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第7話 リベオン
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黄色い閃光が目の前で弾けると同時に、紅蓮の炎が溢れ出し、凄まじい熱風と爆風が俺とラリアを包み込んだ。
「ダークシールド!!」
俺は咄嗟に防御魔法を自分とラリアの周囲に展開し、ダメージの軽減を図った。周りの草木や大気が焼ける匂いが鼻をつき、熱風による息苦しさが俺達を襲う。大きなダメージこそ受けなかったものの、魔王の頃の身体とは違い、チリチリと顔や手に痛みを感じた。
炎が収まり、もくもくと周囲を覆う煙が徐々に晴れ、向こう側の景色が露わとなる。
その煙の向こうには、胸元に太陽と月を模した朱色の刺繍が施されている真っ黒なローブを身に纏い、顔の上半分を仮面で覆った二人の男が、こちらに殺気を放ちながら佇んでいた。
一人は真っ黒剣を腰に携えており、もう一人はロッドをこちらに向けて構えている。おそらく、俺達に爆炎魔法を撃ち込んで来たのはこのロッドの男であろう。
「ありゃりゃ、なんだ生きてるじゃん」
ロッドの男が不思議そうに首を傾げる。
「おい、ラリア無事か?」
「何とかね」
咳き込みながらラリアが答える。
「あいつら何者だ?あの格好、教会の神官が着ていたやつに似ているが……」
「あの真っ黒なローブに朱色の紋章……あいつら『リベオン』の連中ね」
「リベオン?」
「元勇者やそのパーティーだった奴等が徒党を組んで良からぬ事をしてるのよ。その組織の名前が『リベオン』。最近ではロクでなしさに拍車がかかって、禁忌にまで手を出してるって噂だけど」
「ふーん……」
確かに、二人の佇まいからは戦慣れしている雰囲気が伝わってくる。先程の爆炎魔法も、俺達を殺すのに少しも躊躇した様子は感じられなかった。
ロッドの男が口を開く。
「おいおい。妙な魔力を感じたと思えば、俺の作った結界が無くなってるじゃねぇかよ。テメェらがやったのか?」
「あれ、お前が作ったやつだったのか?悪いな、少し小突いたら壊れちまった。あんまり簡単に割れたんで、飴細工かと思ったわ。すまん、すまん」
「結界を壊しただと?テメェら一体何者だ?」
ロッドの男が語気を強める。
「悪党に素性を聞かれて、ホイホイ教えるわけないだろが。そもそも、人に名前を聞く時はまず自分からって……」
「私はブロンズクラスの勇者ラリア!座右の銘は一日百膳!そしてこっちはエッグクラスの魔道士マオ!リベオンの悪党ども!大人しくお縄を頂戴しなさい!」
ラリアが俺の話を遮り、声高らかに言い放った。
「ちょ、お前。何俺の事までお前の恥ずかしい自己紹介に巻き込んでくれちゃってんの。羞恥プレイなら一人でやれよ」
「何よ!名乗るのは勇者のマナーでしょ!せっかくマオの事もカッコよく紹介してあげたんだから感謝しなさい!」
ラリアがドヤ顔で俺を見つめる。
「ブロンズにエッグ?クソ雑魚どもじゃねぇか。殺す価値もねぇ。見逃してやるからとっとと失せろ」
ロッドの男がやれやれといった様子で肩をすくめる。それを見たラリアが二人の男に鋭い眼光を飛ばし、剣を構える。
「リベオンを前にして、むざむざと逃げ帰る訳にはいかないでしょ!あんた達、何の目的でこんな所に結界なんて張ってたのよ?」
「ああ?それこそ素直にペラペラと喋る様な善人に見えるか?誰が教えるかよ」
ロッドの男がクククと笑う。
「じゃあ、俺が当ててやるよ。目当てはこいつだろ?」
そう言って、俺は足元に落ちているデーモンフロッグのフンを爪先で小突いて見せた。
ロッド男が俺を睨みつける。
「何よそれ?デーモンフロッグのフンじゃない」
ラリアが不思議そうに首をかしげる。
「デーモンフロッグは省エネな魔物でな。普段は沼の中の生き物達から自然に発せられる魔力を少しずつ体の中に取り込んでエネルギーにしてるんだが、時折フンとして取り込みすぎた魔力を排出するんだ。そして、デーモンフロッグ達の排泄行為は通常、沼の中で行われる。沼の外にこれだけフンが転がってるのは誰かが集めたって事だな」
「リベオンの連中が結界を張ってデーモンフロッグのフンを集めてたって事ね。でもどうして?」
「さっきも言ったが、デーモンフロッグは、取り込みすぎた魔力をフンとして排出する。つまり、このフンは沼の中の魔物から集められた、魔力の塊ってことだ。何に使うかは知らねーが、ラリアの言う禁忌とやらに関係があるのかもな」
俺が喋り終えた途端、リベオンの男達から、先程と同じ突き刺す様な殺気が俺達に向かって再び放たれた。
「さっきのオレの言葉は取り消し。やっぱ、お前ら二人共殺すことにするわ」
ロッドの男がそう言うと、黒剣の男が腰に携えた剣に手をかけ、その鈍く光る漆黒の刃を露わにした。ラリアもそれに合わせて剣を強く握り直し、本格的な臨戦態勢をとる。
「リベオンの二人やる気満々ね。私があの黒剣を相手にするから、マオは魔道士の方をお願いできる?」
「まあ、俺が二人まとめてやっちゃってもいいんだけど、久しぶりの実践だし、それで勘弁してやるよ」
「何よ偉そうに、じゃあ行くわよ!」
ラリアがそう言い終えた次の瞬間、リベオン達の殺気が一層強まり、黒剣の男がラリアに向かって斬りかかった。上段から頭に向かって振り下ろされた凶刃をラリアが下から斬り上げる形で迎え撃つ。
ーーガキーンッ!
刀身同士が弾かれ合い、火花が散る。お互いに後方へと身体が弾け飛び、互角かと思われた初撃の撃ち合いであったが、体勢をいち早く整え、次の動作を先に起こしたのはラリアの方であった。
ラリアは黒剣の男が崩れた上半身を起こしきる前に、その懐に素早く飛び込み、真横から薙ぎ払う様に男の脇腹に剣撃を浴びせた。
ーーゴ~ン!
例によって鐘をついた様な独特な斬撃音が響き渡る。
「ぐはぁっ」
黒剣男の口から呻き声がもれ、その身体が勢いよく吹き飛び地面を舐めた。数秒程地を這った黒剣男のであったが、膝に手をつきヨロヨロと立ち上がると黒剣握りしめ、再びラリアと対峙する姿勢を見せる。そして、ラリアもそれに応えるように剣を構え直した。張り詰めた空気が、二人の間に充ち満ちていく。
ラリアの戦闘を見たロッドの男が驚嘆の表情を見せる。
「おいおい、何だよあの女……ブロンズクラスじゃなかったのかよ?」
「俺も知り合ったばかりでよく知らねぇけど、ラリアはそこら辺のシルバークラスより断然強いぜ。さて、こっちもボチボチ始めようか」
ロッドの男が俺の方に向き直り、ロッドを構えて臨戦態勢をとる。先程までの慢心した様子はなく、本気で掛かってくる気概が見て取れる。
「オレは元ゴールドクラスの魔道士だぞ。お前みたいなエッグに勝ち目があると思ってんのか?」
俺はロッド男を真っ直ぐに見つめ、鼻から息を吐きながらゆっくり構えた。
「元ゴールドだろうが、元プラチナだろうが、所詮は魔王の城に辿り着いた事もない、半端な勇者崩れ供だろ?」
「お前、何言って……」
「そんな輩、俺の敵じゃねーって言ってんだよ。さあ、久しぶりの実践だ。さっきの爆炎魔法の礼も兼ねて、このロッドの使い心地、存分に試させてもらうぞ。簡単にくたばってくれるなよ!」
「このガキ、ちょっと魔物に詳しいからって調子に乗るなよ!消し炭にしてやるからよ!」
そう言い放ったロッド男の身体から魔力が溢れ出る。どうやら先程の爆炎魔法をよりも大きな魔法を放とうとしている様子だ。
「この感じだと……まあ、二割もありゃ十分か」
俺もロッドに魔力を込める。魔法発動の準備が整ったロッド男が目を血走らせながら、こちらに向かって吠えた。
「跡形もなくバラバラに吹き飛びな!フレイムバースト!!」
ロッド男から巨大な紅蓮の炎塊が放たれ、周囲の大気を焼き尽くしながら俺に向かって迫り来る。
「ファイアーボール」
俺も相手の魔法を迎撃するべく、西瓜程の大きさをしたファイアーボールを放つ。
二つの魔法が両者の丁度中間地点で衝突し、凄まじい爆音と爆風を伴いながら、両魔法が相殺した。
今の魔法で俺を仕留めにきていたロッド男は、自身渾身の魔法が俺のファイアーボールと相殺した様を見て驚きを露わにした。
「冗談だろ……オレのフレイムバーストが、あんなチンケな魔法と相打ちだと……それに、何だ?その黒い炎は?」
そんなロッド男の様子を眺めながら、俺はゆっくりと肩を回す。
「今のは肩慣らしだ。そんじゃボチボチ、次行くぞ」
俺は三割程度の魔力をロッドに込めた。練り上げられた魔力によって、辺りの草木が、まるで嵐に煽られるように、バサバサと乱れ踊る。
「お、おいおい……何だよ、その化け物みたいな魔力は?」
俺の身体から溢れ出る魔力を感じて、ロッド男がたじろぐ様子を見せる。
「行くぜ、ファイアーボール!」
魔法を発動しようとロッドに込めた魔力を解き放とうとした、次の瞬間ーー
ーーバキィィ
ロッドから軋む様な音が聞こえ、嫌な感触が右手に伝わった。
(何だ、今の感じは?)
俺は魔法の発動を止め、手元のロッドをまじまじと見つめる。特に変わった様子は見られない。だが、今の嫌な感じは……恐らく武器屋で最初に試し撃ちした時と同じ、ロッドが魔力に耐えきれず、砕け散った時の感覚だ。あのまま魔法を発動していれば、このロッドも壊れていたかもしれない。
「な、何事だ……?」
俺が魔法の発動を急に止めた事で、呆気にとられていたロッド男であったが、直ぐさま我に帰り、黒剣の男に向かって叫んだ。
「おい!もういい!」
それを聞いた黒剣の男はラリアとの打ち合いを止め、大きく後方へ跳躍しロッド男の横へと降り立った。ロッド男がゆっくりと口を開く。
「……今回はこれで引かせてもらう」
「はぁ?」
突然の撤退宣言に俺とラリアは声を揃えて首を傾げた。ロッド男が俺を指差しながら続ける。
「正直、これ以上お前らとやり合ってもメリットがねぇ。特にお前の様に、バカみたいな魔力を持ったヤツを相手にするのは得策じゃねぇからな。……今日のところはだが……」
そう言ってロッド男と黒剣男は踵を返し、森林の中へと姿を眩ます。
「勇者ラリアと魔道士マオ!次に合間見える時、その命無いものと思えよ!」
姿なきロッド男の声だけが沼地全体に響き渡った。
「まあ、撃退出来たからよかったんじゃない?」
ラリアが剣を納めながら少し疲れた笑みを浮かべて、こちらに歩み寄る。
「そうかぁ?なんか顔と名前をバッチリ覚えられちまったんですけど。俺、面倒ごとに巻き込まれるのは嫌だぞ」
「いいじゃない、悪党に名前を覚えられるのは勇者の甲斐性ってもんでしょ!」
先程の疲れた顔が嘘の様に、ラリアがハハハと笑う。
気がつけば日が暮れようとしている。夕刻過ぎの茜色と紫の階調が織りなす幻想的な夜空に、ラリアの黄色い笑い声がこだました。
リベオンとの戦闘から二週間が過ぎた。この二週間の間、俺達はデーモンフロッグが住処にしていた沼地へと通い詰めていた。結界を破壊した後、デーモンフロッグ達が元の生活に戻れているか見届ける為である。
最初の数日は数匹しか姿を見ることができなかったが、今となっては沼地中がデーモンフロッグ達で溢れかえり、牛の様な鳴き声がそこら中で響き渡っている。
最初の三日程は泣き喚き『カエルの所に行くなら、う○こ食った方がマシだ』などと半狂乱になっていたラリアも、今ではデーモンフロッグに触れることが出来るまでに成長していた。
「よし!ランガル平原に居たデーモンフロッグ達も沼地に帰ってきたし、見守りは今日で終わりにするか!しかし、ラリアも随分と成長したな。最初はあんなに泣いてたのにな」
「そりゃあ、毎日毎日見てれば慣れるわよ。まあ、かわいいとは言えないけど、悪くはないって程度には思えるようになったかな」
「それは良かった。あ、」
気がつくとラリアの横に一匹のデーモンフロッグが佇んでいた。そして次の瞬間、ガバッと大きく口を開け、その巨大な舌でベロりとラリアの前身を舐った。
「おおー!『舐り』はデーモンフロッグの愛情表現だぞ。良かったな、ラリア……ってあれ?ラリアさん?」
デーモンフロッグに豪快に舐められ、頭のてっぺんからつま先まで豪雨に晒された様にビショビショになったラリアは、その直立不動の姿勢のまま白目を剥いて気絶していた。
こうして、俺達の初めてのクエストは無事に終わりを迎えたのであった。
「ダークシールド!!」
俺は咄嗟に防御魔法を自分とラリアの周囲に展開し、ダメージの軽減を図った。周りの草木や大気が焼ける匂いが鼻をつき、熱風による息苦しさが俺達を襲う。大きなダメージこそ受けなかったものの、魔王の頃の身体とは違い、チリチリと顔や手に痛みを感じた。
炎が収まり、もくもくと周囲を覆う煙が徐々に晴れ、向こう側の景色が露わとなる。
その煙の向こうには、胸元に太陽と月を模した朱色の刺繍が施されている真っ黒なローブを身に纏い、顔の上半分を仮面で覆った二人の男が、こちらに殺気を放ちながら佇んでいた。
一人は真っ黒剣を腰に携えており、もう一人はロッドをこちらに向けて構えている。おそらく、俺達に爆炎魔法を撃ち込んで来たのはこのロッドの男であろう。
「ありゃりゃ、なんだ生きてるじゃん」
ロッドの男が不思議そうに首を傾げる。
「おい、ラリア無事か?」
「何とかね」
咳き込みながらラリアが答える。
「あいつら何者だ?あの格好、教会の神官が着ていたやつに似ているが……」
「あの真っ黒なローブに朱色の紋章……あいつら『リベオン』の連中ね」
「リベオン?」
「元勇者やそのパーティーだった奴等が徒党を組んで良からぬ事をしてるのよ。その組織の名前が『リベオン』。最近ではロクでなしさに拍車がかかって、禁忌にまで手を出してるって噂だけど」
「ふーん……」
確かに、二人の佇まいからは戦慣れしている雰囲気が伝わってくる。先程の爆炎魔法も、俺達を殺すのに少しも躊躇した様子は感じられなかった。
ロッドの男が口を開く。
「おいおい。妙な魔力を感じたと思えば、俺の作った結界が無くなってるじゃねぇかよ。テメェらがやったのか?」
「あれ、お前が作ったやつだったのか?悪いな、少し小突いたら壊れちまった。あんまり簡単に割れたんで、飴細工かと思ったわ。すまん、すまん」
「結界を壊しただと?テメェら一体何者だ?」
ロッドの男が語気を強める。
「悪党に素性を聞かれて、ホイホイ教えるわけないだろが。そもそも、人に名前を聞く時はまず自分からって……」
「私はブロンズクラスの勇者ラリア!座右の銘は一日百膳!そしてこっちはエッグクラスの魔道士マオ!リベオンの悪党ども!大人しくお縄を頂戴しなさい!」
ラリアが俺の話を遮り、声高らかに言い放った。
「ちょ、お前。何俺の事までお前の恥ずかしい自己紹介に巻き込んでくれちゃってんの。羞恥プレイなら一人でやれよ」
「何よ!名乗るのは勇者のマナーでしょ!せっかくマオの事もカッコよく紹介してあげたんだから感謝しなさい!」
ラリアがドヤ顔で俺を見つめる。
「ブロンズにエッグ?クソ雑魚どもじゃねぇか。殺す価値もねぇ。見逃してやるからとっとと失せろ」
ロッドの男がやれやれといった様子で肩をすくめる。それを見たラリアが二人の男に鋭い眼光を飛ばし、剣を構える。
「リベオンを前にして、むざむざと逃げ帰る訳にはいかないでしょ!あんた達、何の目的でこんな所に結界なんて張ってたのよ?」
「ああ?それこそ素直にペラペラと喋る様な善人に見えるか?誰が教えるかよ」
ロッドの男がクククと笑う。
「じゃあ、俺が当ててやるよ。目当てはこいつだろ?」
そう言って、俺は足元に落ちているデーモンフロッグのフンを爪先で小突いて見せた。
ロッド男が俺を睨みつける。
「何よそれ?デーモンフロッグのフンじゃない」
ラリアが不思議そうに首をかしげる。
「デーモンフロッグは省エネな魔物でな。普段は沼の中の生き物達から自然に発せられる魔力を少しずつ体の中に取り込んでエネルギーにしてるんだが、時折フンとして取り込みすぎた魔力を排出するんだ。そして、デーモンフロッグ達の排泄行為は通常、沼の中で行われる。沼の外にこれだけフンが転がってるのは誰かが集めたって事だな」
「リベオンの連中が結界を張ってデーモンフロッグのフンを集めてたって事ね。でもどうして?」
「さっきも言ったが、デーモンフロッグは、取り込みすぎた魔力をフンとして排出する。つまり、このフンは沼の中の魔物から集められた、魔力の塊ってことだ。何に使うかは知らねーが、ラリアの言う禁忌とやらに関係があるのかもな」
俺が喋り終えた途端、リベオンの男達から、先程と同じ突き刺す様な殺気が俺達に向かって再び放たれた。
「さっきのオレの言葉は取り消し。やっぱ、お前ら二人共殺すことにするわ」
ロッドの男がそう言うと、黒剣の男が腰に携えた剣に手をかけ、その鈍く光る漆黒の刃を露わにした。ラリアもそれに合わせて剣を強く握り直し、本格的な臨戦態勢をとる。
「リベオンの二人やる気満々ね。私があの黒剣を相手にするから、マオは魔道士の方をお願いできる?」
「まあ、俺が二人まとめてやっちゃってもいいんだけど、久しぶりの実践だし、それで勘弁してやるよ」
「何よ偉そうに、じゃあ行くわよ!」
ラリアがそう言い終えた次の瞬間、リベオン達の殺気が一層強まり、黒剣の男がラリアに向かって斬りかかった。上段から頭に向かって振り下ろされた凶刃をラリアが下から斬り上げる形で迎え撃つ。
ーーガキーンッ!
刀身同士が弾かれ合い、火花が散る。お互いに後方へと身体が弾け飛び、互角かと思われた初撃の撃ち合いであったが、体勢をいち早く整え、次の動作を先に起こしたのはラリアの方であった。
ラリアは黒剣の男が崩れた上半身を起こしきる前に、その懐に素早く飛び込み、真横から薙ぎ払う様に男の脇腹に剣撃を浴びせた。
ーーゴ~ン!
例によって鐘をついた様な独特な斬撃音が響き渡る。
「ぐはぁっ」
黒剣男の口から呻き声がもれ、その身体が勢いよく吹き飛び地面を舐めた。数秒程地を這った黒剣男のであったが、膝に手をつきヨロヨロと立ち上がると黒剣握りしめ、再びラリアと対峙する姿勢を見せる。そして、ラリアもそれに応えるように剣を構え直した。張り詰めた空気が、二人の間に充ち満ちていく。
ラリアの戦闘を見たロッドの男が驚嘆の表情を見せる。
「おいおい、何だよあの女……ブロンズクラスじゃなかったのかよ?」
「俺も知り合ったばかりでよく知らねぇけど、ラリアはそこら辺のシルバークラスより断然強いぜ。さて、こっちもボチボチ始めようか」
ロッドの男が俺の方に向き直り、ロッドを構えて臨戦態勢をとる。先程までの慢心した様子はなく、本気で掛かってくる気概が見て取れる。
「オレは元ゴールドクラスの魔道士だぞ。お前みたいなエッグに勝ち目があると思ってんのか?」
俺はロッド男を真っ直ぐに見つめ、鼻から息を吐きながらゆっくり構えた。
「元ゴールドだろうが、元プラチナだろうが、所詮は魔王の城に辿り着いた事もない、半端な勇者崩れ供だろ?」
「お前、何言って……」
「そんな輩、俺の敵じゃねーって言ってんだよ。さあ、久しぶりの実践だ。さっきの爆炎魔法の礼も兼ねて、このロッドの使い心地、存分に試させてもらうぞ。簡単にくたばってくれるなよ!」
「このガキ、ちょっと魔物に詳しいからって調子に乗るなよ!消し炭にしてやるからよ!」
そう言い放ったロッド男の身体から魔力が溢れ出る。どうやら先程の爆炎魔法をよりも大きな魔法を放とうとしている様子だ。
「この感じだと……まあ、二割もありゃ十分か」
俺もロッドに魔力を込める。魔法発動の準備が整ったロッド男が目を血走らせながら、こちらに向かって吠えた。
「跡形もなくバラバラに吹き飛びな!フレイムバースト!!」
ロッド男から巨大な紅蓮の炎塊が放たれ、周囲の大気を焼き尽くしながら俺に向かって迫り来る。
「ファイアーボール」
俺も相手の魔法を迎撃するべく、西瓜程の大きさをしたファイアーボールを放つ。
二つの魔法が両者の丁度中間地点で衝突し、凄まじい爆音と爆風を伴いながら、両魔法が相殺した。
今の魔法で俺を仕留めにきていたロッド男は、自身渾身の魔法が俺のファイアーボールと相殺した様を見て驚きを露わにした。
「冗談だろ……オレのフレイムバーストが、あんなチンケな魔法と相打ちだと……それに、何だ?その黒い炎は?」
そんなロッド男の様子を眺めながら、俺はゆっくりと肩を回す。
「今のは肩慣らしだ。そんじゃボチボチ、次行くぞ」
俺は三割程度の魔力をロッドに込めた。練り上げられた魔力によって、辺りの草木が、まるで嵐に煽られるように、バサバサと乱れ踊る。
「お、おいおい……何だよ、その化け物みたいな魔力は?」
俺の身体から溢れ出る魔力を感じて、ロッド男がたじろぐ様子を見せる。
「行くぜ、ファイアーボール!」
魔法を発動しようとロッドに込めた魔力を解き放とうとした、次の瞬間ーー
ーーバキィィ
ロッドから軋む様な音が聞こえ、嫌な感触が右手に伝わった。
(何だ、今の感じは?)
俺は魔法の発動を止め、手元のロッドをまじまじと見つめる。特に変わった様子は見られない。だが、今の嫌な感じは……恐らく武器屋で最初に試し撃ちした時と同じ、ロッドが魔力に耐えきれず、砕け散った時の感覚だ。あのまま魔法を発動していれば、このロッドも壊れていたかもしれない。
「な、何事だ……?」
俺が魔法の発動を急に止めた事で、呆気にとられていたロッド男であったが、直ぐさま我に帰り、黒剣の男に向かって叫んだ。
「おい!もういい!」
それを聞いた黒剣の男はラリアとの打ち合いを止め、大きく後方へ跳躍しロッド男の横へと降り立った。ロッド男がゆっくりと口を開く。
「……今回はこれで引かせてもらう」
「はぁ?」
突然の撤退宣言に俺とラリアは声を揃えて首を傾げた。ロッド男が俺を指差しながら続ける。
「正直、これ以上お前らとやり合ってもメリットがねぇ。特にお前の様に、バカみたいな魔力を持ったヤツを相手にするのは得策じゃねぇからな。……今日のところはだが……」
そう言ってロッド男と黒剣男は踵を返し、森林の中へと姿を眩ます。
「勇者ラリアと魔道士マオ!次に合間見える時、その命無いものと思えよ!」
姿なきロッド男の声だけが沼地全体に響き渡った。
「まあ、撃退出来たからよかったんじゃない?」
ラリアが剣を納めながら少し疲れた笑みを浮かべて、こちらに歩み寄る。
「そうかぁ?なんか顔と名前をバッチリ覚えられちまったんですけど。俺、面倒ごとに巻き込まれるのは嫌だぞ」
「いいじゃない、悪党に名前を覚えられるのは勇者の甲斐性ってもんでしょ!」
先程の疲れた顔が嘘の様に、ラリアがハハハと笑う。
気がつけば日が暮れようとしている。夕刻過ぎの茜色と紫の階調が織りなす幻想的な夜空に、ラリアの黄色い笑い声がこだました。
リベオンとの戦闘から二週間が過ぎた。この二週間の間、俺達はデーモンフロッグが住処にしていた沼地へと通い詰めていた。結界を破壊した後、デーモンフロッグ達が元の生活に戻れているか見届ける為である。
最初の数日は数匹しか姿を見ることができなかったが、今となっては沼地中がデーモンフロッグ達で溢れかえり、牛の様な鳴き声がそこら中で響き渡っている。
最初の三日程は泣き喚き『カエルの所に行くなら、う○こ食った方がマシだ』などと半狂乱になっていたラリアも、今ではデーモンフロッグに触れることが出来るまでに成長していた。
「よし!ランガル平原に居たデーモンフロッグ達も沼地に帰ってきたし、見守りは今日で終わりにするか!しかし、ラリアも随分と成長したな。最初はあんなに泣いてたのにな」
「そりゃあ、毎日毎日見てれば慣れるわよ。まあ、かわいいとは言えないけど、悪くはないって程度には思えるようになったかな」
「それは良かった。あ、」
気がつくとラリアの横に一匹のデーモンフロッグが佇んでいた。そして次の瞬間、ガバッと大きく口を開け、その巨大な舌でベロりとラリアの前身を舐った。
「おおー!『舐り』はデーモンフロッグの愛情表現だぞ。良かったな、ラリア……ってあれ?ラリアさん?」
デーモンフロッグに豪快に舐められ、頭のてっぺんからつま先まで豪雨に晒された様にビショビショになったラリアは、その直立不動の姿勢のまま白目を剥いて気絶していた。
こうして、俺達の初めてのクエストは無事に終わりを迎えたのであった。
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夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
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