては自信があった。
 今回も素性に気付かれることなく目的を遂げられるだろう……と、思っていたのだが――。
 忍んできたはずのイドリスを待っていたのは、こちらに向かって一斉に集中する、街ゆく人々の好奇の視線だった。
 原因はどう考えても、イドリスの逞しい二の腕に両腕を巻き付かせ、必死でしがみついている隣の男のせいだろう。
 彼の鍛え上げられた大柄な身体や、その長身はこの地方では珍しくはない。
 だが、服がまず目立っている。
 所々に土汚れのついた麻のチュニックとズボンを身に付け、更に決して綺麗とは言い難い茶色い毛皮のコートを被った姿は、完全にもっさりした山男で、街中では強烈に浮いていた。
 長時間ドラゴンに乗っているうちに風でボサボサになった髪は顔を覆い隠し、その白っぽい色と腰まである長さも相まって、もはや尋常でない怪しさを醸し出している。
 その上に恋人のように――いや、恋人なのだが――ベッタリとされると、否が応でも目立つのだ。
「……おい、ラファト。何度も言ってるが、人前でそんなにくっつくと変な目で見られる。少し離れろ」
「やだ」
「やだじゃない。怒るぞ」
 本当はサキルの所に置いてきたかったのだが、今の彼は長時間の留守番が出来るような状態ではない。
「ううう……」
 ラファトは両手を離したが、その距離は未だ、肩がぶつかる程に近い。
 しかも彼は俯いたままグスグスと鼻を啜りはじめた。
「人、いっぱい。怖い」
「仕方ないだろう、街なんだから」
 イドリスは呆れつつ、ラファトの背を撫でた。
 記憶を失ったこの男と再会してから、既に四日が経つ。
 当初はドラゴンに乗るのも断固拒否していたが、今はようやく落ち着いて二人で飛行できるようになったところだ。
 ところが中身の幼さゆえなのか、イドリス以外の人間に対しては、ひどい人見知りを発揮し始めていた。
「ほら、前を向いて歩け。肉を買うついでに、林檎も買ってやるから」
 ラファトがしぶしぶ顔を上げ、軒を並べている賑やかな店々に視線を移す。
 木箱に入れられた新鮮な野菜や果物の並んだ八百屋、釜から煙を出しているパンを売る店、鍛冶屋に酒場、両替商、高価な宝石を並べた宝飾品店――あらゆるものが、キラキラとした陽光に彩られている。
 目当ての肉屋を探し、あちこちの店を覗き込んでいると、突如、ラファトがハッとした表情になり、イドリスの隣を離れた。
「!?」
 彼はあちこちで通行人に肩をぶつけ、罵声を浴びながら、気にすることもなくどこかへ向かっている。
「おい、いきなりどうした!?」
 イドリスは驚き、急いでその背中を追った。
 見ると、ラファトが向かったのは糸巻きをかたどった看板をぶら下げた、仕立て屋の店先だ。
 看板には「カヤットの店」と帝国語で書かれている。
 仕立て屋は通りに向かって鮮やかな臙脂色の庇を出し、その下に色鮮やかな布の見本をいくつも吊るした物干し竿を置いていた。
 建物の開口部は広く、その奥は工房になっており、粗末な椅子に座った数人のお針子の女性たちが布にまみれて作業している。
 工房の入り口近くに置かれたトルソには、出来上がったばかりなのか、ラメの入った真っ赤な長マントが掛けられていた。
「あれ。欲しい」
 ラファトが仕立て屋の店先に立ち、いかにも派手で目立つ、その赤いマントを指差す。
 もちろん、大抵の我儘なら叶えられるだけの金はあるが、ただでさえ目立つ男が、こんな奇抜な色のマントを身につけたらーー。
 想像して、イドリスは額を片手で押さえた。
「……ラファト……あれは目立ちすぎる」
「……?」
「しかも、あそこにかかっているということは、誰かが既に注文したものだ。お前が欲しいと言ったからと言って、すぐに売ってもらえるようなものでもない」
「……やだ。あれほしい」
 ラファトは地面に座り込みを始め、軒先でテコでも動かなくなってしまった。
 まるで小さな子供だ。
 だが背丈だけはイドリスと同じくらいあるので、無理やり連れて行こうにも骨が折れる。
 このままではサキルに食料を買うこともできない上に、仕立て屋の営業妨害にもなってしまう。
 途方に暮れていると、とうとう店主と思われる男が、工房の中からむっつりとした仏頂面で出てきた。
 店主は瘦せぎすのヒョロリとした男で、ピンと毛先の跳ねた細い口髭に、黒髪をぴっちりと七対三に分けて固め、かっちりした黒ベストにキュロットを身につけた、いかにも神経質そうな風体だ。
 おかしな男が自分の店の前で座り込みをしているとなれば、怒って追い払いに来るに違いない。
 イドリスは焦り、ラファトの背中をさすった。
「ほら、立て。人の迷惑だろう」
 案の定、「カヤットの店」店主のカヤットと思われる彼が、凄まじい形相でこちらに迫ってくる。
「――済まない、この男はちょっと心の病にかかっていて」
 ラファトを庇うように前に立つ。
 だが言い訳も虚しく、店主は眉を吊り上げたまま、イドリスの横をぐるっと回った。
 流石のラファトも異様な空気に気付き、立ち上がる。
 そして――店主は腰にベルトで付けた、仕立て屋七つ道具の入った革の小物入れから巻尺を取り出し、ラファトに掴み掛かってきた。
「あなたッ!! なんって完璧な、理想の体型をしているの!?」
 その第一声に、イドリスの目が点になった。
 店主はラファトを無理矢理に真っ直ぐに立たせて巻き尺をあて、身体中の寸法を測っている。
「ここも完璧、あっちも、こっちも、ここのサイズもやっぱり全部、非の打ちどころなし! 体格に合った肩幅に、腰は締まってお尻は小さく、更に脚や腕の理想的な長さ。指先までしなやかな筋肉と、この優雅な骨格の美しいこと。ああ、それにしてもこの腰のライン。しっかりと鍛えてあるのに、何一つ無駄がない……!!」
 ラファトは腕を上げさせられたり身体を回されたりしながら、垂れ下がった髪の毛の間からすがるような目でこちらを見てくる。
「帝都の一流の人気役者も、鍛え抜かれた竜騎兵も、こんな完璧な身体はしていないわ。それなのに、この子はなんて格好をしているの。こんなブカブカでヨレヨレのチュニックなんか着せて、あり得ないわ!!」
 店主が振り返り、キッとイドリスを睨んでくる。
「ちょっと貴方、この子を借りるわよ!!」
 勢いに飲まれ、イドリスは思わずコクンと無言で頷いてしまった。
 店主はスチャッと音を立てて早業で巻尺を纏めて仕舞うと、パンパンと両手を打ち合わせた。
「皆さあん! 一旦手を止めてちょうだい。この髪の長い子を奥に連れてって、裸に剥いて、全身お湯で拭いて綺麗にしてあげてちょうだい! それと、服は私が持って行くわ。とっておきのがあるの」
 工房で布と糸に塗れて作業をしていた女たちが、一斉に作業を中止して、わらわらとこちらに群がってきた。
 妙齢の女たちの白い手が伸びてきて、ラファトを揉みくちゃにしながら中に連れていく。
「あらまあ、見てちょうだい、この子の顔だち。顎がほっそりとして、女の子みたいに睫毛が長くて、なんて綺麗な鼻の形。肌なんて、キメが細かくてまるでシルクだわ」
「ねーえ、この髪、本物の銀髪だわ! クセがなくてコシがあるから、きちんととかしたら素晴らしい色と艶なんじゃないこと?」
 彼はそのまま工房の奥の部屋に連れ去られ、更に扉がパタンと閉じられた。
 店主は大急ぎで工房の奥に入ってゆき、クローゼットのように服の並んだ倉庫の中を鬼気迫る勢いで漁っている。
 イドリスは彼を追って工房の中まで入ってきたものの、一人取り残されたまま、幼い雛を攫われた母鳥のような不安に駆られた。
「お、おい。俺たちは行商の旅の途中で急いでいる。あまり時間がないのだが」
 店主に声を掛けたが、まるで聞いていない。
「……ああ、なんてことかしら、どうしましょう。……私は去年まで、服作りの修行の為に帝都にいたの。その時、この世のものとは思えない完璧な男性の身体を一度だけ見たわ。彼を一目見た瞬間、あの生きた彫像のような素晴らしい彼の造形が一生忘れられなくなった。――ドラゴンに乗っていらしたのを遠くから見ただけだから、顔はよく見えなかったのだけれど――あの子の髪の色と身体はそう、瓜二つよ。――憧れのあのお方に……ラファト皇子に!!」
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