元最強魔王の手違い転生

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第1話 元最強魔王の手違い転生

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「皆の者、今まで良く余に仕えてくれた」
 俺は玉座に座りながら、目の前に跪く異形の下僕達に向けて言葉を掛ける。
 この禍々しい城の主人であり、その強大な魔力にて、幾度となく勇者のパーティーを退けて来た俺は、歴代でも最強の魔王と呼ばれていた。
 そんな俺も1000年以上の齢を重ね、今まさに、その天寿を全うしようとしている。
「魔王様!」
 下僕の一人が深々と頭を下げた。
「歴代最強と名高い魔王様にお仕え出来たこと、我々下僕一同、心より感謝し、また誇りに思っております!」
 その言葉を皮切りに下僕達から次々と声が上がる。
「私もです!魔王様!」
「魔王様!最高です!」
「私の忠義はいつ何時でも、魔王様に捧げております!」
 その言葉一つ一つから自分に対する忠誠と尊敬の念を感じ取る事が出来る。俺は目を瞑り、下僕達に感謝の意を憶えながら、ゆっくりと口を開いた。
「皆の者、よく聞け。余の命の灯火も朧げな物となってしまった。だが案ずるな。余は魔王である。一度死しても尚、必ずや転生を果たし、再びお前達と覇道の続きを歩む事を約束しよう!」
「はっ!我々下僕一同、その時を心待ちにしております!」
「魔王様!」
「魔王様!」
 下僕達全員が深々と頭を垂れる。
「うむ、それでは、暫しの別れだ」
 その言葉を最後に、俺の意識は吸い込まれる様にして無くなった。享年1312年、歴代最強の魔王と言われた俺は、その天寿を全うし、禍々しくも輝かしい人生に幕を下ろしたのであった。


「ここは……?」
 気がつくと、俺は見知らぬ場所に佇んでいた。気持ちの良い青空が何処までも広がり、爽やかな風が体を撫でる。辺り一面には鮮やかな花々が咲き乱れ、目を楽しませてくれる。空気は、まるで肺の中に味覚があるのかと思わせる程に美味く、俺の体に染み渡った。
「お気づきになられましたか?」
 風鈴のように澄んだ、美しい声が背後から耳に届く。振り返るとそこには、煌々と輝く金色の球体が浮遊していた。球体が言葉を発する。
「まずは、人生の完走お疲れ様でした。もうお気付きだと思いますがここは……」
「あの世ですよね?」
 俺は球体の言葉に被せるように尋ねた。球体が間髪入れずに明るい口調で返答する。
「左様でございます!いやぁ、聡明な魂であられますなぁ。あなた様の仰る通り、ここはあの世。正式名称でいうと『天界』でございます。そして私は魂の案内役、『天界人』でございます」
 なるほど、やはり俺は死んだのか。だか、此処はなんとも心地よい。身も心も裸になった気分だ。生前のように気を張る必要もなく、威厳を保つ必要もない。自然と口調も穏やかになる。
「やっぱり、此処はあの世なんですねー」
 辺りを見渡す俺のすぐ側に天界人が近寄り、球体状の体から、触手のように細い金色の腕を伸ばして俺の額に触れた。
「えーっとあなた様は……おお!これは凄い!魔王をされていたのですか!これはまた稀有な魂に出会えました。魔王をされていたという事は【転生】についてはご存知ですよね?」
「ええ、確か前世の能力を来世に引き継げるんでしたよね」
 【転生】にてついては先代の魔王から聞いたことがある。魔王となった者は死後、数回の転生を繰り返し、前世からの能力を蓄えながら強大な力を手にするものだと。
 俺の返答を聞いて、天界人が和かに言葉を返す。
「概ねその通りです。【転生】は神や天使、魔王等の特別な使命を持った者にのみ許されている特権ですね。それでは引き継ぐ項目を3つお選び下さい」
 そう言った直後、俺の額に触れている天界人の手先が青白く輝き、それと同時に『引き継ぎ項目一覧』と書かれた膨大な量の文字が俺の頭の中に映し出された。その量の多さに思わず声が出る。
「おお⁉︎こんなに有るんですか⁈」
 驚き声を上げる俺に、天界人がフフフと笑いながら言葉をかける。
「1000年以上生きていれば、知らず知らずのうちに色々なものを得ているものです」
「そんなものですかねぇ……。えっと何があるのかな、『財産』、『名声』、『魔力』……『暗黒翼のジョン』⁉︎ちょ、ちょっと!俺が趣味で描いた自作漫画まで項目にあるじゃないですか!なんだこれ⁈」
「それも、あなた様が前世で所持されていた立派な財でございますから」
 天界人が和かに応える。
「まったく、他人の黒歴史まで引き継ぎ項目に上がるとは……天界人恐るべし。しかし余りにも項目が多すぎるぞ、これ」
 頭の中に浮かぶリストは膨大な量であり、幾ら下にスクロールしても終わりを見せる気配が感じられない。正直、頭が痛くなりそうだった。アプリの利用規約すらロクに読まずに同意する俺に、こんな無機質な文字の塊を全て読めと言うのが、土台無理な話である。
「あーもういいや。『記憶』、『体力』、『魔力』にします」
 俺は適当に目に映った無難そうな3項目を挙げた。
「よろしいのですか?まだ、10分の1程の項目しか、見ておられませんが……私のお勧めとしては『暗黒翼のジョン』の続編である『白翼のジェット』を引き継ぐのがよろしいかと。あの作品は名言揃いですし、中でも私が好きなのは……」
「あの、もう止めてくれませんか。恥ずかしくて死にそうなんですけど。もう死んでるのに、また死にそうなんですけど」
 白目を剥きながら震える声で懇願する俺を見て、天界人がフフフと笑う。
「かしこまりました。それでは『記憶』、『体力』、『魔力』の3項目を来世に引き継ぎます。それでは早速転生されますか?それとも、しばらく天界でのんびりされますか?」
「んー、ここでしばらくのんびり過ごすのも悪くないのですが、下僕達に直ぐ戻ると約束したので、出来るだけ早目に転生させて貰えると助かります」
「かしこまりました。それでは、こちらを首にかけさせていただきます」
そう言うと天界人は『M196H』と書かれた紐付きの札を俺の首に掛けた。
「何ですか、これ?」
「整理番号でございます。準備が整いましたら、スタッフが声をお掛けしますので、それまでごゆるりとお過ごしください」
 そう言って天界人は溶けるように、俺の目の前から消えていった。
「『整理番号』て、天界の雰囲気ぶち壊しだな、おい」
 独り言を呟き、俺は花畑に寝そべった。しかしまあ、此処はなんて居心地が良いのだろう。自然と心まで穏やかになる。現世でも皆がこのような穏やかな心持ちであれば、争いなんて起こらないだろう。
 転生すれば、また魔王としての慌ただしい日々が返ってくる。せっかくだから、今のこの平和で穏やかな瞬間を楽しもうじゃないか。俺はゆっくりと目を閉じ、眠りに落ちたた。

「ちょっと!起きて下さいよ!」
 眠りに落ちていた俺は、慌ただしい声によって叩き起こされた。
「ん?なんですか?」
 目を開けると、先ほどとは違う、褐色に光る天界人が俺の眼前に立っていた。
「『なんですか』じゃないですよ!アナタの転生の番です!ほら、急いで!」
 そう言った天界人が指差す先に視線を向けると、花畑の中に佇む扉が目に飛び込んだ。扉の正面には整理番号と思しき文字と数字が書かれている。
「ほら、ちゃっちゃと扉の前まで行ってくださいよ!時間押してるんですから!」
 最初に出会った金色の天界人と違って、いやに急かしてくるこの褐色の天界人に不満を覚えつつ、俺は渋々扉の前に立った。
 天界人が面倒くさそうに棒読みで喋り出す。
「それでは、これから整理番号、H961Wの転生の儀を始めます。えっと、まあ、来世でも頑張ってください」
「ん、H961W?いや、違うぞ!俺の番号は……」
 そう言って振り向こうとした俺を、天界人は半ば強引に扉の中に押し込んだ。転がる様に入った部屋の中には、只々真っ暗な空間が無限に続いていた。
「それでは、良い来世を!」
 その言葉が聞こえ、扉が完全に閉まった瞬間、俺は吸い込まれる様に意識を失った。
「あー、やっと終わったよ」
 褐色の天界人は元魔王の魂を扉に押し込んだ後、大きく伸びをした。ふと足元に転がっている整理番号の書かれた札に気がつき、拾い上げる。先程転生させた、元魔王が首から下げていたものだ。
「『H961W』……んー?もしかして、これって」
 天界人は札を上下逆さまにひっくり返した。
「あ、これ『H961W』じゃなくて『M196H』だ……」


ーー声が聞こえる。

 最初に感じたのはそれだった。そして、その声が自分に向けられているものであると言う事も直ぐに理解できた。温かく、幸福感と安心感で満たされる。きっと、目を開けたその先には、俺の両親がいるはずだ。
 俺はゆっくりと目を開け、拙い視力で目の前の人物を捉える。そこには幸せそうに笑う、二人の男女の姿があった。鋭い牙も無ければ、尖った耳もない、人間の男女である。
(え⁈人間⁈俺は魔王に転生したはずじゃ?そう言えば、あの時……)
 俺は天界で扉に押し込まれる寸前の、天界人が口にした整理番号の事を思い出す。
(やっぱりか、やっぱりアイツっ……間違えやがったなーーー!!!!)
 こうして、再び魔王に転生するはずだった俺は、天界人の手違いにより、人間へと転生してしまったのであった。

 転生して、16年の月日が流れた。俺はエルク国、南東部に位置するエマという村の村長夫婦の長男、マオとして生を受け、お調子者父としっかり者の母により、俺は普通の人間として育てられた。               
 再び魔王として転生する事は叶わなかったが、一応前世からの能力の引き継ぎは成されている様であった。
 ただ、魔力は引き継げたものの、魔法が上手く発動しないという問題があった。おそらく、『人間の体で魔王の魔力を扱う』というところに問題があるのだろう。
 この世でも人間と魔族、両者が争っているという構図は、前世と概ね同じであり、魔族に立ち向かう使命を持った者を勇者と呼ぶ事も、また前世と変わらなかった。
 ただ、前世と少し違うところは、勇者が組織化されて動いているというところであった。各地区には勇者を管理、組織する『ギルド』という団体があり、そのギルドを各地方にある『教会』がまとめている。そしてその教会を管理、運営するのが、国の中央にある『神殿』である。
 各地の問題や魔族の情報は教会に集められ、その解決のために、教会からギルドへクエストとして、依頼が降りてくる。また、ギルド単体では解決が困難だと判断された案件は、神殿に上申され、対応方法を協議するというのが基本的な仕組みである。
 しかし、ここエマの村ではそんな勇者と魔族の争いなど、どこ吹く風か、平穏無事な日々が続いている。かく言う俺も、勇者や魔族は話には聞くばかりで、転生してからの16年間、魔族はおろか勇者の姿すら見たことが無い。
 前世の魔王の暮らしに比べると、この村での生活は地味なものではあった。周りを自然に囲まれたエマの村には、これといった娯楽はなく、仕事といえば畑を耕し、家畜を養う事が主であった。物こそ無いものの、村民は皆温かく、困難があれば村人全員で立ち向かい、皆で笑い、皆で泣く。最初こそ、退屈を感じていた俺であったが、最近はここの生活もまんざらでも無いと思えてきていた。
「マオー!夕飯ができたわよー」
 母に呼ばれ、俺は食卓に着いた。家族三人で食卓を囲む。和やかな雰囲気で食事が始まり、最初の一口を口に運ぼうとした瞬間だった。
「村長!大変だ!!」
 慌ただしい様子で数名の村人が家に飛び込んで来た。
「どうしたんだ⁉︎こんな時間に?」
 父の問いに村人が肩で息をしながら答える。
「勇者が、勇者様が村に来られたんだ!!」
「なんだって!!」
 先程までの和やかな雰囲気が一変し、父と母に緊張が走る。
「なんで、こんなタイミングで……おい、貢物はどうなってる⁉︎」
「ここ最近は不作続きだったからな……満足してもらえるかどうか……」
「とりあえず、おもてなしの準備をしなくては……」
 大人達が慌ただしく話し合いを始める中、俺は一人黙々と食事を続けていた。
(勇者か、そう言えば、転生してからは一度もお目にかかっていなかったな。しかし、“貢物”に“おもてなし”か……随分と仰々しいな。この世での勇者ってのはそんなに偉いのか?それに、みんなの反応は何だ?)
 構わず夕飯を食べて続ける俺に、父が厳しい表情で声をかける。
「おい、マオ!これから勇者様を家にお迎えする。お前は夕飯を済ませたら、直ぐに自分の部屋に戻りなさい!いいか、勇者様が帰られるまでは、絶対に部屋から出るんじゃないぞ!」
 そう言って、父は再び村の大人達との話し合いに戻っていった。母が青い顔をしながら、話し合いの様子を見つめている。
 魔王だった俺のイメージでは、勇者の来訪は、喜ばしいものだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。慌ただしく準備する父達を見ながら、俺は夕飯の最後の一口を口へと放り込んだ。
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