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第2話 勇者来訪
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「ささ、勇者様こちらでございます」
話し合いから約30分後、父が数人の村人と共に勇者を家に案内して来た。
この世の勇者がどんな奴なのか興味のあった俺は、部屋のドアを少しだけ開け、その隙間から勇者の姿を覗き見る。
「うっわ、チャラ!何だありゃ⁉︎」
思わず声が出た。目に映ったのは、俺が知っている勇者の出で立ちとは、まるで違う姿であった。
金髪にピンクのメッシュが入ったM字バンクの髪型に、豹柄のトップスにピンクのパンツ。そして、『え?それ武器ですか?』と言いたくなるような先の尖った靴を履いており、両手の指にはジャラジャラと指輪が嵌められ、耳、鼻、額にはピアスが光っている。腰に挿した勇者の剣は、その派手な格好によって完全に存在感を失っている。
「なんだこの『渋谷から来ました』みたいな勇者は。しかもあのアクセサリーの数……コイツのメニュー画面の装備欄は一体どうなってるのかね……」
俺は呆れながら、勇者の観察を続ける。よく見ると、勇者の隣に勇者同様派手な格好とケバい化粧をした女が、腕を組みながら歩いている。見た感じ、勇者のパーティーと言うわけではなさそうだ。女が態とらしく、媚びるような口調で口を開いた。
「ねぇねぇ勇者様ぁ、本当にこんな汚い村に美味しいものがあるんですかぁ?」
ギャハハと下品に笑いながら勇者が応える。
「オメーは世間知らずだからなぁ。いいか、ここは一見するとただの汚い村だけどな、美味いものってのは案外こんな感じの田舎にあるもんなんだぜ」
「さすが勇者様!物知り~!」
ウチの村を馬鹿にしながら、勇者達は案内された席に着く。
「勇者様、まずはこちらをお受け取りください」
村長である父が、勇者へ布袋を手渡す。その中身を確認した勇者の表情が忽ち曇り、村人達に向かって怒号を飛ばした。
「ああ⁉︎、んだよ、これっぽっちしか入ってねーのかよ!どうなってんだ、この村の貢物は!」
「申し訳ございません、今年はなにぶん不作続きでして……」
「はあ⁉︎そんなの、オレの知ったことじゃねーんだよ!お前らも教会の【勇者特例】は知ってるよなぁ?『国民は勇者及びその一行に協力を求められた際、これに応える義務を有する』子供でも知ってる事だぜ⁈」
「【勇者特例】については十分理解しております。しかし、今の私達にはこれが精一杯でして……」
父が深々と頭を下げる。
「ちっ、仕方ねぇ。おい!酒と食いもんを持ってこい!」
「はい、ただ今お持ちします」
慌ただしく食事の準備が行われ、勇者と女の前にズラリと料理が並ぶ。女が不満そうに口を開いた。
「ねぇねぇ、勇者様ぁ。なんかここの料理、田舎臭くて食べる気がしないんですけどぉ~」
「そうだなぁ、オレも食欲が失せちまった。なあ、二人でどっちがこの肉を遠くまで投げれるか勝負しようぜ!」
「面白そう~!でも、勇者様ぁ、食べ物で遊んじゃいけないんですよぉ~」
「いいんだよ!だってこれ、“食べ物”じゃねーから!」
下品に馬鹿笑いする勇者と女を見て、怒りの感情がフツフツと俺の中に沸き起こった。
村や料理の事をを馬鹿にされた事にも腹が立ったが、何よりも怒りを感じたのは、『コイツが“勇者”を名乗っている』と言う事である。俺は勢いよくドアを開け、部屋の中に立ち入ると、勇者に向かって言い放った。
「おい!お前みたいな奴が、本当に勇者なのか⁈」
「ああ?なんだ、この小僧は?」
勇者が俺を睨みつける。
「マオ!どうしてここに……⁈申し訳ございません、息子は勇者様を目にするのが初めてなもので……」
困惑する父を見て、勇者がクククと不敵に笑う。
「そうか。お前、勇者を見るのは初めてか。じゃあ見せてやるよ」
そう言って勇者は首に掛けている銀色の玉が付いたネックレスを俺に見せた。
「ほら、よく見ろ!オレはこの通り『シルバークラス』の勇者だ!どうだ!これでオレが勇者だと納得したか⁉︎」
俺は溜息をつき、呆れながら勇者へと言葉を返す。
「いや、そういうことじゃなくてだな……本当、お前バカだろ?」
「ああ⁉︎今なんつった!」
勇者が勢いよく席を立ち、力一杯俺を睨みつける。俺は勇者の顔を見ながらゆっくりと口を開いた。
「まあ、俺は勇者とは友達でも何でもないし。というか、むしろ敵だったから、基本的に勇者って奴は嫌いなんだけどね。アイツらさ、いっつも少数精鋭で攻めて来るのよ。こっちは城の魔族全員で迎え撃ってるっていうのにね。やられても、やられても馬鹿みたいに真っ直ぐな目をして向かってくんの。たまには不意打ちでもすればいいのに、いつも正面から来やがるし。時には、自分も満身創痍のクセに身を盾にして仲間を庇っちゃったりしてさ。『仲間の為、未来の為』そう言って、勇者としての矜持と勇気を持って俺に向かって来たよ。敵だったけど、どの勇者も敬意を払うに値する奴ばかりだった。だからよ……」
怒りに呼応し、身体中から魔力が溢れ出す。俺は勇者を睨みつけながら続けた。
「お前みたいな、権限だけをひけらかしながら勇者を気取ってる奴を見ると、無性に腹が立つんだよ!」
俺の言葉に憤慨した勇者は、目を怒りで血走らせながら叫んだ。
「もういい!勇者に楯突くとどうなるか、教えてやる!」
そう言って両腕を伸ばし、掌を俺に向けて構える。
「喰らえ!ファイアーブラスト!」
勇者がそう叫ぶや否や掌から炎の塊が放たれ、俺の体を包み込んだ。
「あああ……マオ!!」
父が膝から倒れこみ、燃え盛る炎を見ながら項垂れる。
「ギャハハ!馬鹿な小僧だ!オレ様にナメた口をききやがるからこうなるんだよ!」
「勇者様カッコいい~!やっぱり身の程知らずには、お仕置きをしなくちゃだよね~」
勇者と女が勝ち誇り、再び下品に笑い出そうとした瞬間ーー
「なんだ、このゴミみたいな魔法は」
俺は身体中から魔力を放出させ、覆っていた炎吹き飛ばした。勇者と女が目を見開き、惚けた顔で俺を見ている。俺は鼻をほじりながら、呆れ顔で勇者に言葉をかける。
「え?今の本気じゃないよね?本気だったらマジ、ヤベーんですけど。ウチの門番より弱いんですけど」
「て、てめー……ナメんじゃねーよ!」
動揺しながらも、勇者は腰の剣を抜き、俺に向かって飛びかかった。そして、両手で掲げた剣の刃を俺の頭目掛けて力一杯振り下ろした。
ーーガキン!!!
高い金属音が鳴り響く。俺は魔力を纏った左手で勇者が振り下ろした剣の刃をガッチリと掴んだ。
「て、てめー、放せ……」
そう言う勇者を、俺は魔力と殺気を込めた眼光で睨みつける。
「ひっ」
勇者が慄き、声を上げる。俺はゆっくりと口を開いた。
「いいか、よく聞けよ」
剣を握りしめた左手に力を篭める。パキパキと音を立て、勇者の剣にヒビが入った。
「勇者の覚悟も誇りもない、お前みたいなクズが、俺の前で……」
俺は右拳に溢れんばかりの魔力を集める。
「二度と勇者を名乗るんじゃねーぞ!!!!」
そう叫んで、魔力を纏った右拳を勇者の顔面へと思い切り叩き込んだ。
「ぶへぁ!」
勢いよく吹っ飛んだ勇者は、後ろの壁に大の字になり激突すると、人形のように力無くペタリと床にへたり込んだ。俺は腰を抜かして座り込んでいる、勇者の連れの女に声を掛ける。
「おい、お前。そいつを連れてとっとと出て行け」
「ひ、ひぃ~」
女は小さく悲鳴をあげながら、倒れている勇者には目もくれず、一目散に走り去った。
「おーい、勇者忘れてんぞ」
小さくなる女の背中に向けて声を掛けたその時、俺は自分の背中に村人達の視線が集中している事に気付いた。ゆっくりと父が歩み寄ってくる。
「マオ、お前……いや、とにかく無事でよかった」
憔悴と安堵が混ざりあった表情で父は俺に言葉をかけた。
「すまん、父さん。やっぱり、勇者殴り飛ばしたらマズイよな?」
そう言う俺の頭をポンと叩いて父が笑いながら言葉を返す。
「気にするな。父ちゃんが何とかするさ!それよりも、さっきの『勇者と戦った事がある』みたいな話、あれは何だ?」
「いや……あれは……夢の話し、かな」
目をバシャバシャと泳がせながら、辿々しく答える俺に父が怪訝な眼差しを向ける。そんなやりとりの最中、村人から声が上がる。
「でも村長、本当にどうしましょうか?マオが勇者を殴り飛ばしてしまったのは事実ですし……」
「そうですよ。もしかしたら、教会からこの村へ何かしらの罰則が与えられるかも……」
「そんな事はございません」
村人達が困惑する中、聞きなれない声が皆の話を遮った。声のする方へと視線を向けると、フード付きの真っ白いローブを見に纏った銀髪の女性が佇んでいた。年齢は30代中盤といったところで、整った綺麗な顔立ちをしており、その瑠璃色の瞳からは歴戦の猛者特有の覇気を纏った眼光が放たれている。
「突然すみません、私はウエンと申します」
そう言って、ウエンはローブのフードを軽く被ってみせた。フードの額部分には太陽と月を模した金色の刺繍が施されている。
「まさか、その紋章は……教会の、神官様……」
父をはじめとする村人達全員が膝をつき、頭を垂れる。それを見たウエンが優しく、そして申し訳なさそうに声を掛ける。
「皆さん、頭を上げてください。頭を下げなければならないのは、私の方なのですから」
父達はそっと顔を上げ、ウエンの顔を見つめた。ウエンがゆっくりと話し出す。
「近頃は素行の悪い勇者が増えてきていまして、そこに寝ている勇者もその一人なのです。今回は教会からの任で、私がお目付役として、密かにこの男の監視をしていました。本来ならば人々を守るための勇者が、この様な醜態を晒してしまい、誠に恥ずかしい限りです。教会として、この村の人々には深くお詫びを申し上げます。」
そう言ってウエンは深々と頭を下げた。そんなウエンの様子を見て父がアタフタとしながら言葉を返す。
「そんな、神官様。どうか頭を上げてください。まあ、我々も大きな被害を被った訳ではないですし、神官様にそう言って頂けるだけで十分ですよ」
ウエンが頭を上げて、微笑みを浮かべる。
「ありがとう。後日、教会からこの村には改めてお詫びをさせて貰います。それから、これは提案なのですが……」
ウエンが俺の方へと視線を移す。
「この少年を我々に預けては貰えませんか?」
「はぁ?」
俺は眉を潜め、思わず声を出した。父や村の人々も困惑し、騒めき始める。その様子を見ながら、ウエンがニコリと微笑み口を開いた。
「単刀直入に言いましょう。私の目に狂いがなければ、彼には勇者の資質があります!」
「はぁあ!?」
顎が外れんばかりに大きく口を開け、驚き呆れる俺を他所に、自信に満ちた表情で目を輝かせるウエン。
(いや、いや、いや、勇者の資質なんてある訳ねーじゃん!俺、前世魔王よ!勇者から一番遠い存在よ!)
俺が心中でツッコミを入れる中、ウエンと父達が勝手に盛り上がりを見せる。
「ほ、本当ですか!神官様!ウチのマオに勇者の資質が⁈」
「ええ!シルバークラスの勇者を一撃で倒したあの強さ!そして何より、勇者に対する熱い想い!間違いないでしょう!」
「おお!神の眼を持つと言われている神官様がそう仰るなら間違いありませんね!」
「ええ、私の心の目、神の眼が捉えました。彼こそ、勇者になる為に生まれて来たに違いありません!」
「「おおおおー!!!」」
盛り上がる一同を俺は死んだ魚の様な目で見つめていた。
(いや、神の眼って何よ?チョー胡散臭ぇんですけど。てか、全然見えてないから、その眼。もっかい、度の合った眼鏡でも掛けてよく見てくんねぇかな)
一通り騒ぎ散らしたウエンがこちらへと振り向き、爽やかに告げる。
「近いうちに使いの者を向かわせます。それではマオ君、次に会える時を楽しみにしているよ!」
一方的に話を押し付けたウエンは、勇者を担ぎ上げ、嵐のように去って行った。静まり返った建物の中で、父がウインクしながら俺の肩を叩く。
「よっ、勇者マオ!」
我慢の限界に達した俺は、ウエンが出て行ったドアに向かって咆哮する。
「ふ、ふざけんなぁーー!!!」
こうして元魔王である俺は、勇者を目指す事になったのであった。
話し合いから約30分後、父が数人の村人と共に勇者を家に案内して来た。
この世の勇者がどんな奴なのか興味のあった俺は、部屋のドアを少しだけ開け、その隙間から勇者の姿を覗き見る。
「うっわ、チャラ!何だありゃ⁉︎」
思わず声が出た。目に映ったのは、俺が知っている勇者の出で立ちとは、まるで違う姿であった。
金髪にピンクのメッシュが入ったM字バンクの髪型に、豹柄のトップスにピンクのパンツ。そして、『え?それ武器ですか?』と言いたくなるような先の尖った靴を履いており、両手の指にはジャラジャラと指輪が嵌められ、耳、鼻、額にはピアスが光っている。腰に挿した勇者の剣は、その派手な格好によって完全に存在感を失っている。
「なんだこの『渋谷から来ました』みたいな勇者は。しかもあのアクセサリーの数……コイツのメニュー画面の装備欄は一体どうなってるのかね……」
俺は呆れながら、勇者の観察を続ける。よく見ると、勇者の隣に勇者同様派手な格好とケバい化粧をした女が、腕を組みながら歩いている。見た感じ、勇者のパーティーと言うわけではなさそうだ。女が態とらしく、媚びるような口調で口を開いた。
「ねぇねぇ勇者様ぁ、本当にこんな汚い村に美味しいものがあるんですかぁ?」
ギャハハと下品に笑いながら勇者が応える。
「オメーは世間知らずだからなぁ。いいか、ここは一見するとただの汚い村だけどな、美味いものってのは案外こんな感じの田舎にあるもんなんだぜ」
「さすが勇者様!物知り~!」
ウチの村を馬鹿にしながら、勇者達は案内された席に着く。
「勇者様、まずはこちらをお受け取りください」
村長である父が、勇者へ布袋を手渡す。その中身を確認した勇者の表情が忽ち曇り、村人達に向かって怒号を飛ばした。
「ああ⁉︎、んだよ、これっぽっちしか入ってねーのかよ!どうなってんだ、この村の貢物は!」
「申し訳ございません、今年はなにぶん不作続きでして……」
「はあ⁉︎そんなの、オレの知ったことじゃねーんだよ!お前らも教会の【勇者特例】は知ってるよなぁ?『国民は勇者及びその一行に協力を求められた際、これに応える義務を有する』子供でも知ってる事だぜ⁈」
「【勇者特例】については十分理解しております。しかし、今の私達にはこれが精一杯でして……」
父が深々と頭を下げる。
「ちっ、仕方ねぇ。おい!酒と食いもんを持ってこい!」
「はい、ただ今お持ちします」
慌ただしく食事の準備が行われ、勇者と女の前にズラリと料理が並ぶ。女が不満そうに口を開いた。
「ねぇねぇ、勇者様ぁ。なんかここの料理、田舎臭くて食べる気がしないんですけどぉ~」
「そうだなぁ、オレも食欲が失せちまった。なあ、二人でどっちがこの肉を遠くまで投げれるか勝負しようぜ!」
「面白そう~!でも、勇者様ぁ、食べ物で遊んじゃいけないんですよぉ~」
「いいんだよ!だってこれ、“食べ物”じゃねーから!」
下品に馬鹿笑いする勇者と女を見て、怒りの感情がフツフツと俺の中に沸き起こった。
村や料理の事をを馬鹿にされた事にも腹が立ったが、何よりも怒りを感じたのは、『コイツが“勇者”を名乗っている』と言う事である。俺は勢いよくドアを開け、部屋の中に立ち入ると、勇者に向かって言い放った。
「おい!お前みたいな奴が、本当に勇者なのか⁈」
「ああ?なんだ、この小僧は?」
勇者が俺を睨みつける。
「マオ!どうしてここに……⁈申し訳ございません、息子は勇者様を目にするのが初めてなもので……」
困惑する父を見て、勇者がクククと不敵に笑う。
「そうか。お前、勇者を見るのは初めてか。じゃあ見せてやるよ」
そう言って勇者は首に掛けている銀色の玉が付いたネックレスを俺に見せた。
「ほら、よく見ろ!オレはこの通り『シルバークラス』の勇者だ!どうだ!これでオレが勇者だと納得したか⁉︎」
俺は溜息をつき、呆れながら勇者へと言葉を返す。
「いや、そういうことじゃなくてだな……本当、お前バカだろ?」
「ああ⁉︎今なんつった!」
勇者が勢いよく席を立ち、力一杯俺を睨みつける。俺は勇者の顔を見ながらゆっくりと口を開いた。
「まあ、俺は勇者とは友達でも何でもないし。というか、むしろ敵だったから、基本的に勇者って奴は嫌いなんだけどね。アイツらさ、いっつも少数精鋭で攻めて来るのよ。こっちは城の魔族全員で迎え撃ってるっていうのにね。やられても、やられても馬鹿みたいに真っ直ぐな目をして向かってくんの。たまには不意打ちでもすればいいのに、いつも正面から来やがるし。時には、自分も満身創痍のクセに身を盾にして仲間を庇っちゃったりしてさ。『仲間の為、未来の為』そう言って、勇者としての矜持と勇気を持って俺に向かって来たよ。敵だったけど、どの勇者も敬意を払うに値する奴ばかりだった。だからよ……」
怒りに呼応し、身体中から魔力が溢れ出す。俺は勇者を睨みつけながら続けた。
「お前みたいな、権限だけをひけらかしながら勇者を気取ってる奴を見ると、無性に腹が立つんだよ!」
俺の言葉に憤慨した勇者は、目を怒りで血走らせながら叫んだ。
「もういい!勇者に楯突くとどうなるか、教えてやる!」
そう言って両腕を伸ばし、掌を俺に向けて構える。
「喰らえ!ファイアーブラスト!」
勇者がそう叫ぶや否や掌から炎の塊が放たれ、俺の体を包み込んだ。
「あああ……マオ!!」
父が膝から倒れこみ、燃え盛る炎を見ながら項垂れる。
「ギャハハ!馬鹿な小僧だ!オレ様にナメた口をききやがるからこうなるんだよ!」
「勇者様カッコいい~!やっぱり身の程知らずには、お仕置きをしなくちゃだよね~」
勇者と女が勝ち誇り、再び下品に笑い出そうとした瞬間ーー
「なんだ、このゴミみたいな魔法は」
俺は身体中から魔力を放出させ、覆っていた炎吹き飛ばした。勇者と女が目を見開き、惚けた顔で俺を見ている。俺は鼻をほじりながら、呆れ顔で勇者に言葉をかける。
「え?今の本気じゃないよね?本気だったらマジ、ヤベーんですけど。ウチの門番より弱いんですけど」
「て、てめー……ナメんじゃねーよ!」
動揺しながらも、勇者は腰の剣を抜き、俺に向かって飛びかかった。そして、両手で掲げた剣の刃を俺の頭目掛けて力一杯振り下ろした。
ーーガキン!!!
高い金属音が鳴り響く。俺は魔力を纏った左手で勇者が振り下ろした剣の刃をガッチリと掴んだ。
「て、てめー、放せ……」
そう言う勇者を、俺は魔力と殺気を込めた眼光で睨みつける。
「ひっ」
勇者が慄き、声を上げる。俺はゆっくりと口を開いた。
「いいか、よく聞けよ」
剣を握りしめた左手に力を篭める。パキパキと音を立て、勇者の剣にヒビが入った。
「勇者の覚悟も誇りもない、お前みたいなクズが、俺の前で……」
俺は右拳に溢れんばかりの魔力を集める。
「二度と勇者を名乗るんじゃねーぞ!!!!」
そう叫んで、魔力を纏った右拳を勇者の顔面へと思い切り叩き込んだ。
「ぶへぁ!」
勢いよく吹っ飛んだ勇者は、後ろの壁に大の字になり激突すると、人形のように力無くペタリと床にへたり込んだ。俺は腰を抜かして座り込んでいる、勇者の連れの女に声を掛ける。
「おい、お前。そいつを連れてとっとと出て行け」
「ひ、ひぃ~」
女は小さく悲鳴をあげながら、倒れている勇者には目もくれず、一目散に走り去った。
「おーい、勇者忘れてんぞ」
小さくなる女の背中に向けて声を掛けたその時、俺は自分の背中に村人達の視線が集中している事に気付いた。ゆっくりと父が歩み寄ってくる。
「マオ、お前……いや、とにかく無事でよかった」
憔悴と安堵が混ざりあった表情で父は俺に言葉をかけた。
「すまん、父さん。やっぱり、勇者殴り飛ばしたらマズイよな?」
そう言う俺の頭をポンと叩いて父が笑いながら言葉を返す。
「気にするな。父ちゃんが何とかするさ!それよりも、さっきの『勇者と戦った事がある』みたいな話、あれは何だ?」
「いや……あれは……夢の話し、かな」
目をバシャバシャと泳がせながら、辿々しく答える俺に父が怪訝な眼差しを向ける。そんなやりとりの最中、村人から声が上がる。
「でも村長、本当にどうしましょうか?マオが勇者を殴り飛ばしてしまったのは事実ですし……」
「そうですよ。もしかしたら、教会からこの村へ何かしらの罰則が与えられるかも……」
「そんな事はございません」
村人達が困惑する中、聞きなれない声が皆の話を遮った。声のする方へと視線を向けると、フード付きの真っ白いローブを見に纏った銀髪の女性が佇んでいた。年齢は30代中盤といったところで、整った綺麗な顔立ちをしており、その瑠璃色の瞳からは歴戦の猛者特有の覇気を纏った眼光が放たれている。
「突然すみません、私はウエンと申します」
そう言って、ウエンはローブのフードを軽く被ってみせた。フードの額部分には太陽と月を模した金色の刺繍が施されている。
「まさか、その紋章は……教会の、神官様……」
父をはじめとする村人達全員が膝をつき、頭を垂れる。それを見たウエンが優しく、そして申し訳なさそうに声を掛ける。
「皆さん、頭を上げてください。頭を下げなければならないのは、私の方なのですから」
父達はそっと顔を上げ、ウエンの顔を見つめた。ウエンがゆっくりと話し出す。
「近頃は素行の悪い勇者が増えてきていまして、そこに寝ている勇者もその一人なのです。今回は教会からの任で、私がお目付役として、密かにこの男の監視をしていました。本来ならば人々を守るための勇者が、この様な醜態を晒してしまい、誠に恥ずかしい限りです。教会として、この村の人々には深くお詫びを申し上げます。」
そう言ってウエンは深々と頭を下げた。そんなウエンの様子を見て父がアタフタとしながら言葉を返す。
「そんな、神官様。どうか頭を上げてください。まあ、我々も大きな被害を被った訳ではないですし、神官様にそう言って頂けるだけで十分ですよ」
ウエンが頭を上げて、微笑みを浮かべる。
「ありがとう。後日、教会からこの村には改めてお詫びをさせて貰います。それから、これは提案なのですが……」
ウエンが俺の方へと視線を移す。
「この少年を我々に預けては貰えませんか?」
「はぁ?」
俺は眉を潜め、思わず声を出した。父や村の人々も困惑し、騒めき始める。その様子を見ながら、ウエンがニコリと微笑み口を開いた。
「単刀直入に言いましょう。私の目に狂いがなければ、彼には勇者の資質があります!」
「はぁあ!?」
顎が外れんばかりに大きく口を開け、驚き呆れる俺を他所に、自信に満ちた表情で目を輝かせるウエン。
(いや、いや、いや、勇者の資質なんてある訳ねーじゃん!俺、前世魔王よ!勇者から一番遠い存在よ!)
俺が心中でツッコミを入れる中、ウエンと父達が勝手に盛り上がりを見せる。
「ほ、本当ですか!神官様!ウチのマオに勇者の資質が⁈」
「ええ!シルバークラスの勇者を一撃で倒したあの強さ!そして何より、勇者に対する熱い想い!間違いないでしょう!」
「おお!神の眼を持つと言われている神官様がそう仰るなら間違いありませんね!」
「ええ、私の心の目、神の眼が捉えました。彼こそ、勇者になる為に生まれて来たに違いありません!」
「「おおおおー!!!」」
盛り上がる一同を俺は死んだ魚の様な目で見つめていた。
(いや、神の眼って何よ?チョー胡散臭ぇんですけど。てか、全然見えてないから、その眼。もっかい、度の合った眼鏡でも掛けてよく見てくんねぇかな)
一通り騒ぎ散らしたウエンがこちらへと振り向き、爽やかに告げる。
「近いうちに使いの者を向かわせます。それではマオ君、次に会える時を楽しみにしているよ!」
一方的に話を押し付けたウエンは、勇者を担ぎ上げ、嵐のように去って行った。静まり返った建物の中で、父がウインクしながら俺の肩を叩く。
「よっ、勇者マオ!」
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