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婚活再開しました

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 はっ、……恥ずかしぃ……。
 ただの犬を犬塚さんと勘違いするなんて……。
「全くあんたは、綺麗な人ならすぐ誰にでも懐くんだからー! ほら、離れなさいってば!」
 俺の上にのしかかっていた犬が首根っこを引きずられて離される。
 その後ろから、飼い主さんと思しきデニムと犬シルエットのTシャツを着た女性が心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
 ポニーテールでノーメイクだけど、すごい美人だ。
「大丈夫ですか? あらまーっ、ステキなスーツが埃まみれ……っ! ごめんなさいねークリーニング代出しますから……っ」
「イヤイヤそんなのいりませんって! 俺が勝手に倒れただけですし!」
 恐縮しつつ慌てて立ち上がり、パンパンと背中や尻から埃を払う。
「でも……あっ」
 俺と話して油断していた飼い主さんの横で、またゴールデンがダッと走り出した。やって来た方向に引き返すように、あっという間にその後ろ姿が消えてゆく。
「あ……んのバッカ犬! ナオト! 待ちなさーい!!」
 女の人は全速力で飼い犬を追いかけてゆき、その背中も瞬く間に橋の向こうに消えてしまった。
「……。犬塚さんじゃ、なかった……」
 逢えたと思ったのにな……。
 心の底からガッカリして、それから落ち込んだ。
 俺、本当にあの人のこと忘れられてねぇんだなって。
 忘れられるどころか、時間が経つにつれて思いが強くなってるなんて……。
 こうなってくると、あの当時は色んなことで混乱してよく分かってなかった俺も流石に気付くよ。
 思いっきり犬塚さんに恋してたんだなって。
 婚活で恋できる相手に会うなんて、本当に俺の人生の中の百分の一の奇跡だった。
 サヨナラした後で、今頃そんな事に気付くなんてホント馬鹿だけど。
 夏美さんのこととか何もなけりゃ、結婚したかったよ、犬塚さん……。
「……。帰るか……」
 もうどうにもならねぇ事に執着してる自分が一気に虚しくなって、俺は肩を落とした。
 ーー一瞬だけだけど、また逢えた、相手にも受け入れて貰えた……と思えたのが、婚活頑張った俺へのご褒美かな。
 明日からまた努力しよう。
 帰らねーとな……。
 いつのまにか太陽が沈みきってて、周りも真っ暗になってる。
 心細くなり、とにかく今来た道を戻るために踵を返そうとしてーー俺は、自分の身体に異変が起きていることに気付いた。
 何もしていないのに鼓動が凄く早まってきて、呼吸が酷く乱れてる。
 犬とじゃれて転がったせいかと思ったけど、時間が経っても治まらない。
 身体が熱い……?
 何だかこの感覚には覚えがある。
 前に……犬塚さんに触られるたびに俺、こんな風になってた……。
 ……嘘だろ。
 発情期は先週半ばで終わったはずなのに。
 犬塚さんと会わなくなってから乱れるような事も一切なくなってたから油断していた。勿論薬もない。
 まさか俺、似てるってだけの犬と会っただけで発情したのか……。
 獣人を通り越して犬に発情するとか、とうとう完全にヤバい人の領域だ。
 かっ、帰ろう。
 でも、どっちへ……?
 急いでジャケットのポケットからスマホを出し、地図アプリを立ち上げる。
 俺に限ってはあんまり頼りにならねぇけど、最寄りの駅はどうやら茅場町《かやばちょう》っぽい。
 そこに駆け込んで抑制剤貰う……?
 誰にも会わないで行けるだろうか。
 体の感覚が、なりかけとか、漏れるとかどころじゃない、一気に発情のピークに引き戻されたような感じになってるのが分かる。
 ここまでになると、どこか屋内に入らない限り、匂いが空気に拡散してとんでもない事になる。
 もう、泣きたいぜ……!
 橋を渡って戻ろうとして、向こうから人がやって来るのに気付いた。
 若い男性の二人組で、話しながらやって来たのに急に会話が途切れる。
 ヤバい、気付かれた……!
 俺は橋を戻るのをやめ、やむなく反対方向に逃げ出した。
 走って、走って。硬くなった股間が擦れて痛い。乳首も勃ってシャツの生地に当たってる。
 俺、こんな街中で……完全に発情丸出しの変態みたいになってる。
 このままだと最悪、犯されるか警察に捕まるか、どっちかになりかねない。
 人のいない方にと闇雲に逃げる内に、だんだん狭い路地に入りこんでしまってるような気がして来た。
 前からも後ろからも誰かが来るのが見える。
 人通りがねぇ日曜の都心の筈なのに、何でこんな時に限って。ーーいや、もしかすると俺の匂いが引き寄せてるのかもしれない。
 抑制剤一切服用無しで発情すれば、アルファもベータもひとたまりもなくこの匂いにやられちまうと聞いたことがある。
 心臓がバクバクと高鳴る。
 取り敢えず建物の狭い隙間みたいな所に入り、やり過ごそうと決めた。
 夜中まで待てば、もっと人通りが少なくなる筈だ。
 その時を狙って出るしか……。
 身体を横にして、ギリギリの隙間に入り込む。
 奥まで行って小さくうずくまり、ガタガタと震えていると、小さな物音がした。
 ハッとして顔を上げるとーーどう見ても浮浪者な、ベッタリした髪とボロボロの格好したおっさんが、今入って来た建物の隙間からコッチを見てニヤニヤしている。
「あれ~……いい匂いさせて、どうしたのぉ……」
 俺の喉がヒッと鳴った。
「おじさんが、慰めてあげようかぁ」
 相手はズリッズリッと無理やり建物の隙間に体を入れてきて、俺とは別の意味でキツイ臭いが辺りに充満する。
「ひいっ! 結構です……!」
 ここを出ようと反対側を振り返るが、行き止まりになっている事に気付いた。
 おっ、俺、袋のネズミってやつじゃねーか!
 ヤダヤダ、こんなおっさんになんか死んでも犯されたくねぇ。
 ここはもう、刺し違えてでもオッサンと戦うしか……っ。
 鼓動がおかしくてハアハア息を切らしながら周囲に何か武器になるようなもんはねえか探した。
 ダメだわ、タバコの吸い殻みたいなゴミしか見当たらん……。
「はっ、入ってくんじゃねぇ! 股間蹴っ飛ばすぞこの野郎……!!」
 せめて凄んで見せたけど、フェロモンでおかしくなってる浮浪者の耳には入ってねぇみたいだった。
 頭がグラグラする。身体に力が入らない。
 別に大事に守って来た訳じゃねぇけど、俺の処女、33にして汚ねぇオッサンに犯されて散るのか。そんなの、嫌すぎるだろ……っ!
「あっ、あっち行けバカァっ……!」
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